指先に銀河をのせて   作:夜のイロ

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夏の終わりに、

「またずいぶんとエラいもん落としちゃったね〜」

 

 数Aの講習が終わったあとの昼休憩。眠気と空腹が拮抗している中、声がかかった。相変わらずのニヤけた口角を貼っつけて、さっつーが椅子を持って近づいてきていた。

 

「なんの話?」

「前にロインで話してたじゃん。二年の先輩から告られたって。──よいしょ」

 椅子を机の前に置いて、喜多に向き合う形で座る。

「ああ……うん」

 その話か、と思う。

「××先輩でしょ? 合唱部の」

「そう。歯並びいい人」

 レジ袋から取り出したたまごサンドの封を開ける。

「でも、歯ぁ真っ黄っ黄じゃんあの人。とうもろこし並んでるみたい」

「そこまでじゃないでしょ」

 サンドイッチにかじりつく。

「てか面識あったの? その人と」

「うーん、合唱部の友達に誘われて部室に遊びに行ったときに、チョロっと話した感じかな」

 ふうん、と。それからさっつーは少しだけ真面目な顔になって、

「あんまり悪いこと言いたくないけどさあ、付き合うのやめた方がいいよ? あの人ヤバいんだって。一年のとき、三股してたんだと。全員ちがうクラスの女子と」

「ええー……」

「んで、二年になって、その女子たちと全員同じクラスになって無事にボッコボコ。めでたく八つ裂きにされて、口に濡れたティッシュ詰められたんだってさ」

「や、やり過ぎじゃない?」

「正当な罰でしょ」

 ふん、とさっつーは鼻を鳴らして、

「まあ、そんな人だからさ。もちろん誰と付き合うかなんて喜多の自由だけど、相手は選んだ方が絶対いいよ」

「ありがと。でも大丈夫」

 最後の一かけらを口に放り込んでから、

「昨日、ロインでごめんなさい、って返事したから」

「あ、そう。そんならいいや」

 さして安心した感じでもなく、むしろ「当然だな」って顔で彼女は口元をゆるめた。

「にしても、また最近増えてきてない? 『突撃隊(とつげきたい)』」

「う、うん……少しね」

 

 さっつーの言う『突撃隊(とつげきたい)』は六月末ごろの告白ラッシュの最中(さなか)に、彼女が考案した名前だ。喜多に無謀に告白(とつげき)して爆死していく勇敢な戦士たちをそう呼んでいる。敬意はない。

 

「夏休み前までは落ち着いてたのにね〜。やっぱ、アレがあるからかな?」

 

 そう言って、さっつーが横に流した目線の先には一枚の張り紙。

 喜多もつられて見る。

 

 

《秀華祭 ステージ募集! 〜共にアオハルの汗を〜》

 

 

「文化祭かぁ……」

「学校行事あるあるだね。イベント前には彼氏彼女つくって、リア充アピしたいってやつ。ほんとあさはか〜」

 

 欧米人じみたリアクションでさっつーは首を振った。

 喜多にしてみても、そういう気持ちがわからないわけではないが、そのために利用されるのはまっぴらだと思う。それに、思い返せばあの先輩はやっぱり歯が黄色かった。断ってよかった。

 

「喜多は文化祭、誰と回るか決めてる? うち以外で」

 自分と回るのは決定事項といった感じでさっつーはニシシ、と笑った。

 喜多も軽く笑いながら、

「まだ決めてないかな。先の話だし」

「言うて、あと一ヶ月ちょいしかないでしょ。その間も準備とか色々あるし、ほかに行きたい人いるんなら早めにツバ付けといた方がいいよ」

「やだ、そんな言い方」

「駆け引きは大事って話よ。──ちと自販機行ってくるわ〜」

 

 喜多がパクパク食べてる様子を見て自分も口さびしくなったのか、さっつーは席を立った。廊下に出ていく彼女を手を振って見送り、喜多も乾いた喉にパインジュースを流し入れる。

 

「……誰と回ろうかしら」

 

 そして考える。

 せっかくのフェスなのだ。仲のいい人と一緒に行動したいと思う。話してて楽しい人。一緒にいて飽きない人。となりにいると落ち着く人。

 たくさん思いついたけど、中学からの友達ばっかりであまり新鮮みがないように思える。

 最終的に喜多の頭に浮かんだのは一人。

 もちろん、ひとり。

 

 

 

「えっ、ぶ、ぶ、文化祭っ……!?」

 

 ひどく下品な言葉でも耳にしたかのように、ひとりはギェ、と顔を引きつらせた。ピックが指からこぼれ落ちる。

 

「そう。よかったら一緒に回らない?」

 拾ったピックを渡しつつ、改めて訊ねる。ひとりは「すみません」と受け取りながら、

「い、いやその……私、そういうの経験なくて……」

「私も学園祭はじめてよ? 中学ではそういうのなかったし」

「そう、ですか」

 しかしひとりの表情は変わらず、

「で、でも、私なんかといても楽しくないかと……」

「なんかってなに? 私、後藤さんと回りたいの」

「あ、な、なんで……?」

「んー、……安心するから?」

 

 つい疑問形で答えてしまったけど、一番しっくりくる理由だと思う。ひとりは「なんですかそれ」とでも言いたげに黒目を半分にしているが。

 ともかく。

 

「ねっ? そういうわけだから! 一年に一度のイベントなんだし、一緒に楽しみましょ!」

「うぅ……その、」

「約束ね!」

 有無も言わせず押し切ると、喜多はひとりの手を掴んだ。無理やり彼女の小指に自分の小指を絡ませて、

「はい、指切った!」

「ご、強引……」

「ふふ、今から楽しみね!」

 

 なんと言われようと喜多は笑った。

 

 

 

 ※

 

 

 

 夏休みも余命数日に迫るころ、喜多はひとりを遊びに誘おうと決めた。最後の思い出づくりだ。

 

『──す、すみません。まだ課題が終わってなくて……行くのはちょっと』

 電話越しにひとりがそう言っていたので、

「なら、私の方から行くわね! 後藤さんちの近くで遊べる場所ある?」

『え、あ、いやあ……』

 

 無事に約束を取り付け、夏休み最終日、喜多は金沢八景まできた。ここがひとりの地元らしい。横浜は割とよく訪れるが金沢までくるのは初めてだった。海が近くていいなと思う。

 待ち合わせ場所には先にひとりが着いていた。持ち服が少ないのか、彼女の一張羅なのかわからないが、前に遊んだときと同じピンクジャージだ。

 

「後藤さーんっ!」

 

 特に躊躇せず声を送ると、彼女は顔を上げてからペコッと頭を下げた。のそのそ歩いてきた。

 

「あ、こんにちは……」

「ごめんねー、待った?」

「は、はい。──あ、いえ……じゅ、十分くらいです」

「ごめんね、待たせちゃって」

 

 品川から特急で五十分ほどかかった。けっこう急いで来たつもりだったけど、約束の時間には少し遅れてしまった。両手を合わせて謝罪する。

 さて、遅れた分は取り戻さなければならない。

 喜多は謝罪のあと、すぐにひとりの腕を引っ張って、

 

「さあ、はやく遊ぶわよっ! 時間は限られてるんだから!」

 

 と息せき切って走り出す。

 腕の時計はもうとっくに正午を過ぎて、午後一時を回っている。

 ただの午後一時ではない。

 夏休み最後の午後一時なのだ。

 残された自由時間はごくわずか。だから走るのだ。つながれた手の先で、旗のようにひとりがはためいていても気にしている場合ではないのである。

 お腹がすいたので駅前のパン屋に行った。サンドイッチとドーナツ片手にパシャリ。

 腹ごしらえの次は八景島の水族館に向かう。ここだけで一日つぶせそうだったが、もっと色々見て回りたいのでほどほどに退館。

 電車に乗って、有名な展望台にのぼった。海と富士山を同じ場所から見られるのはなんだか贅沢な気分だった。ひとりが暑そうにしていたのでここも早めに出た。

 涼みついでに近くの図書館に入る。真剣にひとりが本を読んでいるのかと思ったら、机に突っ伏して寝ているだけだった。起こしてさっさと出た。

 

「あーあ、もうこんな時間かあ……」

 散々、時間のやりくりして遊ぶ時間を確保してきたけどまだまだ足りなくて。名残惜しげに喜多は声を出した。もう六時だ。

「動物園とかも行ってみたかったのになー……」

「そ、そうですね」

 対するひとりはそこまで名残惜しそうではない。どころか、ようやく喜多から解放されると思ってか、表情が昼間より柔らかいように見える。

「本当はもう少し遊びたかったけど、帰る時間も考えないといけないし」

「あ、さ、最後にどこか行きますか?」

 ひとりが嬉しいことを言ってくれたので、

「じゃあ……海見たいかな」

「あ、はい。じゃあ浜辺の方に」

「うん、いこ!」

 

 横並びで二人は足を送り出す。ここから海はすぐ近くだ。すでに風が強くて、コンビニで買ったお茶のレジ袋がカサカサと鳴いている。潮のにおいがする。夏のにおいだと喜多は思った。

 芝の地面から砂浜に下りると、一気に足元がぐらついた。「あはは」と笑いながら体をひとりに向けて、手招きした。

「後藤さんも!」

「あ、は、はい!」

 お湯の温度を計るかのように、ひとりは怖々とスニーカーのつま先を砂につける。ゆっくりと体重をのせていって、

「わ、あ、あ……」

 やじろべえみたいな格好でおり立った。

「大丈夫そう?」

「あ、はい。意外と……」

「バランス感覚あるのね〜」

「い、いやあ……」

「ほらほら、もうちょっと奥いきましょ!」

 照れ笑いを浮かべるひとりを残して、ズンズン喜多は進んでいく。ひとりもその後を急いで追ってくる。

「潮干狩りしてる人多いわね〜」

 ちょうど干潮の時間帯なのか、砂浜にしゃがみ込んでいる大人が多い。さすがに子供は少ないけど。

「あ、そうですね。け、けっこう遠くから来る人も多いみたいで」

「花火大会とかもあるんでしょ?」

「あ、はい。もう今年は終わっちゃいましたけど」

「えー、そっかー……残念」

 喜多は軽くボヤきながら、

「じゃあ、それはまた来年ね」

「らい…………」

「どうかした?」

 ひとりの顔をのぞく。急に静かになってしまった。

「あ……いえ」

 しかし、だいぶ暗さが目立ってきて表情がよく見えない。

「なんでも、ないです」

「そう?」

 喜多は正面に向き直って、波打ちぎわまで小走り気味に足を進める。この際だからと靴を脱いで、靴下も脱いで、素足を少しだけ水につけてみた。

「きゃっ、つめたい!」

 笑いながら、

「後藤さんもほら! すっごいつめたい!」

 

 後ろを振り向く。

 少し離れたところにひとりがいる。

 けど、

 

「…………後藤さん?」声をかける。

「あっ……あ、はい。も、もうこの時期は冷たいですよね、水」

「う、うん」

 

 気のせいだったのかな、と喜多は思う。

 ひとりが少しのあいだ、()()()()()()()()()()()()ように見えた。

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