指先に銀河をのせて   作:夜のイロ

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銀河一

 秀華高校の数少ない良い点として、自由な校風である、というものがある。お堅い学校につきものな『伝統』に縛られることなく、文化祭での出し物もかなり自由が利く。

 にも関わらず、ひとりのクラスの出し物はメイド・執事喫茶である。

 なぜこんなありきたりを通り越して、ベッタベタのベタな出し物でいいと思ったのか。そしてなぜ、よりにもよって『メイド喫茶』なのか。ひとりは今だに理解できないでいた。

 服を用意するのにまずお金がかかるし、実際それで予算の八割方を使ったせいでメニューの十割は冷凍とインスタントだ。看板であり、ウリでもある多様な可愛いオムライスの数々も、全部が名前を変えただけの金太郎アメという有り様である。

 それでも訴えられたりはしないので別にいいのだが、問題はそこじゃない。

 接客だ。

 メイド服なるものを着て、「おかえりなさいませぇ、ご主人様ぁ〜!」というふざけたセリフを甘ったるい声とふにゃけた笑顔で余所様(よそさま)に言うなんて正気の沙汰ではない。精神がもたない。不可能に決まっている。

 それなのに「女子は全員メイドさんだから!」という謎ルールで無理やりクラスメイトに着替えさせられ、ひとりは心神喪失になりかけた。

 

「やばっ、めっちゃかわいい〜!」

 

 クラスメイトの必死なフォローにより、なんとか自我は保てたものの、鏡に映るメイド服姿の自分を見てひとりは人生の意味を考えた。

 結果、人生とは逃げである、と気づいた。

 

「す、すみっすみませんっ、ちょっとお手洗いに……!」

 

 そう言って教室から逃げ出そうとしたとき、ひとりの前にちょうど人影が立ちはだかった。

 

「あ、後藤さんっ!」

「きっ、きき喜多さん……!?」

 まさかの知ってる相手だった。ひとりは自分の人生を恨んだ。

 喜多は彼女の姿にハッと息を飲むと、目を爛々と輝かせて、

「きゃーっ、かわいいかわいいっ! ねね、写真撮らせてーっ!」

 素早くスマホを向けてきた。

「ととと当店は無断撮影ならびにおさわり、飲酒喫煙は厳禁でございましてっ!」

「ええー、これも無断撮影扱いになっちゃうの?」

「ちゅ、注文しないと撮影はNGって決まりなので……」

 

 あくどいのねぇ、と喜多が不承不承にもスマホを取り下げてホッ……としたのも一瞬で、

 

「あ、この人がウワサの後藤?」

 

 今度は知らない相手が喜多の後ろから現れた。「ぴゃっ」と悲鳴が出た。のけ反った勢いで壁に頭をぶつけてうずくまる。

 

「ウワサ通り変な子だね」

「ちょっとさっつー、驚かさないであげてっ。繊細なのよ!」

「いや、フツーに話しかけただけだけど」

 

 さっつーと呼ばれる緑髪のショート女子は飄々と笑っている。誰なんだろう、この人は。

 ひとりの疑問と警戒と怯えの視線を感じ取ったのか、喜多は「ああ、紹介するわね」と言って、

 

「この子、私の中学からの友達で、さっつーっていうの!」

「いや、本名紹介してよ。──佐々木次子ね。よろしく」

「あっ、は、はい、どうも……」

 

 握手するべきかな、と思って手を差し出したが「てか、二組はメイド喫茶やってんだ?」と話しかけてきたので、急いで引っこめた。

 

「あ、はい……よ、よければいらしてください……」

「いいわねっ。入ってみよ!」

 

 喜多に促されて、佐々木も教室に入っていく。ひとまず窮地は脱した。安心して、ひとりはふたたび逃げ出そうとするが、

 

「後藤さーんっ、呼び込みありがとー! 次は注文の受け付けお願いねー!」

 クラスメイトに呼び止められる。

「あっ……わ、私、まだお手洗いに……」

「ご指名だから早くー!」

「は、はひっ!」

 

 トイレへの退路も断たれた。もうどこにも逃げ場はない。踵をUターンして、あわてて戻ると「こっちお願いしまーす!」と声がかかる。当然、喜多の席だ。震える声でオーダーを取る。

 

「あ……ご注文をどうぞ……」

「わ〜、やっぱり近くで見るとかわいいわね〜」

 喜多が全身をじろり、と舐め回すように見てくるので、

「あっ、ご、ご注文を!」

「ああ、ごめんなさい。──ええと、どれにしようかしら〜、迷っちゃう」

 

 オムライスのメニュー表を見ながら、喜多は目線を楽しげに巡らせている。なんだか、良心が傷んだ。すみません、そこに書いてあるオムライス、全部同じなんです。

 あれもこれもいい、と決めあぐねていた喜多だったが、佐々木に「早くして」と急かされ、最終的に『ぽよぽよアゲアゲ⤴︎⤴︎わっしょいオムライス』を注文してきた。佐々木はオレンジジュースだった。

 注文を受け、一息ついたひとりだったが、二息目をつくまもなく、別の席のオーダーも回される羽目になった。急激に人が混んできたようだった。どうやら、喜多が入店したのを目撃した男子勢がこぞってやってきたらしい。クラスメイトは「喜多ちゃん福の神〜!」と持ち上げていたが、ひとりは今回ばかりは「福は外」と心の中で祈った。

 死にものぐるいで注文を受け、厨房に伝える業務をこなしていると、喜多のオムライスができあがったようで配膳もお願いされた。

 まあこれくらいなら、と彼女の席まで運び、次のオーダーに戻ろうとする。と、

 

「後藤さん、注文したから──いいわよね?」

 喜多がにっこり笑顔になりながら、スマホを取り出した。カメラのレンズがギラッと光っていた。

「え、ええっ……!」

「おねがーい! 一枚だけでいいから〜!」

「い、いや……その……」

「一人で写んのが恥ずかしいなら、二人一緒に撮ってあげるよ」

 佐々木がニヤニヤと言った。

「えっ」

「あ、なるほどね! じゃあ一緒に撮りましょ!」

 そう言うと喜多が立ち上がり、となりに並ぶ。さらに腕を絡ませて、体をギュッと密着させてきた。

「わ、わわ……!」

「さっつー、撮って!」

「はいはい」

 佐々木がスマホを向ける。

「あの、き、き、喜多さん……」

「ほら、後藤さんも笑って?」

「あ、あぅ……」

「はい、チーズー」

 

 抑揚のない声で佐々木が合図。それと同時に喜多はポーズを取り、ひとりもなんとか死にかけみたいなピースは出せた。

 

「ありがと! あとでそれ送ってね」

「忘れそうだから今送るわ」

 喜多が離れ、ひとりは大きく息を吐く。いつのまにか息を止めていたようだった。

「うんうんっ。よく撮れてる〜! 後藤さんも見て!」

「あ、ほ、本当だ……」

 

 彼女の見せてくれた写真は本当によく撮れていた。眩しいくらいの笑顔を振りまく喜多と、その横で目と口が半開きのメイドがぎこちなく笑う様子がきれいに写っている。素晴らしい対比だ。挫けそうになった。

 ……でも、いいな。こういうの。

 

「後藤さんにも写真送るね」

「え、あ……いいんですか?」

 思わず顔を上げた。ちょうど欲しいと思ったところだった。

「もちろん。ふふ、いい思い出できちゃった〜!」

「はい……わ、私も……」

 

 数秒後、喜多から写真が送られてきた。やっぱり自分の顔はヘンテコで恥ずかしいと思うけど、二人で撮る写真はこれが初めてだ。

 何度目の初めてなのかは覚えてないけど、もっと増えたらいいな、とひとりは静かに願った。

 

 

 ※

 

 

 文化祭二日目はメイド業務から解放され、晴れて自由の身になった。なのでどこかに身をひそめ時間をつぶそうと考えていたが、そうは喜多が許さない。

 

「あ、見つけた!」

 

 ゴミ捨て場近くの渡り廊下に隠れていたところをあっさり発見され、あえなく連行となった。

 

「もうっ、一緒に回るって約束したじゃないっ」

「うう……すみません……」

 

 プンスカ怒る喜多は、ひとりの襟首をむん掴みながらズカズカ廊下を突き進む。ただでさえ目立つ彼女なのに、女子一人を引きずり回しながら歩いていたら周囲からの注目は独占状態で。当然、悪さした猫のように引きずられているひとりにも視線のお裾分けはくる。

 

 ああ、こうなるからイヤだったのにっ!

 

 でも、こんな形で注目されるくらいなら、まだ普通に二人で歩いていた方がよっぽどマシだったかもしれない。すり減っていく精神とスカートの生地を心配しながらひとりは心底悔やんだ。

 悔やんだので提案する。

 

「な、なにかおごるので許してください……!」

「言ったわね!」

 

 食いついてくれた。

 そういうわけで、近くにある二年生の出し物に行くことになった。チュロス屋が繁盛してたのでそこに入る。

 

「ん〜〜っ、おいしい!」

 

 散々パシャパシャ自撮りしてから、ようやく喜多はキャラメルチュロス(五〇〇円)に手をつけた。美味しそうに頬張っている様子を見てすっかり機嫌がなおったのを確認すると、自分も小腹が空いていることに気づく。ので、ひとりはチョコ味を買った。こっちは四五〇円。五十円の差はいったいどこにあるのか真剣に悩みながらかじりつく。

 

「あ、そっちはチョコ?」

 喜多が訊ねてきた。

「あ、はい」

「へえ〜。ね、一口だけいーい?」

「えっ。や、でも……」

「だめ?」

「あ……は、はい、どうぞ……」

 

 多少の逡巡も、上目遣いを繰り出されたらひとたまりもない。そろそろとゾウにエサやりするような感覚でチョロスを差し出すと、彼女は髪を耳にかけてからパクリと咥えてきた。そのまま一口分だけ噛み切って「うんうん」とうなずきながら咀嚼する。

 

「ん、美味しい」

「あ、それはよかったです……」

「じゃあはい。こっちよかったら」

 

 お返しと言わんばかりに、今度は喜多が自分のチュロスを差し出してくる。当然、食べかけ。少し欠けた部分が彼女の歯型だと考えると、なんだかものすごくイケナイ気がしてきた。

 でも、せっかくなので──。

 

「あ、い、いただきま」

「あっ! やだ、もうこんな時間っ」

 差し出されていたチュロスが引っ込んだ。喜多が腕の時計を見て、焦った声を上げた。

「はぇ……?」

「後藤さん、体育館いくわよ! 文化祭ライブ始まっちゃう!」

 

 さっさと廊下に飛び出して、喜多が「はやく」と手を振ってくる。ひとりは開けっ放しの口をどうしようかと考えて、自分のチュロスで蓋をした。そして、こっちにも喜多の歯型があったかもしれないと思い、途端に顔が熱くなった。

 

 

 

 妄想の中では幾度となく出演してきた文化祭ライブだが、実際に見るとなると少し緊張する。体育館に入ると想像以上に人が多くて、開始前から気力を削られた。アリーナはすでに半分くらい埋まっていて、どうやって入ったのか、上の通路にまで人が並んで開始を待っている。

 

「すごいわね〜、文化祭ライブってこんなに人気なイベントなのね」

「ほんとですね……」

 人口密度の高さにゲンナリしながら答える。だんだん気持ち悪くなってきた。

「ちょっと。大丈夫?」

「む、無理かもです……」

「が、がんばって! さっつーのライブ終わったらすぐ出るから!」

「ささっ、佐々木さんの出番、何番目ですか……?」

「ええと……五番目」

 ガックリうなだれた。

「む、無理かもです……」

「しっかり!」

 

 さっつーがヒップホップのパフォーマンスでライブ出るの、と喜多が言うので、応援をかねて見にいこうという話だったが。

 こんなことなら遠慮しておけばよかった──本日二度目の後悔が意識を泥沼に沈めようとしてくる。

 文化祭ライブへの憧れが思わぬ形でひび割れたタイミングで、開幕のアナウンスが流れ出した。アリーナが色めき立つ。歓声とともに、ステージの幕が上がる。

 

 ──あい、みんなーっ、盛り上がぁってまぁすかーっ?

 

 自然と顔が上がった。好奇心が沈みかかっていた意識を持ち上げてくれた。

 ステージの上に立っていたのは、まさに『ロックバンド』といった出で立ちの男子グループだった。マイクを持った男子が慣れた舌回しで舌っ足らずなMCを務めている。メンバーの紹介があり、今話しているボーカルの人がウチの生徒。それ以外は他校の生徒で形成されているとのことだ。そういうのもありなのか、と思っていると「じゃあさっそく一曲目!」と声が響き、ドラムスティックが叩かれた。

 流れ出した曲は流行りのポップロックだ。脳がくすぐったくなるような低音から始まるベースラインに沿って、ドラムがリズムを作り、そこにギターも合流してくる。ボーカルも加わると、一体となった音楽が体育館を支配し出す。

 観客がリズムに肩を揺らし拍手を叩き鳴らす中、ひとりはメンバー全員を観察した。ベースはかなり上手いけど、ギターは少し粗が目立って見える。ドラムは普通。ボーカルは低音は上手だけど高音がかなりキツそうで、聞いているこっちがヒヤヒヤしてしまう。

 正直、全体的なレベルとしてはそこそこといった感じだけど、それでも楽しそうに演奏している彼らにはギラつく輝きがあって。ステージの上とは思えないほど、遠いところにいるような気がして。上手く言葉にできない感動がぐっ、と体内の熱を押し上げてきて。

 最後に爆発するようなドラムが響き渡り、曲が終わった瞬間の静寂が余情を伝えるのも束の間。その直後に湧き上がる歓声と一緒にひとりは息をもらした。

 

 すごい──。

 

 これが文化祭ライブなのか、と身震いする。技量とか他校だとか関係なく、会場が音楽に包まれ一つになる感覚に全身の神経が痺れている。

 

 人前で演奏するのって、すごく気持ちいいんだろうな──。

 

 いいな。

 かっこいいな。

 いつか、

 いつか。私も、

 

 

『近い将来、目が見えなくなる可能性がありますね』

 

 

 ────。

 

「……後藤さん。ねえ、大丈夫っ?」

 

 魂を拾い上げる声がした。ひとりはハッと我に返り、ゆっくりと横に顔を向けた。

 迷子の子供の顔をのぞくような目で喜多が見ていた。

 

「あ……はい」

「すごく顔色わるいわよ……? 具合悪いの?」

「あ、いえ……その、ちょっと人酔いしただけで……」

「ほんと? じゃあ、外出ましょ」

「あ、でも……まだ佐々木さんの……」

「いいからっ。はやく出よっ」

 

 少し強い言い方になったので、もうなにも言い返さなかった。ひとりはされるがままに背中を押され、なるがままに体育館から出て、そして言われるがままに近くの石段に座らされた。ほどなくして、自販機から帰ってきた喜多にミネラルウォーターのペットボトルを渡された。

 

「ほら、これ飲んで?」

「あ、すみません……お金は」

「そんなのいいから。あ、一気に飲んじゃだめよ。お腹がびっくりしちゃうから。ゆっくりね」

「は、はい……」

 

 どこまでも献身的な彼女に込み上げてくるものを感じつつ、ひとりは言われた通りゆっくり水を喉に流し入れた。喉は乾いてなかったけど、冷たくておいしかった。

 

「ごめんなさい……無理させちゃったわよね」

 少し落ち着くと、喜多がとなりに座り、沈んだ声で言った。

「はい……?」とひとりは首を傾げる。

「後藤さんが人混み苦手だってわかってたのに、無理やり連れてきちゃって。本当にごめんね?」

「あ、いえ。それは……」

「次は違うところ回りましょ。あんまり人がいないところ……なにかあるかしら?」

 喜多はポケットから文化祭のパンフレットを取り出した。全学年の出し物が書かれているから、よさげなものをサーチしているのだろう。

 しかし、

「あのっ、喜多さん」

「ん? どこか行きたいところある?」

「あ、や、そうじゃなくて」

 ひとりはかぶりを振って、

「わ、私、イヤじゃなかったですよ」

「えっ?」今度は喜多が首を傾げた。

「わ、私、人混みはたしかに得意じゃないですけど……で、でも文化祭ライブはっ、す、すごく興味あったので……だから、」

「そ、そうなの?」

「あ、はい……だ、だから、喜多さんはなにも悪くないので気にしないでっていうか……お、思い詰めないで欲しいっていうか……えっと、」

 

 急に話の着地地点がわからなくなって、最後の方は口ごもってしまう。それに少し大げさな言い回しになってしまったかもしれない。適切な言葉が使えてないんじゃないかって不安で耳が熱くなってくる。

 だけど、喜多はそんなひとりの言葉にすごくいい顔でクスリと微笑んで、

 

「ありがと。優しいのね」

「え。そ、そ、そんなこと……」

 

 自分の方が照れてしまった。自然と視線が下に向く。

 彼女の優しさに同じように優しさでお返ししようと思っていたら思わぬカウンターを食らってしまった。今なおジッと見つめる彼女の視線がなんだかとっても落ち着かない。

 

「ところで、興味があるっていうのは、もしかして参加してみたいってことなの?」

 落ち着かないのに、情け無用に喜多は質問してくる。頬の火照りが冷めないまま、ひとりはモゴモゴと口を動かして、

「そ、その……昔からそういうのに憧れてたっていうか……み、みんなの前でかっこよく演奏できたらいいなって……」

「へえー……意外、でもないか。人気者になるためにギター始めたって言ってたものね」

「あ、は、はい……」

 そういえばそんなことを打ち明けていた。今になって恥ずかしい。世界平和を伝えるために始めました、とか言えばよかった。

「じゃあっ、今から飛び入り参加しちゃうっ?」

「へっ!?」

「しちゃいましょうよ! きっと、すごく盛り上がるわよっ!」

 冗談かと思っていたらおもむろに立ち上がってきたので、あわてて顔の前で手を振った。

「や、やっ! いいですっ。無理ですっ」

「えー、どうして?」

「きょ、今日はギター持ってきてませんし……」

 さすがにこの理由には喜多も諦め、なかった。なぜか彼女は姿勢を崩さない。

「さっきのバンドのギターの人から借りればいいのよ」とまで言い出す始末。

「い、いや……それはもっと無理かと……」

「それならもう、無理やり奪っちゃうとか!」

「いくらロックでも許されないかと……」

 

 普段は割と常識的な彼女なのに珍しいことを言うなと感じる。なんでそこまで、と疑問に思い訊ねると、

 

「──だって、あのギターの人ね? 自分のギターの腕が『日本一』とか言ってたのよっ? 許せないっ!」

 よくわからない答えが返ってきた。

「は、はあ……?」

「一曲目が終わったあとのMCで言ってたのよ。日本一のギタリストの演奏はどうでしたかー、みたいな。テンション上がって言っちゃったのはわかるんだけど、後藤さんを差し置いて日本一だなんて……考えたらムカッてきたの! だから分からせてやろうと思って!」

 子供みたいな理由だなと思ったけど、同時に少し嬉しかった。そこまで私のことを──。

「べ、べつにいいですよ。日本一の座なんて。私、世界一になるので……へへっ」

 調子づいたひとりは思い上がったことを口走った。それがよくなかったようで、喜多はさっきの勢いを取り戻して「その意気よ! よし、飛び入りいきましょ!」とひとりの腕を取ろうとした。

「すすっすみません!! 調子乗りました! やっぱ無理です!」

 首が取れる勢いでかぶりを振ると、喜多はクスクス笑い出した。それからひとりの横に腰をおろす。

「ふふっ、ごめんなさい。半分は冗談よ」

「は、半分……」

 全部本気だったら拘束されてステージの上にぶん投げられたりしたのかな、と想像する。

「でも、ちょっとやってみたかったのは事実よ? ステージに乱入して『なにが日本一だ! 私たちなんか世界一だぞ、世界一!』とか言いながらすごいテクニックでギターをかき鳴らすの。すごくかっこよくない?」

「そ、それは……」

 たしかにちょっとかっこいいかも……じゃなくて、

「と、というか、喜多さんもステージ上がりたかったんですか? 『私たち』ってことは……」

「うん! だって、最高の思い出になりそうじゃない? 友達とステージの上で演奏なんて、きっと一生忘れられないと思うわ」

「は、はあ……」

「まあでも、私はまだまだ下手っぴだし、後藤さんの足を引っ張る未来しか想像できないから……それはまた来年ね?」

 

 ひとりは開きかけた口を閉じた。

 喜多の笑顔にぎこちない微笑みだけを返して、視線を下げた。

 考える。

 思い出、

 来年、

 そういった言葉を怖がるようになったのはいつからだろう。『普通』を望んで高校に戻ったのに、見えなくなった先のことばかり考えてしまうようになったのは。

 友達だって本当は作る気はなかった。バンドだって諦めてた。手に入れてから失うよりも、最初からない方が辛くならずに済むと思ってた。

 でも、

 最近、またそれも変わったかもしれないとひとりは感じる。喜多と出会ってから変わった。変えられたのかもしれない。誰かと一緒にいることがそこまで苦痛にならなくなったし、手放すことも考えていたギターをまた強く握るようになった。未来を想像すると怖いのは変わらないけど、今を楽しみたいという欲が出てきた。

 これはいいことなのか。

 悪いことなのかもしれない。

 この先、苦しむことになるのかもしれない。

 だけどきっと、今の自分の人生はきれいに色付いてきているに違いないとひとりは確信し、少し呼吸を整えてから喜多の方を見た。

 

「き、喜多さん」

「うん?」

「わ、私、もう大丈夫です。だから、そろそろ」

 ゆらりと立ち上がり、体育館に戻ろうと意志を見せる。

「ほんと? もう少し休憩してからでもいいのよ?」

「大丈夫です。佐々木さんの前の人たちのライブも見てみたいので……」

 そっか、と喜多も嬉しそうに立ち上がった。

「じゃあ、いこっか!」

 

 喜多が歩き出すと、ひとりは小走りで彼女の横に並んだ。横目で彼女をうかがいながら、なにか話したいな、とふと思い、

 

「あ、あの、さっきの喜多さんのセリフなんですが」

「うん? なあに?」

「わ、『私たちなんか世界一だぞ、世界一!』ってやつです。あれ、世界一が二人いるっておかしくないですか?」

 

 言ってからクソほどどうでもいいことに気づいて、ひとりは軽く自分の頭を小突いた。他にもっと面白い話題はなかったのか。

 だけど喜多はたしかにね、と笑って、

 

「じゃあ、世界一の座は後藤さんに譲るわ」

「あ、ありがとうございます……あ、じゃあ喜多さんは世界二位でいいんですか?」

「ううん、それより上を私は目指すから」

「上?」

「宇宙一のギタリストになるから、私!」

「宇宙一……!」

 

 ひとりの頭に、タコみたいな異星人と喜多が真剣にギターテクで競い合ってるイメージが映し出される。なんだかバカっぽく思えて反応に困った。それは喜多も少し経ってから感じ取ったようで、

 

「……なんかあんまりカッコイイ響きじゃないわね」

 そう言って苦笑する。

「あ、はは……」

「あ、じゃあ『銀河一』はどうかしら? こっちの方がカッコよくない?」

「銀河一」

 

 復唱する。まあたしかに、と思う。「うちゅー」よりは「ぎんが」の方が響き的にはマシかもしれない。

 

「あ、いいと思います」

「そうよねっ? うん、決めた!」

 すると喜多はひとりの前に立って、

「私っ、銀河一のギタリストになる! 後藤さんよりもすごいギタリストに!」

「はい、がんばってください」

「あー、なんかちょっと今の上からじゃなーい?」

「い、いえそんなことは──」

 

 笑い合いながら、ひとりはもう一度、頭の中で『銀河一』と唱えてみた。

 銀河一のギタリスト。

 うん。まだ少しバカっぽい。

 バカっぽいけど、カッコイイ。

 

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