貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
「クソ。負けてたまるかよ……!」
7回表。
負け越している白組は、クローザーの
アリアは、紅白戦とはいえ負けず嫌いを発動して険しい顔をしている。
マウンドに上がってロジンを触り、地面に叩きつけた。
そこに廣目が近寄ってくる。
「アリア先輩」
「……わかってる。バッテリーは1人じゃねえ。お前が勝てないなら私が、私が勝たないならお前が。私が言ったことだ」
アリアはウェアで汗を拭い、廣目と向き合う。
廣目もアリアを見つめ、しっかりと見つめあった2人は無言で頷きあった。
「言わなくてもいいと思っていました。2ホーマー1四球分、私がやり返します」
「あぁ……頼んだ、ユイ。これでミク勝てる。悪かったな、私のプライドで打たれちまって」
「いえ」
廣目はフッと口角を上げる。
アリアなら「やるからには私を勝たせろ」くらいは言うかと思ったが、アリアにとって"廣目が戦うならミクに勝てる"は"確信"の認識なんだと読み取れた。
捕手としてこれほど嬉しい信頼はない。
「とはいえ、長門先輩が回ってきたらの話です。この回、三者で抑えれば相手をする必要はありません」
「ハッ。回ってきても歩かせりゃいいが、そうは言わねえお前は最高だな、ユイ。
「
「わかってんじゃねえか」
アリアと廣目が笑みを交える。
バッテリーを組んで1ヶ月、廣目はアリアとベストコミュニケーションを築いている。
この短期間でアリア・オイゲンが唯一認めた捕手・
これが、天才キャッチャー
「三者で終わらせるなら鬼門はクレア先輩です。……そっちは私が完全に太刀打ちできません。ですが、アリア先輩が自力で抑えてくれるのでこの回は三者で終えましょう」
「ハッ。言うじゃねえか。ナイスプレッシャー、気持ちいいぜ」
その会話を最後に、2人は背中を向けあった。
アリアはロジンを触り野手とアイコンタクトをとる。
廣目はマスクをかぶり直してホームベースまで小走りで戻ってきた。
そして、両者が振り返る時は、戦闘モードに入る瞬間だ。
「……っ!らぁ!!」
「ヤバ!何回みてもマジ無理すぎ。まぢかでこんなの何回も魅せられたら、あーしも豪速球投げれるようになりたくなるじゃん!」
先頭打者るきあが三振して、アリアの豪速球に魅入られた節の発言を残す。
廣目はそれを聞き逃さなかった。
「るきあ先輩は速球の素質ありますよ」
「まじ!?廣目っちが言うならあーし信じちゃうんだけど!これで前言撤回だったらマジぴえんだかんね。廣目っち練習付き合って!」
「もちろんです。合宿が終わったらいつもの練習で特訓しましょう」
るきあがピッチャーだけあって、廣目は対戦でも丁寧にコミュニケーションを取る。
るきあが約束を取り付けて嬉しそうに、でも打席内容を思い出して悔しー!と態度に表しながらもベンチに戻る。
それと交代で右打席だったるきあとは逆の左打席に立つのは、クレア。
「ラストバトルだ、欧州女。今度こそ三振取るぜ!」
「こちらこそ猛打賞を狙わせてもらうぞ、アメリカ人」
毎打席恒例、啖呵を切りあって同時にセットポジションに入る。
本日のクレアの打席内容は、3打席2安打。
彼女自身が口する通り、ここまではマルチ安打で、あと1本で猛打賞だ。
凄い。
ここまででもマルチ安打、しかもただのマルチ安打じゃない。
14回連続完全試合記録を持ち、完封が前提の最速159km/hのアリアからマルチ安打だ。
やはり、ここにいる天才は全員が"規格外"で【男子級】。
レベルが高すぎる。
女子野球の域は完全に超えている……!
「……!」
アリアがマウンド上で目を見開く。
廣目とのやり取りが原因だ。
廣目はクレアに対して全力で投げろと、力を出し切ってもいいとジェスチャーを送った。
アリアが苦手とする長門先輩が控える中、ここで勝負を仕掛ける。
確かにここでクレアを抑えれば長門先輩は回ってこないから余力を残す必要はない。
だが、だからといって廣目がガス欠を誘導するとは思えない。
となるとやはり、何か策があるのか……。
「……」
「……」
「……」
アリア、クレア、廣目。
投手、打者、捕手。
三者の沈黙が数秒。
アリアが頷くことで再び時間は動き出す。
そして、アリアは全力で腕をしならせた。
「……らぁっ!!」
「何!?」
アリアが放つストレートにクレアは驚愕する。
球速158km/h。
速い!
「ぐっ……!」
クレアは顔を顰めて空振りした。
ストレートは、内角低めに差し込まれた。
クレアが空振りした。
クレアが。
彼女にとって、"空振り"という事象は人生初体験だ。
どんなに打席内容が悪くても空振りはしないし、アウトになっても打球は前に飛ばす。
「ば、馬鹿な……っ!!」
クレアはフルスイングの勢いのまま膝をついた。
そして、信じられないようなものを見る目で自身のバットを見つめ、その視線をアリアに移す。
アリアは極度の集中状態にあり、クレアのことなど既に意識外。
廣目から返球を受けて、それを受け取りロジンを触る。
完全にルーティンに入ってる。
一連動作を自動で行うのはまさしく集中のそれだ。
「ぐっ……!貴様!」
「……いくぜ」
プレートに足をかけるアリアは、クレアと再び対峙する。
今、アリア・オイゲンは
これは、
悪い言い方、対戦打者の質が悪いとこのチームでアリアが投げることにおいて、廣目の力は必ず干渉してくる。
だが、今廣目が完全に殺されてる状況の中で、それでも廣目はアリアが全力で投げてもその球を受け止めることができる。
全ての条件が奇跡的に揃った。
これを想定して紅白戦をしていた訳でも、クレアとチームを分けた訳でもない。
完全に偶然の産物。
偶然が重なって、アリア・オイゲンは―――"
全力を出せる。
他の干渉がなく、自分1人の力が求められる場面。
相手は、同じ次元の打者。
この3点の上に成り立つ方程式。
いつも
アリアの視界はいつもより鮮明だった。
【風】が吹き荒れ、熱狂が空間を支配している。
その世界の住人からは、自分のことは見えていない。
ただ"1人"を除いて。
そいつだけが私に話しかけてくる。
この世界での自分は、まるで観客席にいる人々よりも【鑑賞する側】だ。
試合も観る人間と異なり、私は"世界"を鑑賞させられている。
この世界に
絶対に越えられない壁。
物理法則の限界。
肉体の不条理。
この夢から覚めると、忘れるけど、戻ってくると思い出すこの劣等感。
そして、いつもの【アイツ】が今日はいつもより鮮明な声で告げてくる。
―――もっと速いぞ、と。
「……世界」
「何?」
アリアの呟きにクレアが反応して困惑する。
だが、彼女の意識は今、獅ノ宮のグランドにはない。
唯一今のアリアに干渉してくるのは、親友との約束。
あぁ、そうか。
ガキの頃、
野球なんてなんも知らねえのに、無理やり用具買わされて付き合わされて。
そしたら2人で夢中になっちまって。なっちまって、いつの間にか忘れてた。
ワールドスターになりたい。
そう言ってたのは
私じゃない。
それがいつしか【分からせ】られて。
立場が変わって。
求めてない私が、才能を有した。
私は、ワールドスターになるだの世界一の女だの言ってきた。
言ってきたが、本当は口先だけだったんだ。
親友が持たざる者で私に夢を押し付けてきた。
私はあいつが好きだから、それをいつしか自分の夢だと自分に言い聞かせたんだ。
そんな奴だから、本当の私は……意識が低い。
口先ばっかで取り付くって誤魔化して、ここまで来ちまった。
でも、ヒロメ ユイ。
お前にこの胸の内を告白したら、相談したらお前は言うんだろう。
ここで気づいてよかった。
まだ間に合うって。
あぁ、その通りだ。
まだこのチームで大会にすら出ちゃいねえ。
ここで気づいてよかった。
今なら、まだやる気のねえゴミの私を往復ビンタで気合い入れられるぜ。
他人の為じゃない。
自分で自分の"欲"を的確に理解しろ。捉えろ。
【アイツ】は、"
『世界を目指せ』、だ??
―――言われるまでもねえんだよ!!黙ってろ、クソが!!
────【
私の中で、ツリーの1番中心にあるマスが開いた。
無意識にかけていた
必要だったのは、自己理解。
自分を正しく把握すること。
私は、何の為に投げるのか。
私は、私の為に投げる。
親友の夢を叶える。
あいつの夢を実現して、その瞬間のあいつを目に焼きつけることが私の伸ばす手の先にあるもの。
この【依存】が、私の最大欲求。
欲求を叶え、自分で自分を満たし、気持ちよくなる。
だから、世界を目指す姿勢も私の為にやる行為だ。
依存の何が悪い。
パフォーマンスをする上での精神性において愚とされることが多い。
意味わかんねえよ。
この欲求も立派な自分本意じゃねえか!
あぁ、あぁ……。
自分が気持ちよくなるのが本質の、相手に重い偏愛を向けるこの行為。
「やめられねえぜ」
「馬鹿、なっ……ぁ……!?」
3球三振。
私は今日、160km/hを計測した。