共に
二人をインスマスの地下空洞へと案内した少年、ボカは二人の様変わりに目を白黒させている。
対するは人類の敵対種族、
ボカ少年の母親の肉体へと憑依した邪神の一柱──
「うぐぐ……」
「がぁあ……」
邪神の策略によって空洞へと集められ、夢を通して旧支配者の信徒へと洗脳された人々の様子が変わりはじめる。
みなの顔つきが深海魚じみた面へ
アルデバランが警戒の声を上げる。
「貴様、なにをやっている!」
「我ら旧支配者の奉仕種族を呼び寄せたのさ。彼らの魂が今、そこらの人間どもに憑りついているのよ」
完全な魚人へと変態させられた人々が、アルデバランとシャイナへ向けて、屍人のように這い寄っていく。
「やれ、『
『おおぉぉぉ……!』
邪神の先兵と化した村人を前に拳を構えるアルデバラン、それをシャイナが止めた。
「アンタの拳じゃ、強力すぎて憑りつかれた人たちの体を傷つけちまう。ここはアタシに任せな」
小宇宙を高めるシャイナ。
その力が
「『サンダークロウ』!!」
蛇の毒かと錯覚させるほどの強烈な
攻撃を受けた数十人の魚人が、地下空洞の硬い地面の上にドウと倒れ伏した。
「こいつらは水の属性を持っている。アタシの技とは相性最悪ってわけさ。こっちは引き受けるから、アンタは邪神を!」
「頼んだぞ、シャイナ! ボコ、お前は彼女の後ろに隠れていろ!」
シャイナが切り開いた深きものどもの間を縫って、アルデバランは一直線にクティーラの前に走った。
そして対峙する、敵の
「ふむ……やはり奉仕種族程度では、聖闘士二人の足止めにもならんか」
クティーラは平然とした態度で、眼前のアルデバランを見やる。
そして、彼女の闇の小宇宙は新たな怪物を生み出そうとする。
「父上の目覚めには今しばしの時間が必要……次は、『我が母』においでいただこうか」
「貴様の母、だと?」
クティーラの言葉にピクリと眉を動かすアルデバラン。
彼女が呼び出した次なる怪物は、深きものども──ディープワンズを従える頭首。名を……
「海獣、『ヒュドラ』か」
怪物の姿を見たアルデバランがつぶやいた。
母なるヒュドラは先ほど人間の肉体に憑依したディープワンズとは違い、その身は邪神の肉体そのものである。
聖闘士の中でも一番屈強な体格をもつアルデバランが、まるで子供に見えるほどヒュドラは大柄。まさしく怪獣と呼ぶにふさわしい化け物だった。
ヒュドラと対するアルデバラン。
彼の視線の先には、大きく両腕を広げ祈りの──否、呪いの言葉を唱えるクティーラが映った。
「お目覚めの時でございます、我が父よ。いあ・ふんぐるい・むぐるうなふ・『くとぅるふ』・ふたぐん!」
ついに邪神「C」──『
同時にクティーラの側に立つ石づくりの門から、邪悪なオーラが辺りに漏れ出てくる。
「うぅ……なんだい、これ? 急に体から力が抜けて……」
岩陰に身を潜め、シャイナらの戦いを見守っていたボコが苦しげな声をもらした。
シャイナも、邪神クトゥルフの力の片鱗を感じ取り、仮面の下に冷や汗を浮かべる。
「なんという邪悪な小宇宙……いや、この強大なパワーは……神だけが持つ『ビッグウィル』というものか!?」
ヒュドラは、伴侶である邪神のエナジーを受け、大きく鳴いた。
怪物の悪の小宇宙も増大している。
しかし、対するアルデバランは……依然、動揺するそぶりは見せない。
それどころか、敵対者を前に悠然と両腕を
「どうした、聖闘士。諦めの境地か?」
「…………」
クティーラの挑発にも応えず、アルデバランは向かってくる怪物──ヒュドラに向けて……一声、吼えた。
「『グレートホーン』!!」
直後。怪物の巨体が、爆ぜるように消し飛んだではないか。
「なにッ!?」
クティーラが目を剥く。
ヒュドラは、アルデバランの目にも止まらぬ必殺の光速拳を受けて、自らの死にすら気づかず息絶えたのだ。
「……ヒュドラとは、昔に一度まみえたことがあってな。もっとも、その時とは種族も違うようだが」
フッ、と不敵な笑みを浮かべそう言ったアルデバラン。
彼の中で、かつて戦った「ティターンの神々」との記憶がよみがえっていた。
「……さすがは、地上を守る最高位の黄金聖闘士、といったところか」
配下はおろか、母親であるヒュドラさえも通用しない二人の聖闘士を相手にしているにも関わらず、クティーラもまた
「貴様に勝ち目はないぞ。大人しく、ボカの母の体を返すんだ。そして
「聞けぬ相談よ。交渉するつもりはない。この世を
「ならば仕方ない」
決裂。
アルデバランは、クティーラに向けて敵意を込めたファイティングポーズをとる。
クティーラもまた、それまで羽織っていた黒いマントを脱ぎ捨てた。
マントの下に彼女が身に着けていたアーマーがあらわになる。
まるで砂漠の荒れ果てた大地を思わせる、薄汚れたイエローカラーの鎧──これこそが、邪神グレートオールドワンの一族がまとう『
「その邪悪な衣を砕いてくれる! グレートホーン!!」
「フッ」
「……なにィ!?」
必殺拳を放ったアルデバランはしかし、自ら打った技をそのままその身に受け吹っ飛ばされてしまった。
「バ……バカな……グレートホーンが俺自身に返ってくるなど」
「我が黄衣に人間の技など通じぬ。天にツバする者は自らに返っていくと知れ」
「う……うぅ」
「どうやら左の拳が砕けたようだな。それではもはや、グレートホーンは放てぬぞ?」
溜めから一気に解き放たれる必殺の掌打であるグレートホーンは、黄金聖闘士の技の中でもシンプルがゆえに、絶大な破壊力を誇る。
その威力を誰よりも知っているアルデバランは、クティーラの言う通り、すでに自身の片腕が使い物にならないことも理解していた。
両腕で放つ技ゆえに、今のアルデバランにとっては牙をもがれたも同然である。
「さあ、トドメをさしてやろう」
クティーラの黄衣から、暗黒の小宇宙が立ち昇る。
「だが苦しめはせぬ。せめてもの情けだ……幸福な夢の中で逝くがよい! 我が『イリュージョンライフ』にかかってな!!」
「ぬぅ……!?」
アルデバランの視界が、真っ白に染まった。
『──……。──や……。』
ひどく懐かしい声が、アルデバランの耳に届いた。
「あ、あなたは……」
真っ白な世界で、牡牛座の黄金聖衣も体から外れ、ただ一人の青年へと戻ったアルデバランの前に立つのは
「母さん……!」
アルデバランの母親であった。
目の前に立つ声の主の正体が分かった時、同時にアルデバランは、今いるこの場は夢の中であることにも気づく。
なぜなら、彼の母親は……すでにこの世にはいないから。
『久しぶりだねぇ、──や』
まだ「アルデバラン」という戦士の名をいただく前の、本来の彼の名を母は呼んだ。
彼の母は、彼が聖闘士となるべく
人々を護るためとはいえ、親元を飛び出てロクな便りもよこさず、ついには死に目にすら会えなかった。
そのことは彼の、アルデバランとなった男の、数少ない後悔の一つである。
「母さん……俺は、俺は……」
『いいんだよ、もう』
今、アルデバランの母は色とりどりの花に囲まれて、とても幸せそうにしている。
「母さんは、花を育てるのが好きだったものな。こんなに綺麗に咲いて……」
『おいで、──』
夢という仮初めの世界での、思わぬ再開。
アルデバランは母との抱擁に、たまらずに涙を流した。
そして──無防備となった彼の体からは旧支配者クティーラの技によって、黄金の小宇宙が確実に抜きとられつつあった。
アルデバランの過去は捏造です。
OVAのハーデス編で、少女から花を渡され云々ってシーンをベースに考案しました。
聖闘士星矢のキャラって生い立ちとかバックボーンが深く語られることってあんまりないですよね…