魔法ーー奇跡の体現、願いの具現化、様々な名称で呼ばれるが、共通するのは万能という憧れだ。それでも、私はそうは思わない。どんなにすごい魔法でも本当の意味で人の意思を変えることはできない。だからこそ、この魔法は未完成で出来損ないだ。
魔法が人々の生活に根を張り、魔法使いが重宝される魔法の国……私、フライ・ハイトは明日で18歳を迎える見習い魔法使いだ。村はずれの小さな屋敷の中で師匠とともに暮らしている。朝、目が覚めると私は真っ先に師匠の部屋に行き、起こしに行く。
「師匠ー!」
嬉しそうに呼びかけるとすぐに返事が返ってきた。師匠は必ずと言っていいほど、私が起こしに行く前に起きている。少し残念に思ったこともあったけど、自分が意識されていると感じて嫌いではなかった。
「ああ、フライか。いいのか、明日にはもう一人前になって王都に行くっていうのに、俺にかまって」
「いいんですー!明日までしか師匠とは会えないじゃないですか。」
「あのなあ。」
師匠があきれたように口にした。
「もう俺には、お前に教えられることなんかねえよ。とっくに俺の魔法より優れたものをほとんど独学で身に着けてきたじゃないか。」
「あれは……」
あの魔法は未完成なのだ。師匠は突然しどろもどろになってしまう私に疑念を抱いたようだった。師匠からすれば完璧とのことだったが、私にはあんな魔法には何の価値もないと思っている。心を本当の意味で動かせるような魔法こそ真の魔法たり得るのだ、あんな魔法は真の魔法と言えない。
「例えば、転移の魔法。あれはこれまで、消費する魔力と転移距離の関係が大きくなるにつれて、膨大な魔力を必要としていてたのに、フライの変換効率の削減で長距離転移ができるようになったんだぞ。」
「いえ、とんでもないです。師匠の魔法と比べればちっぽけですよ。」
「過大評価のし過ぎだ。初級と使えて中級魔法までしか使えねえよ。それに、転移の魔法は上級魔法じゃねえか。」
「それでも私は、師匠のほうがすごいと思ってるんですよ!」
私は誇らしげに胸に手を置きながら言い切ると、師匠は何がそうさせるんだかといった顔で私を見てきた。
彼は師匠なんて柄ではないのにと言いながら、まだ小さかった私を拾った時から甲斐甲斐しく私のために努力してくれた。時には、魔法を教えてくれたし、教養だって教えてくれた。あんまり教え方はうまくなかったけど、私はそんな師匠の姿が大好きだった。
特に、初めて見せてくれた魔法は小さな炎を生み出すだけだったが、あの日初めて拾ってくれて、魔法を使う姿を見て、夜空の中のどんな星よりも美しい、人の心を動かせる師匠の魔法が、私には何より輝いて見えた。
ーーこれが魔法。なんて美しいんだろう。ーーあの光景が私の目指すべき目標であり続けるんだ。今でもその思いは変わっていない。
様々なことを叩き込まれたし、時にはうまくいかないこともあったけど、師匠との日々はどんなものとも釣り合わないほど甘美だった。この生活を続けていくためならどんなことをしてもかまわなかった。
そんな甘い日々は唐突に終わりがあることに、永遠に続かないと理解するあの日まではーー。
忘れもしない十年前、まだ私を拾って数年しか経っていないときのこと、師匠の旧友という人物がやってきた。そして、私を見るなり、何という魔法の才だと興奮した口調でまくしたてて、王都で働かないかと誘ってきた。
もちろん、私は師匠とだけずっといたかった。なのに師匠が
「いいんじゃないか。いい機会だろう。」
といったことで、私が師匠と十年後に離れてしまうことが決まってしまった。臆病だった私は師匠からの否定を恐れて、受け入れてしまった。
そして、明日、私は師匠の下を離れて、王都に行かねばならない。
ーー嫌だったーー何でもないように笑うあなたの横顔が。
ーー嫌だったーー臆病で否定できない自分が。
どうしても納得できなかった。
薄暗い感情が芽生えた。
男は貴族の出身だった。それなりに努力したが、夢の王都直属の魔法使いには終ぞなれなかった。夢が破れ、次男であった彼は領地すら継げず、長男が子供を産むとスペアとしての自分に意味がなくなった。男は誰かに必要とされたかった。
それからというもの自堕落になにがしたいのかもわからず、村はずれの屋敷で魔法の才能を使って、適当な魔法具を作って小銭を稼ぐ日々。生活は困らなかったが、生きる目的を失った様は動く死体の様だった。だからだろうーー
子供を拾っちまったな、どうしようか、やけに現実味のない言葉が頭をめぐる。不思議と後悔はなく、自然に受け入れている自分に驚いた。
「名前は?」
「フライ……フライ・ハイト」
ある日、いつものように村に食料を買いに行く途中、森の中で捨てられていた彼女は動く素振りを見せなかった。このまま放ってしまって置いたら、この森からもう一度親切な誰かに見つけてもらうのは絶望的といっても過言ではないだろう。村の中では実感することはないが、それだけ魔法使いの住む森には、変人というイメージがあり、恐怖と偏見で誰も通りたがらない。
「そうか。…よかったらでいいんだ、世話をさせてくれないか?」
「………どうして…どうしてこんなことしてくれるの?」
少女は警戒したように言う。おそらく、彼女から魔力を感じ取れるあたり、どう扱えばいいのかわからなくて捨てられてしまったようだった。
チクリと罪悪感がする。もしかしたら、こんな場所にいなければ彼女は捨てられなかったかもしれない。自分の夢を叶えていて、王都にいれば彼女は捨てられることもなく、親の愛情を一身に受け止めていたかもしれなかった。
夢……自分に魔法の才があった時から、その原点には、長男のスペアではない、自分の価値を証明したかったんだ。自然と口が動いていた。
「認められたいんだ…誰かに必要とされたい。これからは師匠って呼んでくれ。」
よどみなく本心を言っていた。なぜかこれでよかったんだと確信があった。彼女を拾ったときは星空の美しい夜だった。
小さな魔法を気休めに見せた。彼女は目を輝かせて見ていたが、こんな自分でも価値があるのかもしれないと思っていい気分だった。
十数年経った。フライはすっかりと美しい金髪とあどけない童顔をもった美少女になった。
彼女に夕飯に呼ばれていた。懐かしい記憶だった。思えば長い道のりだったが、彼女も明日にはいなくなって王都で活躍するんだろうと考え、チクリと胸が痛くなった気がした。この痛みは彼女の持つ魔法の才への羨望なのか、彼女自身がいなくなることの痛みのどちらかーーそこまで考えたところで、声をかけられた。
「師匠ー早くー。」
「ああ、今行く。」
部屋を出て椅子に座る。目が合った彼女はやけに上機嫌にみえた。本来なら喜ぶべきなのだろう、しかし、どうしてもいやな予感がする。恐る恐る聞いてみる。
「なにかいいことでもあったか?」
「そう見えますか?今日の晩御飯は腕によりをかけたんです。それに、ようやくなんですよ…」
明るいいつもの彼女の姿に、よかったいつもの彼女だと安堵した。しかし、最後の言葉がよくわからなかった。
何がようやくなんだろうか。
いや、わかっているはずだった。きっと彼女はこんな窮屈な生活から抜け出して、王都に行きたいに違いない。わがままを言わなかった彼女だったが、内心はこんなところ離れたがっているんだろう。胸が痛む。大人になったなと喜ぶべきだったんだろうが、この数十年は彼女にとって窮屈なものでしかなかった、才能を認められたがっているのに違いない。若い時の自分のように夢を追いかけられるのがうらやましかった。
その判断は間違いであったことをすぐに悟ることになるとは思わなかった。
急激に眠気が襲ってきた。ーーおかしい、妙だーーそう思って、瞼を閉じて机に頭が近づく直前、歪に顔をゆがめた彼女が目に入った。
「師匠が悪いんですよ……」
目が覚めた。目の前に俺の瞳をのぞき込む彼女がいた。目には光がなく、美しい金髪と相反してひどく歪に思えた。
「うおおおおおおおおお!」
驚いて、飛び上がった。彼女はいなかった。どうやらベットにいるようだ。悪い悪夢だったらしい。ふと、自分のベットを見る。
ーーこんなに新しかったか?自分のベットは十数年酷使していたせいで、木材の軋みがあったはずなのに、飛び上がった後も軋みもしなかった。
ふと、手が目に入る、数年前に無理して弟子にかっこつけようと炎の上級魔法を試して負ったやけどがないことに気づいた。あの時は、フライにハイライトのない目で詰められたからよく覚えていた。
窓の外を見てみるーー星空が美しかった。
悪寒を覚える。今すぐ出ていかないといけない気がする。どこでもよかった、遠くに逃げなければーー
コン、コン
音がした。ドアをノックする音だ。
ガチャリ
ドアがあっけなく開いた。
「さっきぶりですね、師匠。」
声が聞こえる。忘れるはずもない、十数年苦楽を共にした弟子の声だった。しかし、その姿は初めて会った日の彼女と同じ、ぼろぼろの服と幼い容姿があった。
「な…なん」
声が出せない自分に彼女はこういった。
「大変だったんですよ……あなたが私と離れたいっていうから…転移の技術を応用して世界の時を戻しました。師匠、もう一度やり直しましょう。悲しかったんです。今度は絶対、私から離れるなんて言わないでくださいよ。………でも安心しました。これが成功したってことは何度でもやり直せますよね。最悪、あなたが否定しても何回でもやり直せます。だから、ずーと一緒ですよ。名付けるなら…恋の魔法ですかね。」
彼女は、どこまでも蠱惑的にそう言った。
「あなたが恋して、初めてこの魔法は完成します。だから、まだ未完なんです。魅了の魔法で、あなたを強制的に好きにさせることはできます。でも、そんなの嫌なんです。偽の植え付けられた愛情なんて愛とは言わないんです。時間はたっぷりあります。ずーと、ずーと、待ってます。待ち続けます。あなたが見せてくれたあの炎のように、あなたの心を動かすまで。」
その言葉を聞いて、恐怖や怒りなんて感じなかった。本来なら困惑し、諭すべきところを自分は嬉しく思った。思ってしまった。必要とされてるんだって、彼女が師弟以上の思いを抱いていて、ようやく自分も認められたかもしれない。結局のところ、夢を追いかけたあの日々も承認欲求が根底にあった気がした。
ーーこんな結末も悪くない。ーー
魔法が完成するのは近そうだった
タイムリープ系ヤンデレ流行って欲しい。(切実)
書きませんか?(提案)