貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
「よっしゃ。最後のシメ頼んだよ」
「さ、最後……うっ。ムリ。吐きそう。帰りたい……」
「だーっ!吐くな吐くな!トンボ掛けしたくねえだろ。別によ、そんな気負わなくてもいいから気楽にいけよ。な?」
「あっ。そうですよね……う、打たれても別にい」
「打たれたら承知しないわよ。あんたね、ウチは貧打なんだから。2点取るだけでもどんだけ大変だったと思ってるのよ」
「ひぃぃ……!やっぱり無理ぃ!1点取られるのもダメなんて、無理ぃ!薬飲まなきゃ病むぅ!」
内野陣に迎えられてコミュニケーションを取ったがどうやら失敗したようだ。
それを霧島先輩が必死に止めて、ソユン先輩にキレる。
「おい、ソユン!余計なこと言うんじゃねえよ!面平良が怖気づくだろうが」
「何よ。ホントの事言っただけじゃない。大体この程度でへこたれるのがクローザーってこのチーム大丈夫?」
「あんたねぇ……。ほら、
「ひぃぃぃぃ……や、やっぱり投げないとダ、ダダダ、ダメですかぁ……?」
涙目で真っ青になってる面平良さんを原田先輩と霧島先輩が慰めてなんとかマウンドに戻す。
そこに廣目も合流した。
ちょっとキレ気味で。
「ソユン先輩、チェンジです。ソヨン先輩入れます」
「は!?逆転されたらどうすんのよ!裏で点取れないじゃない」
「逆転されないので大丈夫です。交代してください」
ソユン先輩は渋々承諾したものの、「だったら、ファーストが私でいいじゃない。クレアより上手いのに……!」と不満そうにボヤきながらベンチに戻った。
ソヨン先輩とハイタッチで入れ替わって、ソユン先輩の背中を見届けた後、廣目は溜息を挟んで面平良さんに話しかける。
「内野を硬くしたので安心してください。それに練習試合なので結果は気にしなくて大丈夫です」
「い、言った……今言った……!わ、わわ私なんかに任せてどうなっても知らないからね……!?」
「はい。どうとでもしちゃってください。それと、1人で投げる訳ではなく、私と一緒だということを忘れずに」
至近距離で直接ボールを手渡して廣目は会釈する。
そのまま背中を向けて戻っていった。
廣目が去ったのを確認して内野陣も面平良さんに声をかける。
「ま、気楽に行こうぜ。バックは任せな!」
「ホントは未来を下げてクレアをレフトに、ソユンをファーストにってのが1番いいんだけど……まあこれでも十分な布陣だから安心してよ。
「守備固め見参。守備固めとは、守備を固めるから守備固め。寧ろ打球バッチコイ。エンジョイ。楽しんでいこうぜっショイ」
「あ、ありがとうございます……最後のは意味わかんないけど……」
ベンチから出てきたソヨン先輩も合流して、面平良にできるだけ柔らかい言葉を浴びせてから各々散る。
どうやら声をかけてから散ろうというのは共通認識だったようだ。
クレアは自分の性格と面平良からの印象を敏感に感じて廣目とキャッチボールをしていたようだが。
まあそんなわけで、全員が守備について打者も出てきてプレイがかかった。
面平良さんは突然1人になって辺りをオロオロ見回すが、内野陣が皆軽いジェスチャーと会釈をしてくれたので、なんとか目線を前に戻すことが出来た。
そして、向かい合うのは打者ではなく捕手であるということを意識させるために彼女の目線が自分に向くまでグラブを叩いた廣目。
そこまでしてようやく面平良は足腰ままならぬという状態から猫背だがしっかり立つようになって、ビクビクしながらも構えた。
そんな様子の彼女からは想像できないのが投球スタイル。
「は!?クイック!?」
迎える先頭打者、1番
タイミングのとり方を間違えた上に、高めの内に入ってきた87km/hの真っスラに当てたものの、球は後ろに逸れた。
彼女は打球の行方を見てからすぐ面平良さんへと顔を戻し、驚愕した様子だった。
その反応はオロオロした態度からのクイックモーションというギャップだ。
彼女は常にクイック。
しかもヒップの高さが固定で並行移動を意識した上体起こしのスライド、というのも彼女の売り。
あがり症で上体を起こし気味な性格を逆に利用したスタイルだ。
あとは踏み込みに体重を込めるのと、軸足の蹴りに力を込めることを廣目が意識させた。
これによって球速が80km/h未満から85~95km/hにアップ。
目標は最速100km/h超えだ。
「甘い!」
「ひぃ……!やっぱり打たれた!もうおしまいだぁ……」
「いや、セカンドライナーなんだけど……」
面平良さんに、廣目の要求通りに投げられる制球力はまだない。
とはいえ面平良さんのストレートはただの直球ではなく真っスラ。
取本さんのような優れたプレイヤーならともかく、普通の高校生球児なら打ちごろに見えて詰まることもある。
今回は取本さんの打球が逆方向で高さがそんなになかったのに加えて、原田先輩が得意の守備範囲で跳躍してファインプレーをしてみせたので、結果ライナーとなった。
だが、自分の投げた球が正面に返ってきたのを目にしてすぐ、頭を抱えて蹲った面平良さんの視界には残念ながら入ってない。
「おいおい。打たれてすぐしゃがむ癖は直しとけよ?打球が自分に飛んでくることもあるんだぜ」
「フィールディングとか以前の話だわ。まあ守備放棄はいいとして……紗永の言う通り、ピッチャーライナーで怪我するよ」
「そ、そう言われてもぉ……!う、打たれたら責任投手……打たれたら責任投手……ひぃ、負けたら責められるんだぁ。そんなの聞いてないぃぃぃ……!」
「oh。重症。お薬出しておきますね」
「それ、こいつにはシャレにならんからやめろ……!」
普段市販薬を通常とは異なる用途で使う面平良さん相手に危ういブラックジョーク。
そんなとんでもないものをかますソヨン先輩に霧島先輩が強めにツッコむ。
面平良さんとしてはクローザーは胴上げ投手とか勝利投手でヒーローだとか耳心地のいい紹介ばかりされていた。
だから、責任投手になりやすいセーブシチュエーションの恐ろしさに実際登板してみて今頃気づいたんだろう。
「
「ひっ……!は、はい……」
ここまで距離を取ってたクレアが初めてマウンドに近寄った。
声をかけられただけでビクついた面平良さんの反応を見て、クレアもビクッとしてその後目線を泳がせる。
そうして一瞬悩んだが、クレアは口を開く。
「私はアヘ単だが、長打力が全くないわけではない。逆転されたならば私が打ち返せばいい話だ。私にはそれしか価値がないからな。だから、もう少し落ち着いて投げるといい」
「へっ……?」
いつも通りの強い口調で淡々と告げたが、その内容は優しいフォロー。
クレアの態度と発言が合致せず、驚いた様子の面平良さん。
そんな彼女を背にしてクレアはそそくさと一塁に戻って行った。
本当にただそれだけを伝えに来たんだろう。
それに、面平良さんが自分に怯えているのを察していたから気を遣って必要なことを伝えたらできるだけ早く離れようとしたんだ。
フォローもサラッと入れたように見えて、クレアは言う直前に言い淀んでいた。
口調は強いけど良い人なのが滲み出てるんだよな……。
「あっ……えっと……」
「どう?もう行けそ?」
「えっ。あっ。はい……」
原田先輩が声をかけると面平良さんは心ここに在らずといった感じの生半可な返事だったが、頷きはした。
それを確認して内野陣は全員散り、再びプレイとなる。
「……っ!!」
「ひぃ……!」
「ファーストライナーだ。落ち着け」
バットに当たると面平良さんはしゃがむが、2番バッター吉高さんにしつこく内角を攻めてファーストライナー。
ツーアウト。
あと1人。
「あ、いけるかも……うひっ」
アウトカウントが試合終了に迫ると、膝を抱えたまま面平良さんは表情を緩ませた。
その次の投球。
「甘い!貰った……!!」
「ひゃあ……っ!?」
3番
調子に乗って適当に投げたのが原因だ。
「さぁ、逆転ですわ~!」
「あ、あわわ……っ」
左打席に入る強打者4番
バットの先を柵超えに向ける予告ホームラン。
面平良さんは顔面蒼白だ。
「お、おおお終わった……私のせいで負けるんだぁ……」
「ちょっ……!ふざけんなですわ……っ!?」
面平良さんは死んだ顔で投げた。
"スローボール"を。
ヤケっぱちになって力を抜いたんだ。
それがかえって意表は突いた。
だって彼女はここまで全力の真ッスラ以外何も投げてこなかったのだから。
まだ対戦してないネクストバッターも当然80km/h以上の真っスラが来ると思う。
東地さんはコンタクト力が高いからその意表に手を出せて
「よっしゃ。オーライオーライ。私、いける!」
浮いた打球はセカンドフライ。
最後は原田先輩が捕球して、スリーアウト!
試合終了。
獅ノ宮の勝ちだ!
「ほえ……っ?」
面平良さんはうずくまったまま。
何が起きたか分からないという様子で顔だけ上げて、「お、終わった……?」と不思議そうにキョロキョロしていた。
獅ノ宮の情緒不安定クローザー誕生の瞬間だ!