生きている人間はもう我々だけだろうか。
生きていると言っても、もう幾ばくも無い命ではあるが。
我々は敗北した。
英雄達は死に
勇者は壊れ
戦士たちは斃れていった
武勇を誇った大英雄が赤子の様に泣き叫び、みっともなく命乞いをして、モンスターに食われて死に。
周囲に活力と希望を与えていた聖女がとち狂いながら仲間を殺しまわり、最後は躓いて自分の持っていた武器で首を貫いて死んだ。
戦士たちは帰りたいと泣き叫びながら食われ、殺され、壊されていった
邪神軍をどれだけ倒す事が出来ただろう、半分は倒せたのかもしれない。だが、その希望的な想像ですら、そこまでで終わる。我等は全滅した、いや壊滅した。
数万、数十万いた戦士達はここに居る数名を除いてもういない。
あれほど沢山いた英雄達は総て死に絶えた
世界から集められた勇者は総て死に絶えた
勇者と共にある聖女も総て死に絶えた
天使は我等を救わず
神は我等を見放し
残ったのは未だにそこが見えない邪神軍のみ。
せめて、各種都市から援軍が支援が届いていたのであれば、我等はまだ戦えたのかもしれない。だが、魔術都市も、世界都市も、帝国も、教国も、しばらく前からずっと一切の支援が途絶えていた。
一向に助けが来ない中で、精神が持たずに壊れ、発狂するのは仕方ない事だろう。命を懸けて戦っているのに何の見返りもなく、一切の支援もなく、ただ届く命令が、死守せよ、滅ぼせ、この二つのみ。
聞けば魔術都市はすでに壊滅しかけているらしい。この最前線以外から襲ってきたモンスター達に滅ぼされたのだろうか、あまりにも情けない。
帝国に援軍を求めた、今はもういない伝令兵から聞いたのは、帝国は帝王が地下に隠れたと言うこれもまた情けない報告だった。だから一切の支援が出来ない、帝王が逃げたのは役にも立たないお前達のせいだと、貴族や民に石を投げられ逃げてきたそうだ。その伝令は翌日に全てを諦めて首を吊った。
窶れになるくらいならと、遺書をしたためてだ。
天使教の総本山でもある対邪神軍に一番積極的だった教国にも勿論支援を望んだ。しかしそこはすでに天使という名の化け物によって滅び去っていた。人間を改造し天使を模した化け物に変えるという鬼畜の所業、既にあそこも狂っていたのだ。
世界に名だたる大国のうち3国はすでにどうしようもなく、世界の中心にある大都市に至っては援軍は出せない。それだけで終わった。
守る為に戦ってきた我々が、その護るべき者達に裏切られたのだ。勇者が絶望し、聖女が発狂し、精鋭たちが怒りにここを捨てるのも致し方無い事だろう。
既に邪神軍は我々を無視し、各種方面に突き進んでいる。数年もしないうちに世界は邪神軍の手に落ちるだろう。そしてもうそれを止める手段はない。
我等ももう守る戦いをしようと思わない。
それは我々も窶れになりかけているからだろうか、単純に人間と言う存在に絶望したからだろうか。なんにせよ、もうどうしようもないのだ。
世界は滅ぶだろう・・・いや、人の世界は滅ぶだろう。次この世界を支配するのは邪神軍やモンスター、窶れ達になるだろうか。我々は一致団結し、戦っていたと思っていた。だが所詮、そんな物は夢物語だったらしい。
私も疲れた。
既に生き残ろうという気概も残っていない。
既に狂っているのか
既に窶れているのか
生き残った少数の仲間達は項垂れ座り込んで私と同じく動こうとしない
戦う気力も果て
生きる気力も尽きた
我等は戦ってきた
こうなるまで戦ってきた
誇り有る戦いをしてきた筈だ
だが、他の人間にとってはただの対岸の火事でしかなかった。我々の必死の戦いは彼等にとって、一切関係のない戦いだったのだ。
笑えてしまう、だから狂ったのだろう聖女は。
だから、壊れたのだろう勇者は。
持っていた誇りも無意味だと悟ったのだろう英雄達は。
どうなろうとすでにどうでもいい。
せめて窶れになる前には自決するか、その程度だ。
―それでいいのですか? 戦士たちよ
そんな声が聞こえた。
スっと耳を通る、この場所にふさわしくない透き通った声が。
動かすのも億劫だった頭を上げてみれば、周りの生き残り達も同じく声が聞こえた場所を向いていた。
そこには聖女が居た。
我々と共に戦ってきた聖女とは違う、まるで大いなる存在に愛されたと言わんばかりの聖女が。その隣には小さき少女の姿もある。周りには見た事もない法衣の様なものを身に纏った人間達。
天使教がまだ残っていたのだろうか?
いや、天使教はすでに邪教だ、このような清浄な力を放ちはしない。感じるのは何かに包まれたかのような暖かさ、そしてこの壊れた世界にはありえないような済み渡す世界の青さを感じさせる力。
聖女は力強く、ただ私達を包み癒すような声色で続けた。
この世界を愛する存在が居る
この世界を憂い悲しむ存在が居る
この終わりかけの世界を救おうとしている存在が居る
彼女達の主である存在のいとし子が、世界の救世主が、救うために向かっていると言う。
まだ居たのか。
まだ共に戦おうとしてくれる存在が居たのか
それも、この聖女の主・・・神ともいえる存在のいとし子が、世界を救うために。あくまで人の世ではなく、この世界そのものを救うために、苦難を乗り越え進んでいる。
涙が頬を伝った。
周りを見れば、同じく泣いている者達。
自分達の戦いに意味はあったのだと、誇りはあったのだと、共に戦う大いなる存在はまだ居たのだと、それが嘘ではなく、厳然たる事実であるということを。
終わりかけ諦めていた我々にまだ役目があったのだと。
ならば聖女よ、我々は残り少ないこの数で、総て絶えるまで戦おう。最後の最後まで、我等の戦いに、意味は確かにあったのだと。
我等の戦いが、いとし子の助力になったという事を。
弱り切った身体に活を入れ我々は立ち上がる、戦士は戦士の礼を、騎士は騎士の礼を、魔術師は魔術師としての最大の礼を。
聖女よ我等最後の戦いをご照覧あれ――――
と、勢い勇んで進もうとした瞬間聖女たちに止められてしまった。今の我々では助力にはならないと、まずは癒しが必要だと。
そして聖女は自分はそう呼ばれるには罪が多すぎると、そう呼ぶ事を固辞する。彼女ほどの清浄な気配を持つ聖女は、教国にもいなかったのだが、彼女はそう呼ばれる事を嫌がるそうだ。
同時に、彼女は自身がいとし子に与えられた聖なる名を大切にしているとの事だ。
彼女は、先ほどまでとは違い、年相応の女性の様に、そしてまるで少女の様に、自身の大いなる名を我等に伝えてくださった。
―モブサン
我等にその名前の意味は分からないが、かのいとし子が彼女のような存在に与えた名前、とても素晴らしい意味が込められているのだろう。
絶望しか残っていなかった我々が再び立ちあがり、最前線を護り続け、いとし子の御来着を待つまでは幾許かの時間を要する事になる。