ー先生sideー
先生は目の前の人物に、少しの隙を見せないようにしている。肩に乗ったピカチュウに、傍らに控えるルカリオも、鋭い視線を向けていた。
そう。ホシノが〈カイザーコーポレーション〉以上に警戒していた相手、『黒服』である。
『黒服』は、笑っているのかどうか判別するのが難しい貌だが、声だけは穏やかに調子で発した。
「・・・・あなたの事は知っています。『連邦生徒会長』が呼び出した不可解な存在。あのオーパーツ『シッテムの箱』の主であり、連邦捜査部『シャーレ』の先生。あなたの事を過小評価する者もいるようですが、『私達』は違います」
『私達』、複数形で言う辺り、他にもいるようだが、カイザーの関係者ではないように先生は思えた。そんな先生の訝しむような視線から察したのか、『黒服』が話し出す。
「・・・・先ず、はっきりさせておきましょう。『私達』はあなたと敵対する気はありません。寧ろ、協力したいと思っています」
アビドス対策委員会の皆を散々苦しめ、ホシノを連れ去った癖にいけしゃあしゃあと言う。ピカチュウとルカリオは、いつでもこの『黒服』をぶっ飛ばす用意はできていた。
「『私達の計画』において、『一番の障害』になり得るのは貴方だと考えているのです。私達にとってアビドスなんて『小さな学校』は、全くもって大した問題ではありません。ですが先生、あなたの存在は決して些事とは言えない。敵対する事は避けたいのですよ」
“貴方達は、一体何者なんだ?”
「・・・・おっと、そう言えば自己紹介をしていませんでしたか?」
敵対しないと言うが、目の前の人物はあまりに得体の知れない。先生は思い切って問うと、『黒服』は姿勢を正して応える。
「『私達』は貴方の同じ、『〈キヴォトス〉の外部の者』・・・・ですが、貴方とはまた違った『領域』の存在です」
そして、『黒服』は自分達の『組織』の名を言う。
「適切な名前がありましたので、今はソレを拝借して使っております。私達の事は〈ゲマトリア〉、とお呼び下さい。そして私の事は、『黒服』とでも、この名前が気に入っておりましてね」
“〈ゲマトリア〉・・・・”
文字と数値の対応関係を利用した解釈術を組織名としているようだ。そしてやはり、この人物こそが『黒服』。
先生が見据えていると、黒服は話を続ける。
「ゲマトリア‹私達›は、『観察者』であり、『探求者』であり、『研究者』です。貴方と同じ、『不可解な存在』だと考えていただいて問題ございません」
黒服はそこまで言ってから、先生に提案をする。
「一応聞きますが、ゲマトリア‹私達›と協力するつもりはありませんか?」
“貴方達は、自分達の観察と研究と探求の為に、アビドスの皆にしたような事を、これからも他の生徒達にもするの?”
「必要な事であれば」
“なら断る。微塵もない”
『ピカッ』
『カルゥ』
黒服の言葉を聞き、先生は断言するようにキッパリと断ると、ピカチュウとルカリオも視線を鋭くして頷く。
「・・・・左様ですか」
ある程度予想していたのか、短く応える黒服は、先生に疑問をぶつける。
「『真理』と『秘儀』を手に入れられるこの提案を断ってまで、貴方は〈キヴォトス〉で何を『追求』するつもりですか?」
“少なくとも、そんな提案に興味はない。私はホシノを返してもらい、ついでにカイザーに使われている『R』の原料の回収し、カイザーに捕らえられているパラドックスポケモン達を自由にしてあげたいだけだ”
先生がそう言うと、黒服は少し黙るが、すぐに身体を小刻みに揺らしながら声を発する。
「・・・・くっくっくっ。貴方の行動に『正当性』が無い事にお気づきですか、先生? 今の貴方に一体何の権利があって、そんな要求をされているのでしょう? 『R』やパラドックスポケモンに関しては、〈連邦生徒会〉に知られてしまった以上、最早ソチラの好きなようにして構いません。ーーーーですが、小鳥遊ホシノはもうアビドスの生徒ではありません。届け出を確認されていないのですか?」
ーーーーカタカタ・・・・カタカタ・・・・。
先生の懐にいる子達が、今にも出てきそうになるのを、先生は抑えてから、含み笑みを浮かべる黒服に応じた。
“・・・・まだだよ”
「・・・・ほう?」
“貴方こそ、ちゃんと確認を取っていないね。ホシノの『届け出』には、『顧問』である私のサインが記されていない”
「・・・・・・・・」
先生がスマホロトムで撮影した書類を見せると、確かに、先生のサインが記されていない。ソレを見て、黒服は含み笑みを消し、薄っすらと目を細めているように先生には見えたが、そんな事に構わず口を開く。
“だから、ホシノはまだ対策委員会の所属だしーーーー”
彼女を居場所に帰す為に。
“まだアビドス副会長だしーーーー”
彼女の帰る場所に帰す為に。
“ーーーー今でも私の生徒だ”
『先生』としての『責務』を果たす。
「・・・・なるほど。貴方が『先生』である以上、担当生徒の去就には貴方のサインが必要・・・・そう言う事ですか。なるほどなるほど・・・・」
黒服は理解するように反芻する。
「学校の生徒、そして先生・・・・ふむ、中々に厄介な概念ですね」
“貴方達はあの子達を騙し、心を踏み躙り、その苦しみを利用した”
「ええ、確かに仰る通りです。他人の不幸よりも、私達は自分達の利益を優先しました。ソレを否定はしません。私達の行動は、善か悪かと問われればきっと『悪』でしょう」
先生の糾弾に、黒服は開き直っているかのように返す。
「しかし、“ルールの範疇です”。ソコは誤解しないで頂きましょうか。アビドスに降りかかった『厄災』は、ゲマトリア‹私達›のせいではありません。アビドスを襲った砂嵐は、大変珍しい事とは言え、『とあるポケモン達』の争いで生じたものです」
“ポケモン達が・・・・?”
先生が訝しそうな視線を向けると、黒服はコクンと頷いた。
「ええ。三体の強大な力を有したポケモン達のぶつかり合いと言う、天変地異レベルの戦いによって発生した副次災害、としか言いようがありません。私達はあくまで、その機会を利用しただけ。そして、我々がパラドックスポケモンを呼び出せるようになったのも、ソレが要因の一つなのです」
“パラドックスポケモンが?”
「そう。三体のポケモン達の激突によって生じたのは砂嵐だけではなく、時空間に歪みが生まれる『特異点』が生まれた。最初こそ『針の穴』にも満たない小さな『穴』でしたが、年月によってソレは今や大型ポケモンくらいの大きさとなり、そしてソコから、貴方の手持ちとなっている『Fー00・テツノオロチ』、もといミライドンと、『ミライドンと対となるポケモン』が現れたのです」
“ミライドンと対となる・・・・まさか!?”
先生の脳裏に、巨大ドンファンと機械ドンファン、現代のドンファンの古代と未来の同種を思い浮かべ、もしやと思い黒服を見ると、黒服は頷いた。
「その個体はモトトカゲの古代の姿、『Aー00・ツバサノオウ』。調べてみると、本来この二体は、凶暴な性格と冷酷な性格の個体達なのですが、彼らは穏やかな気性をしていたのかすぐに打ち解け、まるで兄弟のように仲が良かったとか。そして、その二体が出てきた『歪み』に干渉する『装置』を置いたのです」
“・・・・・・・・”
先生は、ミライドンがアビドスに行くのを恐れていたが、同時に、行かなければならないというジレンマに陥っていたのを思い出し、恐らくその兄弟分である『ツバサノオウ』を助けに行きたかったからなのだろうと考えた。
そして黒服が話を続ける。
「砂漠と化したアビドスで、水を求めて死にゆく者に、水を提供する・・・・ただし、一生奴隷として働いても返済できない額で。“ただそれだけの事です”。さして珍しくもない、世の中にありふれた話でしょう。何も私達が特別心を痛め、全ての『責任』を取るべき事ではありません。私達が始めて作った事例でもなければ、私達がソレをしなかった所で消えるものでもないのですから。持つ者が、持たざる者から搾取する。知識の多い者が、そうでない者から搾取する。『大人』なら誰もが知っている、厳然たる世の中の『事実』ではありませんか?」
確かにそうなのかも知れない。全ての人間を平等に救うなんて、強欲で傲慢な考え方なのだろうかも知れない。
しかしーーーー。
「そう言う事ですから・・・・アビドスから手を引いていただけないでしょうか、先生。ホシノさえ諦めていただければ、あの学校については守って差し上げましょう。カイザーPMCの事については、もう既に〈連邦生徒会〉や〈ヴァルキューレ警察学校〉、さらに各校の風紀委員会が動いていますが、それでアビドスから手を引く訳では無いので、私達の方で解決します。あの子達もどうにか、アビドス高等学校に通い続ける事ができる筈です。そしてコレは、あのホシノさんが望んでいる事の筈。いかがですか?」
“断る”
『(コクン!)』
先生は即答し、ピカチュウ達も頷いた。
そして・・・・。
ーーーーポンッ! ポンッ!
先生の懐にしまっていたモンスターボールから、目元に影を差したヤドキングと、『もう一匹のパートナー』が、敵意に満ちた目で黒服を睨んでいた。先生のルカリオが抑えているが、そうでなければこの二匹は、今にも黒服の身体を雑巾のように絞り上げ、その頭を喰いつまんでいるだろう。
“この子達も、ホシノを返せと言っているしね”
「・・・・どうして? どうあっても、私達と敵対するおつもりですか? 確かに貴方のポケモン達は『マスタークラス』と言える上に、貴方も中々頭も切れる。しかし、貴方自身に戦う力など無いでしょうに!」
先生の判断が、心底理解できないと言わんばかりに、狼狽したように声を荒げる。
しかし、先生は『大人のカード』を取り出す。
「・・・・・・・・」
ソレを見ると、黒服は若干落ち着きを取り戻して声を発する。
「・・・・先生。確かに、ソレは貴方の『武器』です。しかし、私はその『リスク』を薄っすらとですが知っています。使えば使う程、削られてゆく筈です。貴方の『生』が、『時間』が。・・・・そうでしょう?」
『っ!』
黒服の言った言葉を聞いて、ピカチュウ達は目を見開いて、先生を見るが、先生は怯まず黒服を見据えた。
「ですからそのカードはしまっておいて下さい、先生。貴方にも貴方の生活がある筈です。食事をし、電車に乗り、家賃を払う。そう言う無意味でくだらない事を、キチンと解決しなくてはいけないでしょう? 是非そうして下さい、先生。あの子達よりも、もっと大事な事に使って下さい」
黒服は先生が『大人のカード』を使わせないように、言葉を並べていく。
「放っておいても良いではありませんか。元々、貴方の与り知る処では無いのですから」
だが。
“断る”
先生がまたも即答すると、黒服は今度こそ狼狽しだす。
「なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? なぜ? 理解できません。なぜ? なぜ断るのですか? どうして? 先生、ソレは一体何の為なのですか?」
『『・・・・・・・・』』
黒服の問い掛けの答えを、ホシノの手持ち達も聞いていた。
先生は、こうしている間にもホシノが、一人で苦しみの道を歩んでいるのではないかと、泣きながら孤独に歩いているのではないかと思うと、迷いなく言葉を発した。
“あの子達の苦しみに対して、『責任を取る大人』が誰もいなかったから”
「・・・・何が言いたいのですか? だから、貴方が『責任』を取るとでも? 貴方はあの子達の『保護者』でも、『家族』でもありません。貴方は偶然アビドスに呼ばれ、偶然あの子達と会っただけの『他人』です。一体どうして、そんな事をするのですか? なぜ、取る必要のない『責任』を取ろうとするのですか?」
“それが、『大人』のやるべき事だから”
「・・・・・・・・」
先生の言葉に、黒服は一度黙るが、やがて、察したように声を発する。
「・・・・ああ、そうですか。『大人』とは、『責任を負う者』、そう言いたいのですか? 先生、その考えは間違っています」
先生の考える『大人の在り方』を、黒服は否定する。
「『大人』とは、望む通りに社会を改造し、法則を決めて、規則を決め、常識と非常識を決め、平凡と非凡を決めるのです。権力によって権力の無い者を、知識によって知識の無い者を、力によって力の無い者を支配する、それが『大人』です。先生‹自分›には関係の無い話、なんて事は思わせません。・・・・貴方はこの〈キヴォトス〉の『支配者』にもなり得ました」
遠回しに『シッテムの箱』の事を、言っているようである。
「この学園都市における莫大な権力と権限。絶大な力を持つポケモン達の所有。そしてこの学園都市に存在する神秘。その全てが、一時的にとは言え貴方の手の上にありました。しかし、貴方はソレを迷わず手放した。理解できません。一体その選択に、何の意味があるのですか? 真理と秘義、権力、お金、力・・・・その全てを捨てる何て言う無意味な選択を、どうして!?」
黒服は今にもヒステリックになりそうになるが、先生の脳裏には、どんなに理不尽で苦難な道であろうと、仲間と一緒なら笑って進んでいったアビドス対策委員会の皆の笑顔が過った。
“・・・・言ってもきっと、貴方には理解できないと思うよ”
それは、自分とゲマトリアは、『絶対に分かり合えない』と言う意味が含まれていた。
「・・・・良いでしょう。交渉は決裂です、先生。私は貴方の事を気に入っていたのですが・・・・仕方ありませんね。先生、ホシノ‹彼女›を助けたいですか?」
先生は何の躊躇もためらいもなく、コクリと頷いた。
「小鳥遊ホシノは、アビドス砂漠のバンギラス達の縄張りに作られたカイザーPMC基地の中央にある、実験室にいます。それと、その近くにパラドックスポケモン達を連れてくる『時空転移装置』、幼稚に例えると『タイムマシン』が置かれています。小鳥遊ホシノに関しては、『ミメシス』で観測した神秘の裏側、つまり『恐怖』。それを、生きている生徒に運用する事ができるかーーーーそんな実験を始めるつもりです。そう、小鳥遊ホシノを実験体として」
『『ーーーー!!!』』
「ぐっ・・・・!!」
その瞬間、ヤドキングが目を光らせると、黒服の身体が宙を浮き、ギチギチと身体を締め付けられているかのように音を鳴らす。
「わ・・・・私を、殺した所で・・・・小鳥遊ホシノは、戻ってきませんよ・・・・!!」
“・・・・ヤドキング、止めて!”
『・・・・・・・・』
しかし、ヤドキングは手を緩めようとしてその時、『もう一匹』の方が動き、黒服に飛びかかる。
しかし、黒服の影から『何か』が飛び出し攻撃しようとするが、ルカリオが【はどうだん】を放ち、相殺すると『ソレ』は後ろに後退した。
“・・・・そのポケモンが貴方のパートナー、いや、『道具』って事なのか?”
「ーーーーええ。ご紹介しましょう。『ダークライ』です」
床に降ろされた黒服が衣服を整えると、そのポケモンを紹介した。
黒い衣を纏った得体の知れない不気味な容姿をし、頭部には白髪の様なものがある。またその髪の毛の様なものから片目だけが覗いており、首元には赤い首飾りの様な、牙の様なものがあり、片腕はなく、その姿はまるで亡霊や死神を彷彿させる『幻のポケモン』・『あんこくポケモン・ダークライ』である。
しかし、ダークライのその目には光が宿っておらず、白い目で動いており、自分の意思で動いている訳ではなく、操られているようであった。
“そのダークライも、操っているのか?”
「くっくっくっ。私ごときでは『伝説クラス』に『幻クラス』のポケモンを操る技量など持ち合わせていませんからね。この〈キヴォトス〉で生きていく為の必要な措置です」
“・・・・・・・・”
先生が、懐から『黒いオーブ』と手首にしたブレスレットを構え、ピカチュウとルカリオも構えようとするが、黒服が制止するように手を少し上げた。
「ここで私と戦うのは良いですが、早く小鳥遊ホシノの元へ向かうべきでは? カイザー理事はまだ生きています。貴方への復讐に執念を燃やしている彼が、小鳥遊ホシノに何もしない保証はありませんよ?」
“・・・・・・・・”
そう言われ、先生は納める。
「もしホシノが失敗したら『あの狼の神』の代わりに、と思っていたのですが・・・・ふう、どうやら前提から崩れてしまったようですね」
黒服が、やれやれと肩をすくめる。
「そう言う事ですので、精々頑張って生徒を助けると良いでしょう。微力ながら、幸運を祈ります」
本当なら目の前のこの男に、アビドスの借金を払わそうと思うが、この手のタイプはソレを理由にしてどんな要求をしてくるのか分かったものではないので、口にしない事にした。
それよりも、先生は気になる事を黒服に問うた。
“・・・・幾つか、聞いておきたい事がある”
「答えられる範囲でなら、教えてあげますよ」
黒服がそう応じたので、先生は聞いてみた。
“〈カイザーコーポレーション〉に、『R』を提供したのはゲマトリア‹貴方達›か?”
「・・・・何故、そう思ったのですか?」
“あくまでも推測だけど、“『R』の原料を私は知っている”。カイザーごときが、『彼』から奪えるとは思えないし、『過去や未来からポケモンを連れてくるなんて技術力』、つまり『タイムマシン』なんて、〈ミレニアム〉ですら不可能なのに、カイザーが作り出せるとは思えない”
「・・・・まぁ、確かにそうですね」
肯定を示す黒服。先生は目を細めて問いかける。「返答によっては、ここで戦り合う事になるぞ?」、と言う意思を込めて。
“貴方がカイザーに、『R』とパラドックスポケモンを連れてくる技術を渡していたのか?”
「・・・・一つ、言っておきましょう。ダークライをこんな風に扱っている私では説得力は皆無でしょうが。私はカイザーのように、ポケモンを『化け物』だの『道具』だの思っていません。寧ろ、『創造主』が創り上げた『この世界』のもう一つの神秘とすら思っています。その神秘を無理矢理暴走させるような薬、私もあまり好みではありません。パラドックスポケモン達の方は、その神秘の太古と未来の姿に興味を抱いたから、装置と『核』を提供したのです。『R』に関しては、よりカイザーを思い通りに動かし、尚且つ『実験』の為に提供するようにーーーー“渡された物です”。それをカイザーが大量量産しただけなのです」
“渡された物”、つまり、黒服も第三者から『R』を受け取り、それをカイザーに提供、カイザーが量産した、と言う事だ。
“・・・・その話が本当なら、『Rの原料』は何処にある? 貴方が持っているのか? 一応言っておくけど、ルカリオがいる以上、嘘とかは通用しないからね? 少しでも嘘を言えばーーーー『彼』も出す”
先生は懐からーーーー『友人の入ったボール』を手に取る。
「っ・・・・・・・・」
そのボールを見て、黒服は固唾を呑んだような気がした。
「『原料』は所持していません」
“誰が持っている?”
「ゲマトリアのメンバーの一人、と言っておきましょう」
“どんな人だ?”
「我々の間にも『守秘義務』があるので、ソレは答えられません」
“ソイツは今何処で何をしている?”
「我々は全員が対等の立場で上も下もなく、各々がそれぞれのやり方で動いてますから、ソコまでは知りません」
“ソイツは『R』で何かをやろうとしているの?”
「恐らくですが・・・・。貴方が生徒達の為に戦い続けるならば、『彼女』はいずれ必ず、貴方の前に現れるでしょう」
サラッと気になる単語があった。
ーーーー『彼女』。
つまり『Rの原料』を所持しているのは、〈ゲマトリア〉の『女性メンバー』である事だ。完全に信用する訳では無いが、ルカリオと『彼』をチラッと見ると、黒服は嘘は言っていないと視線と『念話』で返した。
“・・・・分かった。それだけは礼を言うよ”
「・・・・先生。因みに、貴方が遭遇したパラドックスポケモンの名は、『Aー01・イダイナキバ』、『Fー01・テツノワダチ』と呼ばれています」
“ーーーーそう”
あまりセンスのある名前ではなかった事に、少し苦笑してしまいそうになる。
「先生。私はポケモントレーナーとポケモンの関係と言うものにも、興味があるのですよ」
“・・・・・・・・”
「性能では大型ポケモンとも渡り合える改造パワードスーツを打ち破り、さらに能力値では圧倒している筈のドラピオン達やバンギラス達を退け、さらにボスクラスを一対一で打ち破った。我々の計算を次々と討ち破るイレギュラーの連続。これも先生、貴方の力、『神秘』だとでも言うのですかな?」
“ーーーー絆のないトレーナーとポケモンなんて、真のパートナーじゃない”
「ん?」
“例えどんなに強いポケモンを所有していても、強制的に従わせているだけの繋がりに、『絆』なんてなかった。たったそれだけだよ”
それだけ言うと、先生はもうここに用はないと言わんばかりに、ピカチュウとルカリオ、そしてヤドキングともう一匹を引き連れ、この場を去ろうとした。
「・・・・先生」
しかし、黒服はその先生の背中に向かって声を発する。
「ーーーー我々〈ゲマトリア〉は、貴方の事をずっと見ていますよ」
不穏な言葉に構わず、先生は帰っていった。
ー黒服sideー
「・・・・・・・・ふぅ、やはり駄目でしたか。しかし・・・・ここで戦う事にならなくて良かった・・・・」
黒服はネクタイを少し緩めると、安堵したような溜め息を溢した。
先生の手持ちのピカチュウとルカリオ、小鳥遊ホシノの手持ちの二匹、これだけでもダークライが苦戦しそうなメンバーであるが、黒服が最も警戒していたのは、先生の『隠し玉』と言える『あのポケモン』だろう。
「『あのポケモン』が相手では、ダークライでも勝てるか分からない。唯でさえ意識がない状態では本来の力の半分しか引き出せないのだからな」
黒服は、静かに佇むダークライをジッと見据える。
「ーーーー『絆のないトレーナーとポケモンなんて、真のパートナーじゃない』、か・・・・」
先生に言われた言葉が、妙に心に突き刺さっていた。
ー先生sideー
そして、夜のアビドス高校の対策委員会の教室に戻ってきた先生を、シロコ達が出迎えた。
「おかえり、先生」
『ルガル♪』
「先生! お待ちしておりました!」
『ドサイ!』
「先生!」
『ウォー!』
「先生・・・・」
『フライ!』
『ルドン』
『リザー!』
『カメー!』
『ソーソ!』
皆が笑顔で、機械ドンファンことテツノワダチは分からないが、先生達を出迎える。
“ただいま。アヤネ、そのドンファンの名前、『テツノワダチ』って言うらしいよ”
「えっ? 『鉄の轍』、ですか?」
『ファン』
アヤネが敬称に名前に首を傾げるが、テツノワダチはコクリと頷いた。
「センスのない名前ねぇ」
「では私達で、後でニックネームを付けてあげましょう♧」
と、話していると、シロコが先生に向けて口を開く。
「それはそれとして・・・・何か、掴んできた顔だね、先生」
シロコは本当に勘の良い子だと思う。
「じゃあ、改めてーーーー」
“ホシノを助けに行こう!!”
「・・・・ん。行こう」
『ルガル』
シロコとルガルガンが応える。
“ホシノを助けて、ここに連れ戻す!”
「はい、そう言って下さると思っていました!」
『フライゴン!』
『ルドンファン』
アヤネとフライゴンも元気良く応え、テツノワダチも一応は応じてくれた。
“助けて、その後は厳しく叱ってあげないと!”
「うんうん! 自分で言った事を守れなかったんですから、お仕置きです! キチンと叱ってあげないと!」
『ドサイドン!』
ノノミとドサイドンが満面の笑みで応える。
“『おかえり』って言って、『ただいま』って言わせよう!”
『ウォー!』
「うん・・・・えっ!?」
ウォーグルは応じたが、セリカはすぐに顔を赤くした。
「何それ、恥ずかしい! 青春っぽい! 背筋がゾワッとする!////」
「私はする」
『ルガ』
「え、え!?////」
気恥ずかしいセリカと違い、シロコとルガルガンはやるといった。
「セリカちゃんがしなくても、私もします!」
『ドンドン!』
「えっ、えぇっ!?////」
ノノミとドサイドンもやる気になっている。
「わ、私も、ちょっと恥ずかしいけど・・・・////」
『フラフラ♪』
『ルドン?』
親友のアヤネまでやる気になっている。フライゴンはノリノリだが、テツノワダチは「何で恥ずかしいんだ?」と言わんばかりに首を、と言うか身体を小さく傾げた。
『ウォー』
「や、やらないわよウォーグル! やりたいなら勝手にして! 私は絶対、そんな恥ずかしい事言わないから!!////」
ウォーグルが訴える様な視線を寄越すが、セリカはプイッと顔を逸らした。
その様子に苦笑しながらも、アヤネは話を続ける。
「あ、あはは・・・・ではそれはそれとして、救出の為の準備を・・・・」
「でも、今の私達だけじゃ勝てない」
シロコは冷静に現実的な意見を言う。カイザーPMC理事が、現在向こうの基地が保有している戦力や、まだ有効かどうか分からないが、自分の権限で使える兵力を総動員して待ち構えているだろうし、あの巨大ドンファンや、データが全くないパラドックスポケモン達とも戦うかも知れないのだ。
ビブラーバとサイドンもそれぞれ、フライゴンとドサイドンに進化し、テツノワダチと言う味方も付いたが、それだけで勝てるとは思えない。
「誰か協力者を・・・・」
「便利屋は?」
「確かに私達の事を助けてくれましたが・・・・もう一度お願いしても良いのでしょうか?」
「大丈夫だって! また何処に行ったんだが知らないけど、ここまで散々迷惑かけられてきたんだから、これくらいのお願いは聞いてもらわないと!」
確かに、便利屋68は頼りになるし、いざとなれば先生の方で依頼すれば何とかなるかも知れないが、それでもまだ戦力は欲しい所だ。
“・・・・私に考えがある”
「え・・・・? えっとそれはどういった・・・・」
先生の言葉に、アヤネが首を傾げると、先生は言葉を続けるとーーーー。
『えぇっ!?』
対策委員会が、驚きの声を上げた。
◇
そして翌日。
先生は頭にピカチュウを乗せたミライドンに跨り走らせ、『キヴォトス三大学園』の一角にして、アビドスからも地理的に近く、尚且つ、『R』による事件で最も被害を被りそうになった学園ーーーー〈ゲヘナ学園〉へと赴いた。
“ここが〈ゲヘナ学園〉か・・・・思ってたより綺麗な感じだね?”
『ピカッ』
『アギャッ』
〈キヴォトス〉でもヤンチャな生徒が多いと聞いていたので、ブラックマーケットのような感じを勝手に想像していたので、意外にも思えた。
そして正門の上には、四匹程のヤミカラス達が鎮座していた。以前カヨコから聞いたが、ゲヘナのヤミカラス達は風紀委員長・空崎ヒナの手持ちであり、『ゲヘナの空の支配者』と称されるドンカラスの手下であると言っていた。
ならばーーーー。
“ヤミカラス! 私はシャーレの先生だ! 君達のボスに、シャーレの先生が来たって伝えてくれないかな?”
『・・・・・・・・』
ヤミカラス達は先生を一瞥してから、話し合うように声を発すると、一匹のヤミカラスが先生の方に顔を向け。
『ヤミカー!』
と、一声、『ちょっと待ってろ』と言いたげに鳴いてから、一匹のヤミカラスは翼を広げて、ゲヘナの校舎へと向かった。恐らく、ボスであるドンカラスに伝えに向かったのだろう。
後はドンカラスがヒナを連れてきてくれれば良いのだが。
「ーーーーおい! そこで何してるっ!?」
ミライドンをボールに戻して、ヒナを待っていた先生に話しかけたのは、銀鏡イオリとヘルガーであった。
“や。イオリにヘルガー”
『ピカチュウ!』
「げっ!」
『ガっ!』
先生とピカチュウが挨拶すると、イオリとヘルガーは、「厄介なやつが来たよ・・・・」と言いたげな顔をした。
「・・・・シャーレの先生、一体何の用だよ?」
“うん。ちょっとヒナに会いに来たんだ”
「はぁ? 風紀委員長に会いたい? ゲヘナの風紀委員長に、そんなに容易く会えるとでも思っているのか?」
“とりあえず、ヤミカラス達にはお願いしたから”
「おいヤミカラス! 駄目だろう! 知らない人のお願いを聞いて、ヒナ委員長の仕事を増やすのは!」
『ヤミヤミ、ヤミカー!』
『ヘル? ヘルガル』
イオリで先生を指差して正門の上にいる3匹のヤミカラス達に大声で怒ると、ヤミカラス達は弁解するように鳴き、それを聞いたヘルガーが、イオリに伝えるように吠える。
「えっ? 委員長の方が、『先生が来たら自分に報告しろ』ってヤミカラス達に指示を出してた?」
どうやら先生が来る事は、ヒナにとっては織り込み済みだったようだ。
「いやヒナ委員長がOK出しても、簡単に会わせる訳にはいかないんだよ!」
本人が会うの承諾しても、イオリはダメだという。先生は困ったような顔をすると、イオリに話しかける。
“そっかー。じゃあ、どうしたらヒナに会えるのかなぁ?”
先生が困った顔をすると、イオリはキラン、と目を光らせ、ヘルガーは嫌な予感を感じて半眼になる
「そうだな、じゃあ土下座して私の足でも舐めたら・・・・のわっ!?」
と、イオリが言い終わる前に、ピカチュウがイオリの足元に鋭い【アイアンテール】で足払いをし、ヘルガーが倒れそうになるイオリの身体を受け止めると、イオリは地面に尻餅を付く。
先生はすかさずイオリの靴を脱がせて地面にキチンと置き、両足の靴下を全て脱がして綺麗に折りたたみ、その褐色のお肌が健康的で、スラリとした綺麗な美脚が露わにされる。
さらにボールから出たルカリオが倒れたイオリの両腕を掴んで頭の上にあげさせて拘束し、ピカチュウが片脚にしがみ付いて抑えると先生はイオリの足を手に取りーーーーその足を舐めた。
「ひゃんっ!?」
『っ!?』
イオリが可愛い悲鳴をあげ、ヘルガーが目を見開いてフリーズした。
この間、僅か三秒未満である。
「ちょっ、まだ話の途中・・・・んっ! ちょっと!?」
イオリが必死に身体を動かそうとして何か言うが、両腕はルカリオに、片足はピカチュウに抑えられて何もできず、先生はソレに構わずイオリの足の指を口に含んで舐め、指の隙間に舌を入れ、イオリの足を味わい尽くすように舐め回す。
「んんっ!ーーーー大人としてのプライドとか、人としての迷いとかはないのか!?」
“そんなものは無い!”
「おかしい! 変態! 歪んでる! おい! お前らのトレーナー絶対変だぞ!?」
『『・・・・・・・・』』
ピカチュウとルカリオに向かって叫ぶイオリだが、二匹は明後日の方向に顔をそらして、完全黙秘の姿勢になっていた。
「ヘルガー! この変態に向けて【かえんほうしゃ】をーーーー」
イオリがあまりの展開にフリーズしていたヘルガーに指示を出そうとしたその瞬間ーーーー。
ーーーードゴォォォォォォォォォォォォンン!!
「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
“うわぁぁぁぁっ!?”
『ピカチュウ!』
『カル!?』
『ヘルっ!?』
突然思わぬ方向からやって来た衝撃に、一同は吹っ飛び、地面に転がった。
「アイタタタタ・・・・な、なんだぁ!? 『美食研究会』の報復か!? 『温泉開発部』の襲撃かぁ!?・・・・・・・・あ」
顔をあげたイオリの目の前には、冷酷な瞳で自分達を見下ろす、ヒナの手持ちのアブソルが立っていた。
そしてアブソルの後ろを見ると、同じく手持ちであるヒナのゴロンダの背中が見えた。
「ゴ、ゴロンダ? どうしたのいきなり?」
ゴロンダからヒナの戸惑っているが何処か喜んでいる声が響く。どうやらゴロンダがヒナを正面から抱き締めて視界を塞いでいるようだ。
そして正門の上を見ると、ヤミカラス達から状況を詳しく聞いて、イオリに対して冷たい視線を向けているドンカラスがいた。
黒服とダークライって、見た目似てませんか?
黒服には毅然としてカッコよかったのに、先生の変態がイオリのせいで覚醒してしまった(笑)