貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
まずは初球、高めに117km/hの高速スライダー。
「おっ!ぬあ~!スライダーか!」
続いて2球目。
右投げの吉田さんと左打ちの
キャッチャーは廣目。
内角低めに構える。
「……っ!!」
「うっ……」
ストライクコールが告げられる。
124km/hのストレートが差し込まれた。
ちょっと浮いたが見事なクロスファイヤー。
そして、3球目。
「……っ」
マウンドで狼狽える吉田さん。
彼女はまだ、半信半疑だ。
本当に廣目の言う通りのこの球の構成で三振が取れるのか。
相手は甲子園の強打者。
自分の実力では到底通用する相手とは思えない、そう考えているのが不安な表情から読み取れる。
しかし。
「……」
「……っ」
前を向くと、審判の成城先輩と目が合う。
そう、授けられたのはただのチェンジアップではない。
憧れの存在が去年甲子園で魅せた【完璧】の魔球。
もちろん1日2日で身につけられるものではなかったが、本人から直々に指導してもらうという特別待遇だった。
師匠は、張本人・
正直吉田さんはずっと、成城冬華はスイーパーが決め球だと思っていた。
新聞もネットニュースもこぞって『高校生でスイーパーを投げる』が一面だったからだ。
しかし、成城先輩は去年、スイーパーを投げたのは数えられるほど。
三振を取る時は別の球を投げていた。
その球は、球種は、変化球は。
「……よし」
再びプレートを踏んでようやくセットポジションに入る。
打者の慎乃さんも構えた。
グラブの中で迷っていた握りが決まる。
今、目線の先に憧れの人がいる。
あの熱狂の中で最高の投手として煌めいていた人。
成城冬華のことは、誰よりも信じられる。
自分よりも。
だったら、選択するのは当然―――。
「……っ!!」
球を投じる。
真っ直ぐ進め、ストライクゾーンへ。
そして、去年見た憧憬と同じ仕草を取る。
途中までは125km/hの直球、それを放った腕を身体を捻り戻して膝横まで持ってくる。
これは、
念じろ。
「止まれ」
呟いたと同時、開いていた右手をグッ……!と握り拳にする。
球速は急激に落下。
125km/hは。109km/hに。
さらに、重力に引かれて落ち球となる。
「は?エグ……っ!チェンジアップかよ……!?」
慎乃さんのバットが空を切った。
振り切ってから、ようやくミットにボールが収まる。
まだ、"本物"には及ばない。
吉田さんのチェンジアップは"
人々はこう表現した。
―――まるで、"急ブレーキ"だと。
今の1球は、そこに至るまでの第1歩。
強打者の空振りを掴み取った最初の1球だ。
「ストライク。バッターアウト」
「……っ!!」
甲子園準優勝チームの高校NO.1打撃型捕手。
打率4割近く残した強打者を空振りに取った。
そして、その気持ちいい感覚と共に耳に入ってきたのは、憧れの人の声。
ずっとベンチにも入れなかった自分が、強豪のレギュラーを抑えた。
信じられない光景を前にした衝撃。
彼女は固まった。
でも、成城先輩の声を聞いて涙ぐみ瞳を揺らす。
彼女はマウンド上でガッツポーズを振り下ろした。
「……よしっ!よっしゃ!しゃあっ!しゃあっ!よっしゃあーーーっ!!」
何度も噛み締めるように興奮する。
廣目は大会が終わったらスタイルを戻していいと言った。
けれど、この興奮を彼女が忘れることはないだろう。
そして、まだ始まったばかりだ。
この快感をこれから何度も味わうことになる。
それはいつしか癖になり、自分は通用するという感覚にきっと夢中になる。
チェンジアッパー吉田
今はまだ、そんな彼女の第1章だ。