絶対に兄様と結婚したい妹VS突然女の子になっちゃったお兄ちゃん   作:としぞう

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第35話 変化の代償

 白姫女学院高校に入学して、さらに何日か経った。

 授業は相変わらずちんぷんかんぷんだけれど、きょこの個人指導のおかげもあって、なんとなく、「このまま勉強していけばいつか追いつくくらいはできるかもしれない!」と思える程度にはなってきた。

 

 本当に、入寮してすぐきょこと友達になれたのは運が良かったと言うほかない。

 きょこは「あーちゃんのためならお安いご用よ」と笑ってくれているけれど、いつか何かちゃんとお礼をしないとボクの心が先に参ってしまいそうなくらいだ。

 

 あと、学長先生――翼お姉ちゃんとの週一会合も続いている。基本的には水曜日の放課後、学長室で彼女の愚痴に付き合いつつ彼女を褒めるという感じ。

 正直ボクは演技上手じゃないし、あからさまなお世辞になってしまっていると思うけれど、学長先生は嬉しそうにして、甘えてくる。

 最初こそ「なんだこの大人……」と思っていたけれど、ボクにとっては大人でも翼お姉ちゃんは学長業界じゃ若造の部類らしく、それ故にストレスも半端ないようで、愚痴を聞いているうちにすっかり同情的になってしまった。

 

「碧くんと一緒にお喋りしてる時間だけが私の癒やしかもしれない……!」

 

 そう言われ抱きしめられると無碍にもできないし……うん、仕方が無い。

 それに彼女も紛れもなく恩人だ。疑問はまだ若干あるけれど、喜んでくれているなら続けていきたいと思う。

 

 

 そして、そんな学校生活にも慣れてきた今日――。

 

「やっとこのときがきたね! 待ちくたびれたよ!」

「あはは、ごめん……」

「あっ、いやいや。責めてるわけじゃないから! これは言葉の綾というか……ふふっ、とにかく楽しみだったってこと。なんだか子どもっぽいなって自分でも思うけど、昨日は楽しみであんまり眠れなかったくらいだし!」

 

 体操着に着替え、ボクは恵那ちゃんと対峙した……体育館の、ど真ん中で。

 恵那ちゃんは見慣れた、けれどすごく懐かしい茶色のボールを持っている。

 

「はい、パスっ」

 

 一発目にしては随分早く、鋭く、恵那ちゃんがボールを投げてくる。

 ボクはそれを片手で受け止め、勢いを殺しつつ、地面に叩きつける。

 

「おおっ」

 

 だむだむ、とボールをつくボクに、目をキラキラさせる恵那ちゃん。大げさだなぁ。

 

「いいねいいねっ! 動きに無駄がなくて!」

「そうかなぁ……なんか、自分でもちょっと違和感あるよ。やっぱりずっと触ってなかったから」

 

 というか、女の子になってからは初めてだ。

 性転換に伴い、身長も縮んだし、筋力量も変化している、はず。

 

 知らないうちに癖がついたり直ってたり、できてたことができなくなってたり……そういうことが増えていてもおかしくない。

 

「うーん……」

 

 そんな一個一個を、ドリブルしながら確認していく。左右切り替えてみたり、股の間を通してみたり……。

 

「っと……いくよー」

 

 一人で遊んでちゃ申し訳ない。

 ボクはボールを両手で掴み、恵那へワンバンさせつつパスする。

 

「ナイスパース!」

 

 なんの特徴も無い普通すぎるパスだけど、恵那ちゃんは嬉しそうに受け取ってくれた。

 女の子とパス練するなんて不思議な気分だけれど……それ以上に自分への違和感が半端ない。

 

「ていうか恵那ちゃん、本当に楽しそうだね。朝練でも放課後でも、散々バスケしてるんでしょ?」

「まあ大会もあるし練習漬けだけどねぇ。でも、友達とやるバスケは別腹だから!」

「あー……ちょっと分かるかも?」

 

 そもそもボクがバスケ部に入ったきっかけは小学校の体育とか休み時間に友達とやっていて楽しかったからだ。

 もちろん、中学で真剣にバスケを始めて以来、上手くなるため真面目に頑張っていたけれど、根底にはテクニックも何もない、友達とわちゃわちゃやっていた楽しい記憶が残っていて……。

 

 その思い出さえももう遠い昔に感じる。今も、ウォームアップ程度にお互いパスを繰り返しているけれど……慣れるどころか違和感は大きくなっていっていた。

 

「やっぱ、ちっちゃいなぁ……」

「んー?」

「あ、いや! なんでもないっ!」

 

 つい自分の手のひらをマジマジと見つめてしまい、ボクは慌てて誤魔化す。

 女の子になって、身長は縮み、全体的に……一部分を除いて華奢になった。

 日常生活でも最初は距離感が掴めず、床に置いてあるものに足をぶつけちゃったりしてたくらいで……ただ、その頃よりもずっと、こうしてボールを触っていると自分の変化が気になってしまう。

 

 バスケットボールは男女でボールのサイズが変わるスポーツだ。

 男子は7号という直径約24.5センチくらいの大きさのボールを使い、女子は6号という直径約23.2センチくらいの、少し小さいボールを使う。

 当然少し小さい分重さだって軽くなるはずなんだけど……ボクの手に伝わる感覚は、触れれば触れるほど違和感を訴えてくる。

 

 手のひらは体感半分くらいになったように感じる。身長が低くなった分、ボールに触れてからコートで跳ね返って返ってくるまでが早くなり感覚のズレがあるし、その気になってハンドリングしてると――

 

「あうっ」

 

 腕が自分の胸にぶつかり、押し返される。

 この胸――おっぱい、邪魔! 物理的にも邪魔だし、走るときの重心もブレる。

 

 ボク、パスとかシュートは平凡だけれど、ドリブルに関しては結構自信があったんだよなぁ……だからこそ、シューティングガードをやっていたわけで。

 なのにこれじゃあそのドリブルだって上手くいかないよ! 常に自分のおっぱいの重さや反動を計算に入れて動かなきゃいけないとか、女の子、ムズすぎる!

 

「大きすぎるのかなぁ……」

 

 自分の手の平に対する感想と真逆なことを呟きつつ、軽く胸に触ってみた。

 今は運動の邪魔になりにくいと噂のスポブラをつけて、暴れないようにちょっと締め付け気味にしている。それでも大きいと思うし、若干圧迫感があってしんどみがつらい。

 

「どーしたん? やっぱりブランク感じる?」

 

 ボールを軽くつきつつ、恵那ちゃんが寄ってきた。

 彼女も体操着姿で、その白地のシャツには形の良い膨らみがあった。

 

「……恵那ちゃんは動きやすそうだよね」

「ふふん、自慢のおっぱいだからね」

 

 一瞬嫌味っぽいかもと思ったけれど、恵那ちゃんは気にした感じはなく、むしろ誇らしげに胸を張った。

 もちろん嫌味なんか一切ない。ボクとしては羨ましさしかない。

 

「スタイルもよくて、引き締まって、理想的なアスリートって感じ」

「褒めるねぇ。確かに体のキレが鈍らないよう、普段から食事の管理とか徹底してるから、そう思ってもらえるのは本当に嬉しいよ」

 

 恵那ちゃんはバスケ推薦で白女に入学したらしい。高校女子バスケシーンじゃそれなりに名の通った強豪とのことだけれど、実際、実績を重視しているわけでもないらしい。

 

 この学院は才女を集め、その才能を伸ばすことに重きを置いている。なので、高校バスケでの活躍よりも、その先、大学や、社会人リーグでの活躍のためへの育成に重きを置いているんだとか……と、学長先生から聞いた。

 勉学だけじゃないというのがこの学院のすごいところだ。

 まぁ、スポーツ推薦でも、ボクより恵那ちゃんの方がずっと勉強できるんだけどね!

 

「ねえ、碧はバスケ部入る気ないの? 顧問に聞いたらさ、中途入部も大丈夫って言ってたよ」

「わざわざ聞いてくれたんだ。でも、うーん……」

 

 また軽くパスし合いつつ、そんな話題に移る。

 実は何度か考えたことがあるけれど……今のボクの気持ち的には、

 

「今のところだけど、入る気は……あまり、ないかな」

 

 そっちに随分流されていた。

 

 というのも、最初からネックになっていたのは、これが女子バスケ部だということ。

 自分も今や女の子ではあるけれど、女の子相手に本気でバスケするのは、なんか妙なブレーキが掛かる気がしたし、真剣にやっている子たちの邪魔にしかならないから。

 

 それに加えて、今のこの感じ……楽しむより先に、体に自分が慣れていない違和感がどうしても気になってしまう。

 バスケは好きだけれど、そのバスケを素直に楽しめないのはつらい。だったら過去の思い出にして、別のことをやった方がいいんじゃないかって。

 

「あたしは、碧と一緒にバスケできたら嬉しいけどなぁ……」

「うっ」

 

 寂しそうに呟く恵那ちゃんにそこはかとない罪悪感が……!

 

「で、でも、練習相手だったらそれこそ部活の子がいるでしょ?」

「それはそうかもだけど、さっきも言ったでしょ。友達とやるバスケは別腹なの! あたし、碧のこと好きだし、碧がバスケできるなら、絶対楽しいし、嬉しいなって……よっ!」

 

 鋭いパスが飛んできて、慌ててキャッチする。

 

「ほら、キャッチも上手だし、ブランクなんてすぐ埋まるよ!」

「これくらいは普通だよ……」

 

 ボールをワンバンで返す。

 どうにもノーバンで、恵那ちゃんみたいに鋭く投げるには、ボクの今の筋力じゃ微妙だ。少なくとも実践で使えるレベルじゃない。

 

「碧。ちょっと、意味分かんないかもってこと、言っていい?」

「え、なに?」

「碧はさ、なんか、ボールに愛されてる感じがするんだよね」

「ええ?」

「いや、仲が良いって言うのかな……ボールの方から手に吸い付いてくるみたいな。ボールを持ったときの所作とか雰囲気で、『あ、この子絶対ドリブル上手い!』って思わされる、みたいな?」

 

 確かにドリブルは得意だったし好きだったけど、そんな特別っぽい感じに言われる自覚は当然なかった。

 でも……なんだか恵那ちゃんに言われると、不思議とそうかもって気もしてくる。

 彼女の目は、こっちが緊張してしまうくらい、真っ直ぐだったから。

 

「碧が、一年早く入ってきてくれてたらな……」

「え?」

「そうしたら、もっと遠慮無くガンガン誘えたでしょ。三年なんてあっという間だよって。……でも、確かに今からじゃ引退までの時間を考えたら、無理強いはできないからさ。京子とのこともあるし、あんまり言うのも自分勝手かなって」

「そんなことないよ。誘ってもらえたのは嬉しいし。まあ過大評価だとは思っちゃうけど……でも、良い気分転換にはなったよ」

 

 掴んだボールを、スリーポイントライン上から投げてみる。

 体が覚えているよりも少し深く、長く溜めをつくって放ったそれは……パスッと、小気味良い音を立てて、リングを潜った。

 ちなみにゴールリングの高さは男女ともに変わらない。でも、前よりずっと高く感じる。

 

「おおっ!」

 

 恵那ちゃんが目を輝かせる。でもボクは苦笑しか浮かべられなかった。どうせなら外れてくれた方が納得いったかもしれない。

 でも、打った自分だから分かるんだ。これは結局偶然だってことが。

 

「フリーだったからね。壁がいたら全然違ったよ」

 

 そんな当たり前のことを言いつつ、ボクは落ちたボールを拾った。

 

「今日はありがと。ちょっとだけだったけど、楽しかった」

「それはこっちのセリフだよ。碧が良かったらまた、アタシはいつでも――」

 

 ……と、恵那ちゃんの言葉を遮るように、昼休み終了五分前の予鈴が鳴る。

 彼女はいつでもと言ってくれたけれど、朝も放課後も部活がある恵那ちゃんの時間を借りられるのは、実質ここだけだ。

 それも貴重な休み時間を犠牲にさせてしまっている。本当はゆっくり休んで、体力温存すべきだろうに。

 

「戻ろっか」

 

 ボールを片付け、制服に着替え直さないといけない。

 ボクは恵那ちゃんにそう呼びかけ、まずは体育倉庫へ駆け足で向かうのだった。

 

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