それは地獄そのものだった。
腐り果て肉と骨だけになった死者達が騎士の武具を身に纏いながら無理やり歩かされている。元々騎士だったのか、違うのかはわからない。
周囲からは絶えず黒い礫が飛び交い騎士鎧の死者に投げつけられ、進む事を強いられていた。その死者達は全てが首に赤色の鎖が巻きつけられ、死者が動く度にその鎖を繋いでいる「悍ましい何か」が進んでいく。
その周囲には多種多様なモンスターや、騎士姿の死者達とは違い、まともな武具を身に纏った死者達が中心の何かを護るように進んでいる。
悍ましい、理解するのも思考が否定するその何かの中心に少女の姿をした何かがいた。閉じた瞳からは絶えず赤い涙を流し、だが感じる気配は怒りと絶望のみで、あらゆる存在に対しての敵だという事が理解できる。
恐らくはこれらの本体であるだろう少女は瞳を開くことなく、時々手を動かすと鎖から赤い魔力がほとばしり何十以上いるだろう騎士の死者達が苦しそうに呻き進むスピードを上げている。
このままでは確実にポリョスの町にぶつかるだろう。そうなれば町が崩壊するだろうことは想像に難くない。
今は斥候を務めている俺しかいないからこうして隠れてみていられるが、正直先ほどから恐怖と寒気が止まらない。あれは直視してはならない類の化け物だ。
モンスターと言うには人の部分があるし、恐らくは人の窶れが【過ぎ】た存在だろう。邪神軍の仲間でもなければ魔将でもない。
モンスター達は恐らくこれから逃げて行ったのだ。あぁ、わかる、わかるともさ。こんな存在に狙われたら生きて帰れる保障などない。恐らくこれが【災厄】なのだろう。俺自身は今まで運よく【災厄】と出会う事はなかったが、まさかこの状況で出会う事になるとは思わなかった。
全力で気配と匂いを消し、息をひそめて状況を把握する。
見ているだけで正気がガリガリと削れていく様な姿ではあるが、今の所暴れている様子はない。一応己の一部なのか、それとも縛り付けられた者なのかはわからないが、騎士の姿をした死者達だけが虐げられている感じだ。
他の周りの繋がっているだろう人型の死者やモンスター達は同じ事は受けてはいない。明確にあの目の前の災厄は騎士だけを虐げる対象にしているようだ。
恐らくあの騎士達は本当の騎士だろう。それはつまり大体がどうしようもないクズ野郎達と言う訳だ。ならばあの窶れの少女は・・・生前、もしくは窶れになる前に騎士にあそこまで憎悪を募らせるほどの事をされたに違いない。
それならば都市の方面等に行ってほしいものだ。この先に騎士などほとんどいない。誇り高い最前線で戦っていたような高潔な騎士様達はその高潔さ故にもうとっくに死んでいるのだから。
残っているのは立場に肥えた豚の様な、モンスターや邪神軍の方がマシだと言わんばかりのヒトモドキ達。あの災厄の目的は分からないが、どうか俺達が暮らしているこの小さな町は壊さないでほしいものだ。
どうにかして逸れてもらいたい所だ。恐らくあの災厄は別にポリョスの町を狙っている訳ではなさそうだ。ただ「そこが通り道」だからそこを進んでいるだけの様に見える。
あの町にはとても世話になった。俺達の様なモンスター狩りのはみ出し者の様なものまで受け入れ、食べ物を、住む場所を、生きるための仕事も与えてくれた。他の町や村ではこうはいかない。
観光名所を謳っている小さな町ではあるが、あの町長の器量のお陰で長らく平穏を保てている、今の時世では稀有とも言える場所なのだ。全員が避難し隠れているとはいえ、運よく彼等の命が助かったとしても、住む場所が破壊されてしまえば、いずれは心身を病むだろう。
住む場所を、生きる糧を壊されて、そのままでいられるような存在は少ない。他の場所には頼れるはずもなく、俺達が全力で復興を手伝ったとしても、その間にどれだけ飢えて死ぬだろうか。
ポリョンヌと言う作物があったとしてもそれが供給されるまでにどれだけの時間がかかるか。とはいえ俺がどうにかできるような存在ではない。
いや、今ポリョスに滞在するモンスター狩りを集めたとしても無理だ。あの最近やってきた少年は英雄の資質、もしかしたら勇者の素質があるレベルでとても強いが、だからこそこんな所で失うわけにはいかない。
俺に出来る事は・・・あの災厄の動きを全て把握し、伝える事だけだ。
普段は頼りになる相棒の弓もナイフも、今はとてもちっぽけに見えた。
力が欲しい、斥候としての才能と実力はあると自負している俺だが、魔術も使えなければ、戦士にも勝てる気がしない。弓の実力だって本場の弓師には大きく劣る。
そんな俺が無駄に命を懸けたとしても、あの災厄の動きを止めることなど出来ないだろう。寧ろ俺の存在のせいで周りに隠れている彼等の居場所を把握されてしまうかもしれない。あの繋がれている騎士達や、周りの死者達の様に俺もあそこに混ぜられてしまうかもしれない。
その時、俺の記憶が、人格が、総てあの災厄に囚われてしまえば・・・そうなれば俺は永遠に後悔するだろう。
あの時町を出て行った三人組、少女と商人と・・・巨大な剣を担いでいたとても強いモンスター狩りの戦士。
かの勇者になれるかもしれない少年に食料を施し、ここまでの道を教えてくれたという彼等、いや彼が居たのなら・・・もしかしたら今とは違う状況が作れたのではないか。
俺にもっと力があれば・・・本当にそう思う。
だが、それでも。こうやって奴の動きを監視出来るのはここには俺しかいない。ならば俺が出来るすべての技術をもって、せめてやれることをやろう。
変わらずに災厄は進んでいる、このまま半日も持たずにあれはポリョスの町に到着するだろう。最悪は町を壊してもいい、せめて避難している彼等が無事であれば・・・それが不可能であれば、俺達で最悪彼等が逃げる時間を稼いでやろう。
それは刻一刻と近づいていた―――