貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第91話:久々の悪魔

 

 第2戦。

 獅ノ宮は後攻。

 俺は、ベンチで観戦すると同時にスマホで中継も垂れ流した。

 もちろん皆の集中の妨げにならないようにイヤホンをしている。

 本当は、観るつもりなかったんだけど成城先輩が野球観戦が好きなら実況も欲しいだろうと勧めてくれたのでその厚意に甘えた。

 結果、臨場感相まって凄くいい感じになっている。

 

『実況はワタクシ!オオヤマがお送りします!!熱い。熱い!高校野球!その地区大会、埼玉地区!私と一緒に盛り上がって参りましょう!!押忍!!!』

 

 いや、その挨拶は柔道とかだろうとずっ転けそうになった。

 まあ当然のことながら女性実況者だ。

 そうだろうなと予想はしていたが、実際に聴いてみると違和感はある。

 でも、まあ競馬とかだと女性実況者って結構いるし、暫く聴いてると慣れたから問題なしだ。

 どっちかっていうと性別云々よりこのオオヤマさんっていう人個人に癖がある。

 とにかく声が大きて暑苦しいまさに体育会系だ。

 なんでも元体育教師らしい。

 うん、そんな感じする。

 

 と、まあそんなことは置いといて試合に意識を戻そう。

 ちなみに今回はスタメンを弄った。

 以下がこちらだ。

 

 

 1.1B クレア・バローナ

 2.3B ユ・ソユン

 3.2B 原田(はらだ) 涼香(すずか)

 4.LF 美山(みやま) 優希(ゆうき)

 5.CF 中宮(ちゅうぐう) 秋奈(あきな)

 6.RF ユ・ソヨン

 7. P 山田(やまだ) 花子(はなこ)

 8. C 廣目(ひろめ) (ゆい)

 9.SS 霧島(きりしま) 紗永(さえ)

 

 

 今日の先発ピッチャーはサウスポーの山田さん。

 ブルペンデーということもあり、今日は守備重視のシフト。

 長門先輩がベンチスタートだ。

 しかし、なぜかそういう日に限って打線が爆発している。

 

「ふんっ」

「ほっ……!」

「よっしゃ!!」

 

 初ロング登板の山田さんを想ってか、初回から1番2番3番の3連打!

 クレア、ソユン先輩、原田先輩の鬼出塁だ。

 これでノーアウト満塁。

 しかもその後、敵が可哀想になる悲惨な出来事が起きる。

 

『優希ちゃーーーーーーーーーんっ!!!!』

「あは~!昨日お気に入りのリップに入って機嫌いいから今日は打っちゃおーーーーーっ!!」

「は!?!?!?!!」

 

 初戦同様、美山ファンがレフトスタンドに押寄せる中。

 相手先発による絶妙なコース、完璧な決め球。

 ノーアウト満塁のピンチに初回からギアを上げてベストコンディションで投げたにも関わらず。

 それを嘲笑うかのようにニコニコの満面の笑みでエグいスイングを魅せる、女が1人。

 

 ガキィン!と。

 

 凄まじい快音が響き渡り、それはまさしく芯で捉えた音。

 インコース低めをドライバーショットで完璧に拾い、しかも起死回生!匠の技でなんとか!という感じでもなく。

 いや、息をするより簡単ですけど?みたいなこれが当たり前ですという誰が見ても明らかな余裕のコンタクト。

 

 ―――甲子園得点圏打率9割女 【悪魔の美山】、ここに極まれり。

 

「あはっ」

 

 舌ペロしながらフォロースルーからバットを手放し、垂直に重力に引かれて落ちたバットはグリップから地面に触れて、バウンドしてから寝転ぶ。

 美山先輩は、悪魔の微笑みでスタンドを指さしたあと、カメラを探す。

 見つけたら頬を含ませて猫の両手を添えてあざとく顔を傾かせた。

 身体もくねらせた。

 横歩きで一塁へ向かい出すくらいの意識ぶりだ。

 彼女にとってホームランは打てたではなく、打つと決めて打てるもの。

 心の内で決めたその時から確信していたのだから、あとは性格上目立つ為の行動に走るのは必然。

 美山優希にとって、ホームラン打つと決めたあとの打席は結果が決まっているからもはや意識になく、打ったらすぐまるで予定通りといったようなスピード感で即座にあざとく振る舞う。

 多くの野球ファンがなんとなくは察している。

 美山 優希は野球において全知全能だと。

 彼女にとって高校野球など遊びに過ぎない。

 神が気分次第で弄ぶ。

 実況は、そんなことを思ってはいても口にするわけにはいかない。

 だから、去年も今年も同じレッテルを彼女に貼り付けて誤魔化すのだ。

 

『美山打ったーーーーーーっ!!!これは確信悪魔の笑み!確信している美山!そして、打球はやはり……センタースタンドへーーーーーっ!!満塁ホーーーーームラン!!!獅ノ宮(しのみや)、初回からフルスロットルだぁーーーーーっ!!!【甲子園の悪魔】、今年は地区大会からイタズラを始めたーーー!!』

 

 耳壊れるかと思うくらいの叫び。

 この実況者、声がでかい。

 音量を落として顔を上げた俺はダイヤモンドを一周する美山先輩に注目した。

 彼女は、ベースを回る間も何度もポージングしてチンたら進んでいる。

 

「あ、あぁ……」

「なんで私達との対戦の時に限って"やる気"出すのよ……!」

「初戦は全打席見逃し三振だったのに……!このやる気魔人マジでさぁ……!」

「終わった……獅ノ宮相手に4点とか返せるわけないじゃん……」

「最悪……」

 

 対戦校の選手たちが、見せつけるようにゆっくり目の前を走る美山先輩を見て、口々に絶望する。

 全員が初回から項垂れていた。

 こんなこと言う資格は獅ノ宮側の俺にはないかもしれないが、敵ながら同情する。

 そう思うのも彼女が味方だけど敵だからだろうか。

 何せ今日は守備重視のスタメン、そして獅ノ宮は投手と守備のチーム。

 その特質のチームから4点を取るのは簡単ではない。

 たった1人のやる気によって、まだ9イニングもあるのに心を折られてしまった。

 それも"良いリップがたまたま昨日入荷して手に入って機嫌がいいから"、という理由で。

 あまりに惨い。

 残酷すぎる。

 

 これが、公式の試合で目の当たりにする【悪魔】の真骨頂……!!

 

「あはは!今日も勝てるといいね。み・ん・な」

「……っ。こいつ……」

「はぁ。もうほんと……疲れるわ。この()と野球するの」

「強力な味方なのは確かだけど、優希のおかげで得点入っても素直に喜べないのは去年と同じね……」

 

 ベンチに帰ってきた美山先輩を出迎えて祝福する人は、成城先輩がハイタッチを待っていたくらいだった。

 まあそれも美山先輩はガン無視したが。

 そんな彼女がわざわざベンチ前で嫌味たらしく皆に悪い笑みを向けるのだから、古参組は心底気だるそうな態度になった。

 美山先輩が暴れ始めると確かに心強いが、その分相手や観客、高校野球ファンのヘイトも向く。

 メリットの代償が嫌すぎる。

 そりゃ精神的には来るものがあるだろう。

 チームに美山先輩の力が加わることが吉なのか凶なのか、これじゃよく分からないな。

 とはいえ、得点力の低いチームだからそんな代償を払うくらいなら自分達だけで戦うとも言いきれないのが厄介だ。

 やはり美山先輩というイレギュラーは、新生獅ノ宮となった今でも完全には解決できていない……と、認めるしかないだろう。

 少なくとも成城先輩が復活するまでは。

 

「むぅ……」

「……廣目。あんまり気にするなよ」

 

 廣目が渋い顔をしたので肩に手を置いて慰めておく。

 自分だけで美山先輩をなんとかできると最初に言い切ったものの、こんな誰も干渉できない打席で暴れられるのは仕方ないとしか言えない。

 誰も廣目を責めはしないだろう。

 こんなの普通防ぎようがない。

 ましてや廣目は守備の才能持ち。

 この土俵では自由にさせてしまうだろう。

 

「あー、クソ。私達3人で点入れるべきだった。自分がアヘ単なのこんなに悔いたことないわ」

「いや、涼香達は悪くないでしょ……。あんな気分モンスター、どうしようもなくない?」

「話には聞いていたが、想像以上だな。あの球を1番深いところに運ぶか……飛距離もかなりあったはずだ。ほぼ地面と垂直のバット起動。拾うスイングであそこまで飛ばすなど、目の当たりにした後でさえにわかに信じられん」

 

 ネクストバッターの中宮先輩が打席に向かう前に悔やむ原田先輩をフォローした。

 クレアも夏の暑さで流した汗をタオルで拭いながら、美山先輩に冷静な表情ではあるが驚愕していた。

 そうか、2人にとっては美山先輩の打撃を見るのはこれが初めてなのか。

 そりゃドン引きする。

 逆に助っ人組の田んぼガールズは全員獅ノ宮のファンだっただけあって、美山先輩を知ってるから慣れて……ないわ。

 

「あ、悪魔が味方だとこんな感じなんだ……」

「うっ……ヤバ。ヘイト向くんだよね?これで。私、そんなのに晒される中、投げられる自信ない……どうしよう……」

 

 ベンチで控える田島さんは衝撃的すぎて固まってしまった。

 ていうか山田さんがやばい。

 顔面蒼白だ……!

 

「山田先輩。落ち着いてください。マウンドでは1人ではありません。目の前に私がいます。私と一緒です。大丈夫です」

「廣目さん……そ、そうだよね。うん」

 

 廣目が震える手を掴んで励ましているが、山田さんはどうもまだ動揺が抜けてない感じだ。

 ただ自分に言い聞かせるだけになっている。

 これではマウンド上で捕まってしまうかもしれない。

 お、俺もなんか声かけるか……!?

 

「山田。次打席。ネクスト行きな。ついでにアウェーの雰囲気に慣れてきたらいいから」

「あっ、はい……!すみません。今準備します!」

「おうおう。そんな焦んな。ソヨンの打席そんなすぐ終わんねーから」

「山田先輩。全然打てなくていいんで、原田先輩の言う通り空気に慣れてきてください。点差はあるので。その為にこの代償を払っています」

「そ、そっか……!確かに!」

 

 大丈夫か?ホントに。

 廣目の言葉に納得したように頷いたけどガチガチでネクストバッターズサークルに向かった。

 でも、すぐにメットを間違えたことに気づいて左打者用のメットと右打者用のメットを入れ替えた。

 大丈夫か……?

 

「ふ、不安だ……」

 

 俺はボヤいた。

 この試合、さっきも言った通り点差がある上にあと9イニングあるのに相手は絶望、こっちは守備と投手のチームだからそう簡単には点は取られない。

 なのに、凄く不穏だ。

 中龍との練習試合の時もそうだったが、美山先輩が活躍する試合は勝率高いし凄まじい力が味方に加わるが、嫌な雰囲気が漂う。

 まあ前に暴れたのは試合終盤だったけど、そこに至るまでの美山先輩のゲームコントロールもヤバかったしなぁ。

 そうなんだよな、この感じがまさに悪魔との契約感を生み出している。

 この試合も荒れそうだ……。

 

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