リアカーの上で少し前とは別人の様に元気にしているオイシミ。
あの薬が効いてくれたのだろう、寧ろ今までよりも元気になり、少々騒がしいほどだ。相も変わらず何を考えているのかはわからないが、それでも行動で自分のやりたい事、求めている事、此方を気遣っている事が分かる。
同時に少しずつ普通の少女の様に悪戯のような事もしている姿が見れた。およそ自らを代償に途轍もない存在を呼び出すような少女には見えない。
おすまししていればどこぞの国の高貴な王女の様に美しく、頑なに変わらないその表情も食事をしている時だけは僅かに緩む。グレイハルトは隠しているらしいが、その時の表情をまるで親目線で見ている事に気付いているだろうか。
そんな平穏な状況とは裏腹に、俺達は死地に向かって突き進んでいる。周囲のモンスターはどれもが小さな町程度なら1体で壊滅させてしまう様なそれらが少し進むだけで現れるのは精神の消耗がきつい。例え一流のモンスター狩りや英雄達であろうとも、この程度の数であれだけのモンスターと戦えばただでは済まないだろう。
俺が戦えているのは前に地下で手に入れた武具や、魔術による補助、長年の経験、そして・・・力を貸してくれている闇の存在のお陰だ。名前をオイシミにつけられたようだが、その名前を彼女以外が紡ぐのを極端に嫌がっているのが分かる。
つい名前を呼びそうになった瞬間、ともすれば首が刎ね飛ばされたのではないかと思うほどの殺意が圧縮して叩きつけられたのだ。オイシミが呼び出す存在とは根本的に違うそれは、あれらよりは幾分か弱いのかもしれないが、だからといって俺達ではどうしようもない存在だと改めて気づかされる。
周囲のモンスターの襲撃率が低いのにはあれが居るおかげも大いにある。だがそれ以上に奴らに何かがあったのだろう、俺達が進んできた方向に向かってモンスター達が向かっているのだ。あれほどの数が警戒し、向かっているという事は可能性としては災厄辺りでも近づいているのかもしれない。
正直勘弁してほしい所だ。
今の俺でも災厄相手ではまともに戦えるかわからない。一瞬で殺されて終わる可能性の方が高い、あれらはどうしようもないから災厄なのだ。確かにオイシミが居れば勝てるだろう。あのカーオーンを倒した存在の様に、あの子が呼び出す存在のどれか1体でもいれば・・・
だが、あの時聞かされた言葉通りならば、あの子の力は使わせる訳にはいかない。使ってもあと1回、人類の壁を越えた時だ。その時邪神軍がどうなるかははっきり言って予想がつかない。
かの存在達が負けるとは思わない、思わないが、俺程度の頭ではその後を予想も想像も出来ないからだ。倒し切れるとは信じている・・・いや倒してほしい。そうしなければオイシミはきっと再び力を使うだろう。
そう・・・力を使うのだ。
今は普通の少女の様に動く事が出来る、しかし後1回使った時・・・あの子がどうなるかは大体想像がついている。
薬のお陰で回復はしただろう、それでも死なないだけという可能性がある。そのまま死んでしまう可能性がある。あぁ、そうだ。俺は恐ろしいのだ、オイシミを失うのが。このどこまでも優しい少女を失うのが。
ガイウス、お前が生きていたらこの子をここまで連れてくる事を良しとしただろうか? お前は俺以上に子供が好きだった。お前だったらそもそも止めていたかもしれん。それでもオイシミは1人でも向かっていたかもしれないが。
これはまるで少女の死出の旅だ。あの子は死ぬつもりはないのだろう、これが終わったら美味しいものを食べに行く旅がしたいと言っているのだから。出来うるならば俺もこの子の歩みを止めてやりたい、今からでも諦めさせて彼女の夢を叶えてやった方がいいのではないかと思う事さえある。
俺に力があればそうする事もできたのだ。
だが、俺もグレイハルトも・・・あまりにも彼女の呼び出す力の前には無力だ。邪神軍相手に善戦する事も出来ず押しつぶされて死ぬか、壊されて死ぬだろう。災厄の前では、座り込んで祈りを捧げせめて苦しまない様に殺してくれとしか願う事が出来ない存在だ。
オイシミは、そんな存在すら容易く凌駕出来るのだ。どうして、どうしてこの子がと思う。いや、力がある事自体はもう気にしていない。
だがその力の代償が、余りに、余りに酷いではないか。
普通の少女なのだ、少し変わっているかもしれないが、人に優しく、楽しい事が好きで、美味しいものが好きで、遊んだりして時々はにかんだような笑みを浮かべる普通の少女なのだ。
どうしてそんな少女が世界から、世界と言う曖昧なそれから排斥されなくてはならないのだ。なぜ邪神軍や災厄ではなく、この少女なのだ?
世界は、この世界と神は邪神軍や災厄よりもこの子を害悪と見ているという事なのか? 世界を壊し続けているそれらよりも、この子を疎むというのか?
あぁ、くそったれだ。
ガキの頃から思っていたが、神々も、この世界も終わっている。いっそオイシミの力で邪神軍や災厄だけと言わず、世界も神も壊してくれればなんて本末転倒な事を考えてしまう。
今もリアカーの上で、窶れ人であるカルに子供らしく悪戯をしている姿が見える。基本的に表情筋が死んでるのかと思われるほど表情が基本無表情ではあるが、それでも今の様子はまるで悪戯娘の様に見えた。
カルの方も困ったようにそれを甘んじて受け入れているのだから不思議なものだ。窶れ人が普通の人間以上の賢さを持ち、理性と自制心を持っている姿は驚愕に値する。もしそれが普通に敵側に、邪神軍側にいたとすれば将来は恐ろしい魔将になる可能性があるだろう。
それほどカルは理解力が高い。おおよそ窶れとは思えない。オイシミがゴブなんとかと言っていたが、それが関係しているのだろうか。
あぁ、もう一つの問題があった。カルの事だ。
あれは人ではなく窶れだ。人間から落ちた窶れでなり立てならばまだ通れる可能性はあったかもしれないが、恐らくカルは窶れから生まれた純正な窶れ人だろう。その生態はすでにモンスター達と何ら変わらない。門を通る時に弾かれる可能性が高いという事だけはすでにオイシミにもカルにも伝えておいた。
その場合はそこで隠れて待機しているようには伝えたが、オイシミはあまり深く理解していないのか、聞いていないのか、平気としか言わなかった。まぁ、通れたとしても通れなかったとしてもどちらにせよカルでは戦力にならないので、どちらでもいいのだが。
いやそれに限って言えば俺とグレイハルトも同じか。あの圧倒的な力の前では俺とカルの力の差などない様なものだ。
目的地は直ぐそこにある。
最初はとても頼もしく見えたそれ、逃げる時はまるで逃がさないという様に恐ろしさを感じたそれ・・・今も所々欠けた部分はここからでも見えるが依然として圧倒的な存在感を示す、人の最後の希望。
まさか戻ってくるとは思わなかったが・・・ガイウスが居たらお前はなんと言っただろうな? 恐らく大体俺と変わらない感想だとは思うが。
後少しの旅路で俺達はそこに到着する。
英雄達は、勇者達は生きて戦っているのか、それとも・・・何にせよ、俺達の旅はもう少しで終幕を迎えるだろう。
出来れば、その後にあの子が笑って旅が出来るように・・・俺は神でも世界でもなく、共に生きた友に願った。