そう言えば少し前の事を思い出す。
あれは町に辿り着く前の俺と二人での旅の途中の事だ。一体の窶れ人が襲い掛かってきた。こんな所で一体だけでだ。腹を見れば子供を宿しているのが分かる。
窶れ人になってしまうと、生まれてくる子供も自動的に窶れ人になる。そしてそれらは普通の窶れ人より強くなることが多い、故に女性の窶れ人は見つけ次第処分するのが決まっているが、これは運よく逃げおおせたのだろう。
元々は綺麗だったかもしれない髪の毛を振り回し、裂けた口からは涎が溢れ、目は赤く充血し白い部分が消え失せている。何処かで見た事がある様な気が一瞬したが、直ぐ思い出す事になる。
最初は怯えていた窶れ人だが、後ろで庇われているオイシミを見た瞬間、全身をわなわなと震わせ―
【あぎゃああああああああああああああああああああああ!!! コロス! コロス! オマ、 オマエエエエエエノオ・・・! セエエエエエエ!!】
窶れ人になってしまうと普通の言葉は喋れなくなる。声帯が崩れまともな言葉が話せないとは誰かから聞いた事があるが、その声はまさしく、オイシミに向けて放った怨嗟の声だ。
持っていたこん棒を振りかざしいきりたって、俺を無視して彼女に突撃するのを見逃すほど優しくはない。
剣を薙ぎ払い片方の腕を断ち切り吹き飛ばす。本当は真横に両断するつもりでいたが、運よくよけられてしまった。そして思い出す、これと同じような髪形をした死にかけていた少女の姿を。
奴等から聞いた話が確かならば、恐らくは他の仲間と一緒にオイシミを攫い商人に売りつけに行った子供の一人だろう。辿り着いた時には既に死にかけていたし、壊れていた。そこからまさか窶れ人になっていたとは思いもよらない。
更にはあの都市からここまでたった一人で歩いてきたと思うと驚嘆を禁じ得ないが、確かにスラムの子供、本来ならば多少なりとも同情の念がないわけではないが、こいつらはオイシミを攫い売りつけ、相手に騙されてこうなったのだ。それをオイシミの所為にして襲い掛かるのは違うだろう。
どちらにしても生かしておく訳にもいかず、きっちり止めを刺した。
後ろを見るとオイシミがいつもよりも悲しい表情で俺を止めようとしていたのか、両手を前に突き出している姿が見える。
多分オイシミはこれが彼女をさらった少女の成れの果てだとは分かっていないだろう。ゆっくりと俺に近づいて小さな体では届かないと、背中をぽふぽふと叩き、死亡した窶れ人の少女に向かって歩き出す。
壮絶な表情で息絶えているそれの顔を覆うと、開いていた瞳は閉じられていた。せめて安らかにと言わんばかりに、いつものようにオイシミは襲われていた自分より誰かの心配をしているのだろう。
普段は、相応に自由で子供っぽい所があるのに、妙な所でドライであり、同時に自分より誰かを優先してしまう少女。
唯一、食べ物を食べている時だけ年相応の表情を見せてくれる。
俺に出会うまでオイシミはたった一人で生きていたのだろうか。この子の親は、知り合いは、それを聞くのは憚られた。
たった一人であてもなく旅をしていた時点で聞いてはならない事だろうと流石の俺も思ったからだ。
いつかこの子から話してくれる時が来るだろうか。
それとも俺が聞いた方がいいのだろうか。こんな地獄で一人で生きていた少女にこれ以上の傷を与えてしまう事にならないだろうか。
こんな時ガイウスなら、もっとうまくやれたのだろうなと思う。
俺が出来るのはこの子を安全な場所に送り届ける事だけだ。
※
町を出てそれなりに日が過ぎた。いまだに目的地は遠い。
馬車を使えれば良かったのだが、そもそも山を登るのに馬車は使い辛く、そもそもアキンソンも馬車を失っている。仕方なくオイシミ含めて全員で徒歩で旅を続けていた。
時々アキンソンが彼女をおんぶしようとするが、ふるふると小さく頭を振り、自分の足で歩いて行く。これ以上迷惑をかけたくないと言わんばかりに。
出来れば俺が運んでやりたいが、戦士である俺があの子を抱いて動く訳にもいかず、彼女が疲れない程度のスピードを維持しつつ、それでいて急ぐという無理難題を続けていた。
目的地である魔術都市【マルスィーラ】まではこのペースならば三月以上はかかってしまうだろう。糧食などは出来る限りたくさん積んできたが、恐らくは何処かの山を下りた辺りで何度か補給しなくてはならない。
その度にまた邪神軍やモンスターが襲ってくるようならば・・・何故か、そう何故かオイシミが居る場所に向かってモンスターや邪神軍は襲ってくる。
今の所は偶然で済ましていい回数かもしれないが、それでもこれが続くようならば上位の魔術使いに彼女に呪いがかけられているかどうかを見てもらう必要があるな。
それでなくても、彼女の力は強く恐ろしい。
だからこそ排斥され、助けても恐れられる・・・やめてしまえばいいのにオイシミは使命感か何かに突き動かされるように自らを傷つけ、あの強大な存在を呼び出し全てを守っていく。
やるせないな・・・こんな子供に全てを任せてしまっている現状が。
俺にもう少し力があれば、この子が呼び出す戦士たちの2割や3割でも力があれば・・・いや、そんな力があれば俺もガイウスも諦めて逃げて来てないか。
追い出されるようにあの町を出て暫く、一言も文句を言わずにオイシミは旅についてきていた。
道中モンスターに襲われても、山賊に襲われても、アキンソンに庇われる形ではあるが、一切叫ぶ事もなくそして目を背けるともなく見守り続けているその姿は一種の気高さすら感じられた。
【・・・みないと、だめ、だから】
アキンソンが小さく呟いた彼女の言葉を聞いていたらしい。
このどうしようもない現実を、目を逸らさずに見つめ現実だと理解し、飲み込んでいるのだろう。あんな少女のどこにここまでの精神力があるのかと思う。
怯える事もなく、ただあるがままを見つめ。死んだモンスターや山賊達に向かい両手を組み祈るように見つめていた。
その姿はまるで聖女のようで。
同時にただの少女にも見えた。
その力は驚異的で、恐怖すら感じさせるのに、当の本人は何処までも無垢で、その力も自分の為ではなく誰かのために。
願わくば、彼女が、オイシミが自分の為に祈れるようになってほしい。