人間は、特に練習もしていない事を急にしろ、と言われても出来ないのが当たり前だ。それは不老不死になっても同じことである。つまり、俺はこの700年以内に酒を作った事が無いから、酒を作れないのだ。
「いや、清掃とその他雑務で良いよ」
「あっ、そうですか」
「じゃあ今日からよろしくね」
「宜しくお願いします!」
「なんで敬語?」
「いや、一応就職先ですし…」
「ウチはそういうの気にしないから。気軽にしてね?もちろんお客さんには敬語だけど」
そう言って羽間さんはさっさとカウンターに行ってしまった。どうやら上下関係を余り気にしない人物らしい。しかし、清掃か…それなりに出来るつもりではあるが、なにせこの店の至る所―――気付かれにくい所に置いてあるが、かなり年代物で、今はそれなりに価値がありそうな物が多い。割れ物もその中にあるもんだから絶対に掃除する時に精神を擦り減らされる。しかし、その他雑務か…酒を運んだりするだけで良いのか…?まあ、やるだけやってみるか…
◆◇◆◇
「ハイ!ホウイツ君のもっといいトコ見てみた〜い!イッキ!イッキ!」
あれ、なんで俺はジョッキのビールを一気飲みしているんだ?確か羽間さんにお酒を届けるように言われて…ううむ、頭がくらくらする。
「良い飲みっぷりだね!新人とは思えないよ!」
「ハハハ…そりゃどうも」
まさにガハハ、と言った風に笑っている恰幅の良いおっさんは、大企業の社長なのだと言う。会社名は確か『大ナントカ株式会社』という現在では古風とも言えるものだったはずだ。頭が回らず詳しくは考えられないが、何か凄い人だから断ろうにも断れずこうなったんだっけ…
「今どきこんな度胸のある人間なんてそうそう居ないからな!羽間の嬢ちゃんも良い奴雇ったな!」
「えぇ……」
ジョウチャン?なにいってるんだ?あぁ…一気飲みはからだに悪いってかあさんもいってたなぁ…
「―――」
「あ、倒れた」
目を覚ますと、知らない天井…ではなく、バーのソファに寝かされている様だった。やはり一気飲みのせいだろう。前と違って記憶はあるが、迷惑を掛けていないかが心配だ。そして、水の入ったグラスと共に覗き込んできたのは恰幅の良いおっさん…ではなく、羽間さんだった。
「貴方の一気飲み、好評だったよ。またやって欲しいって」
「ぅぅん…ご遠慮させて頂く」
「初日の勤務態度としては最悪だけど、パフォーマンスとしては最高だったから、明日は勤務態度を最高にしてもらえると助かるよ」
「分かった…」
「まあ取り敢えずは及第点だね。貴方は無一文みたいだから、今日の給料には色を付けておいたよ」
「あぁ…ありがとう…」
そう言うと何やら分厚い封筒の紙袋をカウンターの上に置き、買い出しに出掛けてしまった。昨日今日と気絶してばかりな気がしたが、気にしないようにした。朝から清掃に励んでいた昨日だが、そういえば住む場所が無い。流石にそこまで融通してくれる人間はいないだろうから、探しに行かなければならない。
ゆっくりと腰を上げてカウンターに向かい、茶色の封筒を開けてみる。中に入っているのは紙幣で、『10000』の文字が印刷されている。ひい、ふう、みい、や…初給40万ってどんな金銭感覚してるんだあのマスター。色が付きすぎて元の色が原型を留めていないじゃないか。
まあ、給料は給料だから…そうだ、このお金で住む家を手に入れようではないか。
◆◇◆◇
久しぶりに日の光を浴びている気がする。着る服が無いから給仕服を着たままなのもどうにか解消したいが、まずは家だ。手軽に使えるような…そう、スマホのような電子機器を持っていない俺からすれば、まずは不動産屋を見つけること自体が困難だ。季節が春なのは良いが、それでも長時間歩くとなると疲労が溜まる。…というか、なんでこんなにも不動産屋が見つからないんだ。日本なら適当に歩いていても10分程で一軒は見つかるはずなのに、30分経っても一向に見つからない。
「どこだ〜。不動産屋はどこだ〜」
…と、言った所で一軒の不動産屋を見つけた。遠くに看板があるが…『1日不動産』?変わった名前の不動産屋もあるもんだ。
数分ほど歩いて、漸くその看板まで辿り着いた。まだ星に住み始めて早いからだろうか、小綺麗なビルだった。その割に看板は古めかしいが。しかし、ガラス張りの扉の中には、
だがここで700年生きてきたことで養われた運が発揮されたのか、一人の女性に声を掛けられた。
「あの、うちに何か用でしょうか…?」
視線を向けた先に居たのは良く言えば聖母のような、悪く言えば序盤で死ぬ主人公の母親みたいな髪型をした儚げな人だった。しかし、ナニがとは言わないがデカい。セーターを着ているのも余計にけしから―――いかん、本来の目的を忘却の彼方へ放り投げる所だった。
「すいません、ここって不動産屋ですよね?」
「―――あぁ、そういうことですね。どっちかと言うと今は『やってない』よりかは『やれない』の方が正しいんですけど…」
女性は纏う雰囲気とは真逆の快活な声で答えた。それより、『やれない』とはどういう事だ?
「…それは一体どういう事で?」
「もしかして最近ここに来た人ですか?そうですよね、地球ではこんな事無かったですもんね。ちょっと説明しましょうか。折角尋ねてくれたのですから、どうぞ家の中に入って下さい」
「む、じゃあお言葉に甘えて…」
…決して釣られた訳じゃない、情報収集の一環だ。やましい考えなんて2つも無いからな。
―――話は変わるが、ビルの中は妙にさっぱりしていた。簡易的な机と椅子が置かれているだけで、他には何も無い。強いて言うのであれば、『なんどめだナウシカ』という謎の習字が掛けられているぐらいか。
「ここは『
「それは何故?」
「簡単ですよ。この星の全部の土地を各自治体が管理しているからです。新しい星で新しい環境で混乱が続くだろうから、一年間は交通や土地の売買などは全て国営にするという事になりますね。」
「―――へぇ」
「国営不動産は区役所の横にあるので、地図が無くてもすぐに着くと思います……あ、取引の際には身分証明書が必要になるので、直接行かない方が良いですよ」
また絶対に調達出来ない物が必要となってしまった。もうここは大真面目に『俺不老不死なんです!』って言って戸籍を作りに行くのも良いかも知れないな…無理だけど。絶対に大騒ぎになる。
「―――それと、疑う訳じゃないんですけど、今まで何人かここまでやってきた人が居るんです…でも、その誰もが戸籍を持ってない違法入国者だったんですよ。」
ぎくり、と音がしたような気がする。さっきまで温厚そうだった眼は何時の間にか値踏みする物に変わっていて、気圧が急に上昇した気がした。
「―――一応聞くんですけど…戸籍、あります?」
「も、黙秘権は」
「無しです。警察に突き出しますよ」
もうそこまで言われたら四面楚歌だ。クソっ、やっぱり人は見た目で判断しちゃいけなかったのか…
「戸籍、持ってないです…」
「まあそうでしょうね。じゃあ…取引としましょうか」
は?
「このビルは三階建てなんですけど…三階に私が住んでて、二階に父が住む予定だったんですけどこの星に来た直後に死んじゃったんです。なので、部屋が空いてるんですけど―――この辺りの家賃の相場が7万円なんです。そこを30万円でどうです?今、私金欠なんですよ。それぐらいの家賃でも十分少なくしてると思うんですけどね」
…予想より十倍の腹黒美女に出会ってしまったな。
「で、どうするんです?」
「是非買わせて頂きます」
「ありがとうございます!あっ、まだ名前言ってませんでしたね。私、
「ハハハ…こちらこそ…」
郷追法五、728歳。初めて人生で心から震え上がりました。