指先に銀河をのせて   作:夜のイロ

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一日遅れのクリスマスデート

 喜多は昔から後先考えず、勢いに任せて動く(たち)である。

 小さいころ、教育テレビで親鳥が卵を温めてヒナを孵化させるシーンを見たとき、自分もやってみようと思った。チビ喜多はさっそくリビングから椅子を引っ張ってきてよじ登り、冷蔵庫からキンキンに冷えた生卵を五、六個取り出して、自分のベッドの上に寝かせた。明日の朝にはヒヨコが生まれるだろうと信じて、毛布にくるまりながらぬくぬくと自分のお腹であっためたのだ。その後、寝落ちして下敷きになった卵たちが粉々につぶれ、ベッドがデロデロのガビガビになる大惨事なんて、微塵たりとも予想できなかった。

 あれから十年の月日が流れた。

 さすがにこの歳になって生卵をお腹で温めるような真似はしなくなったが、なんの計画もなしに勢いで相手をデートに誘うような無鉄砲さは変わらない。十年前の魂は健在だった。

 しかし、彼女もまったく成長してないわけではない。サシでのデートこそしたことはないが、喜多は男女構わず遊びにはよく行く。そういう意味では経験豊富なのだ。だから、どこで遊ぶのがもっともデートに適しているかというのは感覚的にわかっている。

 会話を重点におくことができ、

 相手の好みを把握でき、

 相手との関係をより一歩、進展させるのに適しているのは、

 やっぱり買物デートが一番よね──そう分析した。

 行き先は学校近くのショッピングモールである。

 

「あ、あの……大丈夫なんですか? こういうところ入って……」

 自動ドアに入店を感謝され、ほどよい暖房の風と賑やかな喧騒を感じているところに、ひとりがコソリと謎の質問をしてきた。

「え、どういう意味?」

「だ、だって、制服で出歩いてたら先生に見つかって補導されるんじゃ……?」

「そんなことないわよ。みんなこのまま普通に遊びに行ってるもの」

「そ、そうなんですか……」

 

 少しは安心した顔になる。ひとりの危機意識はまだ義務教育の範囲を抜け出せていないようだった。高校生にもなって、後ろめたいことをしてるわけでもないのに学外で補導されちゃかなわないと思う。

 しかし、こういうちょっと足りないところも愛くるしく感じてしまうのは恋の見せる幻覚なのか、惚れた弱みなのか。なんにせよ、このままじゃ自分ばっかりキュンキュンさせられて不公平なので、

 

「──ねっ、最初はご飯食べに行かない?」

 

 ひとりの腕に絡みつき、体を密着させ、タバコ一本分の距離まで顔を近づける。攻めに出てみた。

「ギョッ」という顔で、当然ひとりは戸惑う。その顔はほどよく紅潮していた。照れているに違いない。ちなみに喜多の方は耳まで真っ赤である。

 

「あぅ、そ、そうですね。はい……」

「どこで食べよっか?」

「き、喜多さんが決めていいですよ」

「ううん。ひとりちゃんが決めて……?」

「え、いや、わっ私はどこでもいいので……」

「私もひとりちゃんが行きたいところならどこでもいいから」

「い、いえいえ……」

「いやいや……」

 

 なにをやっているのか。

 喜多はだんだんこれは違うかもしれないと思えてきた。普段から受け身の相手に受け身でまわるべきではないのだ。まるで発展性がない。おまけにひとりの体温と匂いを近くで感じすぎて、酔っ払ったように頭がフラフラしてくる。

 コミュ障とへべれけではデートも会話もままならないので、喜多は一旦ひとりから離れた。冷静になろうと思う。

 そして冷静になった頭で、

 

「──歩きながら探そっか」

「あ、はい……」

 

 エントランスからようやく動き出した。二人でとりあえず一階をぶらぶらして「いい感じ」なお店を探す。三階がフードコートになっているからそっちに行けば楽ではあるのだが、どう考えてもデートっぽくはないという理由でやめておいた。

 

「あっ、あそこはどう?」

 

 少し歩いていたら思い描いていたイメージに近い「いい感じ」を見つけた。パステル系の内装で、パッと見は清潔な床屋に見えなくもないが、ちゃんとしたカフェだった。コーヒーも軽食も提供している。

 

「い、いいですけど……ちょっと高そうな気が……」

 ひとりがやや尻込んでいるので、

「大丈夫よ。お昼は私が出すから」

「えっ。やっ、そ、それは……っ」

「いいからいいから。私の方から誘ったんだし、これくらいはね?」

 金銭と大人の余裕を見せつけ、勝ち誇りに酔った喜多は、腰をかがめてショーケースのサンプルを眺めた。

 

 《スペシャルいちごムースパフェ》──

 

「ほら、見て。これとかおいしそう」

 

 ──八五〇円

 

 高っ。

 声には出なかったが、しっかり顔には出た。引きつった自分の顔がぼんやりガラスに反射している。

 どうしよう。思ったより高い。しかも、これがスタンダードな値段みたいで、他のパフェやらハニートーストやらケーキセットやらは千円を超えているものも多い。ドリンクも軒並み六〇〇円だし、ひとりの分も勘定に入れると下手すりゃ野口先生が三人吹っ飛ぶ。

 

「あ、あの、喜多さん」

 ショーケースとにらめっこしたまま固まる喜多に、ひとりがおずおず声を送り、

「や、やっぱりここは高いですから……ちっちがうところがいいです……」

「あ、そ、そう……?」

 おそらく気遣われたのだろう。強がりたい気持ちはあるが、強がれるほどの身銭も持ち合わせてないので、素直にショーケースから下がった。ここはやめよう。

「それじゃあ、どこにしようかしら」

「あ、えっと、こことかは……?」

 

 言って、ひとりが首を後ろにめぐらす。オシャレカフェの真向かいにあったのは中華系のお店だった。木目あざやかな赤っぽい看板には、金に縁取られた文字で店の名前がデカデカと、

 

來々人々軒(らいらいにんにんけん)

 

 ラーメン屋かなと思ったが、食品サンプルを見るに普通の中華料理屋らしい。そして全体的にめちゃ安だ。五目チャーハンが餃子とスープセットで五〇〇円ポッキリは破格すぎる。

 

「こ、ここでいいの?」

 逆に不安になってきて、ひとりに確認の視線を向けた。

「あっ、わ、私はどこでもいいんですけど……」

 

 控えめにそう言うが、彼女は少しずつお店の方に体が寄っていっている。さっきからキュルキュルお腹が鳴ってるのも喜多には聞こえていた。早くなにか食べたいんだと思う。

 正直、初デートの初ごはんにラー油やニンニクのにおいを漂わせるのは抵抗があったが、

 また探すのも骨が折れるし、見た感じ人もあまりいなそうだし、ひとりがいいならまあいいかということで、二人でのれんをくぐった。

 

「んしゃっせぇ────────ッ!!」

 

 ほとんど喧嘩腰の声が従業員たちから一斉に上がり、喜多はさっそく後悔を、ひとりは喜多の背中で身震いをし始めた。

 

「ん何名さんでぇ────っ?」

 どっかの国の軍人あがりに違いない店員がやってきたので喜多は小声で二人です、と伝えると、

「ん二名さんご案内ぃぃ─────っ!!」

 

『んありがとぅざいあぁ───────すっ!!』

 

「んではこちらの席にぃ─────っ!!」

 軍人あがりは、ベタつくテーブルのボックス席に喜多たちを喧嘩腰に案内して、喧嘩腰にメニュー表を寄越してきた。そして、なんと言ってるか聞き取れない暴言のようなセリフを喧嘩腰に店員たちに伝えながら去っていった。

 少し静かになったので、

「…………ひとりちゃん、大丈夫?」

「……あ、は、い……」

 塩に囲まれたナメクジみたいに、ひとりはカラカラと乾いた声で返した。店員のテンションに完全におびえている。

「た、食べたらすぐ出ましょうね」

 

 ボソッと伝えると一度だけあごを引くのが見えたので、さっそくメニュー表を開いた。『お手軽にお腹いっぱい 定番餃子定食』という文字が見えたので、もうこれでいいやと思った。ひとりも同じのでいいと言ったので、さっそく注文。意外にもタブレット端末でのセルフオーダーを導入しているようなので、店員に話しかけなくて済んだのはよかった、

 

 で、

 

「ん待たせぇしましたぁ──────っ!!」

 十分も経たずにきた。

「わっ」と喜多は声が出た。目の前に置かれたゲンコツ大サイズの物体六個に目を剥く。

「あ、あの……これなんですか?」

 思わず訊ねるとさっきの軍人あがりが「見りゃわかんだろ」って顔で、

「餃子っすよ」

 

 そんな気はしたが、やっぱりそうだった。

 明らかに写真詐欺である。実物のサイズがメニュー表にあった写真の五倍はある。形は同じだから、を言い訳にしてもさすがに苦しいと思う。

 とはいえ、客側からしたら腹いっぱい食えて満足だろう? という太っぱら精神を盾にされたら文句も言えないし、そもそもそんなこと言える度胸もないので喜多は黙って受け入れることにした。

 

「す、すごい大きさですね……」

 ひとりが見たことない箸の開きで餃子を掴みあげる。大きいだけじゃなく、けっこう重いのかもしれない。箸を持つ手がプルプル震えている。

「わあ、ほんと。すっごいボリューム」

「はい…………き、喜多さん。あの、」

 すると、ひとりはモジモジしながら、

「あ、あーん…………な、なんて、」

 餃子を喜多の前に差し出してきた。

「え」

「あ──すっすみませ……や、やっやっぱりなんでもないですっ」

 あわてて、ひとりは箸をもどした。

 喜多は一瞬、意味を掴みかねたがすぐに理解が追いつき、そしてこの好機を逃すまいと、

 

「あ、あーんっ!」

 

 はしたないとは思いつつ、大口を開けてエサを待つひな鳥になった。

 まさか、ひとりの方からこんなふうに接してくれるなんて思わなかった。彼女もデートだと意識してくれているということだろうか。餃子をあーん、は正直ロマンチックの欠片もないが、この際なんでもいい。彼女からあーん、してもらえることが嬉しいのだ。

 だから全力でひな鳥を全うする。

 たとえ、こぶしサイズの餃子でもかぶりついてやる。

 

「あ……え、えと……」

「あーんっ!」

 

 喜多の全力の「あーん!」を前にして、ひとりはたじろいだ。しかし、その顔にはどこか期待の色も混ざって見える。彼女は照れくさそうに頬を染め上げながら、また餃子を掴みあげた。それからゆっくり喜多の口に──

 

「じゃ、じゃあ……失礼します」

 

 半分ほどねじ込んだ。

 

 ふっ──!!

 

 かぶりついた瞬間、ぶ厚い餃子の皮が破れ、ぶちゅっ、と中の熱い肉汁がマグマのように噴き出してきた。やけどしそうな熱液が舌を這い焼き、むせ返りそうなニンニクとニラのかおりが鼻腔をつんざく。咳が込み上げてきたが、そんなことしたら全部吐き出してしまう。色んなものを全部体の中に飲み下し、喜多はなんとか口だけを動かした。涙がにじんで気が遠くなりそうだった。

 少しずつ咀嚼し。少しずつ水と一緒に飲み込み。二分ほどかけて口の中にあった餃子はようやくやっつけた。グラスに残っていた水は勢いよく呷った。

 

「お、おいしいですか?」

 

 まだ半分ほど残っている食べかけの餃子を箸で持って待ちながら、ソワソワした様子でひとりが訊ねた。喜多は涙ながらにうなずきつつ、

 ぜったいこれはデートじゃない──胸の内で叫んだ。

 

 

 

 

 どうにもこうにも上手くいかない初デートはつづいた。

 腹の底がぐりん、とひっくり返りそうなバカデカ餃子をなんとか胃袋に収めて、這う這うのテイで店から逃げ出したあとは、いい雰囲気を取り戻そうと二階のアパレルショップに向かった。喜多の行きつけの店でもある。ひとりに似合いそうな服を見繕ってあげようと思っていたのだが、彼女はどの服を選んでも、

 

「わ、私にはこういうのは……」

 

 似合わない、と言うのだ。

 そんなことない。すごく似合ってるって。かわいいわよ──そう言ってやると、デヘデヘにやつきながら試着室には入るのだが、しばらくすると必ず財布を落としたような顔で出てきて、

 

「や、やっぱりこういうのは……」

 

 五回くらい繰り返したあと、店員が微妙な顔で見てくるようになったので店を出た。

 となりにジュエリーショップがあるので、今度はこちらに入ってみた。ジュエリーとはいっても、高校生でもがんばれば手の出せる安価なカジュアルものや宝石を使わないタイプのアクセも豊富にある。だから気軽に見てまわれた。

 もちろん、本物の宝石もあるわけで、

 

「ひとりちゃんは何月生まれ?」

 ひときわ頑強そうなガラスケースの中に並ぶ高価な重鎮たちを眺めながら、喜多は誕生石の話題を振ってみた。

「え? にっ二月ですけど……?」

「じゃあ、アメジストね──あ、これとか綺麗じゃない?」

 

 ネックレスを見つけて小さく指さす。シンプルなデザインのものだ。大粒のアメジストが中央にどっかり据えられ、カットはオーバル型で、石のまわりは細々(こまごま)とした銀細工で施されている。銀色のチェーンもシンプルで余計な装飾もない。そして値段も──驚きのないシンプルさだった。見なかったことにする。

 

「た、誕生月と宝石って関係あるんですか……?」

 ひとりが訊くので、

「うん。誕生石っていってね? 一月から十二月まで割り振られた宝石があるんだって。細かいことはわからないんだけどね」

「へ、へえ……えと、喜多さんは何月生まれなんですか?」

「四月よ。石はダイヤモンドね」

「あ、そうですか」

「うん」

「…………」

「…………」

 

 会話が途切れたので次に向かう。

 次はゲームセンターだった。喜多はどちらかといえばゲームは苦手である。プライズゲームはやり始めると止まらなくなるし、アーケードは操作が難しそうなので避けている。そういう意味で苦手だった。

 でも、プリクラを撮るために行くことならよくある。今回もそのためだった。二人で撮ろうとひとりに提案すると、すごくしぶそうな顔だったが首を縦に振ってくれた。狭い密室の中、「こうやって撮るのよ!」と。プリクラ初心者だというひとりに教えながら、チャンスと言わんばかりに必要以上に彼女に抱きついた。しかし、それが相当恥ずかしかったのか、手で顔をおおいながら上を向いてしまった。当然、プリントされた写真もひとりの顔は全部上向きで、彼女の首だけが美肌と美白盛りされてやたらと白く輝いていた。

 なんだかなあ、と喜多は思う。

 その後もタワレコに行ったり、コスメストアに行ったり、本屋に行ったりもしたが、やはりなんだかなあ、という結果だった。

 それは「つまらない」とか「盛り上がらない」とか。そういう感情の話ではなく、ひとりが自分に対して、どこか一歩引いているような感覚があったからだ。

 

 そして、最後の切り札に取っておいた楽器屋にいたっては、彼女は入るのを拒否した。

 

「え、な、なんで?」

 これにはさすがに喜多も目を丸くして訊き返した。今まではなんだかんだ言って付き合ってくれていたのに、どうして楽器屋はダメなんだろう。

 それに対して、ひとりは逡巡のこもった上目で、

 たった一言。

「……そういう気分じゃないんです」

 

 喜多はこの理由は訊かなかった。訊いても答えてくれない雰囲気があった。どうするか悩んだが、個人的に買いたいものがあったので、一人で入ることにした。店の中からひとりを盗み見ると、ベンチに座って遠い目で店内を見つめてるのが見えた。

 

「──おまたせ〜」

 

 ひとりの元に戻ると、彼女はすぐに立ち上がった。はやく別の場所に行きたいという意思表示にも見えた。

「……なに買ったんですか?」

 歩きながら訊ねてきたので、

「ストラップよ。ギターの」

「そう、ですか」

「いま使ってるやつ、少しくたびれてきちゃってたから。新しくかわいいの買っちゃった」

「それは、よかったですね」

「うん」

 五秒の間、

「──ねえ、ひとりちゃん」

「……はい」

「あの、ね。まだ時間あるかな……?」

「え? ええと……」

 ひとりはスマホを取り出して開いた。そろそろ夕方の四時をまわろうとしているのを確認すると、

「あ、あと少しくらいなら……」

「ほんと? それなら、」

 喜多はほんの少しだけ勇気を出して、

 ひとりの手に自分の手を重ねた。

「……ちょっとだけ、付き合ってくれる?」

 

 

 

 自動ドアを抜けて展望デッキに着くと、肌を削ぐような冷たい風が吹きつけた。構わず手すりまで近づき、下を見下ろすと──喜多はちょっぴりガッカリした。いや、わかっていたことだからショックというほどではなかったが、それでも「やっぱりか」と肩を落とした。

 クリスマスツリーが消えていた。

 まず、眼下に広がるショッピングモールの駐車場付近には、テニスコートが何面も張れそうな広大な芝生の広場がある。そこには毎年、どっから持ってきたんだって誰もが思うような巨大なツリーが姿を現す。十二月頭から領主顔で広場を占領するそいつは、クリスマスが近づくにつれオーナメントの数を増やし、イルミネーションも派手に色づいていき、二十日頃には立派なクリスマスツリーとして君臨する。しかし、二十五日を過ぎた瞬間、まるで魔法が解けたかのように跡形もなく綺麗さっぱり消えてしまうのである。

 今年も変わらずそうだったのだ。

 一日くらい延長してくれてもいいのに、と思えなくもない。

 だけど、「まあいいか」で済ませられるのは、まだそこかしこに回収されてないイルミネーションがチカチカ光っているからなのと、

 

「や、やっぱりもう終わっちゃったんですね。クリスマスツリー……」

 横にひとりがいるからだった。

「うん……まあ、でも仕方ないわよ。もともと一日遅れのクリスマスデートだったわけだし」

「……はい」

「でも、次はぜったい一緒に見ようねっ」

 ひとりは小さくあごを引いた。彼女も見たかったのだろうか、少し悲しい顔に見えたので、

「──それじゃあ、ここでサプラーイズ!」

「え……?」

 なにごと、という顔でひとりが見上げてきたので、喜多はふふんと笑ってみせた。ゴソゴソとバッグの中に隠していた包みを取り出し、

「じゃーん! ひとりちゃんにクリスマスプレゼントです!」

「え、えっ!?」

「はい、どうぞ!」

 手を取って無理やり受け取らせると、ひとりはラッピング包装された箱を困った様子で見つめながら、

「そんな……わっ私、なにも用意してないのに……」

「いいのよ。私がプレゼントしたかっただけだから」

「で、でも、」

「ほら、はやく開けてみて?」

 促すと、ひとりは喜多の顔を何度も見ながら遠慮の抜けない顔で、まるで初めて赤ん坊のオムツを取り替えるようなぎこちない手つきで、少しずつラッピングを解き始めた。リボンを外し、包装紙を丁寧に剥がし、そして中身を見て──、

 

「あっ、」

 

 声を出した。

 

「…………ストラップ」

 ギターのストラップだった。ワインレッドを基調とした落ち着いたデザインのものだ。さっき楽器屋で買ったものである。

「えへ、実は私のとお揃いなの」

 喜多は自分のストラップを見せた。彼女のはショッキングピンクだ。

「あ、ぁ……」

「気に入ってくれたらいいな〜」

 自分でも感じるくらい気の抜けた声を上げながら、ひとりの顔を見て、

 

「…………ひとりちゃん?」

 

 気づいて、

 

「な、なんで泣いてるの……?」

 

 声をかけた。

 ひとりの顔が歪み、涙が頬を伝っていた。ぽたり、ぽたりとあご先から滴となって彼女の手にしたたり落ちていた。

 彼女らしからぬ感情の急激さに喜多はあわてて、

 

「どうしたのっ? ……も、もしかして気に入らなかったかな……」

 

 ぶんぶんとかぶりを振る。しかし、言葉は紡がれない。ひとりは泣き止まない。ギュッとストラップを抱きかかえ、声を押し殺そうとするたびに背中が波打ち、しゃくりあげるたびに涙が揺れて、こぼれ落ちる。

 それでもなんとか、なにかを言おうとして、

 

「こんっ、はじ、でっ、」

「え……?」

「いまっ、でっ、なかっ、」

 喜多は言葉を待つ。ちゃんと聞こうと思う。

「こんっ、な、はじめてっ、で、いまっ、で、なかっ、からっ、」

 

 ──こんなこと初めてで。今までなかったから

 

 それがひとりの言っていることだ。そう言いたかったのだと思った。

 よかった──喜多は柔らかくほほえんだ。きっとこれは嬉し泣きなのだ。初めて友達からクリスマスプレゼントをもらえたことで、感極まって泣いてしまっただけなのだ。

 そうに違いない。

 違いないと思ったのに、

 

「ごっ、め……っ、ごめっ、さい、」

 

 ──ごめんなさい

 

 ひとりの謝罪を聞いたとき、喜多は心のどこかが凍てつくのを感じた。

 不穏な気配が肺をヒヤリと冷やしてきた。

 

 どうして……謝るんだろう。

 どうして、そんなに辛そうに言うんだろう。

 嬉し泣きなら──どうしてそんなに苦しそうに泣くんだろう。

 

 そう訊きたいのに、なぜか怖くて。

 知るのが怖くなって、

 喜多はなにも言えずに棒っきれのように立ち尽くした。

 

 

 

 ※

 

 

 

 翌年の冬休み明け、ひとりは学校に来なくなった。

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