ジェスチャーを取りつつ、少しずつ先に進んでいく。
あからさまに増えた邪神軍の尖兵や大型モンスターに普段は抑えていた恐怖が蘇っていくのを感じる。あれらが単体、もしくは少数ならば今の俺ならば勝てるだろう。押し切れるだけの強さを手に入れたし、隣にはグレイハルトもいる。
逆に言えばこの程度なんとも出来ずに向かうのはただの愚か者の所業だ。死にに行くようなものだろう。例え傍にオイシミがいたとしても、この子の力を頼りにばかりなどしていられない。
それにしてもおかしいのは奴等の挙動だろう。これほどの数が居ながら俺達が数日前まで過ごしていた隠れ町に一匹たりとも来ていないのだ。寧ろ動きをよく見ると奴等はそこだけを大きく迂回して避けている。
最初は何か意味でもあるのかと思ったが、直ぐに答えは判明した。
あいつらはオイシミが【アルトマラーゲィ】と名付けた存在の気配に怯えているのだ。今はオイシミを護るためなのか一切の気配は隠しているが、俺も魔力を集中させるとわかる、ここからでも気圧される程の濃密な死と闇の気配だ。
それはあいつらにとっても脅威なのだろう、奴らも死にたくないからこそそこを避けていた。更に言えばアルトマラーゲィは恐らく元魔将なのだろう。一応は奴等にとっても味方、それも自分達以上の存在な筈だ、おいそれと近づける筈がない。
ここでその気配を解放して奴等を逃げさせればいい、なんて一瞬僅かに考えたが、それは逆に悪手だ。他にどれほどの魔将や、それ以上の存在がいるか分からないのに、此方の居場所をばらしかねない行為を取る訳にはいかない。
それにしても・・・また再び人類の壁を見る事になろうとはな・・・逃げてきた俺とガイウスにとって、あの壁は罪の象徴だった。確かに勇者でも英雄でもない、一傭兵の俺達ではあったが、覚悟を決めて最前線に入り出来うる限り戦ってきた。
早ければ1日持たず、どれだけ勇猛な戦士達でも数日で精神が壊れていく場所。軍を率いる大将軍や英雄、勇者であろうとも徐々に疲弊し、心が壊れ、狂っていく世界。俺とあいつは完全に壊れる前に逃げ出した。
夜中に隠れて、初めは俺達を見守り、敵を抑えてくれると心強かった人類の壁が、徐々に俺達を逃すまいとする檻に見えてきて、あと少し遅ければ俺達も死んでいた。
今の俺であろうとも、きっと数か月も持つまい・・・そんな場所に俺達は向かっているのだから、縁とは異なものなのだと思う。
それにしてもこれほどの大型モンスターや飛行モンスター、邪神軍の将兵がこれほどの数壁を超えて飛んできているという事は、恐らく最前線は壊滅したのだろう。このまま放置すれば数年も持たずに人間は滅び、奴等邪神軍が世界を支配する事になるのだろうな。
世界各国の大都市も殆ど全ておかしくなっていたし、魔術都市はすでに壊滅だ。大都市ですらあの状態なのだから、人間は滅ぶのを待つだけになっている・・・恐らく、ここに居るオイシミが居なかったらそうなっていただろう。
不安はない。オイシミをあそこに連れていくことにも、オイシミが呼び出すあの驚異的な存在の事も。あれらが負けたり、おかしくなる姿が想像できない。
人間が全て結託して戦いを挑んでも邪神軍と戦っている方がマシだと思う位に、彼等は全てが圧倒的だった。一瞬俺より弱そうに見えた小さな存在ですらただの石ころ、その辺に落ちていただけの手のひらに乗る程度の小石を礫として投げつけただけで、災厄モンスターを一射だけで殺してしまったのだから。
俺が出来る事は、オイシミが望む通りにこの子を最前線・・・人類の壁を潜らせる事。それで俺達の旅は終わる。
同時にあらゆる邪神軍も、それに味方しているモンスターや窶れ達、壊れ操られたり裏切った人間達も全て、あらゆる全てが滅ぼされるだろう。
ある意味で俺達の旅は人間達を救う勇者の旅に似ているな。
勇者に認定された存在は道中様々な戦いや試練を超えて、門に辿り着き邪神軍を滅ぼすか、死ぬまで戦う事になる。オイシミが今まで歩んできた道中は似たようなものだ。ただ違うのは・・・その力のせいで迫害されたりしてきた事だが。
全て終わったらおいしい食べ物を探す旅がしたいという、あまりにもささやかな願いの為に人類を滅ぼそうとしている邪神軍を殲滅しに向かっている小さな子供。
強く触ってしまうと折れてしまう様な華奢な子が、そんな重みを重みとすら感じずに明確な意思と、強靭な精神で向かう姿を止める事など俺には出来なかった。
ならば俺が、グレイハルトが出来る事はただ一つだ。もう少しで辿り着く、邪神軍が滞在するあの場所へこの子を護り連れていく事だけ。
その為ならば俺の命など今更惜しくはない。
しかし死ぬ訳にはいかない。俺もグレイハルトも、最近増えたカルと言う名前の窶れ人も、死ぬ訳にはいかないのだ。
そうなってしまえば、この子はきっと・・・・最悪俺だけなら許容できる。グレイハルトさえいればなんとかなる。俺は何処まで行っても傭兵で戦士だ。あいつの様に生きるための生活基盤を整えてやる事など出来ない。
連れまわして一緒に戦って稼いで生きていく位だ。だからどうしようもなくなったのならば、それ以外に方法がなくなったのならば、最初に命を捨てるのは俺であり、俺だけで終わらせなくてはならない。
だがそれは今じゃない。この程度の包囲網すり抜けられなくて何が同行者だ。何が傭兵だ。命惜しさに逃げた傭兵だとしても、この子を目的地まで連れていくまでに何があろうと死ぬつもりはない。
義手に力を込め、地上を歩いているモンスターに狙いを付け、周囲にバレない様に俺はグレイハルト達を手で押さえ飛び出した―――