オイシミが目覚めた。
あの数のモンスター、恐らくはログンソンでも無理だったのは私でも理解できる。私がもう少し強ければ、もう少し移動方法を考えていれば。戦いは彼の役目であり、私の役目はそれ以外。そのはずなのに私は結局あそこで役に立てなかった。
巨大な神のような存在と、前に現れた大賢者をあの子は呼び出した。巨神は周りの総てのモンスターを消し飛ばし、なお向かってくるモンスターや邪神軍達を、逃げ出そうとしていたそれらを容易く踏みにじっていった。
おおよそ我等では戦うという選択肢すら出てこない程の脅威・・・確かにこの力が邪神軍の本拠地で展開されれば人間は間違いなく勝利するだろう。
しかし・・・
一番最初に異変に気付いたのはカルと彼女に名付けられた窶れだった。甲高い悲鳴のようなものを上げている。私はその脅威の強さに思考停止していた頭を切り替えて何を叫んでいるのかと見てしまった。
オイシミが明らかに致死量の血を吐き、全身から力が抜け倒れていた。
目からも鼻からも血が溢れ、まるで死んでしまったかのように動かない。私は直ぐにポーチの中から強力な回復剤を取り出そうとしたが、それを伸びてきた杖が制止する。
オイシミが呼び出した賢者の老人が静かに首を振り、恐らくは回復の魔術だろう、私所か、癒しの聖者ですら行使できないだろう効果の回復魔術がオイシミをゆっくりと癒していく。
血はあっという間に消え去り、苦しそうではあるが呼吸はしっかりとしていた。ほっと胸を撫で下ろす。この子の力はとても強いが、その代償はとても強すぎる。自らを傷つけ、それを触媒に恐ろしいまでの力の化身を呼び出すが、代わりに彼女の生命力や力などをどうみても奪っているのだ。
一部は彼女に回復の奇跡を使ったりはしているが、それでも癒し切るには足りず、初めて見た時からは想像もつかない程に弱っている。彼女はそれを気にしていないのか、意にも介さず痛痒すら感じさせずに笑顔を見せる・・・それが何と辛いものか。
ログンソンなど、自分に対する怒りで咆哮していたのを思い出す。
だが、この賢者が現れた時は普段以上に治癒の魔術を施してくれるのだ。これならば今まで受けてきたダメージも回復できるのではないか、そう考えていたが・・・
気が付けば周りのモンスター達は全て駆逐され、巨神は消えていた。
ログンソンが変わらずに警戒を続け、私とカルでオイシミをリアカーで休ませる。とても軽い・・・同じ位の子供の方がまだずっと重いと言えるほどに、まるで羽なのではないかと誤認してしまうほどに華奢で、弱り切っているその姿を見るのは・・・私もとてもつらい。
未だ消えずに残っている賢者が、彼女に再び魔術を行使した後、私達にどうしようもない事実を叩きつけてきた。
―後数回。最大でも2回も呼べばこの子は全てを失い世界から消える。
鈍器で頭を殴られたような衝撃・・・分かっていた。分かっていたが、やはりこの子の力はどうしようもないほどに代償が伴っていたのだ。
何もさせずに静かに暮らさせる事が出来れば、この子が苦しみ、死ぬ事はないのに、彼女は頑なにそれを拒む。自分よりも誰かの為に彼女は動くのだ。美味しいものを全て終わった後に食べに出たいなんて言う小さな夢だけを大事にして。
どうにかできないのかと私もログンソンも賢者を問い詰めたが、どれだけの回復魔術を施したとしても既に治せるものではないらしい。
医学については流石に私も専門外だが、賢者が言うにはオイシミは【健康体】なのだという。この体のどこがとは思ったが、賢者はさらに続けた。
人よりか弱い肉体を持つオイシミではあるが、それでも身体は健康体であり、どうしてこのような状態になってるかと言えば、それは彼女の力の根源が関係しているそうだ。
彼女の脅威的なまでの力の根源、それは――
【世界と自分を繋ぎとめる存在の力】
この子は
オイシミは
世界に疎まれていると言う
何を馬鹿なと叫びたくなったが、私が叫んだ所で意味がない。ならば今は聞く事に集中しようと私は一字一句全てを記憶するために意識を傾ける。
世界と言う概念に疎まれている少女。
故に彼女の存在はあり続けるだけで消耗していく
それらを無効化する様々な奇跡が重なり、何かしらの存在からの手助けもあり、漸く今の状態で生きている事が出来る。
しかし、オイシミはそれらを捨ててでも誰かを護る為に力を使い、その分だけ世界から自分と言う存在が剥離していく。
それはすでに魔術や奇跡でどうにかできるものではないのだそうだ。
穴の開いている壺に水を常に注いでもいつかは尽きてしまう様に、オイシミはそれが基本として成り立っている。
そんなふざけた話があるか。この子が何をした? 世界に何をした? ただ美味しいものが食べたいという小さな夢だけを大切にして、自分が傷ついても誰かの為に力を使う優しい少女なのだ。
だが、世界はそれが疎ましいのだという、神ではなく世界、この世界と来た。ならばどうしようもないのか、この子は自分の意思で全てを終わらせに向かっている。例え止めたとしても、この子は1人でもここに戻ってくるだろう。
恐らくその時は途中で果てる可能性の方が高いだろうが・・・
魔術でも、目の前の賢者でも無理だと言うのならば、最早成す術がないのか・・・そう俯いた私に賢者はさらに続けた。
僅かばかりの可能性がある――と。
それも少しばかりの延命でしかないが、それでも全てを終わらせて小さな楽しい旅が少しの間は出来るかもしれないという可能性が。
何をすればいいのか、私達に出来る事があるのかと私もログンソンも詰め寄ると賢者は少しばかり顔をほころばせていた。
―あぁ、あの子はやはり誰からも本来は愛される子なのだ・・
ほころばせていた顔が僅かに悲しみの表情を浮かべたと思えば直ぐに先ほどまでの表情に戻り、唯一の可能性を伝えてくれた。
それは私達がオイシミの導きの下、手に入れてきた様々な魔道具や回復剤の中にあるという。先ほどあらゆる魔術も奇跡も効かないと言っていたとは思うが、どうやら私が手に入れた中に、その状況ですらも緩和できるかもしれない秘薬があると教えてもらえたのだ。
【神薬:ドラゴン・ブラッド】
遥か古代のとても強力な回復剤だという事までは調べがついているが、どこまで強力なのか、どこで試すかなどと考えていた薬だ。
それは神の摂理に反し、世界に背いた、この世界の禁忌の薬だという。
容易く死者すら蘇らせる事も出来るかもしれない薬だが、それゆえに強すぎるという制約がある逸品だと。
上手く使えば、オイシミを癒し回復させる事が出来るかもしれないが、もし間違えてしまえば、強すぎる力は彼女の総てを壊してしまい、そのまま死なせてしまう可能性もあると伝えられた。
だが・・・もしうまく使う事が出来れば、世界から剥離しかけている彼女の存在を繋ぎとめる事が出来るだろうと。それだけの恐ろしいまでの力がこの薬には込められていると。
何故賢者がそれを知っているのかは分からないが、それでオイシミを完全には救う事は出来なくても・・・
私は賢者から得た知識と、私の商人としての知識、魔道具技師としての力をすべて使ってでも、この子を助けてあげたいと思う・・・
例え話の通りに一時的な延命にしかならないとしても・・・せめてこの子の小さな夢だけは、護ってあげたいじゃないか。