『オルクセン王国史/二次創作』理想の涙 作:わいるどうぃーぜる
いまはなき佐藤大輔氏、そしていまもご活躍されている押井守監督に敬意を。
暗い嵐の夜だった。
その一発の銃声は風の音にかき消された。
ただ、一人の耳に届いたのを除いて。
北国と言っていいエルフィンドの首都、ティリオンだが、この季節はひどく暑くなる。
冬の寒さに耐えるように作られた窓からは、朝の日差しが入り、ねばつくような暑さになっている。
それに加え、部屋の中は重い匂いで満たされていた。
血と、赤ワインの匂いだ。
その部屋の真ん中には、一人のこと切れたダークエルフが倒れていた。
数時間後。
「ガイシャは『聖白銀樹孤児院』院長、エウレア・メルリンド。第一発見者は通いの女中です」
すでに遺体は運び出され、跡をチョークで囲まれている。
が、現場となった居間に残された、絨毯になまなましく残った血痕は隠せない。
辺りにはうっすらと泥のついた足跡が散乱し、その中心に割れ、中身をぶちまけたワインの瓶があった。
「死因は至近距離からの心臓への一発。運悪く、昨晩は嵐でした。なので周辺の痕跡も匂いもほぼ消えています」
きっちりとアイロンの当てられた背広を身にまとい、傍らの上司に説明しているのは、人の体に犬の頭部をつけたような種族、コボルト族の若者だ。
黒い毛皮か特徴的な、シェパード種に属する彼は、彼らの種族にしては大きい背をかがめて傍らの上司に説明している。
「残されたのは屋内の痕跡のみか。ベルガー、近所の聞き込みは?」
そう説明するコボルトの巡査長に聞いたのは、いささかくたびれた背広に身を包んだ、人間族のローティーン並みの身長の、ビーグル種のコボルトだった。
「それも空振りですねシュルツ警部補。嵐の気配がしていたので、近所のエルフたちは皆、雨戸を閉め早く就寝しています」
ふん、とシュルツと呼ばれたコボルトは鼻を鳴らす。
白色の毛皮に包まれた顔は、鼻筋を通って鼻先までの毛だけが黒い。
黒色の垂れた耳も相まって、笑えば愛嬌がある、とおもわせる顔立ちだが、今、その顔は獲物を狙う猟犬の輝きを宿している。
剣呑に光る瞳が、ぐるりと室内を見渡す。
室内は簡素を通り越して質素ともいえるもので、ただひとつ装飾品と言えるのは、マネキンに飾られた黒の軍服。
よく手入れされたオルクセン騎兵将校服、伝説のアンファウグリア旅団の制服だった。
「物盗り、の気配はないな」
貴重品を入れているであろう物入れ、タンスは開けられた形跡はなく、室内も乱れた様子はない。
「あとで女中に確認させます」
「そうしてくれ。しかし、そうなると」
遺体の周りに散らばる足跡は人間を基準にしても巨大であり、これだけの足を有しているのは、
オーク。
かつては悪鬼とうたわれた野蛮な魔種族であり、しかし賢王グスタフ・ファルケンハインにより、未曾有の発展をとげ、このエルフの国をも併合した種族。
怨恨か、痴情のもつれか。
そう口に出しかけて、シュルツは口をつぐんだ。
今のうちから予断にとらわれてはいけない。いかに現場を重ねようとも、見落としは必ずある。
「痴情のもつれか何かですかね? 我が王が婚姻されてから、そういうことも増えて」
なので、無言で彼はベルガーの尻をはたく。
抗議の目を向けてくる彼に、シュルツは言った。
「すべての情報が出揃うまで、安易に決めつけるな。さあ、ガイシャが運営していた孤児院へ聞き込みに行くぞ」
普段はぴんと立っている耳をすくめ、部屋を出ていくベルガーのあとに続きながら、シュルツは運び出される寸前の、遺体の顔を思い出していた。
悲しみ。
眼鏡をかけたその顔には、かれが見てきた多くの遺体に浮かんでいた、驚愕、恐れ、怒り、無念さはなかった。
ただ、悲しみだけがそこにはあった。