貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた   作:伊つき

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第92話:いくぞ、左腕同盟

 

 3回表。

 山田さんは突然制球力が乱れて連続四球(フォアボール)を出し、押し出しとタイムリーで2失点。

 これで4 - 2。

 その上でさらにノーアウト満塁のピンチに陥ってしまった。

 原因は間違いなく―――。

 

『Boooooooooooooooooooooooooーーーーーーーーーーーーっ!!』

『獅ノ宮負けろー!』

『美山死ね!』

『ブス!』

『クソ女!』

『遊んでんじゃねーぞ!』

『やっぱりいつも手抜いてるんじゃん!』

『スポーツマンシップとかないの!?手抜くな!いつも本気出せー!』

『お前が打つとキショいんだよ……!』

『性格ブス!死ね!』

 

「あは~!みんなの頭の中、優希のことでいっぱいだね~!」

 

 球場が揺れるくらいの大ブーイング。

 特にライトスタンドは酷い。

 今回、彼女は何気ない場面で打っただけ。

 寧ろ初回のチャンスを物にしたこれ以上にない健全なムーヴだった。

 だが、去年積み重ねたヘイトと既に周囲にバレたやる気魔人の特質は、今回の難しい打球と難しい打法を簡単にやってみせたのも相まって。

 "手抜き"、"気分次第でやりたい放題"というゲームを1人のやる気で左右することが物議を醸し、今の状況を生んでいる。

 しかもライトフィールダー美山 優希に向かって罵詈雑言の嵐、しかも物が投げ込まれてアナウンスで注意が入るレベルだ。

 尚、本人は喜んでいる模様。

 

「……っ!……っ!……ヤバ。ヤバい……ヤバいよ。エグすぎるよ……この空気。あ、頭クラクラしてきた……」

 

 マウンド上の山田さん。

 球場の中心で360℃の大ブーイングを、その音圧を一身に受けている。

 体感したことのない大声量。

 しかもそれは歓声ではない。

 故に彼女の動悸は乱れ、感覚は狂い、目眩が発生していた。

 パワ○ロなんかで投手が疲弊した際、頭上で混乱を示す輪っかが回転するが今まさにそんな状態だ。

 もはやキャッチャーの廣目に対して目の焦点すら合っていない。

 

「すみません。タイムで!」

「……っ」

 

 さすがに廣目がタイムをかけて立ち上がった。

 そのままマウンドへと向かおうとする。

 

 ―――だが、その前に思わぬ人物が既にフェアゾーンを超えてグランドに侵入していた。

 

「おい、ハナコ」

「……っ!?えっ!アリア先輩……!?」

 

 廣目が近寄ってくるのを察してロジンを触ろうとホームに背を向けた山田さん。

 そんな彼女が振り返ったらそこにはアリアがいた。

 いるはずのない人がいて山田さんは腰が抜けそうになるくらい二度見をかましたあと、目を見開く。

 今日、アリアは2番手のロングリリーフの予定。

 なのでこれまでずっとベンチではなくブルペンにいた。

 どうやらブルペンから直接マウンドに訪れたようだ。

 

「ハナコ。よく聞け」

「えっ!?あっ……は、はい!」

 

 このイレギュラーを前に、普通に話し始めるアリア。

 対する山田さんはこの事態が大丈夫な事なことなのか周りを確認したが、先輩のアリアの話を無視する訳にもいかないので思わずその場しのぎの気前のいい返事をしてしまった。

 現在進行形でマウンド(こっち)に向かってくる廣目も、アリアの行動にはさすがに度肝を抜かれた。

「は?」と言ってるのが聞こえてくるような、顔だけ前のめりになっているリアクションを取っている。

 そんな廣目や、この状況に山田さんと同じように「え、これ大丈夫なの?」と周囲をキョロキョロと見渡す内野陣を他所に。

 アリアは総無視して山田さんに語りかける。

 

「ハナコ。場の空気に呑まれる気持ちはわかる。だが落ち着け」

「えっ……?」

 

 いつものハイテンションなアリアと違って、強くて落ち着いてる声音。

 それでいて芯がハッキリとあって言葉が鋭く突き刺さるように入り込んでくる。

 表情も至極冷静で真剣だった。

 マウンドの上で、土のついたユニフォーム姿の山田さんとは裏腹に、上着で身体が冷えないようにしているアリア。

 そんな彼女が山田さんのメンタルをケアしに来た。

 まだ転向して間もない彼女を、同じピッチャーという生き物として既に捉え、ピッチャーの先輩として彼女を想うから。

 だから、普段の彼女とは違う優しい言葉が出てくる。

 アリアは観客席を鋭く横目で睨んだ後に、目を細めて俯く。

 

「確かにいつも観客が味方だとは限らない。アウェーの時もある。だがな、いつの試合だって変わらないものもある」

「か、変わらないもの……?」

「そうだ。どんな時だってマウンドのお前を取り囲む仲間は、7人いる。あいつらは常にお前の味方だ。全員お前と同じフィールドに立って、お前の後ろについている」

「……っ」

 

 山田さんは目を見開いた。

 彼女の前には、鴎坂(かもめざか)高校のエースピッチャーがいた。

 凄まじい応援を背に、そのプレッシャーに身を震わせるも、武者震いの闘志へと昇華していく。

 常に1点もやれない、1人もランナーを出してはいけないという中で鉄腕の如く投げ続けた。

 その投手が、そんな芸当をできたのは。

 ただ一心に信じるべきものを純真に信じ続けたから。

 彼女がタフネスたる所以は、完封力や体力だけではない。

 仲間に絶大な信頼を置き、そのメンタルを揺るがせないから。

 それが、タフネス。

 

 鴎坂のエース―――アリア・オイゲンという女だ。

 

 そんな彼女を前に、山田さんは呼吸が自然と落ち着いていく。

 思考が急速に冷えていくのを感じる。

 それをいち早く見抜いて、アリアはトドメに山田 花子の左腕を指さした。

 

「ハナコ。お前のその左腕はユイが見つけた腕だろ。自分を見失っても、相棒なら信じられるハズだ。仲間を見ろ、ハナコ。お前ならできる」

「……っ!!」

 

 全身のトリハダというトリハダが逆立つのがわかる。

 この瞬間、山田 花子は"投手の極地"を見た。

 これが投手。

 これがエース。

 チームを背負い、投げる者……!

 背負うから、背負いすぎない。

 責任感に潰されないのも自分の仕事だから。

 仲間にある程度委ね、負担させること。

 積載量を調整して、自分の状態をコントロールしろ。

 全ては、"勝つ為に"……!!

 

「……良い目になった。もういけるだろ。抑えてこい、左のエース」

 

 アリアは背を向けてプルペンへと戻って行った。

 山田さんは、彼女がフェアゾーンを跨ぐまでその姿を目に焼き付けたが、見えなくなるまでではなかった。

 前を向き直した時には、廣目が到着した頃だった。

 

「……その様子だともう大丈夫そうですね」

「うん。ごめん、乱れて」

「いえ」

 

 廣目はマウンドにたどり着いてすぐトンボ帰り。

 その姿とアリアが去っていった方を交互に見て、廣目と同じくマウンドに集まってきた内野陣が首を傾げる。

 

「えっ?何。もう帰んの?解散?」

「はい。私は。もう用はなくなったので」

「……なんかアリアが来てたな。あたしらが声掛けする必要は無くなったって訳か」

「来て損じゃない。ていうかアリアが何言ったか知らないけど、ホントに大丈夫なんでしょうね?これ以上点取られたら承知しないわよ」

「気が滅入ることを言うべきではない。だが……気には止めてないようだな」

「……」

 

 内野陣が言葉を交わすが、山田さんはロジンを触って俯いている。

 誰の声も届いてない状態だ。

 全員それを理解して、各々自分のポジションに散っていく。

 

「ふぅ……」

 

 マウンドに1人残された山田さんは一息深くついたあと、ロジンを落として各ポジションを一つ一つしっかりと確認する。

 

『……!』

 

 さっきまで目の前のことを見れていなかった山田さんが突然内外野全員とアイコンタクトを取ったことに一同目を見開く。

 彼女達は目が合うと、様々な反応を交わした。

 

 クレアは、キャップのつばをつまみ。

 原田先輩は、人差し指を立てて「落ち着いてワンアウトから取っていこう」というジェスチャーを揺らして見せる。

 霧島先輩は、拳を作って自分の胸を叩く。

 ソユン先輩は、腰に手をついて「ふん」とそっぽを向いたが目線だけ合わせてウインクしてくれた。

 ソヨン先輩は、グラブを開閉させて「こっちに伸ばしてこい」と頼もしい仕草。

 中宮先輩は、目を逸らして素っ気なかったが、サムズアップだけしてくれた。

 

 ―――"味方"はいる。

 

 大丈夫。

 

「いくぞぉ!!」

 

 雄叫びを上げて、左腕が唸る。

 初球カット!

 インコース!

 

「……っ!!あぁもう!危ないわね」

 

 右打者をサードライナー。

 ワンアウト!

 

「これ以上返すか!獅ノ宮はもう……負けないんだ!!」

「……っ!」

 

 次の右打者。

 6球目でカーブをひっかけさせてファーストゴロ。

 

「御用達だ。1点もやらん」

 

 クレアがホームを刺してツーアウト!

 

「こいつで終わりだぁぁ……!!」

「……っ!あっ。よし!行った!よっしゃ……!」

 

 左打者。

 4球目に渾身のストレートを高めに。

 打球は二遊間を―――。

 

「超えねえよ!紗永(さえ)!」

「おっしゃ!」

 

 二塁ベースを超えた辺りでバウンドした打球に、原田先輩が追いついた。

 グラブを最大限伸ばして捕球し、即座に二塁へ投げる。

 二塁ベースカバーに入った霧島先輩のグラブに……ボールは収まった!

 

「……っ!あぁ……!クソ!」

「うおおおお!」

「よっしゃ!」

 

 二塁ベースでうつ伏せのランナーが悔しがり、二遊間コンビがガッツポーズを作った後ハイタッチしてベンチへと走っていく。

 ランナーはコースアウト。

 これでスリーアウト!

 ノーアウト満塁から誰も返すことなく鎮圧した……!

 

「……っ!!」

 

 打球が前に飛んできてグラブを構えた山田さん。

 だが、伸ばした腕は届かず自分を横切って打球は後ろへと一直線に飛んで行った。

 即座に逸らしていた身体のその勢いのまま、身を内野に向けて、一部始終を見た。

 原田先輩と霧島先輩が最後のアウトをもぎ取ったその光景を前に、彼女は一瞬放心した後。

 左拳と右ミット。

 それと両腕を掲げて喜び、マウンドを降りると同時に右腕だけ畳んで、左腕は振り下ろした!

 

「うおおおおぉぉぉぁぁあああーーーーーーっ!!!!」

 

 喉がはち切れんばかりの叫び。

 身を震わせて、興奮を体現した。

 その熱を篭らせたまま、ベンチに下がる彼女は。

 次の回も登板すると告げた。

 しかし。

 

「私、まだ行け……っ!あ、あれ……!?」

 

 3回裏のツーアウトでキャッチボールを行おうとしたが、彼女はベンチに腰を下ろしたが最後、立てなくなってしまった。

 腰を上げたが、体勢を崩して転げ落ちるようにまた座ってしまう。

 完全なスタミナ切れ。

 それと、精神的ストレスでの疲弊だ。

 気持ちで乗り切ったのもあって消耗が本人の自認よりもさらに激しい。

 これ以上のイニングは誰が見ても無理なのは明らかだった。

 それでも。

 昂った気持ちを抑えられない彼女は、その未熟さに身を任せてまた立ち上がろうとする。

 だが、そんな彼女の頭にポンと手を乗せて、少しの力でまた席に戻す者がいた。

 

「ハナコ、無理するな。ここだけがお前の戦う場所じゃない」

「あっ……アリア、先輩……」

 

 自分の頭に触れた大きな手。

 そして、見上げると高いところにある瞳。

 彼女に添えられた手は、アリアの左手だった。

 

「大丈夫だ、ハナコ。お前のその心意気は無駄にはならない。お前の熱を借りてくぜ」

「~~~~~っ!」

 

 頭をポンポンと軽く撫でて、その手でグッと握り拳を作る。

 その拳はそのまま、自身の胸にあてられた。

 アリアの仕草を見て、山田さんは力が抜けたように自分の意思でベンチに身を委ねる。

 そして、彼女は自分に代わってマウンドへ向かう彼女に、釘付けになった。

 マウンドに上がり、投球練習を終えたアリアは、左腕(さわん)をアピールする。

 

「まだお前はマウンドに立っている。私と共に。この身体の中で燃える闘志はお前のものだ。いくぞ―――左腕同盟」

 

 4回表。

 ピッチャー交代、アリア・オイゲン。

 彼女は左投げの出力セーブ状態で3イニングを無四球完封奪三振8を記録してマウンドを降りた。

 

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