貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第62話:チョンマゲ男子 萌え

 

「クレア・バローナ。歳は18。ポジションはファーストだ。バッティングは任せろ。私に空振りはない」

 

 編入試験に合格して獅ノ宮野球部に入部したクレア。

 特徴的な長く赤い髪を下ろし、グランドで皆の前に立ち、淡々と自己紹介する。

 美山先輩と同じく、『打てない』は存在しないというクレア。

 それを疑う者は獅ノ宮にはいない。

 というかそれよりも、あまりにも挨拶が淡白すぎた。

 クレアがいい切った後しばらく沈黙が流れて、皆が思ったことは同じだ。

 え?それだけ?、だ。

 

「……いや、終わりかよ」

「まあ私と初対面の時もクールな感じだったけど……さすがに無口すきじゃない?なんか他にないワケ?」

「はいはい!じゃあ、あーしから質問!クレアっち……いや、アーぴのこと知りたい知りたい!ズバリ、アーぴの趣味は!?」

「あは~。それお見合いで聞くヤツ~!」

「ご、ご趣味は……的な?」

「くだらな。女の趣味なんて聞いてどうすんのよ」

 

 口々に言う先輩たち。

 てかアーぴって……『アー』はクレア・バローナの略だとして、『ぴ』はどっから来たんだよ。

 

「趣味……。特にないな。強いていえば野球……いや、最近は日本の時代劇にハマっている」

 

 難しい顔をしながらなんとか絞り出したクレア。

 趣味は時代劇の鑑賞らしい。

 ……渋くね?

 本当に女子高生かよ。

 

「マジ!?あーし、結構時代劇観るよ!?水戸黄門とか……!」

 

 あー、いっちゃんメジャーなやつきた~。

 でも全話観てたら意外と凄いやつ。

 ちなみにこの世界の水戸黄門は女性だ。

 ていうか殆どの時代劇や大河ドラマの主役が女性。

 井伊直虎と北条政子が歴史上人物知名度最上位となっている。

 

「てか時代劇のどこが好きな感じ?やっぱチョンマゲ男子?萌え?」

「あぁ。チョンマゲ男子、萌え……だ」

 

 真顔でノリに乗るクレア。

 意外とノリ良いんだな……。

 てかクレアの言葉遣いが古かったり、強気なのってもしかして……そういうことか?

 

「日本語上手ね。でも、ちょっと言葉がちょくちょく強いわ。教科書は時代劇かしら?」

「あぁ。そうだ。あれは大変素晴らしい。ところで冬華は学業の成績が良いと聞く。そんな冬華に聞きたい。日本男児からなぜチョンマゲ文化が失われてしまったのか。その理由を」

「……貴女ほんとにチョンマゲが好きで時代劇観てたの?」

 

 成城先輩が二度見する。

 あー……あれだな。

 クレア、ちょっと天然だ。

 本人は至って真面目なんだが、逆にそのせいで真剣にふさげたことを真顔で言ってくる。

 皆、入ってくる部員は大体癖が強いということに慣れてしまったのか、「またか」みたいな顔をしてもうツッコミすらしない。

 

「……ところで」

 

 おふざけはここまで、とでも言うようにクレアの雰囲気が変わる。

 まあ本人はいつだって真面目だから本当にそう見えただけだろうが。

 そんな彼女が普段から細い目を一際鋭くして、視線を向ける相手が1人。

 その視線の先には……アリアがいる。

 アリアもクレアに見られていることに気づく。

 

「あ?何見てんだよ」

「……貴様、アメリカ人だな?」

「だったらなんだってんだ。そういうお前は欧州人か?ハッ、欧州人が野球できるのかよ。野球のルール知ってるか?」

「なんだと」

 

 アリアとクレアの視線が交錯してバチバチになる。

 完全にメンチを切りあってる状態だ。

 2人ともにじり寄って至近距離で睨み合う。

 な、なんだ急に!?

 なんでいきなり険悪な雰囲気になったんだ!?

 さっそくマズイぞ!

 

「……なるほど。そういうことね」

 

 俺が止めに入ろうとしたら、何やら理解したように成城先輩の方が先に動いた。

 彼女はクレアに対して告げる。

 

「クレア。貴女が海の向こうでどんな扱いを受けてきたのかは大体察しがつくけれど、アリアは貴女が思ってるようなアメリカ人ではないわ」

「……何?」

 

 成城先輩の言葉に不思議そうな顔で振り返るクレア。

 成城先輩はアリアを一瞥して、真顔を作る。

 

「だってその()アメリカ人じゃなくて岩手県民だもの、岩手県民。アメリカ要素なんて見た目くらいよ。あとバカだから野球のルールはちゃんと分かってないわ」

「……それでよく野球のルールを知ってるかで煽れたな」

 

 一瞬で一転してクレアの表情が困惑になった。

 改めてアリアを見ると、なぜかドヤ顔をしているアリア。

 クレアはその顔を見て察した。

 あぁ、こいつは多分何も考えていない、と。

 

「ふふん。ルールなんて分からなくても私は最速の女だ!凄いだろ!アリア様って呼んでいいぞ。神様仏様アリア様だ!!」

「面の皮が厚すぎるだろう……自信だけで構成されてる女か?」

 

 さらに困惑するクレア。

 クレアは自分の才能に確信はあっても、自己肯定感は少し低めだ。

 アリアみたいなタイプに免疫がないのかもしれない。

 アメリカ人に対するコンプレックスを持ってるみたいだから、一触即発で心配になったけど、アリアが個性的すぎてどうやら大丈夫な感じになりそうだな。

 ほんと、アリアは個性的すぎるからな。

 悪い意味で……だけど。

 まあでもおかげで差別発言はするけど、売り言葉に買い言葉の時しか言わないし、煽りさえしなければアメリカ人の大衆イメージには当てはまらない。

 それが功を奏した。

 よかった。

 アメリカ人のアリアが気になったようだが、アリアならギリギリ容認できるらしい。

 だが、クレアにはまだ気になる部員がいるようだ。

 続いて視線は1番背の低い選手に移る。

 もちろん、廣目だ。

 

「……よもや本当に私より背の低い選手がいるとはな。話には聞いていたが、目の前にするとにわかに信じられん」

「よく言われます。廣目 惟です。副キャプテンで正捕手をしています。よろしくお願いします」

 

 クレアとの挨拶を済ます廣目。

 これで、クレアが気になる部員とも交流を終え、挨拶は全て済んだ。

 今日はこれにて解散。

 元々部活が休みの日だった。

 

 

 

 

 

 この日、成城と原田は一緒に帰った。

 帰り道に涼香は言う。

 

「なんか津川ってアリアの時といい秋奈の時といい良い選手見つけるよね」

「そうね」

「津川も私達みたいになんか才能持ってたりして……なんて、考えちゃった!」

「そうね。そうだと素敵ね」

「なんか嬉しいなぁ。皆もう津川の事とっくに許してるけど、やっぱ本人は引きずるじゃん?」

「……えぇ」

「でもさ、こうして部に貢献できてるっていうのが可視化されてると津川も自分を許せるかな……って。許せてるといいな」

「……そうね」

 

 先々と歩いてテンションの高い原田。

 その後に続くように歩いて優しい声音で呟くだけの成城。

 原田が「ちょっと~、話聞いてんの~?」と振り返って後ろ歩きになると、成城は穏やかな表情だった。そして、「前を向かないと危ないわよ」と微笑んでくれる。

 原田は親友の柔らかい態度に笑顔になって、小走りで彼女の隣まで戻ってきて並ぶ。

 

「冬華の作戦もさ。廣目が来てから有耶無耶になりそうだったけど、クレアが来てさ。津川が完成させてくれたねっ。冬華の、【獅ノ宮ベストナイン】……だっけ?」

「……」

 

 隣に並んで、顔を覗き込むように言う原田は、嬉しそうだ。

 成城もまた、4月の練習試合で気負っていると思ったから。

 彼女自身が考案した計画が上手くいって、しかもそれが津川のお手柄だというのが原田にとっては嬉しいの連鎖すぎる。

 大好きな2人の仲間がまた顔を上げられることを原田は望んでいるのだから。

 成城は……冬華は、夕日を一瞥して、足を止める。

 

「―――獅ノ宮ベストナインはまだ完成してないわ」

「へっ?」

 

 結局前を歩くことになった涼香は、足を止めて振り返る。

 そこには夕焼けに染まった冬華が神妙な面持ちで一瞬俯き、しかしすぐに顔を上げて覚悟を持った力強い目で涼香をまっすぐ捉えた。

 そして。

 

「優希に対抗できる規格外の天才が8人。優希を含めてナイン。それが【獅ノ宮ベストナイン】。そして、最後の1人は……クレアではないわ」

 

 冬華の言葉に涼香がゆっくりと目を見開く。

 夕方の夏。

 少し息苦しくて、熱っぽい空気が2人を包んでいる。

 温い夕焼けが射し込むのに、涼香の心の中には急速に冷えた。

 彼女の脳内に、蓋をしていた記憶が想起されたから。

 親友が次に紡ぐ言葉は何かすぐに察したから。

 動悸が激しくなる。

 冷や汗が流れる。

 それでも、冬華は……私をその瞳に映した。

 

「最後の1人は貴女よ。―――涼香」

 

 

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