それは何と形容すればいいか。
歪に生えた巨大な翼と、恐らくは元は人型をしていたのだろう形跡が残る膨れ上がり鱗に覆われた胴体、俺を2倍にしたような太さの腕が3本それぞれ巨大なハンマーを握っている、1本は付け根の部分から千切れているが元々千切れていたのだろうか。
足は元々人間の足だったものが変化し歪に折れ曲がっている、よく見ればその足から小さな子供位の足や手が何本も何本も飛び出しているのが見える。吐き気を催すようなそれは、取り込んだものではないのはその作りを見れば明らかだ。
頭部は僅かに竜頭になりかけているものの、あちこちが裂け涙のような体液を絶えず垂れ流し、口が縦に裂け3本に増えた舌がのたうっている。おおよそ竜とも人とも言えない悍ましさだが、それでもその姿は人、いや巨人からドラゴンになりかけているような歪な姿で、明らかに窶れと化している何かだった。
俺が到着した頃には既に地面に立って目の前の何かに向かってハンマーを何度も振りかざしている。しかしその攻撃が総て光の壁の様なものに弾かれていた。
攻撃が通じないと知るや、頭部が不気味に痙攣し、しゃくりあげるように何度も蠢いた瞬間、その化け物は大漁の血反吐の様なものを吐き散らした。
ここまでも臭ってくる激臭と共に地面に叩きつけられたそれはすさまじい勢いで地面やそこにあったものを溶かしていく、恐らくはかなり強力な酸なのだろう、俺が直撃してしまえば骨も残らず溶けているに違いない。
だがそれでも、その光の壁の前には無意味な様だ。血反吐は光の柱を溶かす所か逆に浄化され消えていく。その光の中には俺達が探していた眠り続けているオイシミを6本ある腕の内4本を用いて宝物を愛でる様に抱きしめている、あの時見た狼頭の存在が居た。
巨大な人狼のような姿、しかしよくよく見ればその体格はどうにも女性の様にも見える。あの時裂けて二つになり伸びていた頭部は一つのままで何も変わらず理性を讃えた慈愛の瞳でオイシミを見ていた。
まるで目の前の化け物が存在していないかのように。
「っ!?」
それも一瞬、狼頭がぐるりと回転してビタリと止まる。その先にいるのは化け物ではなく俺だ。彼女に向けていた慈愛の瞳から一変、一切の情すら感じさせない、漆黒に飲まれてしまいそうなほどの黒い瞳が俺を捉えている。
いや、正確には・・・俺の後ろを見ている――??
瞬間、劈くような絶叫が真後ろから響く。咄嗟に後ろを振り向くと黒い靄のようなものが小さく蹲り激痛に悶えているかのように震えていた。あれはオイシミを護っていると思われるあの時俺に協力してくれた黒い何か??
今の俺ではその力の全容も見えないそれがただ苦しみ藻掻いていた。恐らくは今のような状態になったオイシミを何故守らなかったとでも言いたいのだろう。今なお全力で攻撃し続けている窶れを完全に無視し、それは何もしていない様に見えて闇を痛めつけている様だ。
1分ほど続いたそれは唐突に終わりを告げる、まるで今回はこれで許してやるとでも言わんばかりに。
そして俺には何もなかった、いやあれは【俺】を見ていなかった。今も攻撃し続けている窶れと同じように、一切の関心を示していない。俺が見た中では一番初めにオイシミが呼び出した召喚獣だが、あの時もあれが感情を寄せていたのはオイシミのみ。それ以外はまるで塵芥とでも言わんばかりの態度だった。
何があったのかはわからないが、他の召喚獣は少なくとも俺達を見ていたり助言を与えてくれたりする存在がいた中で、この召喚獣は明確に俺達の存在を拒絶し、恐らくは憎んでいるのだろう。
それでも俺が殺されていないのは、あの時も俺達だけは生きていたのはオイシミが居たからだろう。居なかったら、もしオイシミに何かがあれば、あの力は容赦なく俺達に向かう、それを確信した。あの子が呼ぶ存在は須らくあの子の味方ではあるが、その全てが俺達にも慈悲を与えるような存在ではないという事だ。
再び首を動かし正面を捉えた人狼が残していた腕二本を無造作に振り上げる。
広げた手の指をそれぞれ曲げると指がそれぞれ凄まじい勢いで伸び初め、下がる事なく攻撃を続けていた窶れをその10の指で縛り付けた。1本1本が巨大な縄の様になりあっという間にがんじがらめに縛り付けていく。
縛り付けられたそれは一切の身動きが出来ない所か指は更にきつく締めあげていき、徐々に腕や胴体や頭部にめり込んでいく、一切藻掻く事が出来なくなった肉体の限界を超え鱗を砕き肉体に食い込みどんどん沈み込んでいく。
ついには限界を超えたのか頭部がごきりごきりと骨が潰され目玉が飛び出し脳漿があらゆる所から溢れ、肉体も完全に貫通しついには―――
もしかしなくとも戦闘だけならば魔将を遥かに凌駕しているかもしれなかったそれは10の指の縄によって無数の肉片になるまで縛りつくされて死亡した。
地面にぐちゃりと無数の肉片になったそれを絡みを解いた指が近づきその手ごと極光が焼き尽くしていく。数秒もしないうちに肉片は総て灰も残らず焼き尽くされ、肉片と血などで汚れていた指は逆に燃えることなくあらゆる汚れが消えていた。
俺では決死の覚悟でも傷つける事すら出来るか分からないようなモンスターを、目の前の召喚獣は、自身はその場でオイシミを愛おしく抱きしめ一切動くことなく、余っていた腕、それも指だけで握りつぶして殺してしまった。
確かにオイシミがいれば・・・あの子が望んだように、邪神軍を滅ぼす事は可能だと今改めてはっきりと認識した。
同時に・・・人類がもしオイシミと敵対してしまった時、それはあの脅威が此方に向くのだと、ゆっくりと地面に彼女を寝かせ消えていくそれを見ながら震える全身で確信せざるを得なかった―――
【奇跡:アルフェリアの六腕の儀】
裏切られた聖女アルフェリアの奇跡
それは空中から現れ、使用者を護るように2本の腕が術者を護り
4本の腕があらゆる方法で敵を切り刻む。
外法に落ちた聖女がそれでも尚、愛しき少女を護る為に産み出した奇跡
何があろうとも、自身が果てようとも、その腕は少女を護り外敵を塵殺するだろう。
例え夢物語だとしても、せめて奇跡くらいは望んでもいいではないか