深い闇の底へ堕ちた意識が再びすくい上げられた時、彼の前には光があった。
「……どこだ、ここは?
まぶたの上に刺すような陽の光を受けて、閉ざされていた瞳をゆっくりと開ける。
頭上には爽やかな青空が広がり、太陽が
太陽が顔をのぞかせている!
世界は、宇宙規模の日食の影響で、闇に閉ざされていたはずだったのに!?
地上に邪悪がはびこる時、必ずや現れるという希望の闘士──「
今しがた目を覚ました彼──アルデバランはその聖闘士の中でも、最高位の実力を持つ十二人の一人である。
アルデバランは聖闘士、そして彼が属する聖域と神話の時代から敵対する死者の軍団──「冥王ハーデス」の一味と戦い、命を落とした……はずだった。
今、アルデバランがいるのは最後の戦いの地であった、ギリシャは聖域の守護宮でも、死後に向かうはずの冥府でもない。
地球の……地上と思われるどこかの土地の、草原の中であった。
風や大地の感触、大気を流れる生命の力──
体を起こし、腕や足、腹に顔をベタベタと触って確認する。
アルデバランは敵の兵士である
それが彼の魂に残る、
しかし今、身体にはどこにも異常はなく、ゾンビやグールといった
「まるで、ハーデス軍との争いの前に戻ったような感じだ」
戦いの中で常に共にあった鎧──彼の守護星座である
まるで、目を覚ますまでずっとアルデバランを見守っていたかのように、黄金の鎧は太陽の光を浴びて輝いていた。
身の回りに違和感が無いことを理解すると、改めて周囲に目をやる。
やはり見覚えのない土地だ。
「ここはギリシャではないのか……?」
「そうさ、ここは
独り
女の声である。それも非常に聞き覚えのある。
それは彼の仲間のものであった。
「シャイナ、か──!?」
金属質の仮面を被った女性の名は、蛇遣い座の
アルデバランの同胞の女戦士で、共にハーデス軍と戦った戦友だ。
仮面で素顔は見えず、
「シャイナ、一体なにがどうなっているのだ? 俺は確か、ハーデス軍の
「ああ。アンタは確かにその時、命を落としている」
自分が一度死んだという事実を肯定され、少なからぬショックをアルデバランは受けた。
冥王の配下──「地暗星 ディープ」の戦士の不意打ちを受け、落命したのはやはり錯覚などではなかったのだ。
一筋の冷や汗が頬を伝う。
「では、なぜ俺は今、この地に立っているのだ?」
アルデバランはシャイナに問う。
彼女がその答えを知っているとは思えなかったが、予想外にもシャイナは答えを持っていた。
「本来なら、死したアンタの魂は冥府タルタロスへ堕とされていただろう。だが冥界は、星矢たち
「そうか……アイツらがハーデスを……地上の平和をとりもどせたんだな」
聖闘士の宿敵、冥王ハーデスは神の力によって、全ての惑星を直列させるという皆既日食──「グレイテストエクリップス」を引き起こし、地上を闇に閉ざした。
世界は天変地異に見舞われ、多くの罪なき人間が死に、ハーデスは残された地上を支配せんとしたのだ。
その野望をくじくため、アルデバランたち聖闘士は自らの命をかけて懸命に戦った。
青銅聖闘士とは、聖闘士の中でも最下級の実力しか持たない者たちの総称。
その青銅がたった五人で、彼らの守護する女神であるアテナと共に、敵の神を討ち果たした。
人の身で神を打倒するという奇跡を成し遂げた彼らは、いまだ地上への帰還の最中にある。
「その
「なんだと!? やっと聖戦が終わったばかりだというのにか!?」
シャイナの言葉に、アルデバランは虚を突かれた思いだった。
冥王ハーデスしかり、海王ポセイドンしかり……この地上は、遥か昔より神々の奪い合いの的なのだ。
聖域と冥王との聖戦が終了し、両者が
「今、聖域に残された聖闘士は、私ら白銀と青銅がわずかに数人。黄金にいたっては、アンタも知っての通り全滅さ」
「……ゆえに、俺が呼び戻されたと」
シャイナはうなづく。
ここでアルデバランは一つの、当然の疑問にたどりついた。
それは、共に戦い抜いた仲間たちのこと。
アルデバラン以外の
彼ら黄金の十二人は肉体を失い魂となってなおも、ハーデスの元を目指す五人の青銅聖闘士を送り出すため、天界エリュシオンへの道を
「なぜ俺だけなんだ? ムウや老師、アイオリアたちはどうなっている? 彼らも同様に、地上へ戻ってきたのか?」
「残念ながら、冥界からの
「……そうか」
「アンタだけが呼び戻された理由だが、どうやら今回の敵とお前は、ほんのわずかながら因縁があるらしい。その
「俺に因縁だと? 覚えはないが」
「アタシも詳しいことは知らないが……なんにしてもアンタは、アテナとハーデスの協力で現世に返ってきたってわけさ」
さらりと語られたシャイナの発言。
彼──アルデバランの復活に、これまで敵対していた死の神ハーデスが手を貸したとは、一体どういうことだろう?
「今回の敵は、地上をただ支配することだけが目的じゃない。この世界を破壊と混沌でつつみ、死者の魂を冥界に送らず、自らの
「なるほど。配下が欲しいハーデスにとっては、その
「ああ、利害の一致ってやつだね」
これまでの会話で、おおよその事態を
ならば、これから成すべきことは一つだ。
この地上の平穏を守ることこそ、彼ら聖闘士に課せられた、ただ一つの使命。
アルデバランはシャイナが持ってきていた私服に着替え、聖衣を持ち運ぶためのパンドラボックスに収納すると、二人はすぐに敵の待つであろう地へと向かった。
「その敵とやらは、このアメリカにいるのか?」
常人を
「アメリカのマサチューセッツ州を中心に暗躍している、謎の集団がいるというのがアメリカ合衆国からの内通だ。聖域の調べでは、もうちょい活動範囲を絞り込めているがね」
「今更だが……その敵とやらは、一体何者なのだ? やはり神か?」
「だろうね」
「曖昧な返答だな」
「聖域でも、奴らの動向はつかみあぐねているんだよ。なにせ古いうえに、規模の大きな組織らしいからね」
「むう……聖域ですら把握できない敵、か」
聖域はこの地球という星の、全域に渡る守護を一手に担っている。
黄金聖闘士のアルデバランも、過去に受けた任務において、他の宗教で崇められる邪神の討伐を行った経験があった。
「やはり、今回の敵も邪神の
「そいつは間違いないよ。敵の神は、名前を発するだけでその力を増すというからね。厄介な相手さ」
「そうなのか? では我らは、そいつをどう呼べばいい?」
「……聖域は、邪神のイニシャルをとって、ただこう呼ぶ。『
「C、か……」
名を口にすることすら禁じられる神。
一体、どれほどの力を秘めた邪神であろうか。
アルデバランは今一度受けた生と、聖闘士としての己が使命──この地上の愛と平和を守る、という想いを噛みしめ、自らの拳を硬く握りしめるのだった。
星矢とクトゥルフの組み合わせって、あるようで意外となかったので書いてみました。
クトゥルフ神話は好きなんですが詳しくないので、間違ったところがあったらごめんなさい。