貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

77 / 148
第77話:獅ノ宮のエース

 1回表はアリアが三者三振に取った。

 続いて1回裏。

 先頭打者のクレアが左打席に立って、マウンドに先発ピッチャー後藤さんが上がる。

 

「ふんっ」

「……っ!?」

「おっ」

 

 初球。

 後藤さんの130km/hを超える速球をクレアは打ち返した。

 打球は二遊間を抜ける綺麗なセンター前ヒット。

 ショートの取本さんもこれには感嘆の声を漏らした。

 これにてクレア出塁。

 

「捉えるねぇ~。良い1番バッターだ!」

「賞賛、感謝する」

 

 取本さんに褒められて一塁ベース上のクレアがメットのつばを指先で撫でる。

 続いて、2番ソユン先輩が右打席に入る。

 打席に入ると主審の成城先輩がタイムをかけて話しかけた。

 

「ソユン。貴女の仕事はクレアを進塁させることよ。理想は安打。最低でも進塁打。追い込まれたらバントしなさい」

「……!」

 

 指示が飛んで、ソユン先輩はルーティンを中断して成城先輩を見る。

 成城先輩の言う事は何もこの試合だけでなく、地区大会も含めての司令だ。

 スタメンが発表された時、ソユン先輩は「2番!?マジ!?大昇格じゃない……!」とガッツポーズをして喜んでいたが、その打順に組み込まれた意味を今教えられた。

 元々代打要員として去年もベンチを温め続けた彼女が、今年は2番サードのスタメン。

 だが、その位置に定めさられた意味は決してポジティブとは限らない。

 ソユン先輩が2番に抜擢された理由は、器用貧乏な打撃能力だ。

 その全てをクレアの為に使え、と言われている。

 今、成城先輩を欠いた獅ノ宮にクレアの出塁を活かせる2番バッターは、確かにユ・ソユンを除いて存在しない。

 これをプラスに捉えるかマイナス捉えるかは当人次第。

 ソユン先輩は目を見開いて成城先輩を凝視した後、「ふんっ」と鼻を鳴らした。

 

「要するに去年の冬華と同じ役目って事でしょ。あんた、美山の後ろにいつも引っ付いてあの()がやる気出したら得点入れる、まるでそんな機械だったわ」

「……」

 

 ソユン先輩が目の前のピッチャーに視線を戻して、バットを肩に預ける。

 彼女は「でもね」と続けて、成城先輩は俯いた視線を彼女に戻した。

 

「私はあんたが……あんただけじゃない。試合に出てる全員が羨ましかった。試合に出れるなら、なんでもいいわよ。クレアを進塁させるマシンでもなんでもなってるやるわ……!」

「……貴女ならそう言ってくれると思ったわ」

「ふん。いちいち鼻につく女ね。勘違いしないでよね。私は私の為にやるの……!だから!」

 

 ソユン先輩が構えに入って、プレイがかかる。

 相手投手の後藤さんが初球からフォークを投じてきた。

 それに対して、ソユン先輩は……バットを寝かせる。

 

「これが私の覚悟よッ!!」

「……っ!」

 

 初球バントだ!

 ソユン先輩は落ち球に対して器用にバットを動かして、ピッチャー前に転がした。

 当然、一塁に余裕を持って送球されてソユン先輩は出塁できず、アウト。

 それでもクレアは進塁。

 役目は果たした。

 

「安心しなさい。次からは振りに行くわ。でも、私が選り好みすると思ったら勘違いも甚だしい。なんだって掴みにいくんだから……!」

「……えぇ。分かっているわ。ありがとう」

 

 ソユン先輩の言葉に成城先輩が微笑み、ソユン先輩は一塁線を踏み越えてベンチへと戻って行った。

 これでワンアウト二塁。

 ここからクリーンナップ、3番美山4番長門5番中宮だ。

 成城先輩と廣目が組んだ打順は、クレアが出塁してソユン先輩が進め、この3人で得点するという作戦。

 だが、出来ればノーアウトでこの3人を迎えたい。

 なぜなら美山先輩はやる気に左右されるし、長門先輩は対戦相手に左右される。

 ワンアウトでクリーンナップを迎えて、ここでツーアウトを稼いでしまうと、1番期待できる中宮先輩に得点圏で回ってこないということになる。

 これが、成城先輩が離脱して1番痛い問題だ。

 

「スリーアウト。チェンジ」

 

 その成城先輩が告げて、獅ノ宮の初回は無得点で終えた。

 やはりノーアウトでクリーンナップを迎えないとクレアの出塁は活かせない。

 美山先輩がやる気を出せば、長門先輩が豪速球を相手に出来れば、話は変わってくるが……。

 

「むっ……!」

 

 2回表。

 マスクを被る廣目が顔を顰める。

 今日のアリアは本調子じゃない。

 左で130km/h台ともなると、それでも十分凄いが、打てる打者もたまには出てくる。

 廣目のリードも、常識の範囲内のストレートとなると、直球1本のアリアじゃ選択肢が限られてくる。

 なので、今日は珍しくヒットを許した。

 

「行ったろ!……じゃなくて、絶対行きましたわーーー!!」

 

 いや、だからもう遅いってっていうツッコミは心の中で言ってるので届かないが、わざわざお嬢様口調に変えて男子の俺をチラチラと意識する東地(とうち) (ひめ)さん。

 ツッコミどころはあるが、スイングは凄まじかった。

 内角低め要求に対して少し浮いてしまった134km/hを捌いて、その弾道はまさしくアーチ。

 左打ちの東地さんの引っ張り方向の打球。

 だが、それは彼女の叫びとは裏腹にギリギリ柵越とはならず、右中間の柵直となった。

 

「く、悔しいですわ~!」

 

 相変わらずの棒読み演技で二塁ベースに到達し、悔しがる東地さん。

 とはいえ、アリア×廣目のバッテリーが長打を食らうのは長門先輩以外でこれが初めてだ。

 やはり、兎美徳(とびと)を絞めただけあって、天性の打撃力を有してるらしい。

 

「クソ……!」

「アリア先輩。もう少しの辛抱です。スタメンに組み込んだのは天才組全員の稼働を見たかっただけなので、次のイニングからは交代です」

「あら?もう交代ですの~?そんなスタミナでは、去年の夏みたいにワタクシ達に負けてしまいますわよ……!」

「あ?」

「……っ」

 

 マウンドで話し合うバッテリーの声が聞こえたのか、アリアの疲労の事情を知らない東地さんが二塁ベース上で煽る。

 アリアが鋭い目つきになったので、廣目が慌ててフォローしようとしたが、アリアは汗を拭って前を向く。

 要するに、二塁ベースは無視してホームベースに視線を向けた。

 

「言い返さないなんて、情けないピッチャーですわね。ひょっとして今日はプルペンデーでいらっしゃるのかしら?ならこの方はリリーフ?先発だとしても2番手3番手なのではなくて?」

「……」

 

 アリアは反応しない。

 多分1本打ったくらいでうるさいヤツだとくらいにしか思ってない。

「おい。ユイ。次の配球だが……」と完全に廣目との話し合いに集中している。

 だが、それが面白くなかったのか、東地さんの矛先はアリアから獅ノ宮に変わった。

 

「去年の夏もそうでしたわ。"規格外"の天才。歴史を塗り替える選手達。そんな呼び声が飛び交っていましたけれど、結果はワタクシ達に惨敗。天才とは、脆いものでしたわ。今日もまた、去年の夏のように―――泣かせてさしあげますわよ」

『……!』

 

 去年の夏。

 獅ノ宮(しのみや)を下したのは兎美徳(とびと)

 1年生で兎美徳の再建を担うことになった東地さんは、自ら望んだとはいえ、その宿命と重圧に全力で挑み見事元常勝軍団を立て直して準優勝にまで至った。

 その背景で、帰ってきた強豪とは真逆の、新星として扱われていた獅ノ宮は。

 天才達による無双により注目されるも、美山(みやま) 優希(ゆうき)のプレー中の素行の悪さによって悪者扱いをされていた。

 そんな2校の第4戦。

 悪名を育ててきた獅ノ宮と、感動の復活を期待されていた兎美徳。

 世論の傾きは想像するも簡単。

 獅ノ宮は内部崩壊により、自慢の投手成城(なりしろ) 冬華(ふゆか)と、自慢の守備陣を打ち破られ完璧に敗北した。

 そんな去年の夏を、トラウマを最も象徴するのは美山 優希と兎美徳だ。

 そんな存在の口から直接触れられて、想起しないはずがない。

 成城先輩も、原田先輩も、霧島先輩も、長門先輩も、ソユン先輩も、ソヨン先輩も……そして、応援席で観てることしかできなかった廣目も。

 苦い思い出とトラウマが蘇り、暗い顔になる。

 

 そこで初めて、アリアがピクリと反応した。

 

「おい」

「……っ!」

 

 凄まじく低い声を発したかと思えば、ゆっくりと、顰めた顔と鋭い眼光を二塁ベースに向けるアリア。

 彼女は今、俺達も初めて見るくらい怒っている。

 今まで感情を露わにするタイプではあったが、あれは本気じゃなかったんだ。

 アリアがキレると、本当ならこうなるということを俺たちは今目の当たりにしている。

 

「去年の夏、去年の夏ってうるせえ。こちとら甲子園にすら出てねえんだよ。知らねえ事で煽られても響かねえぞ」

「……あら。獅ノ宮(ここ)に来る前にどこかの高校にいらして?」

「答えるかよ。義理がねえだろうが」

 

 そう吐き捨てて、アリアはロジンを触る。

 そして、旧獅ノ宮メンバーと、兎美徳のメンバーも一瞥した。

 

「ベスト8止まりの何が悪いんだよ。よくやってるじゃねえか。私は素直に尊敬するよ」

 

 ロジンを落とすアリア。

 言葉にはしなかったが、兎美徳の面々も見たことから、準優勝も尊敬しているのがわかる。

 本当に心の底から思ってるんだろう。

 だって、甲子園はアリアにとって、大好きな幼なじみと大好きな仲間とどんなに頑張っても行けなかった場所だ。

 行けるだけでも尊敬に値するし、そこで結果を残した者たちをアリアが笑う訳がない。

 だが、それは勝つことが当たり前の者たちにはわからない感覚だ。

 

「元のチームでさぞ悔しい思いをなされたのですね。優勝以外は無価値でしかないというのに知らないとは……同情しますわ」

「あ?こっちの方が辛くて悔しかったなんて言うつもりはねえよ。全然汲み取れてねえじゃねえか。いいか?不幸自慢なんざする奴は馬鹿だ。不幸ってのは自慢することじゃない。もっと努力して、払拭するもんだろ」

 

 東地さんに背を向ける。

 廣目は定位置に戻った。

 アリアは消耗してるが、気力を取り戻した。

 東地さんは、兎美徳をまとめる為に、野球部を再建するために入学させられたという。

 勝利以外価値はない。勝利は当然。そういう環境下で育ち、1年生で結果を求められた、そんな彼女の思想が傾くのも仕方ない。

 こればっかりは相性だ。

 東地さんとアリアは対極の環境で生きてきた。

 だから、両者は完全に合わない。

 東地さんの言葉でアリアに火がつく。

 

「私は私の為にこのチームに来た。けど、こいつらのリベンジに協力してやるよ」

 

 そう言ってアリアはセットポジションについた。

 アリアの言葉に旧獅ノ宮のメンバーは彼女を一瞥して、守備についてるメンバーは構える。

 合宿前に廣目は言った。

 この練習試合の相手が兎美徳なのはわざと。

 去年の夏を払拭して心機一転で夏の大会に挑む為に、兎美徳を乗り越えていく必要があると。

 ピッチャー、アリア・オイゲンは相棒の言葉を忘れない。

 廣目 惟はバッテリーだからだ。

 だから、この試合の目的の為に、投げることにした。

 

「私は獅ノ宮のエース、アリア。よくも私の仲間を侮辱しやがったな。こいつらの雪辱、この腕を振るって晴らしてやるぜ」

 

 吐き捨てた息と共に腕を振るう。

 アリアはこの日最速144km/hをぶち込んでランナーを釘付けにした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。