貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
「いや~!負けた負けた!はっはっは!」
そう言って笑うのは取本さん。
練習試合だから負けてもお気楽だ。
「今日は練習試合を引き受けてくれて助かったわ。ありがとう」
「あら。こっちも目的があっただけのこと。礼には及ばなくてよ」
キャプテン同士握手を交わし、
まだお嬢様口調続けるんだな……。
おーほっほっほ!といかにもな高笑いまで追加した。
とはいえ、気前の良さは"漢"のそれなんだが。
「一度部が崩壊したと聞いた時は驚いたけど、去年とは半分違う顔ぶれでよくここまで持ち直したね。特に投手が凄い」
「そうそう!私も思ったわ。守備力は内野があんまメンツ変わってないからともかくだけど、投手は総入れ替えであれはヤバいわ」
「お褒めに預かり、大変恐縮ですがまだまだ教育中です」
「マジ?あー……確かに荒削りなとこはあったか。いや、でも今の段階でも投手はそこそこ通用するんじゃない?」
「そうね。でも、数日でここまで持ってこれたから皆もっと伸び代があるわ。貴女達を抑えられたのはこっちの継投采配の効果でもあるし、今のまま野放しとはいかないわね」
「伸び代がある分、もっと育てて戦力にします。そこそこではなく、刺さるくらい通用してくれなければ困るので」
「へー、考えてんだね。てか数日であれか。えぐっ。新人ちゃん達も天才……って訳じゃないよね?ヤバいのは育成力の方か」
おっ、取本さんがいいところを突いた。
ウチの投手陣はアリアを除いて才能がある訳じゃない。
短期間での爆発的な成長は成城・廣目の育成能力による賜物だ。
だから、取本さんは着眼点がいい。
洞察力があるんだろう。
と、まあそんなこんなで
「今年の獅ノ宮も本選で当たったら勝てるかわかんないね」
「つけいる隙があるとすれば打線ですわね」
「はい。そこはウチの弱点です。とはいえ、成城先輩が復活すれば解決する問題なので当分は放置です。鍛えるべきは投手力と守備力。1点2点を守る野球をします」
「結局去年の獅ノ宮と同じスタイルか。まあ内野陣はあんま変わってないし、そうなるよね」
「投手力が売りなのは
「こっちは打線封じられたら終わりだからね~。失点はどうしてもするし」
取本さんの言う通り、獅ノ宮と兎美徳は投手を中心としているという点においては共通している。
だが、その投手陣を取り囲む野手のコンセプトが真逆だ。
獅ノ宮は守備重視で打撃軽視、兎美徳は守備軽視で打撃重視。
ジャンルとしては同じチームだが、ジャンル内では対極の立ち位置にいる。
対戦すれば勝率が高いのは……今日の結果通り、獅ノ宮だ。
兎美徳は自慢の打線を封じられれば負けてしまう。
相性問題では抜群、とはいえ去年のようにコンディションで左右されるから野球はわからないが。
今年はそれを皆ちゃんと理解してるだろう。
ちなみに獅ノ宮と相性が悪いのは超打撃重視のチームか野手力の総合値が高いチームだ。
「出来れば当たりたくない要注意候補なのは間違いない。まあ……本選に上がってくれば、の話だけど」
「え?」
雑用しながら耳を傾けていた俺はキョトンとして思わず会話に入ってしまう。
全員の視線が俺に向いて、取本さんが気を遣ってくれた。
「そっか。君、新人くんだから知らないか。あのね、埼玉は全国の中でも特に魔境の地区なの。球児達の間だけじゃなくて世論の中でも毎年話題になってる。獅ノ宮が台頭して以来、
「……!」
取本さんの言葉を聞いてハッとした。
俺たち獅ノ宮と同じ地区、埼玉の強豪。
獅ノ宮を含めて2校。
その一対はもう……ひとつしか思い当たらない。
間違いない。
埼玉の強豪―――【
「本当はわかってるんでしょ?今のままじゃ
「……そうね」
取本さんに指摘されて、成城先輩は廣目を一瞥したあと肯定する。
廣目はアリアをチラ見したので多分本音ではちょっと違うんだろう。
と、いうのも今日はアリアが本調子じゃなかったから、取本さんに限らず兎美徳の皆はアリアが160km/h投げることを知らない。
それどころか150km/h台をバンバン出すことも認知していない。
だから、彼女達から見えてる獅ノ宮ではそういう分析になるんだろう。
とはいえ成城先輩が最終的に頷いたことを考えると、取本さんの指摘もアリアを計算に入れたとしてもあながち間違いではないと見た。
だが、取本さんは勝敗を分けるキーは他にもあると見ているようだ。
彼女は、試合後の片付けをする獅ノ宮メンバーのうち"1人"に目を向ける。
「ねえ。……あの
『……っ!』
取本さんが見たのはトンボ掛けをしてる原田先輩。
えっ、原田先輩を眠らせたままって……どういうことだ!?
「あぁ、そっか。少女野球の時、一緒だったんだっけ?」
「敵だったけどねー。地区が一緒だったってだけ。でも、敵から見てもあの頃のあの
取元さんの目が哀れみの目になる。
原田先輩について何か事情を深く知っていてそうだ。
なぜそんな目をするのか、凄く気になる。
「正直、小学生の頃の原田と対戦した方がよっぽど怖いわ。あぁ、涼香の方ね。あれが元に戻れば
「……つまりどういうことですの?彼女は今、本気を出してないとでも?」
「ま、そういう事になるかな。お姫ちゃ~ん!」
「だーっ!引っ付くな!女が引っ付いてきても暑苦しいだけなんだよ!沈めんぞ!」
ダメだ。
取本さんがおふざけモードに移行して東地さんにスキンシップを取り始めので、話が有耶無耶になった。
……色々気になる情報が出たが、もうツッコミづらくなってしまった。
「とにかく、今年の
取本さんは神妙な面持ちになる。
想起してるんだ。
「……正直いってあんた達が規格外の天才集団でも今のあんた達ならよっぽど向こうの方が怖い。アイツらは異常だ。野球を暴力だと思ってやがる」
野球を暴力……?
「待ってちょうだい。貴女達もしかして……
成城先輩が尋ねる。
そうだよな、俺も同じことを思ってた。
想起するってことは"今年の"
案の定、取本さんは静かに頷いた。
「春前にね。ウチはボロ負け。8-15」
「え!?」
取本さんが口にしたその試合結果に俺は驚く。
だって、今日対戦した兎美徳はそんな大差をつけられるチームだとは到底思わなかった。
投手力が売りの彼女達から2桁得点を奪い、打撃重視の野手陣を上回る攻撃力。
それが……
「ね?言ったっしょ。今年は簡単に甲子園に行けると思わない方がいいよ。なんなら、甲子園本選よりも厳しいかもしれない。アイツらが主力になって、引っ張る王皇は……これまでの比じゃない」
最後に、取本さんは雑用しながら皆と談笑する原田先輩を遠巻きに見た。
そして、練習試合をした仲だからか、俺たち獅ノ宮に忠告してくれる。
「舐めてかかったら……あの百獣の王に、喰らい尽くされるよ。
そう言った取本さんの表情は真剣だった。