絶対に兄様と結婚したい妹VS突然女の子になっちゃったお兄ちゃん 作:としぞう
そういうわけで、管理人さん――国原さんが荷台を押してくれることになり、ボクらはそんな彼女と並んで寮に歩き始めた。
台車があるとはいえ重たいんじゃと思ったけれど、そこはさすが管理人さんというべきか、さすが大人の女性と言うべきか、全く表情を崩すことがない。
ちなみにこの台車は駐車場に入るときに警備員の人(この人もなんと女性だ!)から借りたこの学校の備品だ。
なのでうちの両親が全て終わるのを待つ必要は無く、きっともう帰りの車を走らせているだろう……。
「わたしのことは呼びやすいように呼んでね。管理人さん……は、ちょっと遠い感じがして寂しいから、国原さんとか、下の名前の奏さんとか。中にはカナちゃんって呼んでくれる子もいて……あ、でも強制じゃないから全然気にしないでっ」
国原さんはよく喋る人だった。百合は元々ボクの前以外では口数の少ないタイプだし、ボクも緊張していたので、話しかけてくれるのはすごくありがたい。
「それにしてもびっくりしちゃった。百合ちゃんは何度か会ったことがあったけれど、お姉さんがいたなんて。しかも百合ちゃんに負けず劣らずすっごい美人さんだし!」
「はい、姉様は世界一の姉様なので」
「ふふっ、お姉さんが大好きなのね」
「当然です」
自信満々に胸を張る妹。ボクとしては乾いた笑いしか出てこない。家族間でならともかく、こういう場では多少遠慮するものじゃないだろうか。
「碧ちゃん、編入なんて緊張するかもしれないけれど、困ったことがあったらいつでもわたしに頼ってね。そのための管理人だからっ」
「は、はい。ありがとうございます……」
張り切ったようにぴょんっと跳ねた国原さんの胸が、ばるんと弾む。や、やはりでかい。当然ながらボクよりデカい。
凄まじい母性を感じさせるそれに一瞬目を奪われつつ、もしかしてこの人に下着とか洗われるのか……? と、ボクは戦慄した。
「姉様、デレデレなさらないでください」
「し、してないだろっ!?」
「されてました。頬が緩んでいました。姉様も立派なものをお持ちなのに、まだそれ以上を求めるのですか。姉様は強欲です。あと色欲です」
「強欲も色欲もないからっ!?」
「ふふっ、本当に仲良しなのね」
ボクらのやりとりを聞いて、くすくす笑う国原さん。
しまった……緊張しすぎて、普通に彼女に聞かれているのを忘れてしまった。
「うぅ……」
百合もそうだったのか、恥ずかしそうに俯いてしまう。耳がほんのり赤くなっていた。
ちなみに国原さんはボクが元々男性だったことを知らないはず。これは学長さん……翼お姉ちゃんがはっきり言っていたことだ。
ボクに起きたことを知れば、間違いなく偏見や憶測が学内を飛び交うことになる。あることないこと含め……実際、突然性転換が現実に起きること自体オープンになっていないのだから、それは絶対に避けられないだろう。
そんな事態からボクを含めた生徒達全体を守るため、そもそも噂の出所に戸を立ててしまおうというのだ。
――まあ、碧くんが自分で言いふらす分には制限はつけないけどね?
と、言われはしたけれど……多分その目もないだろう。ボクとしたって、この対応は願ったり叶ったりなものだから。
「羨ましいわ。わたし一人っ子だったから……ねえ、碧ちゃん。もしも良ければ、碧ちゃんのこと妹みたいに思ってもいいかしら?」
「えっ、ぼ、ボクですか!?」
「うん。なんだか……可愛がってあげたいなぁって思って」
「に……姉様は、私の姉様ですっ!」
「百合ちゃんのお姉さんを取ろうって意味じゃないの。ほら、百合さんにとってはお姉さん、わたしにとっては妹……ほら、違うでしょ?」
「むぅ……」
「ふふっ。なんて冗談よ。ごめんね。二人があまりにも可愛いから、ついからかっちゃった♪」
てへっとお茶目に舌を出しつつ、謝る国原さん。
そ、そうだよな、からかったんだよな……あー、びっくりした。
うっかり妹として国原さんに愛でられる心構えをしてしまうところだった……なんて思っていると、隣の百合からじとーっとした視線を浴びせられてしまった。
「べ、別に冗談だって分かってたからな?」
「まだ何も言っていませんが」
「言いたげな目、してたじゃんか」
「ま、さすが兄様。私の考えていることなんて兄様には筒抜けですね。さすがです」
百合はそう称賛? しつつ、それでも「じゃあ言いたいこと分かってますよね?」と言いたげな目を向けてきている、気がする。
そりゃあ実の兄(姉)が年上の誰かにデレデレしているところなんて見ていて気持ち良くはないと思うけど……って、デレデレしてないし!?
「そういえば……碧ちゃんは結構男の子みたいな喋り方するのね」
「えっ!? そ、そうですか!?」
し、しまった! 性転換して、女性としての常識についてお母さんと百合から教えられてはきたけれど、喋り方については特に指摘されてこなかった。
でも、冷静に考えたら男として過ごしてきた癖やなにやらが一番染みついているのがこの喋り方だ。
ボクを元男だって知ってた翼お姉ちゃんはともかく、国原さんには不審に見えても仕方ない――。
「それ、すっごく可愛いわ!」
「……え」
「ギャップっていうのかしら。外見からだとちょっと大人しめの子かなと思ったのだけど、話し方はむしろ逆に元気いっぱいな感じで……あっ、ごめんね? いきなりこんなこと言われても気分良くないよね?」
「い、いえ! 全然そんなことないです!」
謝られてしまい、慌てて否定する。
実際気分を悪くするどころか不審に思われなかったことに安心したくらいで……いや、でも、それって性転換する前から女の子でも通用する喋り方をしていたってことかもしれないから、若干気分良くないというのは間違っていないかもだけれど。
「やっぱり、冗談じゃすまないかも……」
「え? 国原さん、何か言いました?」
「う、ううん。なんでもない! それより、国原さんじゃなくて奏さんって呼んでくれたら嬉しいな~?」
え……でも、さっきは呼びやすいように呼んでって言ってたような…………でも、こう言われてしまえば、指摘するのは変に突っかってる感じがして気が引ける。
「わ、分かりました。奏さん」
ボクがそう呼ぶと奏さんは嬉しそうににっこり頷く。
「ふふっ、ありがと。あ、私は用事が無いときは基本寮の管理人室にいるから、気軽に尋ねてきてね? こう見えて、結構暇してるタイミングも多いから。もちろん、百合さんも」
奏さんはそう言い、人懐っこそうな笑顔を浮かべた。
管理人、国原奏さん。温かそうな母性の固まり……って感じの第一印象だったけれど、案外子どもっぽいお茶目なところも感じさせる。
そういうところももしかしたら、学生寮の管理人さんとしてベストな人材ということなのかもしれない……、とボクはしみじみ思うのだった。