円卓の武偵   作:もこー

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定期更新の一日遅れとなりましたが、五話目の投稿となります。
今回で書き溜めの折り返し地点となりますので、およそ十話時点で書き溜めが無くなるかと思います。

少々遅れてしまいましたが、どうぞお楽しみください。


過去との再開

「ん……?」

 目を覚ますと視界は完全に闇に包まれていた。

 少し状況が把握できずに困惑するが、首と腕に、注射による独特な残る痛みがして、状況を思い出す。

 とりあえず確認できる範囲では、目隠しをされて椅子に縛り付けられているようだ。

「誰かいないのか……?」

 空調の音が聞こえるが人の気配を感じれずに恐怖を感じて呟いてしまう。

 すると、衣擦れの音に続いて声が聞こえてきた。

「やっと起きたか、少し待ってろ」

 知らない男の声が聞こえたと思えばすぐに扉の開く音が聞こえてくる。

 閉められた音は無かったが、外も一人分の足音しか無く、何処かのビルの一室か地下倉庫のような場所なのだろう。

 なんとか情報を得ようと足だけ動かしてみたが、何に当たる事も無く虚しく空をきるだけだ。

 諦めてジッとしていると、数人の足音が段々と近付いてくるのが聞こえる。

 三人以上だということは分かるが、明確に自信を持てるのはそれだけで何とも言えない。

「あぁ、ロウ……やっと目を覚ましてくれた……」

「っ……!うぷっ」

 そして部屋に二人の足音が入ってきたのを把握すると、聞き覚えのある呼び名が耳に入り、続いて頬に触れた体温だけで猛烈な吐き気をもよおす。

 一番会いたくない相手であり、それが今目の前に居るのだと感じるとそのまま吐き出してしまった。

「私はロウに謝らなきゃいけない、昔の私にはあんな手段しか選べなかった。でも、それはロウをとても傷付けることだなんて、やっと気付けたの。ごめんね……ごめんね……」

「っぅ……姉貴……?」

 しかし、そいつはそんなこともお構いなしに抱き締めてただ謝罪を繰り返す。

 過去の惨劇は消えることの無い間違いであったと認めて、精一杯謝っているのだ。

「絶対にキンジとアリアを捕まえて、ロウが安心して暮らせるようにするから……それまで、お姉ちゃんのわがままに付き合って……」

 そう言葉にしながら目隠しを外されると、目にいっぱいの涙を溜めた姉の姿が目に映る。

 こんな異常な状態なのに、その姉の姿に嘘を感じることができなかった。

「何よ」

「すいません……」

 姉は黒服にサングラスといういかにもな男に肩を叩かれると、悲しみにくれる表情のまま後ろを向いてしまう。男は一度深く頭を下ろして謝ると、こちらには見えないようにおそらく緊急用のハンドサインをしているようだった。

「そんなっ……せっかく、せっかく会えたのに……!」

「時間の問題かと……」

「分かってるわよ!」

 何となく状況を把握することはできる。

 トラストや理子さんが助けに来たのだろう。だとすればエルはどこかに行ってしまった後だろうか。

「私達はいつまでも一緒よ……ロウ、無力なお姉ちゃんを許して……」

「なにをっ!?」

 状況の分析をしようと思考を始めてすぐに姉はこちらに向き直り、顔を近付けながらそんなことを言い出した。

 両頬に手を添えられた時点で何をするか分かったが、椅子に縛り付けられたままでは抵抗もできず、いとも簡単に唇は重なる。

 柔らかな感触と驚き、更には恐怖と身内愛が混ぜこぜになりパニックを起こしてしまうのは、当然のことだった。

「な、何を急に!俺は、俺は忘れないからな!何を言われても騙されたりはしない!」

 唇が離れると姉は踵を返してすぐに部屋から出て行く。

 その背中に今感じている全てをぶつけるように声を荒げたが、半分は閉じた扉に阻まれ二人の距離が切り離されてしまった。

 残された部屋には自分の吐いた物の異臭と、懐かしい残り香だけがある。

 本当に突然で一瞬のできごと。

 それなのに自分の心が揺らぎを見せていることが腹立たしい。

「くそっ……!くそったれが!ふざけるな戻ってきやがれ!俺は、俺は、あぁぁ!!」

「片桐!」

 それを誤魔化し払いのけたい一心で、がむしゃらに叫んだ。それこそ、扉が開くまで誰かが近付いていることに気付かないほど。

 扉を開けたのはヒルダだった。

 雷を纏っており、開けた扉が焼け焦げているのが視界に映る。

「っ……」

「待ってなさい、今ほどいてさしあげますわ」

 ヒルダ以外は居ないということは、バラバラに行動して探してくれたのだろう。

 ヒルダにはあの叫びが聞こえていたのだろうか。ただ思い切り歯を食いしばることでしか、自分を抑えることができなかった。

「本当に、無事で良かった……」

「……血はやらねーからな」

 ヒルダの周りにあった電気が消えると、そんなことを呟かれる。

 理由は分からないが、酷く責任を感じているのは、先ほどの焦りで力を制御し切れていないことからも伝わった。

 俺にできるのは、これまで通りひねくれた態度を取ることだけである。

「……それはとても残念だわ」

 手で解けないと判断したのか、何やら切る音が聞こえて腕は自由になった。

 ヒルダは苦笑混じりに呟いたが少しは落ち着けただろうか。何にせよ、このままのこのこと帰ることはできない。

「っ、あれ……」

 しかし、立ち上がろうと力を入れると足元がガクつきすぐに倒れこんでしまった。

「毒を盛られてたんだから無理は……」

「だめだ、この機会を逃したらまた俺は!」

 ヒルダはそれを見ると急いで支えてくれたが、それを跳ね除け走ろうとして、勢い良く転がってしまう。

 受け身の取れない痛みよりも、追うことのできない心の痛みが、よっぽどきつかった

「貴方が見た主観の話なんて私には分からないわ。少しは落ち着いてくださる?」

 駆け寄ってきたヒルダの言葉は、あの時ヒルダに言った言葉の皮肉が効いている。

 その言葉に何も言い返すことができず、支えて立ち上がらせてくれるヒルダに小さく呟く。

「これで仮は無しだ……今からのは、覚えなくて……いい」

 ヒルダは意味が分からなかったようでこちらの顔を見るが、こんな情けなく泣いている顔を見られるのは嫌で、顔を逸らし続けた。

 ヒルダも察してくれたようで部屋から出ることはせず、ただ支えたままなだめるように背中を撫で続け、他の仲間からの着信にも出ることは無い。

「っ……電話、出てやれよ」

「携帯をどこかに落としてしまい、電話なんてできなくてよ?」

 中々着信が終わらず、まだ落ち着けてないが少しマシになると諦めてそういっておく。

 だが、ヒルダは携帯をサイレントマナーにして、こちらのポケットに入れると、とぼけたように言ってみせる。

「そうかい……またどこかで見つけたら拾っておいてやるよ。っ行こうか」

「お願いしておくわ。集合地点は一階だから、エレベーターに向かいましょう」

 なぜヒルダはこんなに気を使ってくれるのだろうか、どうせ友情でも芽生えてしまったのだろう。

 だが、不思議とこうしているのも悪い気はしない。また気が向いたら飯でも奢ってやるか、もちろん、会話はちゃんと持ってだ。

 ヒルダに支えられたまま、ヨタヨタと歩いてエレベーターに乗ったころには、目の腫れは引いているのだろう。

 

「何で電話に出なかったの!?救出完了してたならちゃんとでてよ!」

 エレベーターから出て一階に着くと、理子さんは凄く怒っていた。

 その後ろにはトラストだけではなく、エルと忌まわしき天塚が控えている。

「ごめんなさい、戦闘中に落としてしまったの。でも、支えてくる途中で彼に拾って貰ったわ」

 ヒルダは特に反省の色が無く、嘘をあたかも真実のように語った。

 理子さんもそれ以上言及できず「ん、んぅ……」と言葉にならない何かを残して落ち着く。

 しかし、それより落ち着かない人が二名ほどいる。

「僕のせいで、ごめん……ごめん……」

「お姉様、何をそんなに怒ってらっしゃいますの?」

「あぁ、なんでだろうな?」

 訂正して三人にしておこう。

 エルは理子が離れたのを確認すると駆け足でやってきてすぐ頭を下げた。

 だが、正直な話をすると特に怒ってはおらず、むしろそのおかげで色々な情報を得ることができているし、自分にも責任があることを知っている。

「謝るのは俺の方だよ、ごめん……」

「え?」

 姉が絡んでいたなら、だいたいのことは予想がついてしまう。ただ、今これ以上話せることは無く、こちらに近付こうともしないトラストを見て、自然と気分が落ちた。

「とりあえず、詳しい話は落ち着ける場所で頼む。警察の尋問なんて嫌だしな……」

 しかし、そんなことに時間を食う訳にはいかない。予め警察にも連絡を入れていたなら、すぐにでも到着するだろう。そうなればまた入院した時のように無駄な時間を食わされる。

 警察には悪いが、未解決事件として終わっていただこう。

「じゃあ、私が裏から自宅まで運んでおくわ。貴方達よりは力持ちなので」

「じゃあ理子は適当に時間稼ぐね。トラストさんはどうする?」

 ヒルダは俺を軽々と持ち上げると、お姫様抱っこの体制にしてさっさと走り出した。

 恥ずかしいが黙って貰っている手前あまり抵抗することはできない。

 ヒルダもそれが分かってか面白がってこんなことを言ってくる。

「お姫様に救出される王子だなんて滑稽ね?」

「あぁ、しかもお前だと目覚めのキスの代わりに血を吸われてそうだ」

「ごめんなさい、私の唇は安くないの」

 そうこうお互いに言っていると自然と頬が綻ぶ。まるで少し前までのことが無かったかのようだ。

 ヒルダは駐車場にある赤い軽自動車の後部座席に降ろすと、少しして車は発進する。

「……なんで俺がエルに襲われた時にあんな早く来たんだ?」

 車は普通に運転され音楽も流れておらず、何となく気まずくなって話を持ちかけた。

「あれについては……ごめんなさい、貴方の部屋に盗聴器を仕掛けてたの。他に仲間が居ない事が確認できてから行ったけど、結局役に立たなかったわ」

 なぜ盗聴器をしかけていたのかは気になるが、結果として連れ去らせてしまうことになったのを悔いていたのか。

 そう思うと些細なことはどうでもよくなってしまう。

 最初見た時は恐ろしいとも感じていたのに、今となっては女らしい脆い部分もかいまみえてたからか、可愛い奴だとすら思う。

「俺の血ってそんなに美味いのか?」

「三日くらい絶食した後に食べる大好物の食べ物くらいの味よ。栄養はただの食事で足りるのだけれど、吸血鬼の性かしらね?」

 唐突な質問だったが、ヒルダは淀みなく正直にそれに答えた。

 この話によれば吸うのが絶対的に必要なことでは無く、趣向品として最上級の物というだけらしい。

 しかし、自分の身で考えるなら目の前にカルボナーラがあるのに白米を食べていなくてはいけない。みたいな感じなのだと思い、それなりに同情してしまう。

 なぜこんなことをきいたのかという話だが、無論そういう意図があるからだ。

「そうか……なら、俺が好物を食べた日なら吸っていいぞ」

「あら、どういう風の吹き回しかしら?」

 ヒルダはあまり驚いた様子を表に出さないようしているが、その声は先ほどよりも幾分か明るい声をしている。

「要らなそうだしこの話は無しでいいよ」

「貴方性格が悪いと言われることはなくて?」

「バカだとは散々言われるよ。お前も素直じゃないってよく言われるだろ?」

「ストーカーでもされていたのね、警察に届けようかしら」

「吸わせてやるから勘弁してくれ」

「物分りが良くて助かるわ」

 どうやらお互いに口の減らない人間のようで、ああ言えばこう言うという応酬が止まる様子を見せなかった。

 ヒルダも譲る気は無いようで、仕方なくこちらが止めると、ヒルダは明らかに上機嫌で最後を締めくくる。

 これが友達という関係なら、そういうのもまた悪くない。

「お前って案外可愛いのな」

「貴方のようなバカでも時間をかければ分かる物なのね?」

「口の減らない奴だ」

 このやりとりを最後に沈黙が流れ、気付いたら眠りについていた。

 

「起きなさい」

「んぇ……?」

 短い時間しか寝ていないため、あまり寝ぼけることなく状況は掴めた。

 ヒルダにビンタされて起こされたのは、頬が痛いためすぐ理解できたが、我が家の中まで担いできてくれたらしい。

「とりあえず着替え出しておいたから、着替えたら呼んで」

「あ、あぁ」

 なぜか思考が急激に鈍り始めた。

 ヒルダはクローゼットから出したジャージを隣に置くと部屋から出て行く。

 なぜ着替えるのかと不思議に思ったが、自分の服から放たれる異臭を感じて少しして分かる。

「なんだこの感じ……」

 力が入るようにはなったものの、やはり思考が鈍い。それが自覚できるだけマシなのだろうが、どうも違和感どころの話じゃなさそうだ。

 のそのそと服を脱いでいると、不意にヒルダの声が聞こえた。

「いつまでやってるのです?」

「……え?あぁ、すまん」

 気付くとただジャージを手に握って立ち止まっており、その間何をしていたのかの記憶が抜け落ちている。

 普通じゃないことはすぐ分かる筈だが、なぜがただ疲れているだけだと解釈してしまう。

「着替え終わったぞ」

「まったく……裏表逆よ?」

 またボーッとする前に着替えを済ませてヒルダを呼ぶと、呆れた顔をしてこちらを指差した。

 しかし、そのことを確認するとまたただ壁を見つめ始める。

「はぁ……貴方どうしたの?流石に緩みすぎじゃなくて?」

 ヒルダは見ていられなくなったのか、深い溜息をつくと椅子に座りながらそんなことを言った。

「何がだ?別に普通だろ」

「……もう寝てなさい、集まったら起こしてさしあげますわ」

「んー……」

 結局はヒルダも諦めたようで、おとなしく寝ているように言われる。

 特に断る理由も無いためまた寝転がるが、何か引っかかる物を感じてそれについて考えてみた。

「緩み過ぎですこと……」

 しかし、その五秒後には寝息を立ててぐっすりと眠りに落ちる。

 その姿を見たヒルダはクスリと笑うのだった。

 

「……て……い」

「……みた……わ」

「理……にまか……」

 おかしい、意識がハッキリとしているのに何を言っているのか聞き取れない。それどころか、身動き一つできずに身体が固まっている。

 誰か分からないが耳に吐息が掛かるのが伝わり少しばかり心拍数が上がった。

「起きないと……理子が食べちゃうよ?」

「っだぁ!」

 そして囁かれた言葉はとても甘ったるい成分を有しており、思わず飛び起きることに成功する。

「ほら、やっぱり起きてた〜。理子の一人勝ちだね」

 理子さんの楽しそうな声が聞こえ、今度はちゃんと身体が動く。軽くジャンプしたり両手の指を一本ずつ動かして、やっとマトモになれていることを確認できた。

「そ、そんなに嬉しかったのかな……?

「男はそんな物よ、単細胞しかいないわ」

「待ってください違うんです。話を聞いてくださいお願いします」

 確認の代償はとても大きかったようで、エルの複雑そうな呟きと、ヒルダの分かっていたと言わんばかりの言葉に、思わず正座をする。

「えへへ〜……理子の声そんなに良かった?」

「良かったですけどそうじゃなくて……」

「ほら、男はこんな物よ」

「そうみたいだね……」

「違う!」

 理子は照れたように顔を隠すと、指に隙間を空けてこちらを覗くという、露骨にあざとい行動をするが、毎朝されるなら正直金を払えるくらい満足な出来だ。

 しかし、素直に良かったと肯定してしまうと、他の女性陣はただの変態だと断定してしまう。

 身体や思考が自由になったように感じたか、実際はそうじゃないらしい。

「意識はハッキリしてたのに、身体が動かなかったんだよ。ヒルダだけの時に一度起こして貰ったが、その時は意識が短い区切りで飛び飛びだったし……」

 だが、うまく説明ができない。変態という烙印を消すだけの言い分がまったく浮かばず、ただ身に起きたことを説明するしかなかった。

「んー、そういうタイプのは神経毒とかかな?」

「貴方って本当にいい娘よね」

「ヒルダってなんだか片桐君に冷たくないかな?」

 何とかエルは分かってくれたようで話が進むかと思ったが、ヒルダはおふざけの延長を所望している様子。

 理子さんはちゃんと進める気が無いのか、ただ純粋に思った事を言っているだけなのか微妙なところだ。

「そんなことは無くてよ?」

「んー?嘘言ってると……」

「ちょ、怒るわよ!?」

「くるしゅうないくるしゅうない……」

 どうやら二人はお楽しみになるようで、理子のわきゃわきゃとする手から逃げるように二人は部屋の外へと出て行ってしまう。

 残されたエルは苦笑すると、一度廊下に戻ってアタッシュケースを持ってきた。

「まぁ、どっちみち検査するために僕の家まで運ぶつもりだったからさ。その症状について簡単に診るね」

「……久しぶりにまともな人間を相手にする気がするよ」

 エルはアタッシュケースを開けると、聴診器とペンライトのような物を取り出す。

 このくらいなら一度は誰だって見覚えはあるだろう。

 これからのことは容易に想像できただろうか、ならば何とか話を持たないと、とてもじゃないがやっていけそうにない。

「そうかな……まぁ、僕は負い目があるっていうのもあるけどさ」

 どうやらそれは逆効果になってしまったようだ。

 エルは苦笑すると顔を伏せて特に意味もなくアタッシュケースの中身を確認する。

 個人としてはエルの事情は別としても自分が原因になっているのだから、こちらも複雑な心境になってしまう。

 何よりも、こういう苦しそうな顔をされるのは苦手である。

 あまりしたくは無いが、このまま罰の悪い気分のままいさせるのは、もっと嫌な事だった。

「……俺ってさ、父親の顔覚えてないんだよ」

「急に、どうしたの?」

「まぁ最後まで聞いてくれよ」

 語り始めたのを当然ながら不思議そうに首を傾げて質問するが、俺の言葉に小さく頷いてくれる。

「まだ俺が五歳くらいの時にな、姉が剣で俺の親父を目の前でバラバラにしたんだよ。どうも親父は直上的な人で度々虐待してたらしいが、姉はそれが許せなかったらしい……ふぅ」

 途中まで話して行くと段々と惨劇が脳裏からじわりじわりと忍び寄るように冷や汗が流れ始めた。

 胃がムカムカするし喉に違和感がある。

 エルは止めようか迷っているようで少しばかり視線を泳がし始めた。

「当時の姉は十歳で、事件と同日に行方不明になっちまったんだよ。今でも夢に出たりするが、この有様だ……それから俺は姉を捕まえようと武偵になることを決めた。遠山夫婦のような強い人間になれたら、こんな思いをする人間は減るんじゃないかってな」

 エルは段々とこの話の意味が理解できているようで、話に割り込むことは無い。

 幼い頃のバカな夢には、思わず乾いた笑いがこみ上げてしまう。

 夢物語は憧れた本人に崩され、捕まえる対象だってあの有様だ。

 笑うしかない。

「そしたら遠山夫婦によって殺されかけて、挙句にはその姉の歪んだ家族愛に一瞬でも心を許しかけた……お前にアタッシュケースを渡してた黒髪の女は俺の姉だ。しかも、最初から目的は俺を捕まえることっていう……元凶は今ここに正座してるバカなんだよ。お前はむしろ被害者だし、あー……とにかく、謝るな」

 全て話終わると結局言いたいことが纏まらず投げやりなかたちになってしまった。

 エルは何を言おうかと迷った様子だが、少しして顔をこちらに向けるとゆっくり口を開く。

「それでも僕は……」

「なら俺のためにやめてくれ。その、なんだ……お前だって……」

 エルはなおも自分がと主張をやめず、途中で口を挟むと最後の方は声が萎んでしまい、結局あまり相手には聞こえなかっただろう。

「え?今なんて……」

 案の定聞こえなかったようで、エルは荷物を持って近付いてくる。

 いい人の言うような台詞は言いたくない。どことなく恥ずかしいのはそうだが、知ったような口を効くのが、個人的に嫌なのもあった。

 しかし、ここまできてやめては意味が無い。

 手を伸ばさずとも触れるような位置に座り込んだエルを見ると、思わず顔をそらして呟いた。

「お前だって辛かったんだろ……お前のことは何も分かんねーけどよ、自分を責める辛さは、まぁ、分かるから」

 とても恥ずかしい。

 こんな男の言う言葉に、どれほどの意味があるというのだろう。

 これで分かってくれないなら、素直に諦める他無いとすら思った。しかし、エルは少しだけ頬を綻ばせた。

「うん……ありがとう。君は優しいんだね、武偵に向いてるよ」

 そしてにぃ、と白い歯を見せて笑顔を見せてくる。

 素直に可愛いと思うが、それはそっと胸の中にしまっておく。本当に変態だと思われたら、生きていけなくなってしまう。

「うるせ、さっさと診察しろ」

 誤魔化すにもこれが精一杯の言葉だった。

「はいはい、分かりましたよ」

「っ……」

 エルも聴診器を耳に当てると何の躊躇も無くジャージを捲り上げる。

 あまりの自然な行動に今から聞かれるだろう心臓の音は激しく脈動を繰り返し始めた。

 男の半裸を見るのには慣れているのだろうか、真剣な表情で聴診器を数箇所にあてがって行く。

 今更だがこうして近くで見ると、エルはかなり若く見える。

 理子さんを見た後だから気付きにくかったが、エルも一応三十路手前のはずなのに、同い年だと言われても違和感の無い容姿だ。

 そんなことを思い始めた矢先に聴診器が離れる。

「君、女性経験少ないでしょ」

「っな、何を急に!」

 そして言われた言葉は、弾丸どころかレーザー光線のように左胸を吹き飛ばしていった。

 自覚はあるしどうにかしたいとも思っているが、面と向かって言われると爆死したくなる。

「だってどんどん心拍数上がるんだもん。ただの診察なのに意識しちゃったかな?」

 どうしてこうも周りの女はからかってくるのだろうか。

 完全におっしゃる通りなため反論ができず、赤くなっているであろう顔を逸らして開き直るしかなかった。

「そりゃ、可愛かったり美人な人からされたら、ドキドキしたりするだろ」

 我ながら素晴らしい恥の上塗りである。この歳にもなってこんなバカなことを言えるのは、日本に何人ほどだろうか。

 もはやエルを見ることすらできず、相手からのフォローを期待するしかない。

 しかし、エルから返事は無くただカチャカチャと聴診器の動く音が聞こえて、まさかと思いエルを見る。

 案の定どう返したらいいか分からず聴診器を両手にキョロキョロとあるはずのない助け舟を探していた。

 これは反撃するしかなかろう。

「ほほー?エルさんは男性経験があるから、あまり動揺しないんだなぁ……?」

「ぅ……当然でしょ」

 しかもここで強がるから、ヒルダとは違い本当にからかいがいのありそうな相手だ。

「彼氏とかは?」

「……ごめんなさい」

「素直な女はモテるらしいぞ、よかったな」

「もう!」

 エルは案外早く折れたが、更にからかうと、そっぽを向いていそいそと荷物をアタッシュケースにしまい始める。

 少々からかい過ぎただろうか、仕返しには丁度いいとしておこう。

 ただ、本当にヘソを曲げられては次回に響くため、ここは素直に謝ることにした。

「ごめん、今ので誘拐の件はチャラにしといてくれ」

「もう許されてるから今のは許さない」

 まさかここに来て開き直られるとは思わなかった。しかし、エルの中で楽しい話で済んでいるようで、ならばこちらはそれに沿えるだけでいいだろう。

「誠に申し訳ありませんでした。どうかお許し……」

「わー!もう、やめてよ恥ずかしい!」

 都合良く正座の体制だったのもありそのまま土下座の姿勢に移行すると、エルは慌てた様子で肩を掴んできた。

 まさかとは思うが長時間正座していた相手に対してそんなことはしないだろう。

「ちょちょま、あぁ!痺れてるんだよバカ!」

「あ、あぁ、ごめん!」

 されてしまった。

 しかもたちの悪いことに上体だけでなく立たせようと引っ張り上げている。無理矢理立たされたことにより血の巡りが無い足はまったく床の感触も無い。

 体制を整えるための凭れる相手はエルしかおらず、半ば倒れ込むようになりながら支えて貰った。

「そんな本気にならなくてもいいじゃんかー……」

「これに懲りたら二度としないことね」

 一難去ってまた一難、玄関の開く音が聞こえると、少し前に離席した二人が戻ってきていた。

 今の状況はエルの両肩を掴んで倒れこもうとしてる変態と、それを阻止しようと両手を肩に当てて踏ん張るエルという構図になるだろう。

 エルもそれには気付いたようで一気に顔を赤くすると、無言で顔をぶんぶんと振って何かを訴える。

 おそらく「無理」と伝えたいのだろうか。

 だがどう考えても、こちらの方がどうしようもないだろう。

 エルは動く気が無いしこちらはもう手段を選べず、痛みに耐える心構えをしてエルの肩を離した。

「あ!」

「おま、何やって!?」

 そして後ろに一人倒れこもうとするが、エルは反射的にがっちりと腕を掴むと一緒に体制を崩して倒れ込んだ。

「どうし……」

 しかも倒れた時の音に反応したヒルダが急いで扉を開け放つ。

 部屋の中では仰向けに寝転がる俺と、その顔の横に手をつき片方の手首を握りしめるエルの図が綺麗に収まっていた。

「邪魔するつもりは……」

「キャーッ!」

 ヒルダはエルを見ると帰ろうとしており、お互いに顔を見ると半泣きのエルが視界に映る。

 一瞬にしてハリセンのような綺麗な音を立てると、エルはヒルダを押しのけて飛び出してしまう。

「なになに、どうしたの?」

 部屋で起きたことを理子さんに説明してエルを呼び戻すのには、合計で一時間ほど掛かった。

 

 

 

 

「流石にこれは可哀想ね」

 ヒルダはおちょくってるのか本気なのか、頬に貼られた湿布を見て呟く。

 連れ戻されたエルもやはり理子さんに遊ばれ、最終的には落ち着いたものの、気まずい中で湿布を貼って貰うことになった。

 今はちょっとした世間話になっており、理子さんとエルはこそこそと何やら話している。

「優しい言葉の一つでもあれば、元気が出るんだが?」

 何を話してるか盗み聞きする趣味は無く、特に話すことの無いヒルダと、普段通りの会話をすることにした。

「私喉が渇いていてそんな余裕は無くてよ?潤わせていただけないかしら」

 今更ながら、この会話が普段通りと思うような付き合いになっているのかと思い、感慨深い物が胸に込み上げてくるのを感じる。

 ヒルダの遠回しに血を吸わせろと要求してくる言葉にも、少しくらいいいかなと思う。

「しゃーねー、少しだけな」

「あら、今日は素直なのね?」

 ついついそんなことを言ってしまうと、それを撤回する間も与えずにヒルダがこちらに近付いてきた。

 どうも遠慮という概念は無いようで、ガシっと両肩を抑えられる。

「待て、正面からは……なんだ、やめてくれ」

「じゃあ明日からそうするわ」

 ヒルダは言っている意味を理解した上でエル達に顔が見えないよう首元にかぶりついた。

 もう痛みにはなれたが、正面で抱き寄せているような距離に居られると、落ち着かない。

 体制にこまり後ろ手に床に凭れると、そわそわと辺りを見渡した。

 すると、こちらを見ているエルの姿と、それをニタニタしながら眺める理子が視界に映った。

「興味あるなら混じってみたら?」

「そんなじゃないから!」

 理子に茶化されて顔を赤くしたエルは床を叩いて強く否定する。

 特にやましいことをしてる訳ではないが、エルにはどのように映っているのだろう。

「理子、子供には刺激が強過ぎるから無理よ」

「おい、お前等絶対何か勘違いしてるの分かってるだろ、分かってるよな!?」

 ヒルダは一度吸うのをやめると、クスクスと笑いながらそんな事を口走る。

 どことなく自分だけ状況を理解できていないことは分かった。

「僕だってそのくらい!」

「じゃあやって見せないと、口だけなら誰だってできるもんね?」

 自分の分からない所でどんどん話が進んで行く。

 人間のエルには血を吸うなんてできないというのに、ムキになるにも限度がある。

「お前じゃできないから、落ち着け、な?」

「バカにしないでよバカ!」

 そしてとりあえず冷静にさせようと声をかけるが、完全に逆効果だった。

 ヒルダが笑を堪え切れず喉を鳴らしながら離れると、代わりにエルが近づいてくる。

 少し冷静になって状況を把握しよう。

「別にこんなこと僕の国じゃ大した事ないし……!」

 もしかしたら、エルはヒルダが吸血鬼だというのを知らないのではないか。

 だとすれば、あれは単に抱きついていただけに見えるのかも知れない。

 いや、むしろヒルダは顔が見えないよう工夫していたし、間違いなく確信犯だろう。

 思考が現状に追い付くころにはエルにすごい力で肩を掴まれており、女相手なのに逃げれる気がしなかった。

「待て、お前は大きな勘違いをしてる!ヒルダお前絶対許さないからな!」

「してない!大丈夫慣れてるから!」

 両手で肩を押し返そうともがくがビクともしない。一体どういう鍛え方をしたらこんな頑丈になるのか。

 エルはもはや茹でダコのようになって、訳のわからないことを口走り始めた。

 ヒルダはクツクツと口を抑えて上品に笑い、対する理子は堪えきれないようでお腹を抑えて突っ伏している。

「あ、甘噛みってこんなに強く……!?」

「待て、それはマジで病院に行かないといけなくなるから……!あぁもう!」

 しかもエルはヒルダの噛み付いた跡を見て、訳のわからないことを言う。

 人間が血が出るまでやったら、甘噛みじゃなくて食いちぎるというんだと突っ込みをする余裕が無い。

 エルは無駄に覚悟を決めたようで一呼吸置くと、頭を首元に近寄らせようて力を加え始めた。

「死ぬ!死ぬから止めて!」

 本格的に命の危機を察すると、エルの顔を手で押し返しながら二人に懇願する。

「ふぇ?」

 流石に二人ともやり過ぎたと思ったのか、理子とヒルダは二人掛かりでエルの肩を引っ張り、ゆっくりとエルを剥がしていった。

 突然の疲労に深く溜息をつくと、いつか本当に殺される気がして、外出の荷物を持って部屋から逃げるように出て行く。

 逃げ際にエルの混乱したような言葉にならない声が聞こえ、何となく悪い気持ちになる。

 とはいえ、行く場所も無いため結局扉の横に座り込んだ。

「大変みたいだな」

「ほんとだよ……え?」

 久々に聞こえた声はとても心強く、ついつい愚痴りそうになりながらも途中で気付き止める。

 顔を上げると目の前に手を差し出されて、本人と見比べた。

 手を差し出しているトラストは、なぜか怒っているように見える。特に理由は無いが、どうしてか考えると手を揺らされ早く掴むよう無言で急かされた。

「ごめん、ありがと。どうしたんだ?」

「今回の誘拐事件について聞きにくるよう理子さんに言われたから来た。それだけだ」

 やはりトラストは何か怒っているように感じる。

 どことなく言葉に棘を感じるが、自分にはまったく思い当たることは無い。

 どことなくやりにくい感じがして、立ち上がると訊いてみることにした。

「何を怒ってるんだ?」

「怒って無い、どこに怒るような理由がある」

 聞かれたことに対してムキになったような返事がきて、やはり怒っているのが分かる。

 一体自分が何をしたのだろうか。食事の時みたく知らないうちに失礼なことをしてしまったのだろうか。

 何も分かっていない自分に人知れず罪悪感を感じてしまう。

「……」

 トラストは少しバツの悪い顔をすると、何も言わずにさっさと部屋に入って行った。

 他人に遊ばれたりバカに付き合わされたりとは全く違う疲労。

 しかもトラストが相手だと思うと、一際心に溝が生まれる。

「しかもこれ、あの話しなきゃいけないんだよなー……」

 姉にキスされて柔らかくて気持ちよかったです。とか言えてしまうくらいバカなら楽なんだが、そうもいかないから困った。

 本格的に我が家に入りたくない理由が目白押しになっている。

 理子にハメられ、ヒルダに遊ばれ、エルとは気まずく、トラストは機嫌が悪い。

 ここは本当に我が家なのだろうか。そう思うのは仕方ないだろう。

「……はぁ」

 思考を重ねたところで誤魔化せる時間は大した物ではない。

 早々に諦めると深いため息をついて、部屋へと入って行った。

 中では案の定エルが気まずそうにしており、理子とヒルダは楽しそうに雑談している。

 トラストは携帯と睨めっこしており、何となく複雑な気持ちになった。

「……お帰り、じゃあ早速話を聞かせて貰おっか」

 理子は誰も話せる空気を作ろうとしないことを察してか、分かりやすく全体に聞く姿勢を作るよう伝えてくれる。

 こういう気の利いたことをしてくれるのはありがたいが、人の様子を見て遊び始めるのはやめて貰いたい。

「じゃあ、なんだ。少し昔話から……」

 過去の事件から現在まで話終わった時の反応はそれぞれ違う。

 トラストはただ黙って真剣に耳を傾け、理子さんは知っていたようで反応は薄い。対してヒルダは驚いた様子で隣にいる理子を訴えるように見ている。エルはやはりといった所で、複雑な表情をして顔をそらしていた。

 そして、あまり話したくない所にまで来ると、自然とトラストを確認してしまう。

 特に理由は無いが、何となく聞かれたくないことだと思えたからだ。

「……それで、俺が捕まった時の話になる。写真でエルに荷物を渡してたのが、俺の姉である”片桐 咲倉”だ。今回の目的はRランク武偵である遠山夫婦から、俺を保護することだと言ってたな……」

「保護?拉致の間違いだろ……」

 トラストの機嫌は更に悪くなっている。理由も分からないからなおのこと困ってしまう。

「ごめん、僕が……」

「だから謝るなって言っただろ?」

 そのトラストに当てられてか、エルはまた謝ろうとしていた。

 そんなバツの悪いことはしてほしくない。途中で遮るとエルは大人しく黙り、トラストは小さく鼻を鳴らして顔を背ける。

「……まぁ、中であったことを詳しく話す必要は無いよな?」

「それを聞きたいからわざわざ集まってるんだよ?」

「う……」

 なんとか話を誤魔化せないかと思ったが、理子に阻止されてしまう。

 話しても身になるようなことでは無いし、正直思い出したくもない。

 気付いたら口を腕で拭っていた。

「……目を覚ましたら椅子に固定されてて、姉貴にすげー謝られて抱き着かれた。それで、昔を思い出して吐いちまったんだが……き、キスをされた……」

「理子、落ち着きなさい」

「だってだって!」

 嫌々話すと理子は興奮した様子で立ち上がろうとしたが、ヒルダに止められて座らされる。

 ヒルダはあの時のことを知っているから、あまりその話を続けさせたくないのだろう。エルは自分の唇を触り、トラストはあまり反応を示さない。

「縛られてたから逃げれなかったんだよ!俺だってはじめ……何でもない……」

 誰に弁解したかったのだろうか。

 ただ、ファーストキスは実の姉に奪われたという事実だけは、胸を深く抉っている。

 姉貴は何がしたかったのだろう。まさかとは思うが本当に禁断の愛というのじゃないのを願うばかりだ。

「それが、初めてだったのか」

 ここで口を開いたのは理子やヒルダでは無くて、トラストだった。

 ヒルダや理子が何か言うと思っていたが、トラストに言われるとは思わず少し慌ててしまう。

「そ、そうだよ……」

 とはいえ、肯定するしかなく少々惨めな気持ちになる。

 しかし、続くトラストの言葉は今の自分には意外な物だった。

「自分の意思じゃないなら関係無いだろ?お前が望んだなら話は別だがな」

 励まされたのだろうか。トラストの口調がまだ少し怒っているように聞こえたせいか、顔を逸らしたままだからなのか、あまり実感が湧かない。

「励ましたいなら、もっと言葉を選ばないと伝わらないよ?」

 中々口を開かないでいると、我慢できなかったのか、不意に理子がそんなことを言い、立ち上がってトラストへと歩み寄って行く。

 言われた側のトラストもハッキリと分かるように怪訝な顔をして理子を見た。

 しかし、トラストは何も言わず、理子は耳元で何かを伝える。

「っバカバカしい、私は帰るからな!」

 一体何を言ったのだろうか。トラストが声を荒げるのは初めて見る。

 その驚きからか誰も帰るのを止めれず、彼女の居なくなった後の部屋では「あちゃー……」と一人頭を抑える理子と、それを見て深いため息をつくヒルダの呆れたような顔だけが残った。




少々文字数が多かったでしょうか?一万文字を基準に切り貼りしてますが、どうも間隔がよく分からないです。
長くて一万と五千
短くて七千程度だと思って頂ければ幸いです
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