『魔法使い』がフォンテーヌ勢の心をぐちゃぐちゃにする話   作:性癖に従え

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注意書きの方は最初の話に書いてあります
そちらの方を一読していただけると助かります

注意書きを無視した際の批判、中傷は受け付けません

それでもよろしければ、読んでいただけると幸いです↓


『魔法使い』がフォンテーヌ勢の心をぐちゃぐちゃにする話 「転」

 

「よいしょっと、って、あれ?」

 

珍しく足元から寒いからという理由で着ていた黒色のコートを翻させて、かっこよく着地できた。

けれど、誰の気配も、声もしない。ぱちぱちと目を瞬かせる。いつもならフリーナかヌヴィレット君がいるはずなんだけど……。

 

「あ、書き置きがある」

 

お土産をどこに置こうかと迷っていた際に、執務室の机に書き置きが。

 

【ごきげんよう、縁!これを読んでいるということは、僕もヌヴィレットも傍にいないということだね。

前回、君がこの僕をお茶会に招待してくれただろう?ただ、生憎と僕は忙しい身なんだ。残念だが、お茶会はまた後日とさせてもらおう。主役の僕がいないと、つまらないからね!

あと、ヌヴィレットは仕事に加えて最高審判官として働かなければいけないから、今回は会えることはないと思う。申し訳ないが、会うことができるのは、また次の機会だね。

あ、お土産はもちろん、置いていってくれたまえよ?今度会った時に、感想を教えてあげるからね!!】

 

最後に「フリーナ」というサインがあることから、この書き置きがフリーナのものであることが分かった。そして内容としては、今回は二人には会えない、と言うことらしい。

 

(うーん、残念だなぁ)

 

今日のお土産は、すぐに感想が欲しいものだったのに。それが聞けないのは少し困る。が、また今度聞けばいいか、と思い直す。虹色の金平糖はまだあるし、きっと、またここに来ることができるはずだ。その書き置きに【了解、また会いに来るからな!】と返事をする。

そして砂時計を見てみる。今回はいったい、どれくらいの時間を滞在できるのか……。

 

「……あれ?」

 

砂時計の砂が、どちらにもない。上も下も、空洞のままだ。これはいったい、どうなってる?いつもと違う。だっていつもは、ちゃんと砂時計として「機能」していたんだから。その役割すら放棄したこれは、何を意味するんだ。なんとなく寒気がして、自分の腕をさする。ぞわぞわ、ぞわぞわ。これは何なんだ……?

 

「なんだろう、この、嫌な感じ……」

 

大切に書いていた台本を無理やり書き換えられたような、考えていた幸せなサプライズを台無しにされたような、心がぐちゃぐちゃになる感じ。

もしかして、これが第六感の直感ってやつなのか?それとも、虫の知らせ?分からない、分からない。けれど、震えが止まらない。とてつもなく、嫌な予感がする。このままじゃ、取り返しのつかなくなるような、そんな出来事が起こる気がする。

 

「でも、どうすればいい……?」

 

オレはこの世界、テイワットでは部外者の存在。そんなオレは、この基本的にパレ・メルモニアの執務室から出ることを許されていない。例外として、フリーナの自室に招待されるときもあるが、それはフリーナがオレを堂々と「客人」として扱ってくれているからだ。

そんな、本来ここにいてはいけないオレが、この執務室から出るわけにはいかない。でも、この嫌な予感を、そのままにしてはいけない気がする。どうする、どうすればいいんだ……。

 

「え、」

 

瞬間、虹色の光がオレを包む。

けれど、時計が高速で回る音は聞こえない。いつもとは違う、何が起きているか分からないそれに、引きつった声が出る。けれど、その声が誰にも、自分の耳に入ることもなく。

 

 

オレの意識は白く塗りつぶされた

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

気づけば、執務室とは違う場所にいた。

両脇には通路沿いに草木が生えており、綺麗な花も咲いている。周りを見渡すが、人は一人もいない。どうやらオレは、よくわからない場所に移動してしまったようだ。この年にして迷子か、と遠い目にあるが、その前にここがどこであるかを知らなければいけない。周りを見渡し、歩きながら考える。

 

(オレはどうしてここに移動したんだ……?)

 

あの虹色の光は、間違いなく金平糖から放たれたものだ。けれど、今までこんなことはなかった。だって、あの光はオレがテイワットに来る際と、自分が帰る際にしか光らないのだから。そして、気になるのが、いつの間にか手に持っていた頑丈そうな傘と、ポケットに入っていた砂時計。上にも下にも、砂がない。まるでそう、時が止まったような、もう進む時間が存在しない、みたいな。

 

「いや、変なことを考えるな」

 

ふるふると首を横に振り、嫌な考えを止め、この状況の解析を進める。イレギュラーなことが多すぎて頭がパンクしそうだが、一つ一つ咀嚼していれば大丈夫なはずだ。大丈夫なはず、なんだ……。

そんな時、ぽつり、ぽつりと上から水滴が。

 

「うっわ、嘘だろ!?」

 

空を見上げれば、灰色の雲が空を覆い隠している。今にも雨が降りそうなそれに、とりあえず傘を差さなければ、と開く。その時、目の前に見覚えのある姿があった。

 

「あれ、カロレちゃん!?」

「あ、縁さん!お外で会うなんて、初めてですね!!」

 

耳をぴょこぴょこさせてやって来たカロレちゃん。その手にはオレと同じく傘があった。

 

「それにしても、こんなルキナの泉から外れた道にいるなんて、どうしたんですか?」

「いや、オレにもそれが分からなくて……。って、カロレちゃんこそ、なんでここに?」

「今日、雨が降るのを忘れてしまっていたので、お店で傘を買って来たんです。そしたら、『至急ルキナの泉に来てほしい』って女性の方に言われまして……。それで向かってる最中でした!」

「そ、そうなんだ……。って、あれ?」

 

そこでようやく違和感に気づく、いや、正しくは前回来た時のことだ。

確か、前回、俺たちは旧勢力派のことについて詳しく話し合ったはずだ。そう、もしかしたら、カロレちゃんの身に何かが起こる可能性があることを。それを三人が忘れているなんて絶対にありえない。ヌヴィレット君はカロレちゃんを大事にしているし、ヴォートランさんだって影ながら彼女を守ろうとしている。そしてカロレちゃんも、その危険性を知っているはずだ。いくらメリュジーヌだからと言って、前回のことを忘れているはずがない。それに、今が前回からどれだけ経ったか分からないが、ヌヴィレット君も、ヴォートランさんも、カロレちゃんにはきっと言い聞かせているはずだ。「絶対に一人で行動するな、信頼できる者と一緒にいろ」と。

 

なのに、カロレちゃんは今は一人。しかも、カロレちゃんはそれを全然気にしていない。どういうことだ、と考えているオレを、カロレちゃんは覗き込む。

 

「どうしました、縁さん?」

「……カロレちゃん、なんで今、一人でいるんだ?」

「ああ、そのことですね!先ほどまで特巡隊の方と一緒にいたんですが、他の方から大事な相談を持ち掛けられたらしくて……。なので、私一人で向かおうかと!」

 

あ、小雨が降って来ちゃいましたね。風邪をひかないように気を付けてくださいね!

 

にこにこにこにこ。

純粋無垢な、かわいい笑顔。けれどオレはそれを見て、ぞわりと嫌な汗が、降ってきた雨と一緒に落ちていく気がした。

 

一緒にいた特巡隊の人に「大事な相談」。そして「至急ルキナの泉に行くように」という要求。メリュジーヌであるカロレちゃんは、善性で、温厚で、優しいから、どんな人間に対しても友好的な態度をとる。だから、特巡隊の人とその相談相手の邪魔をしないようにする。そして、自分に言われた要求を、必ず呑む。たった、一人でも。その願いを、完遂させるために。

 

「カロレ、ちゃん」

「どうしました?縁さん」

 

雨音が響く中、カロレちゃんの子供のような、高い声が聞こえる。こてん、と首をかしげて問いかけてくる彼女に、オレは口を開く。自分の声が震えないようにと『演技』しながら。

 

「ルキナの泉ってところに行くのはさ、特巡隊の人を待ってからでもいいんじゃないか?ほら、複数人いたほうが、その用事も早く済むかもしれないし」

「うーん……そうすることも考えたんですけど、女性の方が『今すぐにでも行ってください、お願いします!』って言ってたので……。だったら、私一人でも行かなきゃ!」

 

意志のこもった、彼女の姿。

けれど、その言葉に、自分の推測に、震えが止まらない。嫌な予感がずっとして、頭がずきずきする。くらくらくらくら、視界が揺れる。吸い込んだ息が、冷たくて痛い。自分の顔から血の気の抜ける感覚がする。

ああ、でも、思考を止めることは、許されない。

 

(カロレちゃんの意志は固い。きっと、オレが何を言おうと彼女は言われた場所に向かう。ここからルキナの泉って場所がどれくらいの距離か分からない。じゃあ、ここで話をして時間を潰させる?いや、無理だ。さっきも言ってた通り、「今すぐにでも向かってください」って言われてる。それを彼女が破るはずがない。じゃあ、さっきの虹色の金平糖でフリーナかヌヴィレット君かヴォートランさんのところへ移動をしてみる?不可能だ。自分でも、どんな法則で飛ばされるか分からない!)

 

(そもそも、これは旧勢力派の人間たちの罠なのか?罠じゃない可能性は……ああ、だめだ、分からない!それに、ここでメリュジーヌを代表し、人間と交友を深めることを『平和勲章』を持って証明しているカロレちゃんが、特定の人間の『お願い』を叶えなかったら、それこそメリュジーヌの印象が悪くなる!!極論かもしれないけど、最悪の場合はそうなる!!)

 

どうすればいい、オレはどう行動すればいい!?

オレはパレ・メルモニアの執務室に居続けたことから、フォンテーヌの事情は若干知っている。けれど、本当に若干ってだけだ。だって、あそこから外に出ることはしなかった、出来なかったから!この目でフリーナ、ヌヴィレット君、カロレちゃん、ヴォートランさん以外のフォンテーヌに住む存在を見たことはない!!そして、メリュジーヌが今どんな扱いを受けているのかも、全部分からない!!

 

 

頭の中がぐちゃぐちゃだ。雨が降っているせいなのか、それとも嫌な予感が止まらないせいなのか、悪寒がする。このまま彼女を行かせてはいけない。分かっている、分かっているのに、その方法が見つからない。

 

(っ、なら!)

 

そうだ、この手があった。混乱しすぎて、この選択肢を思いつくことができなかった。そうだ、彼女一人で行くんじゃない、オレ合わせて二人で行けばいいんだ。

すう、と雨によって冷たくなった空気を取り込む。冷静になれ、桜咲縁。大丈夫だ、優しいカロレちゃんならオレの提案を拒否することはない。そして、オレの『演技』は彼女を騙せる。自信を持て。彼女に何もなければそれでいいんだから。

未だにオレの顔を覗き込んでいるカロレちゃんと視線を合わせるために、その場に跪く。そして彼女の目をしっかり見つめながら、口を開いた。

 

「カロレちゃん、その頼み事、オレにも手伝わせてくれないかな?」

「え、そんな、大丈夫ですよ!」

「んー、でもオレさ、初めてパレ・メルモニアから出てきたから、外のこと全然知らないんだよ。だから何をしていいのか、どこに何があるのか分からなくて。だから、その頼み事が終わったら、特巡隊の人と合流して、案内してくれないかな?……だめ?」

 

わざと困ったような顔をしてそう言うと、カロレちゃんは少し考えた後「わかりました!」と頷いた。

 

「そうですよね、縁さんはパレ・メルモニアから出れなかったんですから、フォンテーヌに何があるのか知らないの、すっかり忘れてました!安心してください、ちゃんと私が案内しますから!フリーナ様とヌヴィレット様が愛する、この素晴らしいフォンテーヌを!」

「うん、ありがとう。カロレちゃん」

 

よかった、作戦は上手くいったみたいだ。

ぴょんぴょんと上機嫌に歩くカロレちゃんの横で、警戒しながら歩く。そうだ、この警戒も、嫌な予感も、全部、無駄なものだったとなればいいんだ。そうすれば、ただの気のせいだったって言えるから。心配性なだけだって言えるから。

 

 

けれど、オレは甘かった。

 

 

こんなことになるなら、無理やりにでも彼女を止めればよかった

 

 

 

 

 

 

 

 

始まりは、目的の場所である、ルキナの泉に着いた時だ。

小雨が降っていることで、みんな傘を差していて、誰がどんな顔をしているのかよく見えない。いや、そもそも誰かも分からない。傘の模様と、ちらりと見える服装から察するしかない。

そんな中、「寒いだろう」ということでオレの着ていた黒いコートを(無理やりに近い形で)着たカロレちゃんは「確か場所は、ここでした!」とルキナの泉から少し離れた、人通りの少ない場所に案内された。雨のせいで滑りそうなのを気を付けながら。そして、目的の場所に到着した時だ。傘を差した男性二人が、向かい合って話し合っている姿があった。

 

『あ、こんにちは!』

『こんにちは』

 

律儀にも挨拶をするカロレちゃんに続いて頭を軽く下げ、会釈をした瞬間、その視界に入った片方の男性の右手が、相手の男性に向かって、銀色のなにかを取り出す。

止める暇なんてなく、それが、ナイフが正面から心臓に突き刺さるのを、見ていることしかできなかった。

 

『ひっ!』

 

カロレちゃんの悲鳴が上がり、あまりの恐怖にその手から傘が落ちる。その事態に追いつかなかったオレの目の前で、刺した男はそのナイフを素早く引き抜くと、その体を、死体をこちらへと蹴り跳ばす。ちょうど傘を落としてしまった、カロレちゃんに向かって。

 

『っ、カロレちゃん!!』

 

とっさに庇おうと、彼女の前に滑り込み、傘でその死体を受け止める。ずるり、と鈍い動きで、死体が傘をなぞって落ちていく。びちゃり、と大量に出血した赤い色の液体が、地面と傘を染め上げる。後ろにいる彼女は衝撃と恐怖のあまり、硬直して動きが取れない。からん、と近くにナイフが落ちている。気が付けば、ナイフを持っていた男性は消えていた。

って、それを気にするのは後だ!!

 

『大丈夫か、カロレちゃん!!』

『あ、えにし、さん……』

 

がたがたと震えるカロレちゃんを抱きしめ、安心させるように背中を撫でる。視界の端にある、だらりと力のない、魂のない体に、ひゅ、と息を呑むが、そんなことを気にしている暇はない。自分の中の恐怖を殺し、カロレちゃんと共に、警察隊を呼ぼうとする。

いや、呼ぼうとした。

 

 

 

『きゃぁぁあああああ!!誰か、誰か来て!!』

 

 

 

女性の、甲高い悲鳴。

そちらを見れば、目を見開き叫んでいるドレスを着た、女性の姿が。その尋常じゃない状態に、他の人たちも駆けつけてくる。そしてオレとカロレちゃん、地面に転がった死体を見て、各々目を見開き、悲鳴を上げた。

その人たちに、恐怖で震える声で呼びかける。

 

『と、とにかく警察隊を、警察隊を呼んでください!!それか特巡隊を!犯人は近くに、』

 

 

『犯人はあのメリュジーヌよ!!』

 

 

オレこの言葉を遮るように、ドレスの女性がそう叫ぶ。は、と理解できないオレと、未だに怯えるカロレちゃんを指さしながら、女性は続ける。

 

『私は見たわ!あのメリュジーヌが、その倒れている男性を刺したところを!無防備な背中に、ナイフを突き立てる様を!!』

 

悲鳴混じりに、大声で言う女性。事実無根のそれに反論しようとして、またどこからか声が聞こえてきた。その声の持ち主を見れば、そこにはクラバットを結んだ男性だった。その人はドレスの女性と同じくらいの大きな声で、こちらを見ながら叫ぶ。

 

『俺も目撃した!見ろ、あのメリュジーヌは「平和勲章」の持ち主だ!最高審判官に人間との平和を誓ったメリュジーヌが、人間を殺したぞ!!』

 

ざっと頭から血の気が引く感覚がする。そこでようやく、オレとカロレちゃんは罠に嵌められたんだと気付く。あの男性を殺す場面を見せたのは、カロレちゃんを混乱させて留まらせるため。その死体をこちらに蹴り飛ばしたのは、死体の血を、あわよくばその死体で身動きを取れなくさせるため。男性を刺した血の付いたナイフを放ったのも、こちらが刺したと勘違いさせるため。しかも、今は雨が降っている。傘で顔を隠すのなんて、造作ない。全部全部、仕組まれていたんだ。カロレちゃんを、事件の犯人にするために!!

 

(くそっ!なんでオレは気が付かなかったんだ!!)

 

あんなにヌヴィレット君たちに「気を付けてくれ」と言っておきながら、オレは警戒を怠っていた。彼らからずっと楽観視できる状態じゃないと、人間とメリュジーヌの信頼は薄氷の上に立っていると知っておきながら、なんで……!!

 

徐々に徐々に、周りの人たちの目が鋭くなっていく。聞こえてくる会話は、不穏なものに変わっていく。

 

 

「メリュジーヌが人間を殺した?しかも、『平和勲章』を貰ったメリュジーヌが?」

「じゃあ、これまで友好的な態度をとっていたのは、俺たち人間を誤魔化すためか?」

「そうよ、そうに決まってる!きっと内心、ずっと人間を殺すことを考えてたんだわ!!」

「やっぱり、他の種族なんて信頼できない!」

「こんな種族を連れてきたヌヴィレットが、この事件の原因よ!!」

「改革なんてしなければ、こんなことにならなかったんだ!!」

 

 

 

『『『『『出ていけ!出ていけ!!』』』』』』

 

 

 

ぎらぎらぎらぎら。

一人の狂気が、どんどん伝染していく。怒りと憎悪に満ちた声が、ぐわんぐわんと反響する。もはや正気でいる存在はごくわずかだろう。ほとんどの人間は、オレたちに、メリュジーヌであるカロレちゃんへ狂気と憎悪を向けている。それに気圧されて動けないオレの服を、がたがたと震えた小さな手が握る。振り返れば、そこには泣くのを必死にこらえているカロレちゃんがいて。その姿に、脳内で自分を殴り飛ばす。

 

(何をのんきにしてるんだよ、オレは!!)

 

この場で一番怖いのはオレじゃない。カロレちゃんだ。純粋で、優しくて、いきなり空中から現れた得体のしれないオレを受け入れてくれた、かわいい子。そんな彼女が、泣くのを必死にこらえているんだ。オレが解決策を出さなくて、どうすんだよ!!

 

(大丈夫だ、この時のために、オレの『声』があるんだろう!!)

 

そうだ、みんなから『聞いてしまう、聞かされてしまう声』と評されたこの声。今こそ、それを使う時だ。大丈夫、即興で『役』なんて入らなくていい。ただ、周りに声を届けて、真実を語ればいいだけだ。今はとにかく、この状況を打破することだけを考えろ!!

 

すう、と冷たく、湿った空気を吸い込む。覚悟は決まった。あとは、やるだけ、

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

後ろの脇腹に、何かが入った。

冷たい感触。全然知らない、感覚。理解が及ばず、少しだけ顔を動かし、その場所を見る。

 

 

そこにあったのは、オレの後ろの脇腹に深々と刺さっている、銀色のナイフ。

 

 

「っ!!」

 

 

刺された。

それを理解したと同時に、膝を突きそうになる。痛い、熱い?自分に与えられている感覚なのに、分からない。脳が、それらを拒絶している。初めての、それこそ一生味わうことのないはずのそれらに、悲鳴を上げる。いや、その上げかかった悲鳴を、喉の奥に押し込む。

背中から刺されたナイフ。それを実行できるのはオレとカロレちゃんだけが知っている。男性を刺した、あの男のみ。けれど、犯人たち以外はそれを知らない。なのに、オレが悲鳴を上げれば、オレの状態に気付くだろう。そうなったら、彼らにとって犯人はただ一人しかいない。カロレちゃんになる……!!

 

(ああ、そうだよな!カロレちゃんに罪を着せるついでに、味方であるオレを排除しようとするよな!!そうすれば、本当の目撃者であるオレを消せて、カロレちゃんに言い訳をさせられなくすることができる!!本当に、嫌な奴らだな!!)

 

心の中で犯人どもに罵倒を吐く。いや、そうでもしないと、すぐにでも痛みで膝を突きそうになってしまうのだ。けれど、それは許されない。してしまえば、どうなるかなんて考えたくもない!

 

「え、縁さん!」

 

カロレちゃんが、悲痛な声でオレの名を呼ぶ。オレの状態を知っているのは、オレに庇われている彼女のみだ。振り返れば、彼女はぼろぼろと涙を流していた。次いで、何度も謝罪を口にする。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい!わ、私の、私のせいで……!」

 

いつもの可愛らしい笑顔はもうない。いや、このままでは、彼女の笑顔は永遠に見れなくなる。狂気に侵された人間たちが何をするか、オレは分かっている。物語で、何度も見てきているのだから。各々が信じる正義という名の私刑で、彼女は確実に死ぬ!!

 

(どうする、どうすればこの状況を打破できる!?)

 

頭を回せ。思考を止めるな。止めた時点で、オレたちの負けだ。回せ、回せ、この事態をどうにかする方法を!せめて、解決策じゃなくてもいい、誰かが異常に気付いて、駆け付けてくれる、ま、で……。

 

「あ」

 

そうだ、その手があった。

オレには『声』と『役』の『演技』しかない。けれど、これらを使って、出来ることがある。彼らの狂気を収めることはできなくても、時間稼ぎならできる。いや、絶対にしてみせる。負けない、負けてたまるものか。そんな汚れた、腐りきった正義なんかに、屈してたまるものか!!

 

「縁、さん……?」

 

オレの感情が変わったことに気づいたのか、ひくりと嗚咽をこぼしながら、カロレちゃんがオレの名を呼ぶ、ああ、そうだ。メリュジーヌは感情の変化に機敏なんだっけ。今更、思い出して、彼女の苦しさと怖さを改めて知る。彼女の感じているそれらを振り払うために、オレは彼女に微笑みかけた。

 

「大丈夫だよ、カロレちゃん。オレが君を守るから」

 

誰かの悲しみの涙を見たくない。初めて会った時のフリーナの姿を思い出す。ああ、そうさ。オレは自分勝手で、最低な人間だ。自分の感情を押し付けて、相手のことなんて考えもしてない。けれど、それでもオレは、やり遂げなきゃいけないんだよ!

 

 

 

すう、と深呼吸を一つ。目を閉じ、即座に考える

今この場に相応しい『役』はなんだ?フォンテーヌの民に届く『役』。それは青色と白色を持つ、感情がないように見せかけて、些細なことで喜んだり、落ち込んだりする子。初めてせんべいを食べて、癇癪を起こした、小さな、今では俺の身長を超えてしまった『水龍』。お土産にと持ってきた水を飲み比べ「感謝する」とオレに微笑みかけて、オレの作った話やオレの世界にある話を聞いてくれるあの子だ。

あの子の、ヌヴィレット君の口調は?声のトーンは?仕草は?どんなものだったのかを思い出せ。厳かさを、冷徹にも近い彼の中にある正義と秩序と、公平さを。それらを演じろ、演じきれ。そしてこの場を、自分が『主演』の舞台にしてみせろ。

 

 

それができなければ、カロレちゃんは死ぬ。ヴォートランさんが嘆く。フリーナが悲しむ。ヌヴィレット君が傷つく。

そして今までの、彼らの努力が無に帰す。それだけは、絶対に許せない。

 

 

 

ならば、その覚悟を見せてみろ。桜咲縁!!

 

 

 

 

 

「静粛に」

 

 

カン、と閉じた黒い傘の石突で地面を叩く。声は前に向かって、音程は少し低く。相手の耳に確実に、けれど耳が痛くなることのない大きさで。この場でそこまでの大きさの声を出したら、悪化する可能性が高い。それに

 

「っ!!」

 

刺さったままのナイフが、息をするたびに、その傷口を抉ってくるのを感じる。痛くて痛くて仕方ないが、膝を突くわけにはいかない。痛みに屈しそうになる自分を叱咤し、声を上げる。

狂気に侵され、ぎらぎらと光る眼を、一身に受けながら。

 

「この度の事件は、大変痛ましいものだ。被害者とその遺族には、それ相応の措置を取ることを約束しよう。しかし、一概にこの事件の犯人が、私の後ろにいるメリュジーヌであるとは限らない」

「な、なにを言っているの!?その状態から分かるでしょう!?犯人はそこにいるメリュジーヌに間違いないわ!!」

 

目撃者であるドレスを着た女性の言葉に「そうだそうだ!!」と数々の声が上がる。もはや、メリュジーヌを憎み、排除するという感情しかない者もいるんだろう。

 

(いや、違う。本当はみんな、怖いんだ)

 

ようやく仲良くなれそうだと思った別の種族が、自分たちを傷つけ、あまつさえ殺そうとしている可能性が高いんだと。だから、排除しようとする。罪を糾弾しようとする。そしてメリュジーヌを愛している、彼らにとって得体のしれないヌヴィレット君が間違いだったんだと、信頼できないと叫ぶ。旧勢力派の人間たちは、それが目的なんだ。人間が上位であり、自分たちの権力を取り戻したいから。

でも、そんなことはさせない。オレが、旧勢力派の人間たちの計画を阻止する。メリュジーヌは誰かを傷つける存在ではないと、真犯人は別にいるんだと。

 

時間を稼げ。この勝負は、事件を知ったヴォートランさんを始めとしたメリュジーヌの味方の人たちが来てくれたら勝ち。稼げなかったら、真犯人の勝ち。

負けない、負けてたまるものか。「大切な人(友達)」の命がかかってるんだ。だったらこっちも命をかけないと、対等なんて言えないだろ!!

 

「では一つ聞こう。此度の事件の、メリュジーヌが犯人だと言う目撃者よ。そこにいる者、私の後ろにいるメリュジーヌが殺したという証拠を提示してもらおう」

「しょ、証拠なんてなくても、その血の付いたナイフと、被害者の状況で答えは出ているだろう!?そのメリュジーヌが殺した、間違いない!!」

「なるほど、つまり『状況証拠』だけでメリュジーヌが犯人だと、そう断言しているのだな。その判断が、誰かの人生を、命を左右すると分かっていながら」

 

冷徹さをもって、目撃者である男性を見つめる。そしてそのまま周りの人間たちを一瞥すれば、オレに見られた人たちはびくりと肩を震わせ、目を逸らす。こっちは何度もヌヴィレット君の姿を見て、彼のことを知っているのだ。彼の真似くらいならできる。完璧でなくてもいい、この場で時間稼ぎくらいならできる!!

オレの視線に、目撃者の二人はぐっと押し黙る。周りの人間も、少しだけ落ち着きを取り戻した人たちはオレの言葉に思うことがあったのだろう。声は小さくなって話し合う声が聞こえてきた。メリュジーヌが、カロレちゃんが本当に犯人なのかと疑問を持ち始めている。そして、その自分が下した決断が、他人の人生と命を左右するものだと理解したから。

だが、それに焦ったように目撃者の女性と、クラバットを結んだ男性は叫ぶ。

 

「騙されちゃだめよ!私ははっきり見たんだもの!そのメリュジーヌが地面に落ちているナイフで被害者を刺したところを!」

「ああ、俺も目の前で見た!そのメリュジーヌは、何の前触れもなく、他の男性と話していた被害者を刺した!間違いない!!」

 

目撃者二人の言葉に、空気が変わっていくのを感じ取った。やはり、目撃者の言葉は信頼に値するものだからだ。あの二人と被害者、そして信頼の薄氷の上にいる、犯人だと言われているカロレちゃんより、あちらの言葉が信じられる。

 

 

そう、その証言が真実なら

 

 

(発言の寸前、目線が右上を向いた。とっさにこの場に相応しい言葉を考えたから。『目撃した』という発言を多用。それを印象付けるためのもの。意味もなく大声を出しているのも、他の人間に考えさせるのを止め、自分の意見を意地でも通したいから。呼吸が乱れているのもその一環。男性がクラバットを、女性が頻繁に髪を梳かしている。先ほどのオレの証言で、喉を触るのを確かに見た)

 

ここまでの動作で、確実にあの二人が嘘をついていることが分かった。この場で嘘を吐かなければいけないのは犯人だけ。やっぱり、あの二人が犯人か。そして、最低一人、正しくはオレの後ろに一人以上の実行犯がいる!

 

(でも、それをどうやって証明すればいい!?)

 

あの二人が犯人で、実行犯が背後にいると、どうやって証明すればいいのか分からない。オレの言葉が皆に聞こえたとしても、それは証明にはならない。なら、なにを証明すればいい!?時間を稼げて、カロレちゃんが犯人でないという証拠は、

 

「…………カロレちゃん」

 

小さな声で、彼女の名を呼ぶ。すると、カロレちゃんは泣きながら、オレを見上げた。

これからオレは、彼女に残酷なことを強いる。きっと、嫌だと、逃げたいと思うようなことをさせてしまう。けれど、それをしなければ、彼女が犯人でないと証明できない。時間を稼げない。だから、言うしかないんだ。

じくじくと、ナイフで刺された箇所が鈍痛を上げる。痛みに呻きそうな声を、血が出るくらい拳を握りしめることで、我慢する。痛みに慣れろ、慣れてしまえ!!

 

「今から君を、第三者の人に『あること』を確認させる。そのために、君はオレの前に出なきゃいけない。オレじゃない、第三者じゃないと、説得力がないから」

「それ、は……」

 

怯えたような表情で、カロレちゃんは目を見開く。

それはそうだろう、彼女の中の恐怖は、もう測り知れないくらいだ。ただでさえ感情に鋭い子だ。狂気と恐怖に勝てるかどうか、分からない。けれど、もうこの方法しかないのだ。辛いことを、残酷なことを強いているのは分かっている。でも、本当に、これしかないんだ……!!

 

目線を合わせて、ほんの数秒。すう、と息を吸い込んだ彼女は、一度目を閉じる。そしてその目を開くと、オレの目を見て、はっきりと口にした。

 

「分かりました。私、やります!」

 

覚悟を決めた声。その声に頷き、オレは声を張り上げる。ヌヴィレット君の真似をしながら、厳かに、はっきりとした声で。

 

「彼女が本当の犯人ではないことを証明しよう。しかし、私の発言では信頼に値しないだろう。誰か、目撃者以外で彼女のもとへと来れる者はいないか!?」

 

オレの言葉に、周りの人間がざわつく。その人々の感情に含まれるのは、不安と疑惑。そして、カロレちゃんへの恐怖。彼らにとって、彼女は犯人である可能性が高いのだ。近づいたら殺されるかもしれない、なんて恐怖を感じているのだろう。それでも、誰かが出てくるのを信じるしかないんだ。じゃないと、時間を稼げない。

頼む、誰か、誰か……!!

 

 

「あ、あの、僕が、行きます」

 

 

その時、手を挙げた青年がいた。オレより少しだけ年下の、まだ幼さが残る青年だ。その発言に、誰かが止める声がした。けれど、青年は震えながら、けれどどこか覚悟を決めた目で、言葉を発した。

 

「僕は、メリュジーヌの子たちに助けられたことがあります。迷子になった時にそのあたたかい手で僕の手を握って案内してくれたことも、美味しいごはんの作り方を教えてくれたことも、雨が降ってるとき、一緒に雨宿りして楽しく話したのも、全部覚えてます。だから、僕は、メリュジーヌが悪いことなんてしないって、僕たちを傷つけたりしないって、信じます!!」

 

まっすぐにこちらを見てくる、青年の言葉は、周りを黙らせるのに充分だったらしい。その青年に小さく頷き、こちらに来るようにと示す。そして彼がこちらに来た少し後に、カロレちゃんに前に出るようにと促す。もちろん、周りへの警戒を忘れない。もしもこの二人に何かしたら、許さないという感情で圧をかけながら。

オレは青年に確認してほしいことを耳打ちし、それをするように頼む、頷いた青年は、カロレちゃんの姿を観察する。そして、くるりとカロレちゃんはその場でゆっくりと回る。沈黙の中で行われるそれ。そして、オレは先ほど耳打ちしたことを聞いた。

 

 

「さあ、青年よ。私の問いに答えてもらおう」

 

 

 

「彼女の服と体に、血は付いていたか?」

 

 

 

その言葉に、青年は首を横に振る。はっきりとした口調で言い放った。

 

 

 

「いえ、一切付いていません」

 

 

 

その言葉が、答えだった。

 

「被害者を刺したナイフはそこに落ちている。心臓を貫いたナイフを引き抜いた際、確実にその傷口から血があふれ、返り血が付くはずだ。メリュジーヌである彼女と被害者の男性の身長からして、間違いなく頭から被ることだろう。しかし、青年の言う通り、彼女に血は一切付いていない」

「そ、そんなの雨で流されたに決まってるわ!」

「ほう、頭から被った血が、この小雨で流されると?ならば、今から私の身で試してみようか。このナイフと私の血を使って、な」

 

本当にしてやろうかと、そして証明してやろうかと脅せば、もう誰も何も言わなかった。これは犯人だと決めつけているカロレちゃんに近づかなかったから、気づけなかったこと。それを、この青年は証明してくれた。小声で礼を言い、誰もが黙ったことをいいことに、もう一度傘の石突でトン、と地面を叩き、皆の注目を集め、オレは言葉を続ける。

 

 

今こそ、オレの『声』と『役』と『演技』をこの場にいる皆の心を揺らすために。彼らの正義を問うために。

 

 

 

 

「さあ、ここにいるフォンテーヌの民よ!自らの意思で、行動で、自らの正義を証明すると良い!!メリュジーヌを親愛なる隣人と見るか、害を為す物の怪と見るか、それは君たちの自由だ!そして害を為す物の怪と称するなら、その正義の刃を振りかざすと良い!!」

 

 

 

 

「だが、忘れるな!その正義の刃、振り下ろせばなかったことにはできない!振り下ろした刃が真実と違えていた時、我らが最高審判官が正義と秩序を以って、公平に裁きを下すだろう!!」

 

 

 

 

高らかに、仰々しく、厳かに言葉を紡ぐ。

ヌヴィレット君の『公平さ』を、フリーナの『気高さ』を、記憶の中の二人のそれらを、自分なりにかみ砕いて、呑み込んで、表現する。たとえ『即興』だとしても、フォンテーヌの民であるならば、二人のことを理解している。だから、きっと届く。届くはずなんだ。

 

いや、違う。頼む、届いてくれ……!!

 

 

(ヴォートランさん、フリーナ、ヌヴィレット君、誰でもいいから、早く来てくれ……!!)

 

 

もはや傷口から感じるのが痛みなんてものじゃない。足ががくがくと震える。血が抜けすぎて、ふらふらして、体が言うことを聞かない。口の中を噛みしめたせいで、今にも口から溢れそうになるものが、込み上げた血か、口の中の血なのか、もう分からない。体が寒くて寒くて、雨粒さえ痛い。

 

 

 

(もう、おれがもたない……!!)

 

 

 

だれでもいい、だれでもいいんだ。

 

 

はやく、きてくれ。

そして、かろれちゃんを、たすけて……!!

 

 

 

 

 

 

 

「警察隊だ!全員、そこを動くな!!」

「特巡隊、到着!場を包囲しろ!!」

 

 

その時、声が聞こえた。

息を荒げながらそちらを見れば、そこには人の波をかき分け、やって来る警察隊と、特巡隊の人たちが。そして彼らは死体を見つけると、その場から全員動かないようにと命令する。その後ろから、鬼気迫る顔でこちらに走ってくる、見慣れた顔の持ち主がいた。

 

「カロレ!縁!」

「ヴォートラン!!」

 

彼、ヴォートランさんはオレたちの名を呼ぶと、駆け寄ってくる。カロレちゃんは彼に抱き着くと、緊張の糸が切れたのだろう、すすり泣き、そんな彼女をヴォートランさんが抱きしめる。

 

(ああ、よかった、まにあったんだ……)

 

その光景を見て、ようやくすべてが終わったと安心する。これで、大丈夫だろう。きっと、これで……。

 

「…………」

 

いや、大丈夫じゃない。

視界の端に映ったそれを見て、オレは思考が冷たくなるのを感じた。

 

「カロレちゃん、ごめん。コートを返してもらっていいかな」

「え、あ、はい……」

「ヴォートランさん、カロレちゃんと共についてきて」

「あ、ああ……」

 

オレの冷たい声と、ただならぬ様子に二人は困惑しながらも、言葉の通りにしてくれる。コートを受け取り、身にまとう。後ろの脇腹に刺さったナイフを隠すために。幸い、皆死体に集中してくれているおかげで、カロレちゃん以外気付いている人間はいない。そう、ヴォートランさんでさえも。カロレちゃんは何か言いたそうな顔をしていたが、それを見なかったことにして、目的の場所へと向かう。アドレナリンが出ているせいか、痛みなんて、とっくに感じなくなっていた。

 

 

「そこの目撃者の二人、いったいどこに行こうとしている?」

 

 

これまで出したことのない、冷たい声が出た。

わざと通る声で言ったそれに、全員の視線がこちらへと向かう。オレの視界にあるのは、逃げようとしているドレスの女性と、クラバットを結んだ男性。つまり、この事件の目撃者と偽った者たちであり、犯人たちだ。

 

「警察隊と特巡隊は、君たちにこの場を去ることを禁じている。それなのに、なぜこの場を去ろうとする?目撃者である君たちの情報が、この事件を解決するのに何よりも必要なものなのに」

 

かつかつ。足音を立てて、近づく。そして傘の石突で地面を強く叩く。ガン、とかつてないほどの固く大きい音が響いた。まるで、オレの感情を表しているかのように。

 

「安心すると良い。警察隊と特巡隊に所属する者たちは、目撃者である君たちの話をちゃんと聞いてくれる。公平に、正当に、理不尽なこともせず。そして何もなければ、すぐに解放される」

 

にっこりと、笑顔で言葉を続ける。ひっ、と目の前の女性が悲鳴を上げ、腰が抜けたのか、座り込む。引きつった顔をする男性は、オレから目を逸らせない。その二人を、オレは笑顔から真顔になると、冷たい目で見下す。自分の抱いている感情をのせて。

 

 

 

「まあ、君たちが犯人でなければ、の話だが」

 

 

 

オレはお前らが犯人だと知っている。

 

 

そう暗に言い、逃げることはできないという事実と恐怖を与える。

次いで、ヴォートランさんに小声で耳打ちする。

 

「ヴォートランさん、この二人と、あと何人か分かりませんが、どこかに実行犯が潜んでいます。警察隊と特巡隊の皆さんに伝えてください。そして、この二人を尋問すれば、旧勢力派の人間たちについて分かると思います」

「りょ、了解した。特巡隊、この目撃者たちを連れて行け!そして、犯人はまだこの近くに何人か潜んでいる可能性がある!注意しろ!!」

 

ヴォートランさんの言葉に、オレの声に硬直していた特巡隊の人たちは、目の前の犯人たちを連行していく。それを見届け、オレはヴォートランさんに頼み込む。自分を、この場からどこか人のいない場所へ連れて行ってくれと。

 

「縁、なぜ、その必要が」

「頼む、ヴォートランさん」

 

 

おれ、もう、げんかいなんだ

 

 

コートに隠れた、ナイフで刺された後ろの脇腹を彼に見せる。すると彼は目を見開き、ひゅ、と息を呑む。カロレちゃんのすすり泣く声が、下から聞こえる。もう一度「頼むよ」と口にすれば、ヴォートランさんは唇を噛みしめると、その場にいる特巡隊の人に声をかけた。

 

「俺は今回の事件の中心人物であるこの二人から聞く。間違いなく長い話になるだろう。だから、ここではなく違う場所で聞く。ここは頼んだ」

「了解しました」

 

隊長であるヴォートランさんの言葉に、特巡隊の人は敬礼して了承する。オレは小さく会釈すると、二人と共に、その場を離れる。おぼつかない足取りで歩くオレを、二人は支えてくれた。

 

 

 

 

 

 

そして、誰もいない場所にたどり着いたと同時に、オレはぐらりとその場に倒れた。

 

「縁さん!!」

「縁!!」

 

二人の悲鳴が聞こえる。ぽつぽつと降る小さな、冷たい雨の中に、あたたかい雫が顔に落ちる。ああ、きっと、カロレちゃんが泣いてくれてるんだ。その涙を拭いたくて、手を動かそうとする。けれど、どうしても、動かない。でも、涙を止めたくて、たどたどしい言葉を紡ぐしかない。

 

「かろれ、ちゃん、なかないで。きみになかれたら、ゔぉーと、らんさんに、おこられ、ちゃう」

「こんな時に冗談なんて言ってる場合か!しっかりしろ、縁!!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、縁さん。私の、私のせいで……!!」

「ちがう、よ。かろれちゃん」

 

 

 

「おれは、きっと、このために、ここにきたんだ」

 

 

 

そう、あの金平糖と砂時計の意味が、ようやく分かった。

オレは、彼らのために、ここに来ることを望まれたんだ。その望んだ誰かが、オレに虹色の金平糖を授けて、彼らのもとへとやって来るようにした。そして、砂時計が許す時間で、彼らと交流し、絆を深めるようにした。

 

 

こうして、オレが彼らを助けるために

 

 

砂時計の砂が無かったのは、もう交流なんて必要ないから。

オレの『役目』はもう終わり。だから、もう死な(退場し)なきゃいけない。

 

 

 

体が冷たくなっていく感覚が酷くなる。頭がくらくらして、思考が定まらない。ごぽ、と鉄錆と酸っぱい液体が混ざって、吐き出してしまう。喉が焼けるように痛い。そして何より、辛いのは、

 

「かろれ、ちゃ、ん、ゔぉ、とらんさ、そこ、に、いる?ごめん、めが、かすんで、なにも、みえな、くて」

 

うろうろと目を動かしても、視界がかすんで、うまく見えない。大切な二人の顔が、見えないことが辛くて、雨に混ざって、ぼろぼろと涙が落ちていく。うああ、とカロレちゃんの泣き声が大きくなった。

 

 

 

すう、と意識が薄れていく。ああこれが「死ぬ」ということなのか。

何度も何度も物語で見てきた、ありきたりで、当たり前な表現。それを何度も自分なりに解釈して、呑み込んで、表現してきたけれど、まさか本当に味わうことになるなんて、思ってもみなかった。しかも、誰かに刺されて死ぬなんて、察しろなんて無理な話だ。

でも、いいんだ。きっと、自分の『役目』は果たせた。カロレちゃんを守れた。ヴォートランさんが嘆くことはなくなった。フリーナも悲しむことはないし、ヌヴィレット君だって傷つくことはない。そう、これでいい。後悔なんてない、オレは満足だ……。

 

 

(……本当に?)

 

 

思い出してしまった。前回、別れるときに言った約束。フリーナの書き置き。ヌヴィレット君に聞かせたい話。

たくさん、あったじゃないか。たくさんたくさん、話したいことも、笑い合いたいことだって、あったのに。今更思い出しても、もう遅いじゃないか。

 

 

 

ひく、と嗚咽が漏れる。思わず口にしていた、言葉。

思い出すのは、初めて会った時のこと。

あの時は、お互いのことが分からなくて。けれど、会う回数が増えるにつれて、仲良くなって。いつの間にか、オレは、フリーナとヌヴィレット君のことが、大好きになっていた。大好きで大好きで、幸せになってほしいと、思うくらいには。

脳裏に浮かぶ、二人の姿。オレの大好きな、人たち。

 

 

「ふりーな、と、ぬゔぃれっと、くんの、やくそく、やぶっちゃった、なぁ……」

 

 

約束したお茶会も、一緒に物語を読むのも、もうできない。そして、せっかく作った物語も、誰にも読んでもらえない。

そして、もう二度と会うこともできない。その事実がひたすらに悲しくて、苦しい。

 

(ああ、でも)

 

それらを押し殺し、言葉を紡ぐことも難しい口を必死に動かす。最期の力を振り絞り、右手を空へと向ける。

 

『偉大なる魔法使い』としての言葉を、紡ごう。

誰にも覚えられなくてもいい。誰も知らなくてもいい。それでも、オレは、願っている。祈っている。たとえ、この命が尽きたとしても。

どうか、どうか、

 

 

 

「きみたちに、さちが、あらん、ことを……」

 

 

 

くらりと回る思考。

薄まっていく意識。

 

 

 

 

そして、暗転

 

 

 

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