あらゆる防壁、索敵を飛び越えてそれは襲い掛かって来た。
俺もグレイハルトも油断は一切していなかった。単純に、そう単純にそれは強く、速く、一直線に突き抜けてきたのだ。
大剣を構え防ぐ―不可能
グレイハルトが魔術を―不可能
まるで雷の様な速度で突き進んでくる巨体は、かの【誘死鳥カーオーン】すら余裕で超えていた。そして―それよりも早く、止める事すら出来ず目の前でオイシミが腰に備えていたナイフを胸に突き刺していた。
だがそれでもあの速度では間に合わない、逡巡するまでもなく、それは目の前に何かがあったと言わんばかりに目の前で弾き飛ばされた。
途轍もない巨体がまるで投げた玩具の様に周りの廃屋を巻き込みつつ吹き飛んでいく。その威容、あれはモンスターの中でも【災厄】と呼ばれるクラスの化け物だ。
魔将、邪神軍ですら使役する事が出来ない世界の災害、ひとたび現れれば人も魔も生きとし生けるものを滅ぼし、喰らい、暴れ破壊しつくす。故に【災厄】と呼ばれる存在。
【誘死鳥カーオーン】
【炎獄狼ヴァスヘーザ】に続く、5体確認されいているうちの一体。
巨大な銀と金が混じった様な鱗を持つ蜥蜴、4種2対の翼を持ち、二つの口を持ち、上部の口からは毒、酸、石化のブレスを吐き、下部の口からは炎、冷気のブレスを吐く、【竜】に近い魔物。
魔力と翼による風圧で直ぐに姿勢を取り戻した、災いの形。
【世界喰らいのリーフェオル】
俺自身初めて見たが、その姿、その威容、その脅威、間違いないだろう。
まさかそんな大物が出てくるとは思わなかった。カーオーンといい、魔将といい、俺達はどれだけ運がないのかと問いたい。いや・・・逆に運がいいのかもしれないな。
何せ目の前には・・・その災厄がまるで怯えたように動かなくなるような存在が立ち塞がっていたのだから。
赤く錆び果てた鎧を纏い、同じく赤錆びた兜をかぶっている騎士の様な存在。両手に俺の大剣の数倍はあるだろう大きく反った巨大な大剣を握っている。
【オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!】
俺の3倍はあるだろう体格のそれは耳が潰れてしまいそうな咆哮を放った。
赤錆の騎士は此方を振り向く事はせず、目の前の災厄から視線を逸らす事はない。
そして同時に、災厄は動くことなく騎士を睨みつけている。
あれが動けば再びすさまじい衝撃が此方に襲い掛かるだろう。俺は直ぐにまだ立ち直り切れてないグレイハルトと血を流し倒れているオイシミを連れて邪魔にならないだろう場所まで一直線に走り出した。
ここに居てはあの騎士の邪魔にしかならない。魔将と戦い俺も少しは強くなれたと思っていたが、烏滸がましい。この世界の災厄の前では俺などただの塵芥。
そして、オイシミが呼び出した存在の前では・・・あの時、誘死鳥カーオーンをただの石の一投だけで叩き落とし殺し切ったまるで窶れの様な、ファルケンと名乗った存在と、あの騎士は・・・どちらが強いのだろうか。
いや、思考を切り替えろ。今の俺がやるべきことはオイシミを護る事だ。それが今の俺の役目だ。
例え災厄が相手であろうと、気にする事はない。
情けない話だが、オイシミが呼び出したあれが居る限り、俺達はもう大丈夫なのだと魂から理解できているのだから。
ならば、あの騎士が何の憂いもなく戦えるようにあいつらが護りたいと思っている存在を命を懸けて護り通す。それだけだ―――
それにしても・・・まだあたたかい陽気にもなっていない夜なのに、何故ここまで心地よさを感じる程に暖かいのだろう。
※
ありえない事だった。
それはあり得てはいけない事だった。
世界の覇者たる自身が、戯れに滅ぼした小さき存在の巣に、まだ生き残りが居た事に苛立ち。あげく自身による恐怖も忘れ、餌をついばんでいる事に激怒した。
だからこそ今度こそ完全に滅ぼそうとしたのだ―――
それを全く未知の力で弾き飛ばされた。
小さき存在が勝手に名付けた【世界喰らい】の自身が、全力をもって弾かれたのだ。自身と比肩する様な存在は、対ぐらいの筈であり、この近場には存在していない。
ならば自身を吹き飛ばしたのは、小さき存在達だとでもいうのか。
許してはならない
許してはならない
自身と言う存在に楯突く愚か者達を、これまでの様に全て滅ぼさなくてはならない。
だが、あまりに強いからこそ、それを感じ取った。
―恐ろしいほどの、震えが来てしまうほどの強大な力が【二つ】ある事に。
先ほど逃げていった小さき存在を護るかのように、それは立っていた。自身より幾分か小さい背丈。だが、だが感じる力はこれまでに戦ってきたどれよりも、下手をすれば対よりも自身を戦慄させた。
赤色の小さき存在が好んで身に着ける鉄の何かを纏うそれ。
そして・・・先ほどから感じるのは、【寒さ】ではなく【暑さ】
この時期にありえない暑さが自身の鱗を焼いている。
この力を感じるのは――すかさず真上を見つめると、やはりそこに目の前の存在と同等ともいえる何かが居た。
見た目は小さき存在。
だが、その力は・・・油断してはならないと、そうすれば屍を晒すのは此方だと、存在して初めて、世界喰らいは恐怖という感情を覚えてしまった。
【キャハハハハハハハハハハハハ!!】
甲高い、耳障りな嘲笑。
奇抜な姿で現れた小さき存在は自身を全く恐怖せずに、意味は知らないが此方を馬鹿にした様な口調で何かを言っていた。
【ぅ~ゎ、キモぉ。こんなのが世界の恐怖とか、この世界は優しいでちゅねぇ~♪ ちょっと強い雑魚が雑魚にイキってるとかぁ~、笑えてきちゃぅ♪】
世界喰らいに人の小さき存在の言葉は理解できない。
だが確実にわかったのは、目の前の存在は自身をあざ笑っているという事――
ユルスワケニハイカナイ――
世界の災厄は怒りのままに叫んだ。
ただの世界の災厄が、それ以上を知ることなどなかったのだ―――
【無季のエンティケア】
良かれと思い力を振るい、望まれ力を振るった
それが幸福ならばと、純粋な少女は信じていた。
総てが虚構であり、総てが無意味と知った時、狂い果て災厄となった。
自身を認めてくれる、愛してくれる存在などいないと、狂ったのだ
だから、その全てを愛してくれる彼女を狂愛したのは、別段普通の事でしょう?