貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
地区大会第1回戦。
いよいよ迎えた初戦は、5回終了まで順調だった。
5回を投げきったアリアに廣目が声をかける。
「アリア先輩、交代です」
「んっ。まだいけるが……どういう意図だ」
「決勝戦の先発も考えたらここでイニングを食う必要はありません。それに2回戦3回戦とリリーフで登板する可能性も加味すれば今日はこのくらいにしておくべきかと」
「そうか。わかった」
廣目の説明を受けたら二つ返事になるアリア。
すぐにオフに入って肩のケアを始めた。
続いて肩を作るのは吉田さん。
「吉田先輩。第3戦は先発を任せるのでこの試合の1イニングで大会に慣れておいてください」
「わ、わかった……!」
「あと山田先輩も次の試合でプルペンデーの先頭にするつもりなのでそのつもりでお願いします」
「わ、私が……!?」
「はい」
「……っ。わ、わかった……頑張るね!」
廣目に告げられてプルペンから2人の投手が気合を入れる。
なるほど。
廣目の考えはわかる。
アリアを全快で決勝のマウンドに上げるためには、第3戦は誰かにイニングを食ってもらいたい訳だ。
その役目はアリア以外で唯一の先発投手である吉田
その為、第3戦の投手起用はほぼ確定的。
問題の第2戦は、これもまたアリアを先発にする訳にはいかないので、今日の初戦にアリアを持ってきた。
そして、第2戦では吉田さんを除く投手リレーだ。
1~2イニングくらいならアリアも投げて問題ない。
充分試合を消化できるという計算になる。
「廣目さん。ここでもう色々試してしまいましょう」
「おや。守備固めシフトにしようとしていたんですが……試すとなるとその逆になりますかね」
「そうね。やるなら逆転されてもやり返せる布陣にしましょう」
采配に関しては成城先輩も介入してくる。
彼女の進言により、5回終了時に2得点のアドバンテージを得た獅ノ宮はさらに攻撃的な布陣に組み替えた。
1B:クレア・バローナ→田島
SS:霧島
3B:ユ・ソユン→
RF:美山 優希→クレア・バローナ
in:田島 out:霧島
と、いった感じだ。
霧島先輩だけがベンチに戻ってきた。
廣目が言ったように攻撃力強化もあるが、主に実践形式の守備練習が目的だろう。
田島さんとクレアはサブポジとしてファースト/ライトを習得して貰いたいとは前から告げていた。
2人がサブポジを得ると作戦の幅が一気に広がる。
と、ここまではわかる。
だが、それを試すためのとばっちりでえぐい事が起きている。
その問題は……。
「ちょ、編成ミスでしょ!私ショートは"できる"ってだけで上手くないんだから、やる気ない
ショートを任されたソユン先輩が悲鳴をあげながら、捕球に失敗する。
それもそのはず。
彼女が言ったようにニコニコしながら微動だにしない美山先輩と守備範囲が極狭の長門先輩、そんな2人が存在する三遊間は地獄だ。
抜けるわ、落ちるわ。
最悪の一言に尽きる。
「な、なんとか廣目のリードでこっちに飛んでくる打球少なかったから失点には繋がらなかったけど……マジ二度とごめんだわ、このシフト!」
「ソ、ソユン先輩お疲れ様です」
ベンチに戻ってきてカリカリしてるソユン先輩にタオルと飲み物を渡す。
そんな俺を、声をかけたその瞬間から彼女は首がねじ切れるんじゃないかというくらいの勢いで、ぐるん!と俺を見て目を輝かせる。
「やーん!こういうのがされたくてずっとマネが欲しかったのよ!もうあんただけが癒しよ、津川~!」
「ちょ、ソユン!どさくさに紛れて津川に引っ付くな!」
「何よ。あんたにとやかく言う権利ないでしょ」
「はぁ~!?そういう問題じゃないっての!」
「あはは……」
ソユン先輩が俺に抱きつこうとして、原田先輩が妨害する。
恋愛経験ない俺にとってこのモテ具合は嬉しいが、経験値が少ないからどうしていいかわからなくて愛想笑いしかできない。
とにかくソユン先輩はこういうシチュエーションに憧れてたようで、夢が叶ったと上機嫌になった。
なんか知らないけど機嫌が直ったのはよかった!
ベンチの雰囲気の悪さは去年の獅ノ宮の想起に直結するから、ベンチを暗くしないというのは大事だ。
「ソユンの意見は一理あるわ。廣目さん、サブポジを全て実践すると三遊間に穴ができるのは事実。これをするならショートの守備範囲が広くないと厳しいわ」
「……」
成城先輩が進言する。
とりあえずやってみたはいいが、ソユン先輩の言う通り厳しい布陣であるというのは同意のようだ。
話を傍目で聞いて、原田先輩が前のめりに俯く。
タオルを被ってるからその表情は見えない。
成城先輩は彼女を一瞥し、廣目もその視線を追ったが、2人ともすぐに目の前のお互いに戻った。
「では、次の回からはソヨン先輩をショートにいれましょう。今はそれしか対処法がありません」
「仰天。まさかのソヨンがユーちゃんの出場機会を奪うとは。姉孝行失敗」
突然の指名にソヨン先輩が瞠目……してるのか?
無表情すぎて分からない。
というかソユン先輩に対する呼び方が安定しないな。
「……まあ今はそれしかないわね。優希がやる気を出せばどこまでも守れるのだし、未来のカバーは厳しいけど仕方ないわ」
「はい。仕方ありません。とにかくこのシフトはできるだけ避ける方向でいきましょう。試すことがあったので、今日だけです」
そう言って廣目は審判に申告して、選手交代となった。
今の獅ノ宮ナインはこんな感じ。
1.1B → RF クレア・バローナ
2.3B → SS ユ・ソユン → SS ユ・ソヨン
3.RF → 3B
4.LF
5.CF
6.2B
7. P アリア・オイゲン - 吉田
8. C
9.SS
※投手は継投の予定
「ひぃ!?打たれたぁ!もう無理ぃ。終わりだぁ。病むぅ!」
「いや、だから打ち取ってるっての……ちゃんと打球どこ飛ぶか追いなよ?」
結論から言うと今回の試合。
最終回、クローザー
スコアは3-0で獅ノ宮の勝ち。
面平良さんは途中また調子に乗って炎上しかけたが、満塁になったところで顔が死に始めて、「もうダメだぁ……私のせいで負けて責められるんだぁ……それに耐えられず自ら命を絶って新聞とかに載って死んでもなおSNSで叩かれるんだ……最悪……帰りたい……ヘラるぅ……」とボヤきながらも最後はセカンドライナーでちゃんと抑えた。
基本的にもうどうにでもなれ!という精神状態に至った時の面平良さんは、エグい真っスラを投げ込むので相手も芯では捉えられなくなる。
なぜかは知らないけどそういう時だけ面平良さんは制球力めちゃくちゃ上がるんだよな……。
「嘘ー!絶対奇跡起こると思ったのぃー!」
「最後サヨナラの流れだったじゃん!なんでぇ~!?」
「最後のピッチャーは打てるピッチャーだったのに……!」
「私の力不足だ……皆、最後打てなくてごめん……」
「そんなことないよ!」
「そうですよ!先輩は悪くないです!」
「でも、私だけ打てなかったし……皆打ってたのに……先発みたいなありえない豪速球とかじゃなかったのに……!」
「違うって!ツーアウト取られるまでは普通にいいピッチャーだったもん!先頭2人だって打ち取られたでしょ?」
「あれ?そういえば確かにツーアウトから急に打てそうな感じになりましたよね?」
「ぬあー!【野球はツーアウトから!】したかったー!」
『それな』
「私たちの夏もこれで終わりか……うぅ……」
「……」
対戦校のベンチの様子だ。
たまたま耳に入ってきたが、向こうにも向こうのドラマがある。
俺たちは彼女達の夢を挫いて先に進む。
決して忘れてはいけないことだ。
相手の女子高生球児は最後、全員号泣しながら整列した。
地区大会初戦負けするようなチームが?と思うかもしれないが、彼女たちもそれなりに強豪ではある。
本来ならこんな初戦負けするようなチームじゃないのだから、まさかの初戦負けでショックを受けても仕方ない。
まあ相手が獅ノ宮の時点で少しは覚悟していただろうが、去年と状況は違うし、直面すればやはり辛くなるものだ。
ていうか地区の運が悪すぎる。
"規格外の天才"達の巣窟・
仮に獅ノ宮を避けられても代わりに甲子園出場回数2桁の
どの道、甲子園までの道のりは絶望だらけというワケだ。
ここの予選は
だが、最後の決勝だけはわからない。
この2校がぶつかるのだから。
潰すか、叩かれるか。
それがこの地区の目玉でもある。
「では、ダウンをしたら帰りましょう」
『はーい』
試合が終わって撤収となった時に部長の
これにて待ちに待った地区大会の開催と初戦は終了だ。
……ここまで来るのに長い道のりだったが、始まってみれば時間が経つのは早い。
まあ正直警戒するのは
とはいえその
相手にならないといえば、強豪たちにも言えるのかもしれない。
だが、
相性問題、獅ノ宮の内部事情など色々と不安要素はあるのだから尚更だ。
"絶対"は存在しない。
それに、相手を抜きにしても、【
成城先輩の考案した【ベストナイン計画】も成城先輩を欠いてる訳だし、廣目が1人で対抗できるという主張も廣目の焦りから出た発言だと発覚したのだから、確証はない。
まあだが、それらは今は解決のしょうがない話だ。
俺達がやるべきことは今のメンバーで出来ることをやって、油断せず目の前の敵を倒していくしかない。
それは全員の共通認識だ。
全て倒すために、長い目で見て采配することもあるが、それでも勝てるように動かす。
目指すは全て倒す。
それ以外は……要らない。