『魔法使い』がフォンテーヌ勢の心をぐちゃぐちゃにする話 作:性癖に従え
そちらの方を一読していただけると助かります
注意書きを無視した際の批判、中傷、理不尽なコメントは受け付けません
それでもよろしければ、読んでいただけると幸いです↓
広い、豪華な劇場であるエピクレシス歌劇場。
その舞台で、死んだ目で頭を抱える男が一人。
「本当に、どうしてこうなった?」
そう呟いた男、すなわちオレ、桜咲縁はこれまでのことを思い出していた。
あの後、正しくはカロレちゃんとヴォートランさんの前でオレは確かに死んだ。けれど、目を覚ましたのだ。テイワットではない、自分の世界で。
思わず今までのことは全部夢だったのかと思ったが、夢にしてはあまりにも死に際の感覚が現実的過ぎたこと、そしてなにより自分の後ろの脇腹を確認した際、ナイフで刺された痕のようなものがあったのだ。そんなもの、ずっとなかった。だから、テイワットにいたことは、現実だったということだ。
虹色の金平糖も無くなっていたことから、もうあの世界には行けないんだろうと、残念な気持ちになった。……まあ、あの世界で死んでしまったオレが、自分の住んでいた世界で生きているのが奇跡に近いものだから、文句は言えないのだが。でも、あの後フォンテーヌがどうなったのか、フリーナたちがどうなったのか知れないのは残念だが。でも、きっと大丈夫だろう。あの四人がいてくれれば、きっと素晴らしい国になっているはずだ。
それから、オレは普通の生活に戻った。
と言っても、今度は狼みたいな男の子……オオカミくん、と呼ぶようになった子がやって来て、彼と紆余曲折あって一緒に住むようにになって、一緒に物語を話したり、でも最終的には結構悲しい別れ方になったりしたが、それは置いておいて。え、詳しく知りたいって?だって、語ったら多分三日くらいかかるから……。
まあ、それを除けば普通の生活だった。そう、普通の生活だったんだよ。
ある日、いきなりまたテイワットに落とされるまでは
考えてもみてほしい。いつも通りバイトやら何やらを終わらせ、色々な事情で慣れ切ってしまった料理と作り置きのデザートを食べ、さあ何をしようかと考えたときに、急にまた虹色の光に包まれ、空から落とされたオレの心境を。思わず悲鳴を上げ、誰かに助けを求めても誰も責めはしないだろう。
なお、幸運なことにオレの助けを聞いてくれた旅人である蛍ちゃんと、彼女の相棒であるパイモンに助けられ、死ぬことはなかったが。そして彼女も自分と同じ異世界からやって来たということで、色々なことを教えてもらった。ただ、一つ問題が。
『これから、オレ、どうすればいいんだろう……』
そう、その一言に尽きる。
悲しいことながら、オレは戦闘なんてできないし、ましてやこの世界の常識は、フォンテーヌのあの四人から聞いた範囲しか分からない。でも、このままじゃ確実にやばい。
どうしよう、と顔を青くさせるオレに、蛍ちゃんは優しく問いかけてくれた。
『じゃあ、冒険者協会に入るのはどうかな?』
『冒険者協会?』
どうやら彼女が言うには、冒険者協会というものがあり、そこに登録すれば冒険者として活動できるらしい。そして依頼を受け、その依頼を遂行すれば、この世界で言うお金の代わりであるモラというものが手に入るらしい。つまり、依頼をこなせば、最低限の生活の保障はできるということだ。
『冒険者って言っても、必ずしも戦う必要なんてないから。配送を手伝うとか、果物を採取してそれを渡すとか、そういう雑用とかあるから。依頼の数も結構あるし、出来るものは必ずあるはずだよ』
『こういう時は、本人の得意なことを参考にすればいいんじゃないか?縁が得意なことって何なんだ?』
『得意なことか……』
そりゃもちろん、オレの得意なことは、この『声』による「読み聞かせ」だろう。でもこれが何かの役に立つんだろうか。この世界って、オレの住んでいる世界とは全然違うし。いや、でもフォンテーヌではエピクレシス歌劇場で舞台や歌劇などをやっていたみたいだし……。一応需要はある、のか?
『……二人とも、読み聞かせとかって、どう?』
『読み聞かせ?』
『えっと、絵本とか物語を演じながら語るって感じの……ストーリーテラーってやつかな』
『つまり雲菫みたいな感じか?』
『ごめん、その雲菫さんが分からないです』
話を聞いたところによると、雲菫さんは劇団の人、らしい。本業の人にはかなわないだろうけれど、オレも一応自信はある。過ぎた謙遜は卑下で相手に失礼。そう学んだので。
『じゃあ、今ここでやってみたらどうかな?私たちが判断してあげるから』
『オイラも感想を言ってやるぜ!!』
『あ、本当?ありがとう、二人とも』
どうやら二人が判断してくれるらしい。それは助かる。二人の方が、オレよりテイワットを知っているのだから、この世界の需要とかも分かっているのだろう。感謝の言葉を一つ。せっかくだからと、あの日、オレがあの子たちに読み聞かせることができなかった、完成させた話を。二人に伝えよう、二人に聞かせよう。オレの、全力をかけて。
すう、と深呼吸を一つ。
目を閉じて、『役』に入り込むために。これは、オレがあの子たちのためにと書いた物語。ならば、本気で演じなければ。観客がいるんだ、さあ、魅せてやろう。これが、オレの描いた物語だって。ゆっくりと目を開ける。
さあ、開幕だ!!
結果だけを伝えると、大惨事になった。
いや大惨事というか、オレがやりすぎたというか。あの物語に対する情が凄すぎて、オレも本気を出しすぎた。
パイモンは号泣、蛍ちゃんは上を見て「スゥーーーー」と息を吸っていた。頬に伝っていた雫には気づかないフリをした。そしてオレは全力でやりすぎたが故に、若干の息切れと、疲労でその場に大の字で倒れこんだ。筋トレで体力付けたはずなのに、こんな状態になるなんて、まだ精進が必要だなと思うが、重要なことがある。
『それで二人とも、どうだった?』
息が整ったのを合図に、よっこいしょ、と起き上がり、二人の方を見る。相も変わらずパイモンは号泣しているが、心を落ち着けたらしい蛍ちゃんは、少し赤くなった目でこちらをみると、口を開いた。
『うん、全然いいと思う』
『よかった。元の世界では読み聞かせでバイトしてお金稼いでたから、これでダメだったらどうしようかと思った』
『オ゛イ゛ラ゛も、ぜんぜん、いいどおもうぞ!!』
『パイモン、鼻水出てるから、ほら、ティッシュ』
ずびー、と蛍ちゃんからもらったティッシュで鼻をかむパイモン。そこまでの反応をしてもらうのは、こちらとしては嬉しい限りだ。うんうん、と満足げにオレは頷く。でも、やりすぎはダメなパターンだから気を付けなきゃいけない感じだな、これは……。
『依頼人の中には、冒険者の親という関係上、「子供の世話を頼みたい」っていうのもあるから。そういう依頼を探したらいいと思うよ』
『そっか。子供相手なら全然大丈夫だと思う。……オレの世界とあまり変わらなければ』
『そこらへんは慣れるしかないかなぁ』
『ガ、ガンバリマス』
冒険者の親を持つ子供たちがいったいどんな性格なのか、オレの世界とは違う感じなのか分からないが、とにかく頑張るしかないだろう。ぐっとこぶしを握り締め、覚悟を決める。……オレはあと何回、この世界で覚悟を決めなければいけないのだろうか。思わず遠い目になりそうだが、考えないことにする。思考を回さない方がいいことがあると、オレは学んだ。まあ、重要な時とかは常に回すようにはしているが。
『とりあえず、冒険者協会の登録、分からないでしょ?私たちも、ちょうどモンドに向かう予定だったし、手伝ってあげる』
『え、いいのか?そんなことまでしてもらって……』
『気にしなくていいんだぞ。オイラたちにとってはついで、みたいなものだからな。そんなに時間はかからないものだし、一緒に行こう!』
『そっか、じゃあお願いしようかな』
ありがたい言葉に、感謝の意を込めて頭を下げる。この世界の人たちって良い人たちだなぁ。いや、オレの出会う人たちが良い人なだけの可能性もあるが、それはそれで運が良いということで。とにかく、いつ帰れるか分からないけれど、この世界に慣れていこう。
こっちだよ、と歩いていく蛍ちゃんと、浮いているパイモンの背を追う。ふわりと吹いた風が、タンポポの種を運んで行った。
自由の国、モンドという場所にたどり着いたオレは、蛍ちゃんとパイモンに手伝ってもらいながら、冒険者登録をした。そして、冒険者のことについて詳しく聞き、どうやら冒険者の新人のための宿などを紹介してもらった。それは寮みたいなもので、一定のモラを稼ぐまでそこで生活していいらしい。もちろん、やる気のない人間はすぐに追い出されるが。家賃もありがたいくらい安いものだったので、ありがたく、そこを借りるようになった。
そして、二人のアドバイスの通り「自分がいない間、子供の相手を頼みたい」という依頼を中心に受けることになったのだが。しばらくすると、色々な事情の末に、モンドの西風騎士団の一室を借りて、子供たちに読み聞かせをすることになった。
どうやら依頼を受けた親の人たちが、オレの子供の世話に対して満足したらしく、「次もお願いします」リピートが多くなった。こちらとしては子供の世話には慣れているので、手助けできるのは嬉しい限りだ。だって会う人会う人げっそりとした様子をしていて、死にそうな顔をしているんだもん。
そりゃそうだ。冒険者という仕事は体力を使うことが多いらしく、その疲労に加えて遊び盛りの体力無制限の、平均約小学生五年生に値する子供の相手はかなりきついだろう。その苦労を少しでも減らしたくて、オレは子供への読み聞かせに「ヒーローに関する」カッコイイ、他人を助ける物語や「やってはいけない」という教訓を持った話を読み聞かせた。もちろん、『役』としてほどほどの全力を出して。……矛盾している気もするが、それは置いておいて。
すると、その読み聞かせが効いたのか、オレが世話をした子供たちが、親の人たちを困らせることが減ったらしい。むしろ率先してお手伝いやら妹や弟の世話をするようになったとか。やっぱりヒーロー物の力は凄い。「困った人を助ける」それがいかに凄いことで、カッコイイことなのかを教えることができて満足だ。そして「やってはいけない」という教訓も効いているらしい。これで少しでも助けになればいい。そう思っていたのだが、事情が盛大に変わった。
なんと、オレの指名が多すぎて、対応しきれないという「そんなことある!?」という事態になってしまった。悲しいことながら、オレは普通の人間なので、分身なんてものはできない。なので、依頼を受けすぎた結果、オレは疲労で倒れた。それは見事にぶっ倒れた。事情を知って訪れに来てくれた蛍ちゃんとパイモンがいなければ、大変なことになっていただろう。その後は「無茶をするな」と説教され、依頼を受ける数を少なくすることにした。
が、今まで依頼を受けてきたオレは知っている。子供の世話をしている親の人たちの疲れ切った姿を。けれど、自分の子供を愛しているんだと語る姿を。じゃあどうしようと考え抜いた末に、モンドの西風騎士団の一室を借りて、そこで読み聞かせを行うことを決めたのだ。
ちなみに、西風騎士団の団長代理であるジンさんにその申請をしに行ったときのガッチガチだったオレを見て、一緒に来てくれた蛍ちゃんとパイモンは笑いをこらえていた。許せなかったので、あとで「ごんぎ〇ね」を全力で朗読した。パイモンには盛大に泣かれた。
そして結果としては、オレの仕事内容と、モンドでは栄誉騎士である蛍ちゃんが知り合いということで許可を貰い、定期的に行うことになったのだ。こちらとしてはありがたい限りで、全力で頭を下げた。ジンさんはあわあわしており、その隣にいた美人さんのリサさんは「あらあら」と微笑ましげに見ていた。
そんなこんなで西風騎士団の一室で、時間を決めて、読み聞かせを開始した。一応、子供たちの途中の体調の不調の対応とかを考えてもらって、騎士団の二人くらいに後ろで同じように聞いてもらった。特に仲良くなったのが、藍色の長い髪を持つガイアさんと、そのガイアさんに懐いているクレーちゃんという女の子。長身の男の人と、小さな女の子とよく仲良くなるなぁ、とフリーナとヌヴィレット君を思い出した。
それからしばらくして、蛍ちゃんとパイモンは他の国を旅するということで別れ、定期的に手紙を送り合う関係になったのだが。そこでオレの中で、わがままが生まれてしまった。
「オレも、この世界を旅してみたい」
そう呟いたと同時に、首を横に振った。そんなこと、してはいけない。ここまでお世話になったモンドという国から離れることは、よくないことでは?
そんなことを考えて、読み聞かせが終わり、風神の銅像の前で、どうしようかと悩んでいる時だ。不意に風が吹いて、とん、と隣に足音がした。
『こんばんは、語り部のお兄さん』
緑色の衣装を身に纏った男の子、いや、青年?が隣に立っていた。
『えっと、貴方は……』
『あ、ごめんね。僕の名前はウェンティ。このモンドに住む吟遊詩人さ』
よろしくね、と小さなハープ片手に朗らかに笑う彼の姿に、どこか既視感に近いものを覚える。なんだろう、この、身に覚えのある、けれど、どこか違う感覚……。それを知りたくて、首をかしげて彼のことを見つめてしまう。すると、彼もオレの姿を見つめ、ふむふむと頷く。
『なるほど、君は、ふむ……』
『……?あの、オレに何か?』
『いやいや、少し気になったことがあってね。気にしなくていいよ。それより、君、何か困りごとがあるようだね?よければ、僕に話してみてくれないかい?』
『え、えっと、』
『大丈夫、僕は誰にも言わないから、ね?』
優しい声と、全てを包み込むような微笑み。気が付けば、彼に、ウェンティ君に、自分の思ってることを話していた。
『ふむふむ、つまり君は、このモンドから出ていくことは、許されないことだと、そう思っているのか』
『……うん。モンドの人たちには、本当にお世話になった。子供たちにもオレに懐いてくれて、嬉しかった。でも、そんな彼らへの恩を、仇で返すような真似になるんじゃないかと思ってしまって……』
そう、このモンドという国にオレは数えきれないほどの恩がある。たくさんたくさん、よくしてもらった。なのに、オレはここから出て行こうとしている。それは、恩を仇で返す様なものじゃないか?そんな考えが、ずっと頭の中を占領する。
『うーん、良いんじゃないかな?モンドから他の国に行っても』
しかし、目の前の彼は、あっさりそう言い放った。え、と固まるオレに、ウェンティ君は言葉を続ける。さあ、と風が吹いて、彼の髪と、オレの髪を揺らした。
『モンドは自由の国。その名の通り、みんな自由に生きることを許されている。それは、縁、君もそうなんだよ』
『自由に、生きる……』
『そうさ、それに、もう二度とここに来ることはないって訳ではないんだろう?』
『あ、ああ』
その言葉に肯定を示す。するとウェンティ君は、満足そうな顔をして、頷いた。
『だったら、それでいいじゃないか。みんなに事情を話せばいい。もちろん、君を引き留める声もあるだろうけれど、君の決定権を奪う資格は誰にもないんだよ』
そう言って、ウェンティ君はオレの手を取る。そしてふわりと笑ってみせた。
ああ、その表情は、あの時の彼女と似ているような気が、
『ここは自由の国、モンド。風神が見守る国。語り部くんが旅人になったとしても、絶対に受け入れてくれるさ』
『だから、自分の自由を選んでいいんだよ』
その言葉に、胸の奥のもやが、すう、と消えていくのを感じた。まるで、優しい風に吹かれたような、そんな感覚。気が付けば、オレは泣いていた。静かに、自分でも気づくことなく。その涙を、ウェンティ君はその白い指で拭ってくれた。
『ありがとう、ウェンティ君』
『いいや、気にすることはないよ。あと、僕に君づけはいらないからね』
『うん、わかった。改めて、ありがとう。ウェンティ』
そうお礼を言えば、ウェンティは満足そうに頷き、ハープの弦を揺らして見せる。優しい音が、鼓膜を震わせた。
それから、オレはお世話になった人たちに旅に出ることを伝えた。
もちろん、準備してからということもあって少し後になるが、こういうのは報連相が大事だ。ありがたいことに、オレがいなくなることを惜しむ声や引き留める声もあったが、オレが旅に出たいという決意を話すと、最終的には了承してくれた。ちなみに見知った子供たちには「悪いことをすると、夢の中にオレがやって来て、怖い話をするからなー」と言っておいた。……『ねないこ 〇れだ』を読み聞かせるのは、今となってはやりすぎかと思ったが、もう話してしまったので仕方ないことだ。そしてそのオレの言葉に、子供たちは悲鳴を上げ、絶対に悪いことはしないと約束してくれた。うん、良い子たちだ。
そして冒険者協会でモンドから出ることをキャサリンさんに知らせ、旅に出ることになった。
モンドの隣にある璃月という国では岩王帝君という神様の話を聞き、講談師さんの技術と話し方を研究したり。その講談師さんの研究をしている最中、モラを忘れたと困っていた、鐘離さんという人と知り合ったり(ちなみに彼はオレの姿を見て、一瞬目を見開いていた。なんでだ)。お礼の品を送るからと往生堂で待っていたら、きらきらした目でこちらを見てくる胡桃ちゃんと出会ったり。ちなみに胡桃ちゃんがオレを見て目を輝かせていたのは、なんとなく、オレ用の棺が必要になりそうだから、だそうだ。……二回死んだ身としては、その言葉には苦笑いを返すしかなかったが。
そして蛍ちゃんたちが言っていた雲菫さんという女性の素晴らしい舞台を見たり。「旅人さんから聞きましたよ」と彼女に言われ、感動の舞台のあまりに、オレはがくがく震えた手で握手した。そして時間が許される限り、彼女と『演技』について話し合った。とても有意義で、楽しい時間だった。そして彼女の前でなぜか、自分の『役』に全力で入り込んだ読み聞かせをするという羞恥しかないイベントもすることになったりした。本業の人に見られるのは、流石に恥ずかしかった、うん。
ちなみに璃月でも依頼で子供の面倒を見ることを繰り返したら、モンドと同じことになりそうになって悲鳴を上げた。幸い、手紙のやり取りをしている蛍ちゃんからの紹介で、璃月七星の甘雨さんという偉い人に相談した結果、また場所の一角を借りて、読み聞かせを行うことができた。……なぜか時々鐘離さんが来ていたのは謎だったが。
そして海を渡った先にある稲妻という国では、久しぶりのちゃんとした和食に感動したり。稲妻内の色んな所を巡り、ある場所で人がいないことを確認して、『演技』の練習をしていたら、実は途中から人がいたらしく。荒瀧一斗君という角の生えた、鬼(?)の子に「お前も俺様の舞台に出ろ!」と誘拐に近いことをされたり。思わずぽかんとしたまま抱えられながら目的地にたどり着き「こいつを登場させる!」と言った彼に、久岐忍ちゃんという女の子が溜息を吐いたりと。そしてオレの事情を聴いた彼女が頭を抱え、オレに菓子折りを渡し、申し訳ないと謝っていた。オレは何とも言えない顔をするしかなかった。
それでもまあ、舞台に上がることは嫌ではなかったし、自分の技術を高めるのにはいい機会だろうということで、了承した。なので、自分に与えられた『役』を全力で行わせてもらった。結構いい感じだったと思う、個人的には。そして仲良くなった彼らと、名残惜しく別れた。
その後は稲妻の小説に興味を持ち、ある店で読んでいたら、巫女服を着た女性に話しかけられ、その本の感想を聞かれたりした。感想を聞いてうむうむと頷いていたことと、店主さんの「八重神子様」という彼女の呼び名に、ようやく彼女がこの本の作者だと気付いてしまって、驚きのあまり目を見開くということもしてしまった。彼女はふふふ、と笑って「面白い顔よなぁ」とのんびりと言っていたが。ちなみに、別れ際、オレの姿をじっくりと見て「ふむふむ……汝も難儀よなぁ」とよく分からないことを言われた。
そのまま、創作仲間として仲良くなり、ネタを出し合って合同作品を作ったりと、それはそれは充実した。……なお、その合同作品の作成のための睡眠不足には見て見ぬふりをしたが。その後しばらく寝たのだから大丈夫だ、きっと。後日聞いたが、売り上げは結構いい感じだったらしい。
そして海を渡ってまた戻って来た璃月からスメールに向かった。そこでは木々や自然がたくさんあり、癒されながらネタを考えるのに適した良い場所だった。あとキノコンという生物が可愛かった。攻撃してくるので遠目からでしか見ることはできなかったが。ただ、一度だけ迷子になるという事態に遭ったが、レンジャーであるティナリ君に助けてもらい、彼女を通じてコレイちゃんというかわいい女の子とも仲良くなれた。特にコレイちゃんは、オレの語る話が気に入ったらしく、にこにこ笑いながら聞いてくれた。感動してお礼を言うオレと、それに慌てるコレイちゃんを、ティナリ君が呆れた目で見ていたのは気づかないフリをした。
そしてティナリ君にスメールシティに案内され、そこで初めて水元素を使ったこの世とは思えない、美しい舞を見た。その舞を踊っている子、ニィロウちゃんのそれに圧倒されて、声が出せなくなったオレを、踊り終わって一息ついた彼女は、笑顔でオレのもとへとやって来た。どうやら蛍ちゃんとパイモンからオレのことを聞いたらしく「会えて嬉しいわ!」と握手された。オレは気絶しそうになるのをギリギリ耐えた。そして今更ながら、あの二人の人脈はどうなっているんだと、ある種の恐怖を感じた。
そして、オレの『演技』のことも知っていたらしく、見てみたいと言われ、ニィロウちゃんの舞を踊っていた場所で『演技』をすることになった。即興に近い形だったので、ちょっと泣きそうになったが。
それでも、上手くいったらしく、その場にいた人たちの拍手を貰い、安堵の息を吐いた時だ。
まさかの事態に遭遇する羽目になったのは。
『君、まさか「偉大なる魔法使い」かい!?』
その呼び名はあまりにも久しぶりすぎて、ぎょっと目を見開くオレに、ぐいぐいとその男性はオレに話しかけてくる。あまりの迫力に、ひえ、と小さな声が出た。
けれど、聞きたいことがこっちもある。なんでその呼び名を知っているのか、だ。
『えっと、すいません。失礼ですが、その「偉大なる魔法使い」って呼び名、どこから聞いたんですか?』
『おや、本人が知らないのか。各国を旅している有名な旅人と相棒が、君のことをそう呼んでいるからだよ。「声」と「演技」でどんな「役」もこなすことから、「偉大なる魔法使い」と呼ばれるにふさわしいって』
その発言に、ピシッと動きが止まる。有名な旅人、それをオレは知っている。というか、知り合いというか恩人だ。
⦅何言ってんだ蛍ちゃん、パイモン!!⦆
内心そう悲鳴を上げるオレ。まさかの事態に冷や汗が止まらない。もしかして、これはあれか?最初の時に泣かせた恨みか?あれは本当に申し訳なかったって!!もう許して!!
そう内心で叫ぶが、当の本人たちに届くことはなく。男性は興奮したように言葉を紡ぐ。
『私は今までその話を信じなかったが、今の舞台を見て、その考えを捨てた!君は素晴らしい!!「偉大なる魔法使い」と言われてもおかしくない、「演技」だった!!』
『は、はあ、どうもありがとうございます』
『そこで君に頼みがあるんだ!!』
なんだろう、すっごく嫌な予感がする。
すぐにでも逃げ出したいが、それが許されるはずもなく。男性はごそごそと鞄から小さな紙を取り出す。あれは、名刺、か?
『私はエピクレシス歌劇場のチャリティーイベントの参加者を探していたんだ!是非、君に参加してほしい!いや、正しくはエピクレシス歌劇場で物語を演じてほしい!!』
『は、はあ!?』
まさかの発言に唖然とするオレ。いや、ちょっと待て、エピクレシス歌劇場ってまさか……。
おそるおそる、と言うようにオレはその男性に問いかけるどうか違ってくれと祈りながら。
『あ、あの、もしかして貴方は、フォンテーヌに住む人、ですか……?』
『え、ああ。言っていなかったね。私はフォンテーヌのスチームバード新聞社に所属する者だ』
⦅ああああああああ!!⦆
間違いであってくれと、気のせいであれと願っていたが、それが許されることはなく。間違いなく、目の前にいる男性はフォンテーヌ人。そしてエピクレシス歌劇場は、あのエピクレシス歌劇場だ。舞台の上で歌劇や演劇をする場所であり、ヌヴィレット君が裁判で判決を下す場所。オレは一度も行くことのできなかった、話にしか聞いたことのない場所だ。
でもオレは知っている。そこがフォンテーヌにとっては必要不可欠で、盛大な「イベント」をする場所でもあることを。つまり、この男性はそのエピクレシス歌劇場のイベントに出てくれと言っているのだ。一般人である、有名でもないオレに。
『いやいやいや、エピクレシス歌劇場って、凄い人たちがショーや演劇などをする場所なんですよね!?オレはそんな凄いところで演技をする度胸はないです!』
『そう言わずに、頼む!フォンテーヌ以外の国から来た人間には、報酬はしっかり出すことを約束している!!だから!!』
『え、えぇ、そういう問題じゃ……』
『あら、私はその男性に賛成よ』
その時、不意に幼い女の子の声がした。いや、違う。幼いけれど、どこか大人びたものを抱かせる声だ。そちらを見れば、そこには緑の髪飾りを付けた女の子が。その女の子を見て、隣にいたニィロウちゃんが、驚きの声を上げた。
『クラクサナリデビ様!?』
女の子の名前はクラクサナリデビというらしい。……ん?クラクサナリデビってどこかで聞き覚えが。確か、蛍ちゃんにスメールに行くことを知らせたときに返ってきた返事の中に会った文字のは、ず……。
『ふふ、こんにちは、旅人のお友達。私のことはナヒーダと呼んでちょうだい』
『ナヒーダ……あ、蛍ちゃんから教えてもらった、スメールの神様!!』
その名前を聞いて、ようやく思い出す。そうだ、「スメールに行ったらナヒーダっていう神様がいるから、もしもの時はその子に相談すると良いよ」って手紙に書かれてたんだ。周りの人の反応に合わせて、頭を下げれば、彼女は気にしなくていいわ、と笑った。
『あなたの演劇を私も見させてもらったわ。少しぎこちないところもあったけれど、それでも素晴らしいものだと思うわ』
『あ、はい。ありがとうございます……』
やっぱり、即興の『演技』は苦手だってバレてる。確かこの神様、観察力が凄くて、心も読めるらしい。滅多なことがないと心を読まない、常識を持った神様らしいので、そこらへんは気にしていないのだが……。
『あ、あの、なんでオレがエピクレシス歌劇場に行くのに賛成なんですか?』
そう、一番聞きたいのはその部分だ。
申し訳ないが、オレはあくまで趣味でやっているわけであって、大人数の前でやることは望んでいないのだ。なんというか、いろんな意味で怖い。ほら、趣味を仕事にすると辛くなるって言うだろう?そんな感覚なのだ。
そう言ったオレにナヒーダちゃんは、オレの顔を、そして体を見て、ふむふむと頷き、苦笑を浮かべる。
『うーん、私の口からははっきりとは言えないけれど、貴方は早急にフォンテーヌに行った方がいいって思うの。もちろん、貴方の演技も素晴らしいものだったから、大勢の前の舞台に立つことも賛成だわ。でも、カルパラタ蓮が咲くのを、ルッカデヴァータダケが生えるのを待つような、そんなゆっくりとした時間でフォンテーヌに行くのはやめておいた方がいいわ。そうでないと、貴方の身に災いに近いものが降りかかる可能性がある』
『ちょっと待って、そんなにやばいことが起こるの!?噓でしょう!?』
『それが夢のような泡沫のものだったら良かったのだけれど……。残念ながら、事実なの』
だから、諦めたほうがいいわ
そう言われ、本当に何が起こるんだと怯えるオレの肩に、ぽん、と手が置かれる。ぎぎぎ、と油の切れたおもちゃのような動きで振り返れば、そこにはにっこり笑顔のフォンテーヌの男性が。その肩に置かれた手は振り払えるレベルなのに、オレには無理だった。
『「偉大なる魔法使い」さん、来てくれますよね?』
そして言われた、有無を言わせぬ言葉。
『……ハイ』
その言葉に、肯定の意を示すしかなかった。
そしてようやく冒頭に戻る。
「こんなに広い場所なんて思いもしなかった……」
目の前に見えるのは席の山、山、山。
二階まで席がある。まるで、そう。世界三大劇場の規模を少しだけ小さくした感じだ。しかも奥行きもある。すでに泣きそうな気分だ。そもそも思ったことだが
「これ、上とか奥の方まで声が届くのか……?」
いくらオレの声が通るからと言って、ここまではさすがに無理な気がする。それとも、マイクとかを準備してくれるのだろうか。それかスピーカーとか。いや、このテイワットという世界ではそういう系はないような気がする。……でも、このフォンテーヌは科学に近いところもあるらしいから、それはそれであるのか?うーん、分からない。
「って、そんなこと考えてないで」
首を横に振り、本題へと移る。
今回、エピクレシス歌劇場で行われるチャリティーイベントだが、その発案のもとは、どうやら深い事情があると聞いた。なんでも、少し前にフォンテーヌは一時水に沈んだらしい。それを聞いたとき思わず「はあ!?」と声を出してしまった。ここに到着して軽く観光したときは、全然そんなことを感じさせなかったから。どうやら復興はものすごい勢いでなされたらしい。
けれど、それでも精神や心のほうは癒せてない人もいるらしく。その人たちのために、今回スチームバード新聞社を主軸として、チャリティーイベントを行うようになったとか。そして、そのイベントの出演者の一人として、俺が選ばれたというわけだ。……うん、やっぱり場違い感が半端ない。やっぱり無理やりにでも断ったほうがよかったような気がする。でも、クラクサナリデビさん……じゃなくて、ナヒーダちゃんの言葉が気になる。フォンテーヌにゆっくりとした時間で来るのはお勧めしない、じゃないと災いが降りかかるって、どういう意味なんだ?考えても、やっぱりわからない。なら、もう後回しにしたほうが良いだろう。今はやらなければいけないことがある。
(せっかくエピクレシス歌劇場の見学とリハーサルの時間をもらったんだ。活用しなきゃいけない)
フォンテーヌに住まない、他の国からやってきた出演者たちはリハーサルの時間とは別に、エピクレシス歌劇場の見学の時間を設けられている。と言っても、時間は限られているので極端に長時間とれる、というわけではないが。けれど、この時間を逃せば、ぶっつけ本番で、この広すぎる舞台で自分の出演作を披露しなければいけなくなる。それだけは避けたい。
すう、はあ、と深呼吸を一つ。本番でないとはいえ、演じる物語は、オレにとっては大事なもの。手を抜くことなんて許されないし、オレも手を抜くつもりもない。観客のいない舞台だとしても、それは変わらない。
さあ、始めよう。一人きりのこの舞台で、演じよう。
いつかはあの子たちの前で演じたかった、この物語を
ある世界の、いつかの時代の、どこかの国の話だ。
魔法使いと人間が暮らす国。けれど、二つの種族は仲が悪く、国の真ん中には見えない境界線があった。
そんな中、物語の主人公である『こがらす』は、人間でありながら人の心が聞こえてしまう男の子だった。
「こいつを騙そう」仲良くなった友達が、心の中でそう呟く。「本当に気持ち悪い」幸せそうに手をつなぐ恋人の片方が、心の中で吐き捨てる。「もう話しかけてこないでよ」にこにこと笑っている女の子が、うっとうしいと心の中で冷めた声を上げる。「あんなやつら、死んじゃえばいいのに」街の中で、口から出ない声が、頭の中をぐわんぐわんと揺らす。
どれだけ聞きたくないと、耳をふさいでも直接聞こえてくる心の声に『こがらす』の心はどんどんすり減っていく。そしてついに限界を迎えた『こがらす』は、どこか遠くへと走っていく。そしてたどり着いた場所が、人が入ることを禁じられている森の中だった。
森の中を泣きながら歩く『こがらす』。そんな彼に誰かの声が届く。自分と変わらぬ歳くらいの、子供の声。
「さみしいよ」「つらいよ」「ひとりはいやだよ」
「だれか、ぼくと、ともだちになって」
ぐすぐすと、泣き声混じりの言葉は、『こがらす』の心を締め付けるもので。ふらふらとした足のまま、その声のもとへと向かう。そしてたどり着いたのは、木でできた小さな家。とん、と軽いノックの音。ぎい、と小さな音を立てて開いた扉の先には
「きみは、だれ?」
銀色の髪と目を持つ、『こがらす』と同い年くらいの魔法使いがいた。
『フィーレ』という名前を持つ彼は、人間と仲良くなりたい、魔法使いだった。けれど、人間たちをよく思わない魔法使いは、そんな彼を「普通ではない」という目で見て、嫌った。
そしてこの小屋に一人きりで暮らすことになったのだ。
それから、『こがらす』と『フィーレ』は仲良くなり、一緒に過ごすようになった。
好きなもの、嫌いなものも、自分の想いもすべてを話した。
「どうして、みんな、僕たちみたいに仲良くなれないのかな」
夕日を見ながら、『フィーレ』は呟く。こうやって魔法使いである自分は人間である『こがらす』と仲良くなれたのに、どうして他の人たちは仲良くなれないんだろうか、と。
「きっと、相手のことが分からないから、怖いんだ」
その言葉に、『こがらす』はそう返す。
そう、みんな、怖いだけ。相手のことが分からなくて、何を考えているのか分からないから、お互いのことを嫌うのだ。そこにあるのは「怖い」と言う感情。かつて二人が抱いていた物でもあった。
けれど、その感情も消えた。だって『こがらす』と『フィーレ』はずっと一緒にいて、お互いのことを知って、笑い合ったからだ。
「いつか、みんなも僕たちみたいに仲良くなれたらいいね」
『フィーレ』がそう呟けば、『こがらす』は小さく頷く。
「その手伝いが、出来たらいいな」
その言葉に、『フィーレ』頷いた。
しかし、その想いとは裏腹に、人間と魔法使いは疑心暗鬼に陥っていく。
そしてついに、境界線を超え、戦争を起こそうとしていた。
「待ってよ!あの人たちは怖い人じゃない!!」
「お願いだから武器なんて持たないでくれ!それじゃあ、怖いことが起きてしまう!!」
『フィーレ』と『こがらす』は必死に説得しようとするが、二つの種族たちはその言葉を聞いてくれない。
そしてついに、魔法使いが人間を傷つける魔法を、人間が魔法使いを傷つける弾丸を放った時だ。
人間を『フィーレ』が、魔法使いを『こがらす』が守った。
まさかそんな行動をとるとは思わず唖然とする人間たちと魔法使いたち。
本来、嫌い合っている種族が、相手を守るなんて思いもよらなかったからだ。
そんな彼ら、彼女らに、血を吐き出しながら、二人の子供は息も絶え絶えで言葉を紡ぐ。
言い聞かせるように、優しい声音で。
「いたいことも、ひどいことも、おたがいにきずついて、つらくなるだけだよ」
「だいじょうぶ、きっと、みんな、おたがいのことをしれば、なかよくなれる」
「「だって、ぼくたち/おれたちが、そうだったから」」
そう言って『フィーレ』と『こがらす』は銀色の瞳と黒色の瞳を合わせ、小さく微笑むと、息を止めた。
それから、その国の人間と魔法使いは手を取り合い、少しずつ仲良くなっていった。最後には、人間と魔法使いが隣にいて当たり前の国となった。
そして、種族が違っても、仲良くなれると証明した二人の絆は、語り継がれるようになった。
優しい黒色の人間と、素晴らしい銀色の魔法使いとして、永遠に
「めでたし、めでたし」
最後に大事な言葉を付け加え、その場でお辞儀をする。
大人、子供、女性、男性、淑女、紳士。全てを使い分けて『演じる』ことは、難しいことだ。けれど、自分なりに描写を考え、解釈を咀嚼し、『演技』をする。それが、聞いている誰かに届けばいい。
まったく種族が違っても、仲良くなれる。お互いのことを知って、受け入れられれば、きっと。
ふう、と息を吐き、汗を拭う。
リハーサルの時間がどれほど残っているか分からないが、もう一度気になる部分をやり直したほうが良いのかもしれない。少しでも、完成に、完璧にしなければ。
大事な物語なんだ。あの子たちのために作った、あの子たちに一番見せたかった物語だから、
ぱちぱちぱち
その時、不意に音が聞こえた。
その音は拍手の音で、オレ以外の第三者がこの場にいたことを知らせるもので。もしかしたら、もうリハーサルの時間は終わってしまったのかもしれない。次の人の交代のために、素早く移動しなければ。ごめんなさい、と謝罪し、舞台から降りようとした時だ。
「いやぁ、素晴らしい物語だったよ」
聞き覚えのある声が聞こえた。
いや、聞き覚えなんてものじゃない。ずっと忘れない、忘れられなかった声。オレにとっては、ずっと聞きたくて、でも、今は聞きたくなかった声だ。
ざっと顔から血の気の引く感覚がした。体を震わせながら、おそるおそると声の聞こえた方を向く。そこにいたのは、ぱちぱちと手を叩きながら、こちらへと向かってくる人たち。
白髪の、青色と水色のオッドアイを持つ女の子。
後ろにいるのは、海色のドラゴンガーネットを持つ男の子。
こちらを伺うは、兎のような長い耳を持つ、獣人の女の子。
「惜しむことがあるとすれば、その物語を一番に見たのが、僕らじゃないことかな」
「フリーナ、ヌヴィレット君、カロレちゃん……」
思わず呼んでしまった、三人の名前。それが、俺が彼女たちを覚えているという証明になってしまっていて。バッと口を押さえ、しまった、と思った時には遅かった。
「縁さん!!」
俺が覚えていることに喜んでいるのか、その大きな目に涙を浮かべながら、カロレちゃんが走ってくる。あの頃と全く変わらない歩幅で。だから、オレは、耐えきれなかった。
「来ないでくれ!!」
エピクレシス歌劇場に、俺の叫びに近い悲鳴が響き渡る。わんわんと反響したそれは、彼女たちにも届いていて。耳が痛くなるほどの沈黙の中、自らの身体を抱きしめる。ぎり、と強く掴みすぎた肩から嫌な音が鳴るのにも構わず。思わず伸ばしてしまいそうになった手を、必死に抑えながら。
「……オレは、オレは……君たちに、会いたくなかった」
血反吐を吐くような、自分の声。その声に、言葉に、目の前にいる大切な子たちが目を見開く。どうして、なんで、という感情を、その瞳に載せながら。それがオレの心を抉って、でも、その言葉を無かったことにしてはいけない。だって、これは、オレにとって譲れないことだったから。
「……縁、何故そんなことを言う。私たちのことを、嫌いになったのか」
「違う、そんなわけがない!!」
「じゃあ、どうしてなんだい?僕たちがあの日、君のもとに行けなかったから?……遠回しに、君を死に、導いてしまったから?」
「違う、違うんだ……!!」
ヌヴィレット君とフリーナの言葉を否定する。
あの日、カロレちゃんを庇ったことを後悔なんてしていない。そして、自分が死んだことだって。オレはそういう『役目』を与えられたんだと、そう思ったから。だから、二人のことを責めるつもりもなければ、カロレちゃんのせいでもない。そして、カロレちゃんを助けに来てくれたヴォートランさんも、悪くない。
じゃあ、何で会いたくなかったのか?
そんなの、単純で、当たり前のことじゃないか。
「オレは、再び望んだ誰かによって、このテイワットに来てしまった。その誰かが、今度は何を考えてオレをここに呼び出したのか、分からない。分からないから、怖いんだ……!!」
フリーナたちと出会った時に与えられた『役目』。それは、彼らと交流を深め、あの場で自分がカロレちゃんの代わりに死ぬことだった。あの日、確かに『役目』を終えたから、砂時計の砂も存在していなかった。
けれど、今回は違う。何が目的で、何をするためにオレはこのテイワットに落とされたのか、分からない。これでもし、フリーナやヌヴィレット君、カロレちゃんが傷つくために呼び出されていたとしたら?彼女たちを傷つけるために、オレが存在しているとしたら?考え始めたら、止まることはできなかった。
そんなことない、と断言できない。
断言できないから、会いたくなかった……!!
「オレは、君たちが傷つくのが、耐えられない。大切な、大好きな人たちだから、傷つくところなんて、見たくない。ましてや、それがオレが原因になるなんて、許せるわけがない!!」
思い出すのは、泣きじゃくるカロレちゃんと、必死にオレの名を呼ぶヴォートランさん。そして、ここにはいない、オレの目の前で血まみれになって傷つき、泣き叫ぶ、幼いオオカミくん。その姿を、光景を見て、何も思わないわけがない。オレのせいで大切な彼女たちが傷つくくらいなら、オレは再会しないほうが良かった。だから、オレは、フォンテーヌに来たくなかったんだ……!!
「……だから、もう、オレのことは忘れてくれ。記憶にして、過去にして、『ああ、こんな奴もいたな』って、その程度の存在にして、忘れてくれ。そうすれば、全て丸く収まるから……」
彼女たちの物語に、オレという異物はいらない。その異物であるオレは、彼女たちとは違う場所で生きるんだ。記憶も道も、交わることなく終わる。それでいい。それで良いはずなんだ。
さあ、舞台を降りよう。そして、もう二度と、彼女たちと会わないように、
「言いたいことは、それだけかい」
瞬間、風が走った。
いつの間にか、目の前には青色と水色のオッドアイが映っていて。突然のことに身動きが取れなかったオレの胸倉を、彼女は、フリーナは掴む。その瞳は涙で潤んでいて、情けない顔をしたオレが、その瞳に映っていた。
「僕に、僕たちに、『偉大なる魔法使い』を忘れろと、そう言うのか!?親愛なる君を忘れろと⁉ふざけるのも大概にしたまえ!!」
「ふりーな、」
「君は、カロレを救ってくれた!その命を懸けてもなお、僕たちが傷つかないようにと必死になって!!そんな君を、忘れられるわけがないだろう!?」
胸が締め付けられるような、叫びだった。聞いたことのない、フリーナの叫びが、オレの心を震わせる。胸の奥が痛くて痛くて、破裂してしまいそうだ。
「嫌なんだよ……僕はもう、あんな塩辛いチョコレートケーキ、食べたくないんだ……」
チョコレートケーキ。
その単語に、思わず目を見開く。そのケーキはあの日、オレが命を落としたあの日に、フリーナと一緒に食べようとした手作りケーキだ。何度も何度も練習して、味見だってした。だから、塩を間違えて入れるなんてことはしていない。甘く仕上がったはずなのに、それが塩辛いだなんてありえない。でも、目の前の彼女は塩辛いと言っている。嘘を吐くはずがない。それは、つまり、
「……泣いて、くれたのか?オレの、ために……?」
その言葉に返答はなかったが、それが答えだった。知ってしまったら、もう、駄目だった。
ぺたん、と足の力が抜けてしまい、座り込んだオレの胸元に縋りつきながら、フリーナは体を震わせる。じわり、と胸元が濡れていくのを感じたが、そんなこと、どうでもよかった。
いつの間にか、近くに来ていたカロレちゃんが、涙を流しながらオレの手に触れる。その手は温かくて、これが現実だと知らされる。おそるおそると言うように、その手を握り返せば、彼女は満面の笑みを浮かべてくれた。
「縁さん、私、ずっと貴方に言いたかったことがあるんです。あの日、後悔しかできなかった私に、ヴォートランが教えてくれたから。だから、ずっと、この時が来ればいいのにって思って。そして、やっと、言えるんです」
そう言って、カロレちゃんはオレの手をぎゅ、と強く掴んで、今度はふわり、と花が咲くように笑った。そして涙を流しながら、オレにこう言った。
「あの日、私を助けてくれて、守ってくれて、ありがとうございます、縁さん……!!」
ことん、とその言葉が心の中に落ちていく。そして、じわり、と視界がにじんでいく。泣かないようにしたくて、でも、どうしてもそれは不可能みたいで。涙で視界がにじむ中、こちらを見つめるヌヴィレット君を見る。その海の色のドラゴンガーネットに宿る感情は、分からない。けれど、問いかけずには、いられなかった。
「ヌヴィレット君、オレ、君たちと一緒にいても、いいのかなぁ……?」
情けないくらいに震えた声。役を演じる身としては恥ずかしくて仕方ないそれ。しかし、ヌヴィレット君は笑うことなく、そして馬鹿にすることなく、言葉を紡いだ。
「……それを決めるのは、縁、君だけだ。だが、」
そこで言葉を区切り、ヌヴィレット君は俺に近づくと、オレの頭を撫でる。そして、穏やかな、全てを許すような声で、言葉を続けた。
「私は、また、君の作った物語が聞きたいと、そう思っている」
思い出すのは、最期に叶えられなかったと後悔した約束。それを、ヌヴィレット君は覚えてくれていた。忘れても良いはずなのに、忘れるのが当たり前のはずなのに。それを聞いて、ぼろぼろと涙が落ちていく。ひくり、と引き攣った嗚咽が零れる。うん、うん、と何度も頷き、オレは今度こそ、涙を堪えようとせず、声を上げて泣いた。
そんなオレに、大切な人たちは、黙って傍にいてくれた。
ということで、これでいったん完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。
この後、ちょっとした設定なども投稿するので、興味があれば読んでいただけると嬉しいです。