貞操観念逆転世界で低レベルな女子野球部を指導してやろうとしたら逆に分からされた 作:伊つき
グランドに隣接させた仮説プルペン。
一応テントで屋根作って周りも仕切ってるから室内の密閉空間ではある。
皆が練習している中、俺は緊急の呼び出しを食らって成城先輩と廣目と話し合うことになった。
「……そう。そんなことがあったのね。でも、津川くん。気にしなくていいわ。
「ありがとうございます……成城先輩。えっと、そもそもその地雷ってなんなんですか?原田先輩と
「はい。彼女達はただの従姉妹……と言う訳ではないというのはなんとなく理解していると思いますが」
廣目も付け加えた。
原田先輩と原田
何かこの2人にいざこざがあるのはもう明白だ。
問題はそれが具体的になんなのかというところ。
「……涼香が小学生の頃。原田涼香、原田林。【2人の原田】を有する少女野球チームは有名だったの。小学生の域を超えた超次元の二遊間、それが【2人の原田】」
「……っ」
息を飲んで成城先輩の話を聞く。
語り始めたということは長い話だ。
しかも人の過去だから尚更。
「昔もセカンドだったんですね、原田先輩」
「いいえ。違うわ」
「えっ……?」
2人の原田。
二遊間コンビ。
今の原田先輩はユーティリティだけど1番試合数が多いのはセカンド。
成城先輩と並ぶ数。
しかも俺が初めて野球部を見学した時も原田先輩はセカンドの守備練習をしていた。
それは凄く様になっていて、あの時のひねくれた俺でも上手いって感想を抱いていたハズ。
皆を見下してたあの時の俺が思ってたってことは純粋な気持ちではあったと思う。
だけど、成城先輩は、そこは彼女の長年のメインポジションであるということに首を横に振った。
まあ確かに言われてみれば程度だけど少し動作にぎこちなさというか、今思えば違和感はあった気もするけど……。
「涼香は元々セカンドでもサードでもない。ましてや外野でもユーティリティでもなかったわ」
「えっ?じゃあどこを守って……」
あとはファーストしか残ってないが、原田先輩の守備範囲をもって一塁手は勿体なすぎる。
相当愚かな指揮官がいない限りそんな采配はしないだろう。
捕手は今でもサブポジのさらにサブだと言っていたから、それもない。
投手も同様。
って、なるとあとは1つしかないが……。
「えっ。でも、そのポジションは原田林さんのメインポジションですよね?同じクラブチームにいたなら彼女に成り代わってそこを守ることってないんじゃ……」
俺が抱いたのは至極真っ当な感性だと思う。
実際、原田林さんのプレー動画を見たら明らかに原田先輩より上手いと感じた訳だし。
だったら当時の少女野球の指揮官も同じことを思って起用するだろう。
だが、成城先輩が知る事実は違った。
「―――それがあったのよ。一時期だけ。ここ10年20年で最も優れたショートストップと評されてきた原田林を押しのけて、君臨していた伝説のプレイヤーが存在していた時期が」
「……っ!?」
俺は目を見開いて驚愕した。
だって、とてもそんなことが起こるとは思えない。
確かに原田先輩の守備範囲は原田林さんを上回っているかもしれない。
だが、言っても僅差だし他の能力が比較にならないくらい原田林さんの方が優位に立っている。
総合的に評価したら間違いなく原田林さんに軍配が上がる。
なのに、何故そんなことが事実として起きたのか。
「貴方が知ってる涼香は、本当の涼香ではないわ。セカンドで守れる範囲は限られているでしょう。最大限守ったとしても、それが当人の最大値とは限らないのよ」
「そ、それは……それって……!」
確かに。
その言い分は正しいし、完全に同意だ。
一塁から走塁する関係上、守備範囲の広さというのはどうしても三遊に偏る。
内野は一塁ベースを軸に展開するからだ。
一塁をアウトにすることが最優先事項だから、一二塁手はどうしてもそっちに仕事の比重が偏るし、位置も寄る。
範囲も同様だ。
って、なると守備範囲が売りの選手を測るには一二塁手の動きではわからない。
三塁手はフェアゾーンの外も意識しなくてはならないから、必然的に最も広い守備範囲能力を許容できるポジションは一つだけになる。
思えば、原田先輩の守備は上手いけどどこのポジションにも定着しない彼女は他の天才達と目劣りする。
成城先輩はどこを守っても突出した選手としてプラスを叩き出せるが、原田先輩は正直器用貧乏寄りだから尚更だ。
―――廣目は言った。
―――『
思えば、彼女の守備範囲という才能を最も活かせる
―――『……どうも。
他はどこでも守ると言ってどこでも守れるのにそこだけ避けるなんてこと普通あるか?そうだ、彼女はそこを避けていた。
そして、
『ねえ。……あの
『正直、小学生の頃の原田と対戦した方がよっぽど怖いわ。あぁ、
"眠らせたまま"。
つまり、今の原田先輩は眠った状態と称されている。
今の原田先輩は本来の彼女じゃない。
そして、原田 林さんのプレイスタイルと酷似する原田先輩のプレイスタイル。
彼女と同じポジションだけを避けて、そこ以外を守る。
だが、野球人原田涼香を育てた原田林は1つのポジションを極める特化型。
ならば原田涼香もまた同様ではないのか。
彼女のインプレー中の仕草、その全てがその1つのポジション由来だとしたら。
確かに言われてみれば、彼女のプレイを想起すると的を射ているように感じる。
彼女はどこでも守るが、どこを守っていてもその動きはその単一のポジションに特化した動きだ。
故に、どこを守っても似合わない。
特に彼女が天才組に含まれ、天才と称される所以。
それは、彼女が有する才能―――【守備範囲】。
そして、内野もこなせる運動神経。
その才を最も活かせるポジションはユーティリティなはずがない。
内野で最も範囲が求められる場所……原田先輩の適材適所はこの世にたった1箇所。
もし、彼女が本来はユーティリティプレイヤーではないとしたら。
もし、現ポジションが本職ではないことが、眠っていると表現されているのだとしたら。
もし、避けているそのポジションが彼女の本来の居場所で、そこを守る姿が天才だと呼ばれていたのだとしたら。
「……っ!あっ……!」
全てが繋がった。
原田先輩は、ユーティリティとしては天才ではない。
小学生の時点で、常軌を逸し規格外とされていた存在。
今は、そのなりを潜め、忽然と姿を消し次に現れた時は男子級の規格外達に名を連ねていた。
しかし、もはや別人と化しており、その天才の巣窟では埋もれてしまっていた。
それは、ユーティリティプレイヤーとなっていて、なぜか本来のポジションを避けていたから。
自ら凡人へ、規格外の才能を手放してこの世界の常識に収まってしまったから。
俺が知らない、原田先輩の正体。
彼女の本当のポジションは、天職は。
ショート。
彼女は、男子級"ショートストップ"
―――
RngR20.0超えの範囲オバケショートストップ 【絶対】の原田。
「ぜ、
曰く、ショートストップ原田涼香は守備範囲という一項目においてのみ超次元。
故に絶対評価で彼女を測った場合、地球上で彼女に対抗できる者はいないという。
曰く、彼女が野球を始めたのは小学二年生。
従姉妹の原田林に憧れ、彼女に誘われたため始めた。
しかし、たった2年で彼女は急成長しRngRは12.0を記録した。
天から与えられた男子級の才能。
その蓋を原田林は開けてしまった。
結果、神童ともてはやされていた最強のショートストップ原田林をたった2年で圧倒するショートストップの神が誕生した。
曰く、彼女がショートストップをしていた期間は、たったの
その後、セカンドに転向したが、1年後に突如として野球プレイヤー原田涼香は姿を消している。
次に姿を現したのは中学野球。
そこで成城先輩と出会った。
その時には彼女はユーティリティプレイヤーとなっていた。
以降、彼女は常識の範疇に収まる女子の一般的な秀才程度となっていた。
曰く、彼女がポジション転向したのは原田林と親が原因。
原田林は幼い頃から代表入りする程の超エリート街道を歩いてきた。
日本の将来を担うと揶揄されていた彼女とは裏腹に、セカンド転向した後の原田涼香は鳴かず飛ばずの落ちぶれていく一方。
原田林に出来の悪い野球プレイヤーの従姉妹がいるとあっては体裁が悪い。
原田林の一家に神経質な……もとい気を遣った原田涼香の両親は彼女に野球を辞めるよう打診。
それを拒否した結果、彼女は強制的に大好きな野球を奪われた。
以降、ショートストップ恐怖症に至っている。
逆恨みではあるが、ショートストップとして原田林が輝けば輝くほど彼女は野球を奪われてきたのだから。
しかし、原田涼香は中学進学後、親元を離れるとこっそりと野球を再開。
やはり大好きな野球を手放すことは出来なかったようだ。
小学生高学年の時もこっそりと服の中に汚れたグラブとボールを隠して、橋の下で壁当てだけして2年間を過ごしたらしい。
中学に上がって以降の彼女は、ショートを守ることは一度もなかったがユーティリティプレイヤーとしてそこそこ活躍し、成城冬華と親友になる。
高校は成城冬華が選んだ
そして、今に至る。
「あの
「原田先輩はショートストップになる為だけに生まれた女、と言っても過言ではありません」
「そ、そんなに……?」
「えぇ。私が本気でショートをすればRngR18.0は硬いけれど、恐らくあの
「20.0!?は!?」
驚愕の数字が出た。
いくら守備範囲だけとはいえ、男子のプロだって顔負けだ。
男子プロ野球でも歴代最高レベルの守備範囲と評されるだろう。
まあ他の部門もあるし総合的な能力値だと話は変わってくるが……特に原田先輩は範囲以外は技術不足なところや荒いところが目立つし。
「でも、やらないんですよね……?ショートはトラウマになってるから……って、あれ?他がマイナスでも範囲がそれだけあって故障とかで調子を落とした訳でもないんですよね?今やればそれだけ稼げるなら」
俺は疑問を抱いた。
だって、おかしいだろ。
なんで原田先輩が原田林さんに負けたんだ……?
「それだけ凄いなら原田先輩だって原田林さんくらい、もしくはそれ以上に名声を浴びてもおかしくないですよね?」
「……そうね。普通はそう考える。でも、あの
成城先輩の神妙な面持ちに、廣目が続ける。
「原田先輩は、原田林さんとプレーすると著しくコンディションを低下させるんです。具体的に言うと範囲は3.0を下回ります」
「は!?なんでそんなに……!」
いくらなんでも変動しすぎだろ!?
普通にやれば20.0稼げる人が特定の人間とやっただけで17も下がるって身体能力的にはありえない。
気持ちの問題なんだろうが、それでもおかしい。
現に成城先輩は去年の夏の準々決勝で調子を落としたが、そこまで数字は落ちていない。
コンディションを落としても身体能力の高さである程度身体は無理やり動くはず。
だから、原田先輩の下がり具合は異常だ。
原田林さんの栄光に副産物的な負の影響があったとはいえ、親に比較されていた対象とプレーするだけでそんなに気持ちを落とすのか……?
し、信じられない。
理屈じゃない。
あの原田先輩だぞ。
俺が知ってる原田先輩は、仲間の為に強い気持ちと姿勢を持てて、強く言うこともできてメンタルも強い。
強くてかっこいい人なのに。
「……UZRはわかるでしょう?」
「えっ?ま、まあそりゃもちろん……守備の総合的な能力を計る相対評価ですよね。それが今なんの関係が……」
「原田林には、特殊能力のようなものがあるのよ」
「特殊能力……?」
一体急に何の話だ?と思ったがここは聞くしかない。
突然話題の中心が原田林さんになったが、成城先輩のことだし絶対に意味があって脇道に逸れてるはず。
だから、俺は黙って彼女と向き合った。
「原田林は、そのUZRを他人に体感させることができるの」
「……は?」
意味がわからない。
それ以外の言葉はない。
俺は思い切り目を丸くして素っ頓狂な顔になった。
UZRを……体感させる……?
……何を言ってるんだ?
「言葉の通りよ。本当にそんな芸当ができるのよ、彼女は。彼女は総合力が歴史上最も高い。彼女の守備を見たあとは、誰しもが彼女以外のショートストップを"下手"と評する。貴方、彼女のプレー動画を観たんでしょう?その後、涼香の守備と脳内で比べて感じたことがあるんじゃないかしら」
「……っ!」
―――彼女達は、"やる野球"が一緒だ。
―――本当にそっくり。
―――瓜二つ。
―――細かい動きから癖まで完全に一致……いや、同じだが、原田先輩の方が【
本当だ!
思い返してみれば、原田林さんのプレーを見たあとに原田先輩と親戚なんじゃないかと睨んで比較してしまった。
そして、成城先輩が指摘した通りの感想を抱いている。
ま、まさかこれが……!?
「動画で観ただけでもそれほどの効果を及ぼす。これでわかったでしょう?漫画のようだけど、本当にそんな能力があるのよ。彼女には」
「しかも原田林さんはその能力を自覚し、自在に操れます。もちろん自発的に他者にその能力を使用し、UZRの差を体感させて相手に"自分と比較させた時の能力差"を【分からせ】ることができます」
「……っ!ま、待ってくれよ。な、なぁ……そ、それって……まさか……まさか……!!」
嫌なことに気づいてしまった。
俺の反応を見て、成城先輩と廣目が辛そうに目を逸らす。
だが、2人とも責任感が強いからちゃんと俺と向き合って言いたくないことを口にしてくれる。
「貴方の想像通りよ、津川くん。原田林は、涼香にその能力を
なんてことだ。
酷い。
惨すぎる。
どちらも当時は小学生だったから、純粋だった。
原田林さんも出来心だったのかもしれない。
でも、そんな言葉じゃ済まされないくらいやってる事が残酷すぎる。
現に彼女の行動で涼香さんは虐待を受けた。
そうなるって分かってたろうに、なった後ですら思い返して悔いることはなかったのか。
なかったんだろうな、じゃなきゃここまでこの問題が放置されてる訳がない。
悔しい。
許せない。
こんなことをして……あんなに優しくてカッコよくて尊敬できる大好きな先輩を傷つけて……そいつは今何食わぬ顔で野球してて、高校BIG5?歴代最強ショート?日本代表正ショート?
ふざけんな。
なんて奴だ、原田林……!
「す、すみません!俺全然そんなこと知らなくて……!どうしよう、原田先輩に原田林さんのこと聞いちゃって……」
「落ち着きなさい。さっきも言ったけど既に私が地雷を踏んでるから今更よ」
「とりあえず様子を見るしかありませんね。……去年のこともありますし、彼女に監視は必要かと」
「そうね」
「……?」
また2人だけがわかる話をしている。
去年、何かあったのか?
とにかく原田先輩のことは慎重に彼女の様子を観察しつつ、そっとしておくということで落ち着いた。