『オルクセン王国史/二次創作』理想の涙 作:わいるどうぃーぜる
どうか皆様、最後まで楽しんでください。
なお、タイトル回収。
邸宅の中は、酸鼻を極めていた。
逃げ出そうとしたのか、空いた窓にもたれかかるようにして背中から撃ち抜かれた死体。
通路のそこかしこに散らばるエルフだったもの。
軽機関銃に
本宅から独立してつくられた邸宅である、離れへ行くための渡り廊下では火災まで起きている。
幸いなことに風向きからいって延焼まではしないだろうが。
ネニングのときもこうだったな。
かつて輜重兵として、前線に補給を届けていたときのことを思い出しながら、シュルツは中に踏み込んでいく。
邸宅の中ほどまで歩を進めたとき。シュルツの耳に何かが聞こえた。
声が聞こえる。怒鳴り声だ。
難詰しているような激しい声は……。
「二階か!」
控えめなれど装飾が施された階段を駆け上がろうとしたそのとき、
一発の銃声が鳴り響いた。
遅かった。全てが遅かった。
自分が撃たれたような痛みを感じつつ、一歩一歩踏みしめて、階段を登っていく。
光が漏れている部屋は、かつての主の寝室だろうか。
シュルツは、そこに歩を進め、ドアを開ける。
そこには、朱が広がっていた。
拳銃を手にし、心臓を撃ち抜かれたエルフがひとり。
その顔は、わずかながらに見覚えがある。
そして、その傍らで拳銃を放りだして腰をおろし、装面をはずしむき出しになった頬から血を流し、煙草を取り出した、装甲服をまとったオークがひとり。
かれはのろのろと顔を上げ、言った。
「ご足労をおかけします。刑事さん」
シュルツは何も言わず、部屋に入り、自分も煙草を取り出した。
そのオーク、ギュンター・エッドガルムの煙草に火をつけ、そして自分も一本咥え、火をつける。
「院長先生をはじめに発見したのは、あなたですね」
紫煙をくゆらせながら、ぽつりと問いかける。
「はい。あの時、エウレア隊長と会う予定があり、家に向かうと隊長が倒れていました。犯人を追いましたが取り逃がして」
「面会室での、そしていま、あなたが庇わなければならないエルフ、シオン・メルリンドとは誰だったのですか」
シュルツの問いに、ぴく、とギュンターの煙草を持つ手が止まる。視線が、朱に染まったエルフの方に向く。
「彼女は……、あの戦争のとき。
私たちが攻略した村の生き残りです。私がまだ子供だった彼女たちを撃とうとしたとき、隊長がそれを止めた。そして、戦争が終わったあと、隊長は孤児院を始めたのです。彼女たちを養子にし、他に親を亡くした子どもたちを集めて」
「しかし、彼女の恨みは消えてなかった」
「全てが終わったあと、あの村は、民族浄化に深く関わっていた、との報告がありました。
それででしょうね。あのとき、村民は村長宅に立てこもり、全滅したのです。
彼女は村長の子供でした。
恨みは……、あったのでしょう」
「あなたは他の子どもたちに塁が及ばないように、すべてを自分で解決しようとしたのですね」
行為を、肯定も否定もしないシュルツの問いに、ギュンターはただうなずいた。
そして、絞り出すような声で言った。
「最初から、あの村のときからこうしておけばよかったのです。今となっては全てが手遅れですが」
「……それは違いますね。彼女は彼女自身の選択で、血塗られた道を行ったんだ。あなたと院長先生は選択肢を与えただけに過ぎない」
シュルツは確信を持って答えた。
差し出された手を取る人間もいれば、拒むものもいる。
それをかれは法の番人として、痛いほど理解していた。
「でも、その選択のせいで、隊長は……、彼女は……」
鋼鉄に鎧われたように思えた顔から、涙が零れ落ちた。それが彼の本当の素顔なのだろう。
なんとも不器用な牡だ。シュルツはそう思った。腹に溜まったなにかを吐き出すように、紫煙を吐き出した。
不器用なのは、俺も同じだが。
「裁いてください」
ぽたぽたと熱い涙を流しながら、ギュンターは言った。
「理想」が砕けてもなお、その欠片を守るために立ち上がった牡の「涙」。
彼にとって、現実のすべてを犠牲にしようとも、守らなければならない「筋」だったのだ。
自分は法の番人であり、執行者ではない。
しかし、いまここで行わないと彼は自分を裁くだろう。だから。
シュルツは懐から手錠を取り出す。
ベルガーから預かって来たものだ。
それを見たギュンターはゆっくりと立ち上がり、遺体のそばに寄る。
す、とその開いたまなこを閉じさせたあと、両手を揃えてシュルツに向ける。
黙って、彼は手錠をかけた。
(……先輩、先輩!)
その時になって、ベルガーからの魔導通信が入っていることに気がついた。
(すまん、受信が遅れた。何があった)
(先輩、すぐそこから離れてください! 四課の連中が群れ成して来やがりました! 課長が押し止めていますがいつ突破されるか)
読み取られるのを警戒して、コボルト語で送られる通信にシュルツは眉をひそめた。
「わたしが使った通路を使いましょう。ここから離れた倉庫に出ます」
シュルツの表情で察したのか、ギュンターが提案をしてくる。
「わかりました。案内をお願いします」
そして、彼らは現場をあとにする。
部屋に、軽機関銃と面頰を残して。
シュルツの物語はここで区切りがつきました。
あとはエピローグを残すのみ。