貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第82話:楽しんでいきましょう

 

 4回裏。

 獅ノ宮の攻撃は三者凡退。

 

 5回表。

 この回で吉田さんは降板。

 ピッチャー交代。

 山田 花子が登板する。

 対する打者は5番センター護持(ごじ) 清良(きよら)

 3年生。

 左打席に入る。

 

「よ、よし……!」

 

 マウンドに上がる山田さんは気合を入れる。

 

「今度は左投手かぁ……」

 

 護持さんは嫌そうに顔を顰めた。

 彼女は.320 5本 OPS8割。

 クリーンナップとはいえ、下位打線に入っても兎美徳打線は凄まじい。

 そんな打線を相手に、山田さんの投手初デビュー。

 さぁ、どうなるか。

 

「……っ!」

 

 まずは初球。

 111km/hのカットボール。

 外角低め。

 

「……!」

「ファウルボール」

 

 三塁線、逆方向の地面スレスレ速い打球。

 落差の少ない速い落ち玉を護持さんはカットした。

 結果はファウル。

 主審の成城先輩からボールを貰って、廣目が山田さんに返球する。

 ボールを受け取ると、一度プレートから離れて息をつく山田さん。

 数秒で戻って、2球目。

 

「……っ!」

「ボール」

 

 次は攻めた。

 胸元にまたカットボール。

 ストライクゾーンにギリギリ入らないボール。

 護持さんがスイングしてファーストゴロか引っ張り方向の大きなファウルを狙った配球だ。

 が、護持さんは見極めた。

 外角低めのカットも捌いたし、恐ろしい反応と選球眼だ。

 それでいて彼女の売りは高水準の長打率を叩き出すパワー。

 少しでもバットで捉えられれば、簡単にスタンドに持っていかれてしまう。

 そんな彼女が他の能力も低くないということが今のたった2球でわかった。

 さすがは甲子園準優勝校レギュラー、伊達じゃない。

 

「……」

 

 山田さんはふぅと息を吐いて、再びセットし直す。

 次は3球目。

 これはまだ精度がイマイチらしい変化球だ。

 

「……っ!」

「……!!あぁ~!?ちくしょ~!カーブ……!」

 

 高めから外へ逃げるスローカーブ。

 108km/h。

 変化量はまだ少ないし、球も弱いが護持から見事空振りを奪った。

 今のところ廣目の要求通りに投げられている。

 練習の時も思ったが、山田さんは制球力に目を見張るものがある。

 

「……っ!!」

「……!」

 

 4球目。

 高めでストライクゾーンにギリギリ入らないカット。

 護持さんは当てるもののバックネット方向のファウルとなる。

 そして、5球目。

 

「……ぁぁ!!」

 

 雄叫びと共に放つ渾身の高めストレート120km/h。

 護持さんのフルスイングは……空を切った!

 

「うわぁ……!いい球!」

「ストライク。バッターアウト」

「や、やった……!」

 

 獅ノ宮リリーフ左腕、山田 花子。

 初奪三振!

 彼女はガッツポーズを掲げてはしゃぐタイプだった。

 

「うわー!これ絶対打ち上げたぁ……!」

 

 続く6番打者、ファースト浮千代(うきちよ) 清家(きょうか)

 3年生。右打ち。

 .285 5本 OPS8割。

【獅ノ宮ベストナイン】でリストアップした2年生先発投手、浮千代(うきちよ) 珠芽(じゅか)の姉。

 山田さんは彼女を高めカットで仕留めた。

 フェンスギリギリまでいったが、センターフライ。

 これでツーアウト。

 

「……っ!」

 

 さらに続く7番打者、サード桑名(くわな) 乙女(おとめ)

 3年生。副キャプテン。

 .394 1本 OPS6割。右打ち。

 山田さんは彼女を三振で仕留めた。

 ストレートとカットを散らして力勝ちだ。

 

「やるね、君」

「……っ!」

 

 さらっとそれだけ言い残して桑名さんはベンチへ帰っていった。

 強打者からの称賛に、山田さんは感極まって涙ぐみながら帽子を脱いで深々とお辞儀した。

 

 リリーフ左腕、山田 花子。

 1イニング三者凡退!

 鮮烈デビューだ……!

 

「ピッチャー交代。次、田中でいきます」

 

 5回裏を三者凡退で終え、廣目の申告を受けて成城先輩が受理する。

 更なる継投……次は6回表に田中 優子さんだ。

 

「うわ!アンダースローかよ!?やな継投……!」

 

 そう苦言を呈したのは、左打席に入った8番打撃型キャッチャーの慎乃(しんの) 阿海(あみ)さん。

 田中さんは廣目に要求されてサブマリンスタイルを練習した。

 とはいえ、まだほぼ一夜漬け状態。

 変則的な投げ方の中でも難易度の高いアンダースローは、そう簡単には習得できないし、センスがいる。

 しかし、廣目の特別指導は、常識に収まらない。

 だから、たった1日2日で投げるくらいはできるようになった。

 それだけでも驚異的な事象だ。

 廣目の"眼"があるからこそ、できる芸当。

 どの筋肉をどう使えばいいか、姿勢の矯正、感覚の調整。

 その全てを細部まで把握して、指摘して、修正させることが廣目にはできる。

 だから―――。

 

「や、やった!」

 

 田中さんは見事1イニング無失点に抑えた。

 平均103km/hのストレートと、最速92km/hのスライダーが彼女の今の持ち球だ。

 アンダースローに嫌な顔をした先頭打者、慎乃さんはストレート3球の直球勝負で見事完封。

 続くピッチャーの後藤さんもストレートからの外側に逃げるスライダーで、バットを泳がせて三振。

 1番取本さんと2番吉高さん、3番赤井石さんには打たれてしまったが、4番東地さんを低めのスライダーで凡打に打ち取りツーアウト満塁のピンチを乗り切った!

 これには田中さんもマウンド上ではしゃぐ。

 これで6回裏が終了。

 中龍から来た投手陣は全員無失点で投げ終えることが出来た……!

 

「代打、送ります……!」

 

 7回表。

 先頭打者が7番ピッチャーというところで、廣目が申告した。

 成城先輩が受理して、打席に入るのは右打ちの田中さんに代わって……元中龍捕手の田島(たじま) 麻里子(まりこ)さんだ!

 

「わ、私!?」

「いちいち驚いてないで早く行きなさいよ。ウチの代打要員は職人職よ。もっと冷静じゃないと務まらないんだから……ね!」

「わっ……!?ちょ、わかったから押さないで!」

 

 獅ノ宮の代打を担ってきたソユン先輩からの後押し。

 グイグイ押さえれて抵抗したが、彼女が言うと説得力のあるのは事実。

 田島さんもソユン先輩が押すのをやめて「ほら、行った行った」と顎で指図されると、それを皮切りに覚悟を決めたようで「よ、よし……!」と気合を入れて打席に入る準備をした。

 彼女のために時間を設けられたあと、スイングを幾度か挟んで田島さんは……左打席に入る。

 

「プレイ」

「……っ!」

 

 打席に入ってすぐ心の準備もままらない間に成城先輩が試合を再開させるので、田島さんは一瞬目を見開いて彼女を一瞥する。

 が、相手投手の後藤さんはもうセットポジションについてるし、常識的なタイミングだ。

 これも経験。

 田島さんは中龍時代そんなに実践を重ねた訳ではない。

 故に、中宮先輩やるきあといった初心者組のように練習試合で慣れていけばいい。

 

「よ、よし……!」

 

 再度気合いを入れ直す田島さん。

 ようやくバッティングフォームを構えた。

 

「ストライク」

「うっ……」

 

 130km/hのストレートに田島さんは反応できず、完全に差し込まれた。

 これでワンストライク。

 続く2球目も……。

 

「ストライクツー」

「……っ!」

 

 緩いカーブに反応できなかった。

 ダメだ、完全に待ち球を間違えている。

 球をしっかり見る人だから間違えたら硬直してしまうんだ。

 しかも、ただ間違えるだけじゃない。

 違うアプローチをしてしまうと、それを引きずるタイプのようだ。

 さらにカウントが追い込まれたのも重なって、彼女は余計に身体が固くなっていく。焦る。

 だから、バットを振ることもできない。

 マズイ……!

 

「大丈夫よ」

「……!」

 

 成城先輩がタイムをかけて、後ろから田島さんに声をかける。

 田島さんが振り返ると、成城先輩は柔らかい表情で緊張を解そうとしていた。

 

「最初からソユンみたいにできなくてもいいの。気負わなくていいわ。まずはバットを振っていきましょう。それに、せっかくの打席なんだからもっと楽しんで。ねっ?」

「……っ。な、成城さん……」

 

 微笑みかけてくれる成城先輩に田島さんはバットを抱えて目を見開く。

 彼女は、いつの間にか肩の力が抜けていた。

 深く深呼吸できるようになっていた。

 もう大丈夫だ。

 

「……よし」

 

 3度目の入魂。

 だが、さっきまでの2回と違って、今度は落ち着いている。

 成城先輩の言う通りだと思ったからだ。

 新生獅ノ宮野球部は目的や背景から気負いすぎてしまう。

 でも、そもそも彼女たちが野球をしてるのは野球が好きだからだ。

 だから、再建とか気負うことも大切だけど、大前提も忘れてはいけない。

 野球は、楽しいということを。

 その事を頭に入れて、田島さんは静かに打席に入った。

 そして、ちゃんと相手ピッチャーを見て、構えた。

 

「……っ!!」

 

 後藤さんが投げる。

 またカーブ!

 

「……っ」

「ボール」

 

 よく見た!

 カーブはストライクゾーンから外れて、田島さんの足元に落ちてきた。

 地面にバウンドしそうになった球を捕手の慎乃さんが抑え込むように捕る。

 これでツーストライクワンボール。

 次で4球目。

 

「……っ!!」

「ボール」

 

 4球目はストレート。

 低めで外れた。

 田島さんはまた見極めた。

 これでツーツー。

 これ以上カウントを悪くしたくないのは誰が見ても明らか。

 つまり、次の1球勝負に来る可能性は高い。

 さぁ、どう来る兎美徳バッテリー……!

 

「……っ!!」

「……っ。きた……!」

 

 5球目。

 田島さんが反応する。

 今度は待ち球だったようだ。

 速い球、高め!

 が、田島さんは焦って捉えにいかず、少し待った。

 そして。

 

「……っ!いけっ!!」

 

 バットを振った。

 金属音が鳴り響き、ボールが弧を描く。

 芯は外れた。

 ストレートじゃなくてカットだったんだ。

 だから、外側に逃げた。

 それでも。

 

「むっ……!」

 

 流し方向の速くも遅くもない中途半端な速度の打球は、守備範囲の広い桑名さんが二塁方向に追いかけたもののその上を超えた。

 三遊間を超えて内野に落ちる球。

 そのまま転がれば、レフト前に落ち着くが……。

 

「お粗末!」

 

 桑名さんが捕れなかった打球をショートの取本さんが捕球した。

 桑名さんが2塁方向に動き出した時点でその後ろに飛び出してたんだ!

 恐ろしく動き出しが早くて、判断が良い!

 兎美徳の守備の難関はこの三遊間。

 原田先輩がいなければゴールデングラブだった桑名さんの三塁手と、ドラ1候補で日本代表のゴールデングラブ取本さんの遊撃手。

 この2人の守備範囲が両方とも広く、三遊間の対処は前の桑名/後ろの取本と役割分担の完璧。

 桑名さんだって範囲は凄いのに、後ろを任される取本さんはさらに凄い。

 だから、打球にも追いつくし、肩も強い!!

 

「アウト……!」

「えぇ!?くそぉ……!」

 

 取本さんのスローイングでバッチリファーストミットに収まった球。

 速くてベース手前のワンバンだけで済む送球。

 コントロールも的確だ。

 走り抜けで負けた田島さんは、一塁ベースで悔しがる。

 だが、仕方ない。

 それに今日はこれでいい。

 積極的に打ちに行ったことが、代打の役割を担う彼女の確かな進歩だ。

 肩を落としながらベンチに帰る彼女だが、ベンチは彼女を称えて出迎えた。

 

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