『オルクセン王国史/二次創作』理想の涙 作:わいるどうぃーぜる
「ご足労をおかけします」
殺風景な軍の面会室に、重く低音の声が響いた。
コボルトにとってみれば巨大な、飾り気のない木の椅子に座るそのオークは、巌のような、という表現がぴったりだった。
オークは牝でも他種族を上回る体格を持つが、その中でも選別され、厳しい訓練をくぐり抜けてきた目の前の牡は、ただそこにいるだけでも無言の圧力をかけてくる。
「ギュンター・エッドガルム特務少尉ですね。装甲擲弾兵中隊……、に所属されているそうで」
「
「いくつか質問をいたします」
「かまいません」
「二日前の晩はなにを?」
「当直後、営外の宿舎に戻っています」
「その間のアリバイは」
「
「その他ですが……」
木で鼻をくくったような答えに悪戦苦闘しているベルガーを横目に、シュルツはじっと「観察」している。
「エウレア・メルリンド氏がお亡くなりになったのは知っていますか?」
その問いに、ようやく反応があった。
ぴくりとギュンターのまぶたが動く。
「
「なぜ知っているのですか?」
「孤児院から知らせが来ました。個人的に」
「あなたは孤児院に日常的に顔を出していたのは事実ですか?」
「事実です」
シュルツはちら、と時計を見た。軍から与えられた時間が迫ってきている。
「最後の質問ですが」
シュルツが声を出すと、ベルガーが驚いて彼の方を向く。
「現場にはオークのものらしき足跡が多数残されていましたが、これについての心当たりは?」
ほんの一呼吸だけ、ギュンターの返答が遅れる。
「わかりません」
「ちょっと、わからないとはなんです……」
ベルガーが食ってかかるが、シュルツはそれを手を出して制止した。
聞こえよがしにオークの哨兵が咳払いをする。
「時間だ。今日はお時間をとらせて申し訳ない」
「かまいません」
まだぶつぶつ言うベルガーを引っ張るようにして、面会室を出ていく。
扉が閉まる瞬間、シュルツは部屋の奥にまだ座るオークを見た。
その姿は、忘れられ、打ち捨てられた英雄の像のようだった。
「なんですあの態度」
ハンドルを荒っぽくさばきながら、自動車があまり目立たない大通りを、ベルガーは腹立ち紛れにオープントップの軍用車、通称「ヴィルトシュヴァイン」を走らせていく。
「軍と俺たちは水と油さ。どっちも弱みは握られたくない。さりとて殺人事件の情報提供を断ればそれが弱みになる。ウチの課長が話を通したから向こうは出ざるを得なかったが、まあ帳面消しだな」
右側の助手席に座ったシュルツが応えた。風に煽られて黒い耳がはためいている。
ベレリアンド戦争を勝利し、魔族領の恒久平和を担うという栄光を手に入れた軍は他の省庁にとってある意味、不可侵ともいえる状態になっていた。
そうなると当然のことながら、治安維持に責任を持つ警察との対立は不可避となってくる。
「まさに縦割りの極みってやつですね。で、どうですか。先輩はアレがホンボシだと思います?」
「さてな。何かを隠しているのは確かだ。だが、まだ何も証拠がない。それに……」
シュルツは言葉を切った。少しの間、車の空冷エンジンの音と、風切り音だけが響く。
「あれは、兵士であるが殺人者の顔じゃない。俺の勘だが」
「刑事のカンってやつですか。今日び流行りませんよ」
「うるさい機械小僧」
ベルガーの軽口に、最近のラジオや自動車などの機械が生まれたときから当たり前にある「新世代」をからかう言葉でシュルツは返した。
それからやおら体を起こすと、ポケットから懐中時計を取り出し文字盤を見る。
「すまん、現場にやってくれ。お前はそのまま本庁に帰って休め。昼休みの時間には間に合うだろう」
「は? いや休ませてくれるのはありがたいですが先輩はなにを」
「俺は古いコボルトだからな。『現場百遍』をやるだけさ」
木材で枠を作り、石を組み上げ白漆喰で仕上げたあと、青銅で屋根を葺く。
典型的なエルフィンド様式の家の周りを、シュルツは歩いていた。
ティリオンの中心部は最近になって、オルクセンの首都ヴィルトシュヴァインにならい、高層建築もぽつぽつと出来てきている。
だがこの区域は、高くても二階建ての建物が連なっている、まだ石畳による舗装もされていない砂利道の閑静な住宅街だった。
この家の二階で犯行が行われた。
シュルツは無意識に見上げながら歩を進める。すると、目の片隅に近づいてくる影を認識した。慌てて止まろうとしたが間に合わない。
どんっ。
体に衝撃が走り、そのまま尻もちをつくように倒れ込んでしまう。
慌てて上半身を起こすと、同じように倒れ、こちらを向いた白エルフと目があった。
ズボンにさほど高価でもないシャツ、前にちょっとのひさしがついたキャスケット帽をかぶったその姿は、昼休みに出歩いていた職人だろうか。
「これはとんだご無礼を」
「いや、わたしこそ」
そのまま、エルフは一気に立ち上がると急ぎ足で去っていく。
やれやれ、熱中していて一般市民に迷惑をかけるとは。
起き上がりズボンの尻を払いながら、刑事失格だな、とつぶやいたそのとき、シュルツの心の内でなにかがささやいた。
彼女は、何を見ていた?
集中し、今しがたの一瞬の光景を思い返してみる。迫ってくる細い体。こちらを振り向く、驚いたような顔、そして振り向く前の視線の方向は。
まさか。
心の声はさらに言葉を連ねる。
ホシは必ず、現場に戻って来る。覚えておけ新米。
振り返るが、すでにエルフの姿はない。
まさか。
急いで玄関に回り、渡されていた鍵を使って中に入り階段を駆け上がる。
犯行現場の部屋に着くと、すでに乾いた血液とワインの匂いに顔をしかめつつ四つん這いになり、床に顔を近づけ、足跡を丹念に確認していく。
見つけた。
泥が落とされて、ほとんど目立たないが院長のものとは違う、細い足跡が。
舐めるように顔を近づけ、嗅覚も総動員してどこに行ったかを探していく。その先には、小さな窓があった。
「オークの体格じゃ絶対に通れない、そう思い込んでしまったか……」
コボルトの自分ならぎりぎりくぐれるような大きさの窓。
その、閉まっていたはずの上げ下げ窓には中から外へのいくつかのひっかき傷、そして乾いてはいるが明確な雨に濡れた跡があった。
窓を上にあげて見下ろせば、眼下には深い植え込みがある。
そのまま庭に回り、その植え込みをかき分け確認していく。
「これは……」
じっとりと濡れ、鈍く光る拳銃が一丁、そこに落ちていた。
ウォルフFFK。
シュルツは懐からハンカチと紙袋を取り出し、拳銃をハンカチで包むようにして持ち上げると、紙袋に入れた。
(先輩、先輩……)
その時、心に声ならぬ声が響いてくる。
エルフやコボルトなどの魔族が得意とする魔導通信だ。
息を一つ吐いて、集中し応答する。
(どうした、戻らなかったのか)
(それが、戻る最中に呼び出しが。国家憲兵隊四課からです)
シュルツの、人間だと眉間に当たる箇所にしわが寄った。
(よりにもよって、あそこからか)
新キャラ登場回。
戦争はいろんな傷を残しますが、代替わりが難しい魔族たちは折り合いをつけるように頑張っているのでしょう。