意識が覚醒する。
どくんどくんと、血が巡っていくのを感じる。
そして同時に全身から血の気が引くのを感じる。
あぁ、我が姫よ・・・貴女はいつもそうだ。
誰かのために
誰かのために
自分という全てをないがしろにして
自分というリソースを切り捨てて、誰かのために手を差し伸べる。
ならば私がやる事はただ一つ。
目の前には塵芥ども、どれもこれも矮小でありかの世界の下等生物どもを思い出す。何かを叫んでいるようだが、我にとって貴様等はただ一つの例外もなく、この世にあってはならない塵芥である。
邪神軍、邪神を謳うか。
たかが、その程度の力で、数のみで、邪神を謳うか。
愚かな、あまりに愚か。その程度の邪悪で、その程度の殺戮程度で、たかが下等生物が下等生物と争い合っているだけではないか。なんと本末転倒、ここに我が姫がいなければ、我が姫が関わっていなければ、呵々大笑していた所だ。
寧ろ、もっと誘ってやろうではないか、本当の邪悪とは何かを教えてやろうではないか。たかが多少の力を持った程度の塵芥が声色高く何を叫ぶ。
我が威容を見て戦場が止まってしまうほど、弱い下等生物は我を見て崩壊していくほどに脆弱で、貧弱で、意志も力もない、そんな愚か者どもが。
真に邪竜たる我に対し、邪神の軍を謳うとは片腹痛いわ。
軽く威圧を込めて咆哮をあげれば周りの塵芥どもが軽々しく吹き飛んでいく。なんと情けないことか、ただ軽く咆哮を上げただけで貴様等の謳う邪神軍とやらはほぼ壊滅しているではないか。その程度で何を偉そうにしているのか。
たかがこの程度の力で、我が姫の心を傷つけたというのか。
許せぬ、許してはならぬ。
この程度全て滅ぼして・・・・いや、それはならぬ。我は誇り高き姫の竜。かの世界にて姫を背中に乗せたあの日々、それを汚してしまうのはあってはならない。故に、我が後ろで怯えている塵芥には手を出す訳にはいかぬ。
だが、しかし。こいつらも所詮は塵芥、この後我が姫に何をするかは予想もつく。故に呪いをかけておくとしよう。殺す事はない、ただし未来永劫、我が姫に対し悪意を持った者、害意を持った者、殺意を抱いたものには、近く様々な理由で全てが破滅していく呪いだ。
殺す事はない、我が姫はこのような塵芥どもであろうとも、死ねば悲しんでしまうのだから。
それにしても、邪神軍。
貴様等は本当に邪神を謳っているのか? 我が咆哮一つで何もできず半壊し、怒りと憎しみを抱え襲い掛かってくるかと思えば我先にと逃げていこうとする。逃げずに残っているのは意志もない様なただの死者や恐怖で縛り付けられ逃げる奴等の壁にされた下等生物のみ。
愚か。
あまりに愚か。
我を愚弄しているのか。
目の前には我の数倍小さい、蜥蜴の下等生物。これで我と同じ竜と嘯くか。軽く腕を振るえば何をされたのか理解も出来ず細切れになる蜥蜴ども。
逃げられると思っているのか? 逃げ切れると思っているのか?
我はもう逃す事はない、情ゆえに見逃す事もない。
我が敵は我が姫の敵は、全てを塵殺するのみ。
たった一息。多少程度の力を込めた我のブレスが塵芥どもを全て消し飛ばした。ふと後ろを見れば、恐怖に歪んだ塵芥共通の瞳・・・・と思っていたがその中に一つだけ違う物があった。
それは我が姫が助けようとした塵芥の二つの内のひとつ。
既に片方は尽きているらしいが、その瞳は恐怖も宿ってはいるが、力強くそして安心したような色を湛えていた。
ふと心の中を覗いてみれば、他の塵芥と違い我が姫を思いやっているのが分かる。何を偉そうと吹き飛ばしてやりたくはなったが、それでは本末転倒。
近場には我を呼び出すために傷を負い眠っている姫とそれを抱えている塵芥。傷はすでに治っているが、我が力で完全に癒しておく事にしよう。
また貴女を背に乗せて世界を回りたい。意識のある時に我が名を呼んでいただきたい。分かっている、彼女は夢幻の中に揺蕩っている事も、我等の事をほとんど覚えていない事も。だがそれでも・・・
同胞であろうと絶対に下げる事のない我が頭を垂らし、我が姫の近くまで顔を近づける。我が力をもって周辺の害意から守る防壁を。
恐らくは、またいつもの様に下等生物達は無意味に我が姫を傷つけようとするだろう。我に恐怖しつつ、それで尚我等を怒らせようとする愚かな行為。
だが、これがあれば必ず守り切れる。我が姫の望みさえなければ、周辺残りの塵芥どもすべて、それ等がこしらえた子供の砂山の様な城も全て破壊してやろうと思ったが、今は戻る事にしよう。
あぁ、我が姫よ。
----------------よ。
願わくば、今度こそ、今度こそ、貴女が幸せな世界で生きられるように。
【世界の敵対者・竜神:名を持たぬ邪悪】
それは不滅、それは不死、永遠に存在しつづけるあらゆる邪悪の根源
その世界の敵対者であり、あらゆる生命体の敵対者。
あらゆるものの敵であり、必ず滅ぼさなければならない存在
存在した時からそう定義され、それを疑わず、それをこなした。
そして敗北を約束されていた。
少女が泣いていた。
少女が泣いていたのだ。
世界の敵対者であるそれに、恐怖からでも同情からでもなく
ただ、涙し、小さな身体総てで抱きしめて
その時に初めてそれは充実を得た。
あってはならない、充実を得た。
故に、竜の神は頭を垂らす。
塵芥よ滅びよ。
我が姫の為に、全て滅びよ。