円卓の武偵   作:もこー

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円卓の武偵第二話の投稿となります

今回の投稿分は書き溜めの中でも特に酷い文面だと思います
別の小説に意識を持っていかれてるのに無理やり書くから……
反省して次回投稿の分からはちゃんと意識が向いてる時に書いていますので、今回みたく見苦しい物にはならないと思います。


動き始めた運命

 その日のニュースは人気ドラマと重なっている時間帯ですら、かなりの視聴率が叩き出している頃合いだろう。

 あの日から三週間も過ぎて、トラストの切り傷は浅くすでに完治しており、片桐も完治はしていないが日常生活は問題なくやれる。しかし、事件が事件なためか退院はさせてもらえず、入院という形で保護されているのだろう。

 病室のテレビは今だにどれだけチャンネルを変えても、遠山夫婦の殺人未遂についての話題で持ちきりだ。警察からの事情聴取が済んだ身からすれば、何があったかも知らない連中の言葉はいちいち腹が立つ。

 カーテンの向こうに居るトラストはどう感じているのだろうか、声一つ聞こえないのだから、察することも叶わないことが、また一段と腹立たしかった。

 二人が逃げた後にすぐ警備員は病院に連絡してくれたようで、二人とも致命傷にならずに済んだ。これについては警備員に感謝するところだが、警察に連絡するのが遅れたことに関しては納得いかない。もしかしたら捕まえれたかもしれないし、応急手当をして自分で病院に連絡するくらいの根性はある。

「ックソ!」

 気付いたらテレビのリモコンを壁に投げていた。

「バカかよ……」

 自分が何に腹を立てているのかくらいは分かっている。二人を盲目的に信用していた自分の愚かさと、それを八つ当たりしている自分の弱さだ。

 頭をクシャクシャと右手で掻き、落ち着こうと深呼吸をすると、カーテンの向こうから声が聞こえてきた。

「二人部屋なんだ、あまり騒がないでくれないか?」

 平坦で表面に感情を乗せない声音。相手はそのままの意味で言ったのだろうが、嫌味ったらしく聞こえてしまう。

「ごめん……お前は、何も思わないのか?」

 しかし、それはまた八つ当たりにすぎないことは分かっている。ただ自分の目に映ったトラストという人間は、冷たく見えた。

 最初会った時に感じた物は全て嘘だったかと思えるほど、彼女は自分の理想とは違うのである。

「私は自分の課題を治す方法を考えている。お前は無傷で済む予定だったが、アリアを制圧するのに手間取った上に、制圧したつもりでできていなかった。そのせいでお前は無駄な傷を負うことになっただろ?……私は完璧になる。そのためなら手段を選ぶつもりも無い」

 思わず間抜けにも口を開いたまま固まってしまった。

 何とも言い難い罪悪感が土石流のようにくだらない感情を流して行く。これを人は反省と呼ぶのだろう。

「どうかしたか?」

 そしてトドメの言葉である。

 キンジに騙され、ボディーチェックが遅く、ましてや反省の色も見せていない。そんな相手を攻めもせず、ただ自分の目標へと進んで行ける。そんな心の強さに憧れ、同時に自分の小さく脆い心が酷く醜く見えた。

「ごめん……」

 素直に謝ったのに対し小さく鼻で笑う音が聞こえたが、おとなしく受け止めることにしよう。

 謝ったからといって気が済む訳では無い。何かをして返さないと気持ちのモヤが晴れない。

 そう思っている途中に混じった相手の言葉に耳を疑った。

「じゃあ、少し私の手伝いをお願いさせてもらおうか?」

「え、あ、あぁ」

 今の言葉のタイミングや言い方は、考えをそのまま読み取られているかのような違和感がある。

 つい頷いてしまったが、気のせいなのだろう。そうでなくては納得もできない。

「あまりここに長居したくない、医師を説得して明日にでも退院できるようしてくれないか?」

 その言葉は少し意外だった。

 確かにまだ退院できていないことはおかしいが、なぜ医師に言いに行くのだろうか。圧力をかけているであろう警察に言うのが、正しいはずだ。

「まぁ、やれるだけはするよ」

 カーテン越しの相手にそう伝えると、自由に動く右肩を軽く回して、ベッドに潜った。

 エアコンが効いているおかげで暑くは無い。とりあえずはこのまま機会を待つ。

 エアコンの音とテレビから流れる、鬱陶しい評論家の澄ました声だけ。たったそれだけなのにやけにうるさく感じた。

 だいたい一時間ほど経った頃だろうか、不意にトラストが口を開いた。

「そういえば、お前のチームはどうなってるんだ?見たところ、強襲以外の対応力はあまり高く無いようだが」

 武偵というのは必ず武偵を育成する学校を卒業しなくてはならない。その武偵校では二年の時にチーム編成を行う。それは卒業した後もチームとして行動するため、実戦的な編成を求められている。

 しかし、中には例外が少なかれ存在するのは確かだ。

 チームを決めれない者は教務科と呼ばれる、いわゆる先生によってなるべく全員がバランスの良い組み合わせになるよう組まれる。

 片桐は自分を鍛えるのに必死で仲の良い相手も特にいない、いわゆる”ぼっち”の身。成績は良かったためチームへの誘いは幾つかあったが、アクセサリーとしてしか見られていないことはすぐ分かり、もちろん断った。

 そうこうしているうちに全く知らない強襲科の生徒一名と組まされ、闇討ちを主とする「赤い刃」というチームとして卒業することになる。

 しかし、相棒は武偵を辞めて実家で畑を耕すらしい。

 結局のところ”ぼっち”なのだ。

 そこまで考えた後にどう答えようか迷った。質問からしてどんなチームか、というよりは何をするチームなのかを知りたいはずだ。「組む相手が居ない」なんて情けない話をしたくない。ここは濁して誤魔化さないと、二人部屋で恥ずかしさに耐えながらすごすことになってしまう。

「まぁ、そうだな。強襲を専門してる、かな。探偵科もしてたやつが居たけど、実家に帰ったから本格的に強襲一本だな」

「人数は?」

「え……一人だよ!」

 どうやら予め知っていたのかクスクスと笑う声が聞こえて、布団を蹴り飛ばすと半身を起こして叫んだ。

 誤魔化すことも計算のうちだったのだろうか、だとすれば色々な意味で恐ろしい。

 頭を抑えて深いため息をつくと、笑い声に単語が混じった。

「私も一人なんだよ、組んでた子が居たけど……まぁ、色々あってな」

「あ、あぁ……」

 とても嫌なことを思い出すような嫌悪感のこもった声。それを聞くとどこか気まずい気分になる。

 今頭に浮かんでいるのは仲間が死んでしまったということ。強襲はその特性上場合によっては死人も出ることがある。そうじゃないなら喧嘩別れか、はたまたセクハラでも受けたか。

 なんにせよ下手に触れることはできないだろう。無神経なやつなら理由を尋ねるだろうが、とてもそんなことのできる場合ではない。今はとにかく、話をゆっくり逸らしながら明るい話題にするべきだろう。

「アレだな、案外似た者同士なのかも知れないな?いや、変な意味じゃないぞ。共通点もそこそこ多いなーって程度だし……あー、ほら、強襲科で、チームも無所属で、なんなら二人で組むか?ははは……」

 自分でも分かるほどこれは酷い。

 なぜこんなに下手なのだろうか。よく考えれば小学生の頃からずっと一人だった気がする。身体を鍛えたり武偵としての勉強のため、遊ぶ何て行為はしたことが無い。それゆえに人との関わりはすぐに切れてたし、それを気にも留めてなかったが、まさかこんな形でそれを後悔するとは思わなかった。

 激しい後悔をしながらカーテン越しの相手に視線を向けると、相手から楽し気な返事がきた。

「面白いやつだ、ふふ……久々に楽しませてもらったよ。ありがとう、チームについては考えておくから」

「ん、ぐぐ……バカにされてるんだよな?」

 カーテンの先にあるであろう笑顔が気になり、それを誤魔化すように返事を返す。

 あれこれと悩んだのがバカらしく感じたのと同時に、実際に組んだ時のことを考えた。

 他に数人の仲間が居て、皆で協力して一つの依頼をこなす。そんな情景が浮かび、それも悪くないとも思う。自分ばかり気にしていては進めない。こうやって人と接するのも、武偵としては必要なことだ。

 憧れを憧れでは終わらせない。彼等を踏み越えて先にある何かを手にしなくてはいけない。

 また心に炎が宿るのを感じた。

 

 その後は特に会話も無く、暇になった俺は部屋を出て屋上へと向かった。体が動かしたくなると、こうして広い場所に行くのが日課となっている。

 屋上への扉に着くと自動ドアが開き、外に居た人達を一度見渡した

「あれって確か……」

 見渡した所では数人の患者と、一人の医師が視界に写り、その医師と目が合う。どこかで見覚えがある気がしたが、すぐに思い出した。むしろ忘れてる方がどうかしているのだろうが、担当医の斉藤さんだ。

「片桐さん、調子はどうですか?」

 斉藤はこちらに歩み寄ってくると、気さくに話を掛けてきた。元々明るい性格なのであろうが、少し対応に困ってしまう。それもまた、対人経験の少なさからであろう。

 しかし、ここで適当な返事をすることはできない。

 トラストからの頼みはちゃんとここで達成しておかなければいけないのだ。

「もちろん元気ですよ、退院できないことが不思議なくらいにね」

 どうもこういうのは肌に合わないというか、苦手である。交渉を上手く運ぶには、相手を怖がらせるのは有効というが、こう言っている本人が怖がっているのだから世話無い。

「そうですね、そこらへんは上からの指示なのでどうとも言えませんが……」

「そういうのは要らないです。俺達は一秒でも早く退院がしたいんですよ」

 斉藤は誤魔化そうと言葉を選んだのだろうが、何としても喰らい付かせて貰う。無駄であろうが、ここは強気に言ってでも納得して貰わないといけないのだから。

「まぁ……お気持ちは分かりますが、こちらとしては圧力以前に退院させたくないんですよ。体が元気とはいえ、外に出た結果すぐに死んでしまうなら、治ってないのと同じじゃないですか。あなた達は自分が危ない立場だと理解すべきです」

 ぐうの音も出ないとはこのことである。斉藤の言っていることはもちろんその通りで、自分がいかに危険な状況かなんて自分が良く分かる。

 英雄ともなれば狂信者が居るのは当然で、そういった人達から命を狙われることや、遠山夫婦が直接殺しにくることも考えうる。

「分かっていただけましたね?」

「い、いえ、それでも退院したいんです!」

「ダメです」

 自分ではまるで歯が立たないと悟るのは、案外早くのことだった。これは俺程度の話術ではどうしようも無い。これがトラストなら上手くいったのだろうか。

「ふむ、なるほどな」

 そう考えた瞬間のことだった。例の人物が自動ドアを開け、こちらの方へと歩み寄ってくるのである。

「片桐、戻っていいぞ」

「は、はい」

 トラストからあふれ出す自信に満ちた声に気おされ、つい一つ返事で承諾してしまう。というか、そもそもなぜこんなタイミング良くトラストは着たのだろうか。これもまた、彼女の思惑通りなのか?

「先に言っておく、私は法的な手段を用いる事もいとわない」

 去り際にとんでもない脅迫が聞えたが、きっと気のせいだろう。病院ごと訴えるとなればそれこそ危険極まりない。俺は此れ以上関わらないよう、そっと屋上から逃げるのみだった。

 

「シャバの空気ってやつか……」

 屋上での脅迫、もとい会話から一週間経ち、やっと退院する日が訪れた。

 天色の空が広がる世界はとても美味しい空気な気がする。今背にしている病院では薬品の臭いが混ざっていたが、今になると毒でも吸わされていたようだ。

 思わず呟いてしまった言葉は、ちょっとした不満の現れなのだろう。

「病院があの世にでも見えたのか?」

「自由に出入りできない点じゃ一緒だよ」

 そんな呟きに対して律儀に使用方の誤りを遠回しに告げるトラストに、分かっているとこちらも遠回しに伝えた。

「それで、シャバの空気を吸った後にすることは決まっているのか?」

 すると、唐突な質問に対して思わず首を傾げる。

 一週間伸びたおかげで銃創も治り、これからは自由に動けるという開放感から何をするか頭には入っていないのだ。こうして考えてみると、二人を追うにも 何も情報はない。

「何も考えてなかった」

 そこまで考えると、苦笑しながら呟いた。

 彼女もそれを分かっていたのか、間を開けずにすぐに返事をする。

「ならば、少し付き合って貰っても問題はないな?」

「いいけど、何するんだ?」

 特に断る理由も無く承諾してから要件を聞いた。

 内容を聞く前から答えを出す辺り、どれだけ信用しているのか分かり易く、その理由すらない自分が馬鹿らしくも感じる。

 トラストは携帯を取り出すと、苦笑しながらそれを耳に当てて呟く。

「まぁ……優秀な情報屋の説得だな」

 その言葉は珍しく気の重そうに顔を顰めており、声もため息混じりに聞こえた。

 どんな相手かは知らないが、彼女が嫌々なにかをする姿は始めて見た気がする。完全無欠では無いというのは分かってはいるが、少し意外だ。

「情報が欲しい、私の家に来てくれ……大切な、客人付きだ」

 どうやら電話先の相手が出たようで、手短に要件だけ言って切ろうとしたのが見える。しかし、何やら言われたらしく嫌そうな顔をすると”大切な”とハッキリ分かるよう強調させて通話を切った。

「大変そうだな」

「あぁ、優秀な奴ではあるが……なるべく相手にしたくはない」

 気にかけて言葉をかけると、愚痴を零してすぐ苦笑いをやめた。

 そして病院の方へ顔を向けると、表情を崩さずに向き直る。

 何があるのかと同じように病院へ向き直った。

 肩までしかない茶髪の前髪をシンプルな青いヘアピンで止め、武偵校の制服を着た女性と呼ぶにはやや若いと見える人がこちらへ歩いてきていた。

 その女性はトラストとは違い可愛いというのが似合うが、かなり男受けしそうな愛らしい顔立ちをしている。

 トラストの知り合いだろうか、少なくとも自分は記憶になく、表情を固めているトラストとその女性を見比べた。

「まさか……それが”大切な”客人だなんてことはございませんよね?」

 そして三歩ほど離れた位置に立ち止まると、こちらを値踏みするように見てそうそう毒のある言葉を吐いた。

 自分がなにかしたのだろうか、トラストはかなり格式の高い人で、使用人のこの人がこんな庶民を家に連れて行くことを怒っているのか。この虫でも見るような不機嫌そうな顔と、刺さるような視線から申し訳ない気持ちにすらなる。

「それ?私は土産を用意した覚えは無いが……客人と呼んだからには人なのだろうな」

 すると、トラストは小さく首を傾げて返事をする。怒っているのだろうか、この二人が向かい合っている空間は特別酸素が薄くなっているように感じる。

「……冗談ですよ、じょーだん。怒ってる姿もまた凛々しいです!」

 二人の間に少しの沈黙が流れると、突然笑顔になり楽しそうにし始めた。しかし、言葉や表情とは違い相変わらず視線は痛い。猫を被るというのはこういうことなのだろう。

「紹介が遅れたな、天塚 由紀だ。私達と同じ武偵で、諜報科を……」

「それよりお姉様、欲しい情報とは……」

「お姉様!?」

「うるせぇ、黙ってろ!」

「おふっ……!」

 紹介途中に挟まれた言葉に更に挟むと、素晴らしい反応速度で腹部に蹴りを入れられた。

 あまりの痛さに腹部を抑えてうずくまり、可愛いという評価は密かに消去する。

 先ほどお姉様と呼んでいたが、似ているとは言えないし、名前も和名だ。どういうことなのだろうか。理不尽なことに対する怒りよりも、その疑問が先立っていた。

 分からないことが多過ぎて説明を求めたいが、トラストを見上げようと顔を向けると、彼女はこちらの背中を撫でながらしゃがみ込んで口を開く。

「天塚、私は非常に機嫌が悪くなった。どうしてか分かるか?」

 彼女は天塚を見上げてそう言うと首を傾げる。

 天塚はその意味は分かっているのだろうが、キョトンと首をかしげると不思議そうに口を開く。

「病み上がりだから早く帰りたい、とかですか?」

 やはり悪いとは思っていないようだ。

 初対面の相手の腹に蹴りを見舞っておきながら謝罪はおろか、悪気すら無いとはある意味尊敬できる。

「あぁもういいから、早く終わらせてくれ」

 トラストがなにかを言おうとしたが、女同士の舌戦は心臓に悪く、まだ腹は痛むが立ち上がるとそう言った。

 どうせ謝罪は期待できないし、天塚と長く付き合っていたくは無い。

 トラストは何か言いたそうにしたが、飲み込むと代わりの言葉を用意した。

「家に向かうのは無しだ、手短に言う」

 どうやらその意図を組んでくれたようで、そう言うと胸ポケットから紙の切れ端を取り出して続ける。

「チームバスカービルの仲間の居場所を洗い出せ、できればリコさんが望ましい」

 リコとは峰 理子のことだろう。チームバスカービル所属のSランク武偵だ。

 しかし、なぜ理子なのだろうか。

 遠山夫婦を追うならば、チームよりも肉親の金一さんや昔馴染みの星伽白雪が居る。または事件日近くに遠山夫婦に会っている人を調べるのも有効で堅実な筈。

 わざわざ理子を選ぶ理由は分からない。

「星伽は神社、レキは名古屋女子武偵校、理子は分からない。彼女だけは居場所を見つけても次の日には居なくなってるし、探すのも諦めちゃった」

 情報屋と呼ばれていただけありその場で返事がきた。おそらくは彼女の情報を買う人間は他にもたくさん居るのだろう。

 性格に関しては少し、いや遠慮込みでもかなり悪いが、情報の信憑性については信頼できるだろう。

「分かった。報酬は……また後日に」

「は〜い」

 報酬という言葉はとても苦々しく言ったが、対する天塚はむしろ嬉しそうに語尾に音符かハートを付けていそうだった。よほどの大金なのだろうか、だとしたら一緒に聞いた身としては多少は払いたい気持ちになる。

「お姉様に劣情を抱いてるようでしたらおめーの粗末な物をちょん切って差し上げますから。その時はいつでもお呼びくださいね?」

 そしてそう言うと、名刺をヒラヒラと地面に落としながら歩き去ってしまった。

 嵐のような女とはこの事だろうか。

 時間にすれば十分程度だろうが、一時間くらいに感じつつ、落ちた名刺を拾いそっとポケットにしまう。

「……すまない、本当なら先に言っておきたかったんだが、まさか病院で張ってるとは思わなかった」

「大丈夫だって、まぁ、確かに一人では会いたくないような相手だったし」

 天塚が人混みに消えていったのを確認すると、彼女は小さく頭を下げて言った。

 仕方のないことを謝られるとこちらが申し訳ない気分になってしまう。確かに二度と会いたくないと断言できる相手だが、得られる情報はそんなことはどうでもいいくらい良い物だ。ならば我慢して然りだろう。

「あいつは男嫌いでな、普段は男が相手でもあそこまで露骨な対応はしないのだが……機嫌が悪かったのだろう」

「済んだことは仕方ないって、ここからどうするかだよ。俺は星伽さんを当たるつもりだけど、どうする?」

「いや、時間の無駄だ。星伽さんとレキさんは情報を持っていないだろう」

「え?」

 話を進めようとこれからの行動を聞くと、まさに気になっていた事の理由がわかった。

 しかし、なぜ無駄なのだろうか。情報を持っていないと断言できるほどの確信ならば、こちらも流石に気付く筈だ。

「よく考えてみろ、レキや星伽は二人が事件を起こした日にまったく行動してなかった。つまり、何も知らないし、事件についてはあの二人を疑っていない可能性すらある」

「でも、それを言ったら理子さんもそうなんじゃないか?居場所を転々としてるのも、メディアを避けてるからだろうし」

「思慮が浅いぞ?仮に二人を疑っていたとする。彼女達には情報網が無いし、足で調べるにも知名度があり過ぎる。しかし、理子さんはどうだ?元はテロを起こしていたくらいの人……その変装を見破ることは難しい筈だ。もし仮に二人についての情報を集めることを、バスカービルとしての依頼としていたら?捕まえる時は三人とは言わずもっと人数を揃えてから捕まえに行くだろう。さて、問題だ。理子さん以外から訊くことで得られる情報に、有益な物は存在するか?そのくらいは分かれ」

 呆れたような一言の次から溢れ出た知能を固めた言葉に、ただ息を飲んだ。

 状況を正しく理解し、個人に可能なことを割り出した上で行われる可能性のある事例を並べる。そしてそこからさらに可能性の高い物を選別して分析。そこまでを当然の範囲だと言いたげにしていた。

 これだけ焦る状況でも冷静さを欠くことは無く、むしろ冴えているとも言えるだろう。

 言葉を発することができず。ただ、驚いた。

「今日は帰ってゆっくりした方がいい。理子さんを探すのはまた明日だ」

 彼女はそう言うと、先ほど名刺を入れたポケットに紙切れを突っ込んで歩き去ってしまった。

 彼女には何が見えて、何を考えているのだろうか。

 少なくとも今の自分には分からないという結論が出るだけで、漠然とした悔しい気持ちだけが残る。

「頑張らないと……だな」

 一言呟くと、気分を紛らわそうと人混みに紛れた。

 遠山夫婦殺人未遂事件の日からしばらく運動を禁止されていたせいか、なまっているのは感じている。

 ただ家でじっとしているよりも、散歩でもしていた方がまだ落ち着くという物だ。

 改めて眺める町並みはすっかり姿を変えている。

 遠山夫婦を崇拝しているかのような街は、もうどこにも存在しない。盲目的な信頼の対価は、人々の傷を色濃く反映させて街にも広がっていく。気分の問題だろうが、活気の薄れているようにも感じた。

 これから日本はどうなるのだろうか。英雄を失い自らの足で進むのは辛い。

 ただ、日本では無く自分個人にも、それは辛いことだった。

「っクソ……」

 ただそれを紛らわそうと、有名ハンバーガーチェーン店へ入る。

 店の中はまだ昼飯時では無いからか、あまり客は入っていない。

 珈琲とポテトを頼むと、四人掛けのテーブル席へ運んだ。

「……同じ女でも違うもんだな」

 そしてポケットに入った天塚の名刺と、トラストの入れた手帳の切れ端かと思われる紙を取り出すと見比べる。

 トラストの物には「連絡は下記の物に頼む」という言葉とメールアドレスがあり、天塚の名刺には「二度と私のお姉様に関わるな」とペンによりでかでか書かれているおかげで、電話番号が見難い。

 天塚はそっちの人間なのだろう。いつか何もしてなくとも刺されそうで笑えない。

 携帯を取り出すと二人の連絡先を登録しておく。まさか一日で登録件数が倍になるとは思わず、一人余分なのが入っているが少し嬉しかった。

「すいません、相席させていただけますか……?」

 携帯を隣に置くタイミングを計ったかのように声をかけられてそちらを向く。

 綺麗な黒髪にフリルの目立つ可愛らしい制服を着た女性がおり、恥ずかしそうに顔を赤らめながらモジモジとしていた。

「あ、どうぞ」

 つい反射的に言ってしまったが、明らかに他の席が空いているというのになぜわざわざ相席したのだろう。

 これはもしかしなくても逆ナンパと呼ばれる物なのか。

 その結論が頭で決まってしまうと、途端に恥ずかしい気分になり辺りを見渡してしまう。

「あの、っと……お名前は?」

「片桐 録です。そちらは?」

「あ、浅野 雪奈といいます」

 彼女のトレーにはバニラシェイクが乗っているだけで、それ以外は何もない。

 本当に自分目当てで来たから頼んだからか、まったく口を付ける様子はなく、春が来たという漠然とした喜びが思考を支配している。

「片桐さん……あれ、確か例の事件の被害者も同じ名前じゃ?」

「あー、まぁ、そうだね。一応本人だし」

 どこか幼いイメージはあるが、純粋ないい娘じゃないか。

「そうなんですか!?す、すいません、あまり触れられたくない話でしたよね……」

「大丈夫だって、これでも武偵をしてるんだしさ」

 こちらが本人だと明言すると焦った様子で謝る。

 確かにあまり触れないでほしいが、悪気のない相手に腹を立てるほど器は小さくない。

「はい……っあ!私で良ければ話を聞きますよ!いえ、聞かせてください!」

 なんだろうか、どことなく違和感を感じた。

 先ほどまでの応対からなら黙り込みそうなものだが、やけに押しが強くなっている。

 もしかしたらこれはハニートラップという物ではないだろうか。

 鈍い自覚がある以上、疑った物は判断を慎重にしなくてはならない。

「……遠慮しておくよ。こういう話はする物じゃない」

「……そうですか、分かりました。すいません、少しお手洗いに行きますね」

 浅野はそういうとトイレへ行ってしまった。

 少し断り方が露骨だっただろうか、寂しそうな横顔がチラリと見えて罪悪感を覚える。

 彼女が返る前に珈琲に砂糖とミルクを入れて混ぜていると、手を拭きながら戻ってきた。

「お邪魔してしまいすいませんでした。それでは」

「あ、はい」

 しかし、帰ってきたと思うとすぐに店から出て行ってしまった。やはりハニートラップだったのか、警戒して正解だったのだろう。

 そう安堵していると携帯のバイブレーションが揺れた。

 携帯を開いて見ると一通のメールがありそれを開く。

 中には可愛らしい顔文字や絵文字がたくさん使われた分面で「今晩の0時丁度に家に行くから、ご飯は食べずに起きててね」と書かれていた。

 アドレスを見てもやはり知らない相手で、タイミングから察するに浅野か、その仲間の可能性が高い。

「イタズラであってほしいよ……」

 ただ一言呟くと、まだ冷めていないポテトと珈琲を持って店を後にした。




読んで頂きありがとうございます。

書き溜めがどれほどか、この小説を書くにあたって
の二つにつきましては活動報告として上げておきました
読者を集めるつもりの無い注意書きについては、そちらを見て頂ければ分かると思います

では、次回投稿まで一週間~二週間ほどお待ちください
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