貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第87話:もう1人の原田

 

「おはよう、(りん)。さすが。史上最強ショートストップ候補は朝も早いね」

「……何?急に」

 

 寮生活を送る運動部の女子高生2人。

 彼女たちは埼玉のとある高校の野球部員だ。

 朝練前から励む"(りん)"と呼ばれた女子は、寮の玄関で1人の部活仲間に声をかけられた。

 こんな朝早く起きるのは部長だけ。

 とはいえ声をかけてくるのは珍しい。

 変な絡み方も気になるし、何かしら用事があって接触してきたのだろうと(りん)は睨んだ。

 そして、それをご明察とでも言うように部長は、壁に肩を預け腕を組んで笑みを作る。

 

獅ノ宮(しのみや)がエントリーしてきたよ。春はいなかったのにね」

「……っ!」

 

 靴紐を結びながら話半分で聞こうとしていた(りん)が、目を見開く。

 そして、すぐにその目を据わらせて嫌そうに顔だけ振り返る。

 するとわざわざ告げてきた張本人はニヤニヤしながら待ち構えていた。

 その表情を見て「感じ悪っ」と(りん)はさらに顔を顰める。

 

「人聞きが悪いな。私は校内でも王子様だって評判なんだよ?」

「……半分嫌味でしょ、それ。てか何?自慢?」

「まさか。私が受け取る好意は一つだけ。そう!愛しの摂津くん―――」

「あのさ。もう行っていい……?」

 

 いつも口にしてる男の名が聞こえてすぐ。

 (りん)は靴紐を結び終えたので足早に玄関から去ろうと思った。

 だって、摂津くんの話をする時の栗深(くみ)、いつも話長いし。

 だが、そうやって切り抜けようとするのを確認すると、部長の江山(えやま) 栗深(くみ)は、また張り付けたような笑みを浮かべて先回りした。

 具体的には玄関の扉の前に移動して、そこに背を預けて(りん)の行く手を阻む。

 そんな栗深(くみ)の行動に(りん)は溜息をつく。

 

「何?邪魔なんだけど」

「……トーナメント表のリークも一足早く手に入れたよ。獅ノ宮(しのみや)とは決勝で当たる」

「両方勝ち進めば、でしょ。てかどうでもいい。今の王皇百十(ウチ)ならどこも相手にならない。ましてやあんなとこ……」

 

 (りん)栗深(くみ)を避けて横にスライドする扉を開けようとする。

 だが、手をかけたところで栗深(くみ)の腕は(りん)の前を遮るように伸びて……要するに横から壁ドンされた。

 同時に(りん)のジャージポケットの中でスマホがバイブする。

 

「今送ったのは今年の獅ノ宮のデータさ」

「だから、興味ないって」

「今年はあの"規格外"達が9人いる……と言っても?」

「……っ!」

 

 (りん)がようやく反応して 栗深(くみ)に顔を向けた。

 そして、「やっと可愛い顔を拝めたね。景気がいい。今日も良い1日になりそうだ」と栗深(くみ)は歯が浮くような調子のいいことを言う。

 対する(りん)はハッと吐き捨てた後、褒められた顔をわざとさらに顰めた。

 ついでに舌打ちも添えておいた。

 

「どうせそのうち1人は使いもんにならないでしょ。くだらない」

「2人だね。成城冬華も今は怪我をして地区大会には間に合わないとの噂だよ」

「成城って……尚更話にならないじゃん。あれが欠けたら終わり。以上」

「冷たいねぇ。獅ノ宮には妹分がいるっていうのに、酷いお姉ちゃんだ」

「……姉妹じゃない。ただの従姉妹。何度も言ってるでしょ」

 

 もういい?と尋ねる(りん)

 それに対して栗深(くみ)は肩をすくめる。

 

「成城と()()1()()の原田はともかく、向こうには最速160km/hのピッチャーなんてものもいるらしいよ」

160(ひゃくろく)……っ。………………は?」

 

 耳を疑った。

 冗談だとしか思えない上に、冗談だとしても面白くない。

 160km/hどころか150km/h後半を超えれば世界記録だ。

 だから、日本の女子高生球児が世界記録を軽く超えるなんてありえない。

 ありえない……いや、そんなことはない。

 なぜなら今の女子高生球児が1番知ってるからだ。

 あの獅ノ宮ならば、嘘と一概に決め付けられない。

 そう思ったのと同時に栗深(くみ)(りん)のジャージのポケットをつつく。

 硬い感触があって、コツコツと音もした。

 中にはスマホが入ってる。

 

「試合の日程も送ってある。初戦の視察を(むらさき)に頼んでるんだ。一緒に行ってきたらどうかな?」

「……なんで私が。ていうか紫も何引き受けてんの。主力でしょ。そんなの1年のベンチ外にでもやらせればいいのに」

「彼女達じゃ役者不足さ。凡人にあの獅ノ宮は計れない。観に行っても何も感じ取れない」

「……」

 

 栗深(くみ)の言い分に(りん)は押し黙る。

 同意見だからだ。

 1年に行かせてもただの観戦になって帰ってくるだろう。

 なるほど、なら正捕手の進川(しんかわ) (むらさき)に行かせるのはわかる。

 だが、自分が行く必要性はまだ理解できない。

 

「妹はともかく、160km/hだけでも拝んできてくれないかな」

「……だから、姉妹じゃない」

 

 (りん)は後頭部をかく。

 めんどくさい。

 どうせ首を縦に振るまで玄関を通してくれない。

 再度ため息をつく。

 

「……わかったわかった。行けばいいんでしょ?」

「おや。物分りがいいね。いい子だ」

「やかましい。顎クイすんな」

 

 栗深(くみ)の手を払い除ける。

 視察を受け入れてようやく壁ドンも解いてくれたので、(りん)はやっと扉を開けて外を拝む。

 今日はやけに重い扉だった。

 1歩外に出ると、準備運動をする(りん)の背中に栗深(くみ)はまだ声をかけてくる。

 

「しっかり見て、攻略法を見つけてきてくれ。期待してるよ―――君は高校BIG5、代表正ショート。我ら王皇百十(おうきみももと)のNO.1プレイヤー"()() (りん)"だからね」

 

 王皇百十(おうきみももと)

 その名前を背に宿すジャージ。

 背中を見せたまま、(りん)は少しだけ顔を動かした。

 だが、振り返りはしない。

 栗深(くみ)に見えるのは前髪がかかって目元が隠れた横顔だけだ。

 

「何?なんかわざとらしい」

「はて。何の話かな~」

 

 指摘するとはぐらかして上機嫌に室内へと戻っていく嫌な部長。

 おそらく焚き付けたかっただけだろう。

 何が王子だ、絶対性悪女の間違いだと内心ぼやく。

 本当に趣味が悪い。

 もうあの()のことなんてどうでもいいのに……。

 

「……涼香(すずか)

 

 ()()と呼ばれたその少女、原田 (りん)

 従姉妹の名前を呟いてランニングを始めた。

 

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