貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第89話:新生獅ノ宮学院高校野球部

 

「やっと着いたで!まだ地区大会の地方球場やのに人ほんま多いなぁ」

「……」

 

 大宮野球場。

 ここで行われるのは埼玉地区のトーナメント。

 地区大会の開会式が昨日終わり、今日は1回戦を3試合。

 明日に残り3試合も行われて1回戦突破の高校が揃うことになる。

 その中でも地区郵趣候補の【獅ノ宮(しのみや)学院高校】と【王皇(おうきみ)百十(ももと)学院高校】は日程が分かれている。

 前者が初日で、後者が2日目だ。

 だから、今日は王皇(おうきみ)の女子球児達は試合がない。

 その代わり、王皇野球部から2人、部員が試合を観戦していた。

 

 1人は、世代最強ショート"原田(はらだ) (りん)"。

 もう1人は、王皇(おうきみ)の正捕手"進川(しんかわ) (むらさき)"。

 

 もちろん彼女達が観戦している対戦カードは……獅ノ宮(しのみや)

 ちょうど真昼間の1番暑い時間に本日2戦目として、試合を行っている。

 

「こんな暑っつい中よぉやるわ。ウチらは明日夕方やし、最高やな」

「別に。いつやろうが私のパフォーマンスは変わらない」

「おー。さすが代表正ショート。言うことがちゃいますなぁ~!」

「うっざ」

 

 ニヤニヤしながら煽ってくる同級生に(りん)は顔を顰める。

 関西弁の同級生正捕手、(むらさき)(りん)をイジれてご満悦だったが、ふと前のめりに立見席で手すりに腕を乗せて身を委ねると、「アァァツゥゥゥ!」と叫んで悶絶したので今度は(りん)がご満悦になった。

 ざまぁみろ。

 

 そう思っていた矢先、球場がどよめく。

 

『えぇ!?』

『えっ、嘘でしょ!?』

『ちょ。マジで……!?』

『はぁ!?ヤバ……!!』

 

「……っ!」

 

 周囲の観客……その殆どが女性。

 試合開始のブザーが鳴ったのがつい数分前。

 そして、獅ノ宮の先発ピッチャーが球を投じた時、そのざわめきは起きた。

 試合に対する興味が薄く、視界の端で捉えるくらいに留めていた(りん)も、視界の端でその豪速球が横切ったことに思わず二度見した。

 

「球速……っ!」

「153km/h!?嘘やろ……!マジやったん!?」

 

 即座にスクリーンのスピードガンを見た(りん)に、(むらさき)も身を乗り出して信じられないようなものを見る目でマウンドに注目する。

 彼女達の視線を得たその投手は、捕手の返球を受けてまたセットポジションに入る。

 球場が騒がしくなっても動じない。

 平然とした態度、間違いない……あの女にとって153km/hは"普通"なんだ!

 

「メジャーリーガーやん……てかメジャーでも上澄みちゃう?」

「いや、あの()の最速は多分あんなもんじゃない。150後半……くるよ」

 

 (りん)の言葉に紫は言葉を失って、思わず「は?」と仲間を疑う。

 だが、直後に155km/hが叩き出されて絶句した。

 球場全体がまたざわめく。

 もうSNSでも急上昇ワード10位までランクインしていた。

 この調子なら拡散力トップになるのも数十分の問題だろう。

 さっきまで関心がなかった(りん)も紫に並んで、マウンドを見つめる。

 

「あれが獅ノ宮の新しいエース……左右投げで右の最速が160/左の最速が149km/h。加えてタフネス。―――【両投(りょうとう)のアリア】か」

 

 (りん)がその名を口にする間も、突然現れた新星投手オイゲンはガンガンとストレートを投げ込んで3球三振を奪っていく。

 対戦相手は至って普通の公立高校(女子)野球部。

 当然、世界記録を持ち、メジャーすら超越しているピッチャーの相手になど全くならない。

「ムリムリムリ!あんなの打てないって……!」「ちょ、マジ聞いてない!何あれ……!?」「速すぎ!」「有り得ないって!」「てかまた獅ノ宮……!」「高校生のレベルじゃないじゃん……!」と対戦打者はみんな悲鳴を上げている。

 

「どひゃー!気持ちわかるわ。あんなん人間ちゃうわ。完全にレベル間違えとる。あれの相手ウチらもよぉせんくない?マジで獅ノ宮と当たったらやばいってか確実に当たるやん。あのピッチャー決勝まで打たれへんやろ絶対」

「……」

 

 紫が対戦相手に同情する。

 (りん)は隣の紫を一瞥して、冷めた目で三者三振でマウンドを降りるアリア・オイゲンを見下ろした。

 

「……別に。攻略法ならあるでしょ。ストレートしか投げないんだし。それに全試合あの()が投げる訳じゃないんだからどこかしらで敗退する可能性も普通にあるくない?」

「いや、そらそうやけど1回負けたら終わりなんやしやばかったらリリーフでも出すやろ」

「それもそうか。まあともかく王皇(うち)なら対策のしようはある。それよりも……あの球を捕れるキャッチャーの方がやばい」

「あー、確かに。よぉ捕れるわ」

 

 スクリーンを見てスタメンを確認する。

 C表記の隣に記された名前は"廣目 惟"。

 マスクを被ってる姿は見たが、ベンチへ戻る時立ち上がったのを見て(りん)は目を見開いた。

 小さい。

 とにかく小さい。

 おそらく身長は130cmもない。

 あの体躯であの豪速球を容易く捕る。

 それに、なにか違和感がある。

 いくら常軌を逸した豪速球が投げ込まれているとはいえ、打者全員が3球全て微動だにできなかった。

 少なくとも反応して身体がピクリと動くことくらいはあってもおかしくはない。

 だが、誰も石化したかのように微塵も動くことができなかった。

 何よりストレートが差し込まれたコース。

 豪速球に目を奪われて誰も注目してないだろうが、あのリードは何かおかしい。

 あまりに全て()()()()()()()()

 それに根拠はないが自分で考えているリードには見えなかった。

 まるで何処に投げ込めば正解かあらかじめ知っている、そんな風に見えた。

 彼女はただ、模範解答をなぞっているだけだと……なぜか、なぜかそう映る。

 

「なるほど……だから、【超眼(ちょうがん)廣目(ひろめ)】か」

「ん?どういうことなん?」

「いや、まだ憶測だからこっちの話」

 

 確証はない。

 だから、今は紫に対してははぐらかした。

 特に彼女には確信してから情報を共有したい。

 あのバッテリー……打ち崩すなら間違いなくキーマンは"紫"だ。

 絶対に刺さる。

 だからこそ、失敗はできない。

 ここで曖昧なことを口走らず、慎重に動く必要がある。

 

「次、獅ノ宮の攻撃やで!」

「……言いそびれたんだけど、私が来るってなったなら紫は来なくても良かったのに。なんで来たの?」

「えっ。なんやねん。来ちゃあかんかった?ウチ」

「いや、別にそういう訳じゃないけど。ただ紫は大事な選手(プレイヤー)だし、私が来るってわかったらこんな事に時間割く必要ないかなって」

「……?よーわからんけど、楽しいで!野球観るのも好きっていうのもあるけど、勉強にもなるし!」

「あぁ……そっか」

 

 一切曇りなき眼で言う紫に、そういえばこういう()だったなと思い返した。

 野球に対して真摯で純粋。

 裏腹にプレイスタイルは豪胆だ。

 ギャップが激しくてどちらかをよく忘れそうになる。

 

「おっ!(りん)の妹は7番か~。下やな~!」

「……だから、妹じゃないって」

 

 紫が確認したのはスクリーンの打順。

 獅ノ宮のスタメンには(りん)と同じ苗字がある。

 

 ○獅ノ宮(しのみや)学院高校 地区大会シフト

 

 1.1B クレア・バローナ

 2.3B ユ・ソユン

 3.RF 美山(みやま) 優希(ゆうき)

 4.LF 長門(ながと) 未来(みく)

 5.CF 中宮(ちゅうぐう) 秋奈(あきな)

 6.2B 原田(はらだ) 涼香(すずか)

 7. P アリア・オイゲン

 8. C 廣目(ひろめ) (ゆい)

 9.SS 霧島(きりしま) 紗永(さえ)

 

 

「……どこで点取るん?この打順」

「知らん。どうでもいい」

「てか(りん)の妹ってセカンドやっけ。去年一昨年サードちゃうかった?」

「……っ!」

 

 紫に指摘されて(りん)もようやく顔を上げる。

 確かにセカンドストップで名を連ねていた。

 内野のある一箇所の名前も見る。

 ……彼女とあの()なら、絶対に後者の方がいい。

 サード適正だってあるんだし。

 なるほどね。

 まだ()()()()って訳だ。

 

「くだらない。こんなチームに負けるビジョンが見えない。成城(なりしろ)もいないし、あのバッテリーさえどうにかすれば勝ちは確実」

「……まだ決めつけんの早いやろ。最後までちゃんと見とこーや」

 

 紫に言われて鋭い視線を交わす。

 仕方ない。

 継投入るまでは見ていくことにした。

 

「打線は相変わらずって感じやな~。今日は相手が雑魚いから1番2番の外国人が出塁して5番でなんとか返しとるけど、相手が強くなったら結局美山(みやま)長門(ながと)頼り。去年からなーんも変わってへん。ヤバいピッチャーが成城(なりしろ)からオイゲン?ってのに代わったくらいやな」

 

 5回まで見て紫が放った意見。

 概ね(りん)も同意だ。

 異なるのは捕手も劇的に変化したという点のみ。

 打線は相変わらず。

 内野は成城が抜けた分落ちてる。

 外野はまあ去年よりはプラスか。

 つまり総合的には"変わってない"と評するのは無理もない。

 結局今日も2得点と無失点。

 去年と同じ、1点2点を守りきる野球。

 投手力と守備力が特徴のチーム、そこにプラスとして【美山(みやま) 優希(ゆうき)】がいる。

 ずっとそんなチームだ。

 

「お、ピッチャー交代?早ない?6回やで」

「……!」

 

 紫の言葉に反応する。

 興味が失せて完全に背を向けていたが、振り返った。

 だって、これでようやく帰れるし。

 

「おっ。キャッチャーは代えへんけど……控え捕手をファースト?んでファーストにいたやつがライトに行って……サードに美山?サードにおった韓国人がショート……なんやこれ」

「練習でしょ。中継ぎも一新してるから試したい。でも、逆転された時のために打線は維持したいってとこじゃない?舐めプ入ったね」

 

 (りん)の解説に紫がなるほどね~とボヤく。

 決勝までこの試合を含めて3試合。

 恐らく先発のオイゲンは決勝戦の先発投手として置いておきたいはず。

 と、なるとここで過剰に投げさせても意味はない。

 加えて決勝戦までにプルペンにある程度経験を積ませておきたい。

 つまり、全て決勝戦で当たるであろう王皇(おうきみ)百十(ももと)を想定した計画(ムーヴ)だ。

 

「どえらい意識してもろて。背筋が伸びますなぁ~」

「本気で言ってる?」

「いや、全然」

 

 よかった。

 そんな相手がどう動くかでやる気の度合いを変えられたらたまったもんじゃない。

 どこだろうが、相手を下に見ることはあっても侮ることはない。

 全部全力で叩き潰す。

 それだけ。

 

「おっ。もう帰るん」

「そうだけど、なんか文句ある?」

「ん~にゃ?てかウチも帰ろっか思うてたところやわ。一緒に帰ろーや」

「もういいの?」

「いいっしょ。もう大体わかったやん。これ以上はただの観戦や。1年に動画は撮らせてるしもうそれでええやろ」

 

 そう言ってグランドに背を向ける紫。

 ジャージのポッケに手をつっこんでつかつかと歩いていく彼女に、小走りで追いついて肩を並べた。

 2人の背中にある【王皇(おうきみ)百十(ももと)】の文字がチラホラ衆目を集める。

 2人は球場を後にした。

 

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