気が付けば俺は何もない真っ暗な世界にただ一人立っていた。
何故こんな場所に居るのか分からず、全身は凍てつくように寒くて震え、その場にしゃがみこんでしまいそうになる。
俺はどうしてここに・・・俺は何をしていたのか。
ただ、なんとなくわかっているのは、多分・・・俺は死んだのだろう。
人は死ねば無になると、闇に堕ちると言われている。
今まさにここはその闇と無の世界だ。
もしかしたらここには共に戦ってきた戦友や、家族、知り合い、そしてガイウスもいるのだろうか。
地面も見えない空間を歩く。
一切音も聞こえず、俺自身歩いている感覚がない。
それでも歩を進めていく。死んでも足は義足なんだなとどうでもいい事を考えつつ。
やや暫く歩いただろうか、何もなかった闇の中に誰かが居た。
誰だったかは思い出せない。
音が聞こえない中、徐々にだがその姿が見え始める。
泣いていた。
笑顔が似合いそうな顔が涙でぐしゃぐしゃになっていた。
両手で涙を拭いながら、声が聞こえないのに絶叫している姿が見えた。
周りには死体。
死体
死体
死体
積み重なるように様々な死体が見える。
その全てが、目の前の存在を護るかのように、役目を果たしたと言わんばかりに、さらさらと塵となって消えていく。
その子が手を伸ばしても、塵は掴む事が出来ず、そのまま消えていく。
いくつもの死体が、そうやって塵になっていく。
抱きしめようとして、抱きしめられなくて
追いかけようとして、途中で転んで
あらん限りに口を開いて叫んでいる姿が見えた。
俺がその子に近づくと、その子は霞んで消えていった。
急に消えたあの子を俺は慌てて探し出す。何処かに居るかもしれないと何も見えない闇の中を明確な意思を持って走り出した。
徐々にまた、何かが見えてくる。
そこには少女がいた。
あぁ、少女が居たのだ。
全身が血だらけで、這いずりながら、倒れている人ではない何かを愛おしむように抱き寄せ――その瞬間に全身に矢が雨の様に降り注いだ。
小さな何かを護るように、蹲った少女に、一切の容赦なく矢が降り注いだのだ。
音は聞こえなかった――
俺は怒りの咆哮を上げていたのに、闇は音を全て掻き消して。
少女は絶命していた。
ずっとずっと奥、矢が飛んできた方角に人間達の姿見えた。
ケタケタと笑う、嫌らしい笑顔を浮かべ、勝鬨の様に腕を張り上げて――そいつらが、俺が動く前に千切れて死んだ。
闇だった世界が、どす黒い曇天に変わり、大地が見え、世界が見え、そして・・・世界が割れていた。大地が割れていた。
地割れに飲み込まれまいと懸命に逃げる人間達が一切の容赦なく落ちていく。
地割れを回避できた人間は、突如巻き起こった竜巻や雷に打たれていく。
地獄だった。
あの最前線の戦場が子供のお遊びに見える位、一切の容赦のない地獄が展開していた。どこかで見た老人が、魔術を唱え、巨大な粘液が人間達を取り込み、とある場所で英雄が来たと呼ばれた人間が、憎悪のままに人間を蹴散らし。
無惨に死んだ少女の亡骸を抱えた、同じ位の少女が狂気すら感じる貼り付けた笑顔を向け、それと同時に様々な天変地異が巻き起こる。
一瞬にして人間達は滅び、世界も滅びかけていた。
あれは・・・あの姿は。
死んだあの少女は・・・
意識が徐々にはっきりしてきた。
あの死んだ少女は、俺の良く知るオイシミだ。
あれは夢なのか? 本当にあった事なのか? それならばなぜ生きている?
頭の中が混乱でおかしくなりそうだ。
冷静になれ・・・今はまず落ち着け。生きている、あの子はまだ生きている、それだけは確かだ。あの町で、グレイハルトが見てくれている筈だ。
寧ろ俺だ、俺はどうなった? そうだ、強力な魔術を使う魔将を斬り殺せると思った瞬間、意識が飛ぶような衝撃と冷気が・・・
もしかしなくても、俺は死んだのか?
約束も守れずに・・・
※
暫く俺は打ちひしがれて座り込んでいた。
必ず帰ってくると伝えてくれとか言っておきながらこの体たらく、馬鹿馬鹿しくて涙が逆に涙が出てくるわ。
俺は死んだのだろうが、剣に取り付いていた闇はあいつを倒してくれただろうか?
あのままお前もやられたとかになれば・・・オイシミ達が、死ぬ事はないだろうな。
寧ろあの召喚獣達がこぞって出張ってくる筈だ。俺程度に手傷を負った時点で、あいつらに勝てる想像すらできない。そう、結局の所、俺が負けたとしてもあの子が死ぬ事だけはないのだ。
グレイハルト達もオイシミの近くにいれば死ぬ事はないだろう。問題はただ一つ・・・あの超常過ぎる力によってあの子が畏怖される事。
折角、居心地の良い街についたのに、結局はまた悲しませる事になってしまうんだな。ガイウスの次は俺だったって事だ。
いつ頃意識が消えるのか、それともずっとこのままなのか・・・
出来ればもう少しあの子の為にしてやりたかったんだがな―――
―ならいますぐおきろ
あの子の声に似たような、だが全く違う声色がはっきりと聞こえてきた。
声がした方に振り向くとそこには、あの子と似たような服を着た、それ以外が闇と同化した何かが居た。
俺が何かを言う前に、それは立て続けに声なき声でまくしたてる。
―なに、かってに、しんであきらめている、はやくおきろ
―とまっている、だけ、ほら、いそげ、あのこをかなしませるな
―めをあけろ、さっさと、かえれ
―あのこが、ないてしまうまえに
それだけ言い残すと、何もなかったかのように消えていく。
改めて意識が覚醒していくのを感じた。
先ほどのあれがなんなのか、それはまだ分からない。だが・・・はっきりとわかった事がある。
俺はどうやら、まだ死ねないらしい。徐々に意識が覚醒し、闇が消え、自分がどうなっているのかを理解し―――
ありったけの力を込め自分を凍てつかせていた氷を吹き飛ばし、ただ一直線に大剣を目の前の敵に振り下ろした。