貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
『160km/h!?』
「は、はい」
全員が俺に迫った後、アリアに注目した。
投げきったアリアは肩で息をしてプレートから外れて整えてる。
廣目が驚きの表情のまま、俺たちの輪から離れてアリアの元へ向かった。
アリアの急速が160を超えた。
今まで実質160なんて言ってきたが、今回は正真正銘だ。
遂に、この世界で前人未到の領域まで辿り着いたアリア。
俺も最初に計測を見た時はみんなと同じ反応だった。
160km/h!?って。
でも、今のアリアからは160の壁を突破できる雰囲気がある。
この試合、アリアと中宮先輩は何か変だ。
この世界で、女子野球でいう160km/hは男子でいう170km/hという限界突破。
あくまで常識が違うっていうことと、この世界で160は人々が170を見た時と同じ衝撃があるというだけだが。
それでも、アリアの160にはそれを上回る価値がある。
高校生で160km/h。
間違いなく男子野球でも通用するスペックだ。
正直言って、世界を騒がせるレベルの凄いことが起きたが、廣目がアリアの集中力を前に試合再開を訴えたので試合を再開することにした。
だが。
「ボ、ボールです」
「……っ」
2番バッター原田先輩に対してアリアの制球が乱れた。
しかも球速も出てない。
ここまで安定して150km/h後半を出てたのに、一気に140km/h台まで落ちた。
出てもギリギリ150km/hだ。
なんだ?
急になんでこんなに球速落ちたんだ?
「タイム。ねえ、アリアなんかバテてない?廣目行かなくて大丈夫?」
「はい。行ってきます」
バッターボックスの原田先輩が気を遣って試合中断した。
まあ緩く練習の一環でやってる紅白戦だし、無理をさせるわけにもいかない。
アリアの様子がおかしいなら原田先輩の判断は正しいだろう。
敵チームも普段は味方の紅白戦なのだから。
「すみません!アリア先輩、ここから左投げでいきまーす!」
廣目が宣言して「アリア大丈夫?」「廣目さん。どうかしたの?」など心配の声も上がったが、廣目が手振りを見せて大丈夫だと返す。
俺はアリアに左用ミットを届けて右用を回収した。
マウンドに行った時にアリアと廣目に声をかけたが、どうやら廣目の"眼"で見た時にアリアの筋力消費が激しかったようで。
左に切り替えたようだ。
疲れてるなら降りた方がいいんじゃないかと提案したが、長門先輩と対戦してからがいいらしい。
「なんでそこまで……ていうかアリアがこんな状態じゃ勝負にならないんじゃ」
「それはどうでしょう」
「えっ?」
これまで長門先輩には一切勝っていないアリア。
状態が悪いなら尚更勝負すべきではないと思ったが、廣目の考えは違うらしい。
そして、それはアリアも。
「消えろ、カズヤ。今いい感じなんだよ。この感じを逃したくねえ」
「ア、アリア……」
マウンド上のアリアに睨まれた。
汗で髪が垂れて目元は見えないが、気迫でわかった。
だけど、すぐに落ち着いた声音も届く。
「カズヤ。私はお前が見つけた女だ。もっとやれる。信じろ」
「……っ!」
そう言われて、俺は引き下がるしかなかった。
ここで食い下がることは俺がアリアに魅力を感じて、"欲しい"と思ったことが嘘になる。
それはダメだ。
アリアは凄い。
彼女の為にも彼女を求めたことを否定する訳にはいかない。
「わ、わかった。でも、あんま無理すんなよ」
「あぁ。ありがとな、カズヤ」
アリアは俺の頭をポンポンと叩くと息を整えて、また集中状態に入る。
俺はアリアに渡したタオルとドリンクを回収してベンチに戻った。
そして、左腕となったアリアは……長門先輩と対峙する。
「ま、まだ投げるの?本当に?」
「はい。もうここまできたら
打席の長門先輩が心配するのに対して、戻ってきた廣目が答える。
廣目がマスクを被って腰を下ろすので、長門先輩も困惑していたが何も言えなくなってバッティングに集中するしかなくなった。
逆に廣目は集中力をかいていた。
理由はひとつ。
マウンドに立つのはアリア・オイゲン。
投げるは豪速球のみ。
長門 未来を三振させるにはどうすればいいか。
その究極の問いに答えを求める。
そして、"追求"の先に廣目 惟という女の深層と本質が存在する。
これまで視ていなかったもの。
逆転を突け。
視るな。
"眼"に頼りすぎたが故に、視野が狭くなっている。
必要なのは、【
他の獅ノ宮ベストナインとは違う。
天才でありながら、"秀才"でもある特殊事例
天才×秀才。
だからこそ、臨機応変にパターンを変えられる利点を殺すな。
今は才能を敢えて殺して、
―――んで、その結論がこれだッッッ!!オラ!!
「えっ?」
長門が驚愕で目を見開く。
彼女のバットは空を切り、アリアが放った左の速球はミットに収まった。
「廣目……っ、お前……!」
アリアも廣目を驚いた目で見る。
廣目は投球前にアリアに指示を送った。
"リリースポイントを変えろ"、と。
リリポは球の出処が掴めなければ掴めないほど体感球速が速くなる。
だが、速い分には長門の餌食になってしまう。
故に廣目は逆に出どころを過剰に見せた。
極力打者に目で追わせて実測より遅く感じさせる為に。
「……っ。う、嘘……三振……!」
3球三振。
球速は順番に141km/h、143km/h、140km/h。
決して遅くない。
寧ろこの世界じゃ最上層。
そして、長門が得意とする球速帯。
それでも、アリアは長門から三振を取った。
廣目が取らせた。
リリースポイントを逆に改悪することで、長門が打てない球速帯に感じさせた。
これでアリアが望んでいた、本気のストレートで抑えるという願いを叶えた。
スイングのタイミングが早すぎて空振りする完全に長門が負けた時の打席内容。
アリアは、いや、アリアと廣目はようやく掴み取った。
「……っしゃあ!!」
「しょおらぁっ!!」
バッテリーが共にガッツポーズを振り下ろす。
腰を追って少し屈む低めのポージング。
2人はこの瞬間を噛み締めた。