乙女ゲー世界に転生したらラスボス系悪役令嬢(ガチ)の付き人になった話 作:ヤナギ
VCRの配信を見てたり、風邪をひいて寝込んだりしてたらめちゃくちゃ投稿遅れましたすいません。ハーメルン開くの久々でストーリーも曖昧ですが頑張って続けました。
︎︎京都府内には、神祇瑞光院が出資をしている施設がいくつか存在する。
︎︎例えば教育機関なら俺や彩葉の通う私立小学校もその一部だ。西ノ宮や錦戸を初めとする、神祇瑞光院に属する家の子息子女が多く通っていることもあって様々な融通が効きやすい。
︎︎先日の襲撃事件の影響で、護國衆による哨戒ルートの再編や彩葉の身辺保護を理由に俺たちは一週間ほど学校を休むことになったが、担任と電話で話した際にも特に何も聞かれなかった。精々が”終業式が近いので登校が可能になればお願いします”と緊張気味に言われたくらいだろう。
︎︎彩葉はともかく、親でもない人間に連絡を受けて俺の休みを認めるなんて普通の学校ではありえないが、まあそこは組織の──というよりも西ノ宮様々ということだろう。
︎︎また、他には組織と歴史的な縁のある寺社仏閣や旅館、料亭、市区が有する公共施設の一部も彼らの翼下にある。
︎︎明治二十七年に組織によって開かれ、めでたくも今年で百二十周年を迎える〈
︎︎確か俺の記憶が正しければ──普段医師や看護師としてここで働く職員たちは全員、護國衆の医療部隊である”衛生班”に属しており、一般市民の診察診療を受け入れつつも、長期の療養を要する隊員や高齢者の多い総会メンバーの検診等を行っていた。
︎︎西ノ宮の使用人である佐々木も、事件のあとこちらの病院に搬送された。鞍馬街道から嵐山まではいくら緊急走行が可能な救急車でもかなり時間がかかるので、最寄りの病院で応急処置を受けたあとその翌日に運ばれたそうな。
︎︎なんでも彼は左腕が骨折した他に、背中を強く打ち付けた際に神経を傷つけたらしく、片足に若干の麻痺を感じる後遺症が残ってしまったようだ。傷ついたのが下半身不随にも繋がりかねない脊髄でなかったことを喜ぶべきなのかは分からないが、ともかく以前のように動けるまでには時間がかかると彼から教えられた。
︎︎護國衆が府内の警備の再編を完了するまでは外出が出来ない彩葉に代わり、俺は他の使用人の付き添いのもと、今日もそんな佐々木が入院している嵐山癒静院にやってきている。
︎︎事件から数日経ったあと俺は彩葉に言われて佐々木の所へ顔を出したのだが、やはり家族同然に想っている彼のことが酷く心配らしい。おずおずと「今日も見てきてもらってもええかな……?」と頼んできたので、特にやることも無いのでそれに頷いた次第だ。
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「おはようございます。調子はどうですか」
「おや将吾くん、今日も来られたんですね。わざわざありがとうございます」
︎︎佐々木が宛てがわれた病室に入ると、ちょうど朝食をとっていたらしい彼の姿が目に入る。俺の姿を見るなり笑顔で応対する彼の様子からは、とても大怪我を負って入院している患者とは思えない明るさを感じさせる。
︎︎ベッドの横のパイプ椅子に腰掛けて、俺は病院前の自販機で買ったペットボトルのお茶を口につけた。やはり暖房の効いている部屋はとても心地が良い。外はめちゃくちゃ寒いので、暖かいペットボトルの熱がかじかんだ手に伝わってきて心地が良かった。
「彩葉様はどうなされてますか?」
「変わらず元気ですよ。ただ、佐々木さんがいないので少し寂しそうにはしてますが」
「そうですか……なら一刻も早く退院しないとですね」
「お願いします。じゃないと暇潰しだの何だの言って俺にちょっかいを出してくるんで……」
「ははっ、普段通りなら心配なさそうですね」
「いやそれはそれで困るんですけど」
︎︎学校を休む、佐々木も居ない、家からも出れない。ということは西ノ宮が彩葉のために外部から呼んでいる日本舞踊の先生が来るとき以外の時間は彼女は完全に手持ち無沙汰だ。
︎︎俺も大してやることが無いので同じ状況であるのだが、かといって一日の殆どを俺の部屋で過ごすのはやめて欲しかった。俺の布団で勝手に昼寝をし始めたときなど、本気で叩き出そうかと迷ったくらいだ。おかげで折角の自由時間の九割以上が彩葉の暇潰しに付き合うことで削られている。
︎︎総会が近いことに加えて事件の後処理に追われている公威も忙しいし、他の使用人とはさほど会話をしない彼女が俺の所に来るのは理解できるが、朝から晩まで彼女の面倒を見させられる俺の気持ちも察して欲しい。
︎︎子供らしい振る舞いでもしてくれるならまだ可愛いものだが、凡そ子供らしくない子供である彼女は我が物顔で俺の机を占領しながら、屋敷の書斎から持ってきた文学や小説を山のように積んで放置しやがる。しかも夜になるとそのまま戻る有様だ。
︎︎私的スペースを侵略する無礼者にどうか鉄槌を下してほしいので、俺は一刻も早い佐々木の退院を強く願っている。
「……ああ、そういえば将吾くん。一番隊の桜庭隊長とはお会い致しましたか?」
「桜庭……さんですか? いえ、事件の時に少し顔を合わせたくらいですが」
「ふむ……?」
︎︎なぜいきなり彼女の名前が佐々木の口から出てくるのか分からず、俺は困惑する。
︎︎桜庭朱里──俺たちを助けてくれた命の恩人。そして前世の俺の、所謂推しキャラだった女性。だが何の権力も権威もない俺が会いたいからといって会えるような人物ではないので、残念に思いつつも次に会える機会を待つ他ない。
︎︎彩葉曰く、事件や地下牢に捕らえている妖怪のことについて公威に報告するため、時折西ノ宮邸に訪れているそうなのだが、生憎と事件のあとから彼女の姿を見ることは叶わずにいる。
「彼女なら早々に貴方に会いに行くものだと思っていましたが、そうですか、まだ来ていらっしゃらないのですね」
「会う? 桜庭さんが俺に?」
「はい。実は昨日の夕方にこちらに訪れられましてね。一番隊が事件を防げなかったことを謝罪されたんですが、加えて貴方のことも色々聞かれたんです」
「えぇ……?」
「なんでも、事件の時のことについて聞きたいことがあるとか。良かったじゃないですか将吾くん。あんなに綺麗な人に興味を持たれて」
「まあ、確かに美人な方ではありますが……」
︎︎前世の推しに興味を持たれていること自体は悪い気はしない──が、流石に違和感の方が強すぎて微妙な気持ちだった。
︎︎神祇瑞光院のリーサルウェポンともあろう女性が、西ノ宮の一員とはいえ、正式な役職もない俺如きに時間を取ろうとする理由がよく分からない。
︎︎襲撃事件のことを聞きたいと言っても、分かる限りのことは既に彩葉と一緒に公威へ直接報告をしている。それは事件の翌朝に公威の執務室で行った。そしてその場には一晩を通して西ノ宮地下牢で妖怪の尋問を行っていた桜庭も同席している。
︎︎執務室で俺と彩葉は順番に、分かる限りの事件の経過や襲われた際の状況を伝えた。そして彼から労いの言葉をかけられ退室するよう促されたのだが、この際に桜庭だけは残っていた。
︎︎これはおそらく、その後に続く桜庭の報告内容が「子供には聞かせられない」と公威が判断しての事だろうが──そもそもあの場にも居た桜庭が、襲撃事件についてわざわざ俺に聞きに来るのはかなり変な話ではないか。
︎︎確かに俺たちは初対面の時からこれといった会話をしていない。あの日の朝、執務室に入ったときだって軽く挨拶を交わしただけである。
︎︎わざわざ佐々木にまで聞いているあたり、俺と話がしたいというのは本当なのだろうが──本当に事件についての事ならば佐々木の方がよほど正確に伝えれるだろうに。なぜ彼でも彩葉でもなく俺なのだろうか。
︎︎そんな困惑が顔に出ていたのか、それとも別の理由か。佐々木は俺を凝視するとニヤニヤと口角を上げ、頭を撫でてきた。
「おや、てっきり君は異性にまるっきり興味がないものだと思っていましたが……なるほど、ちゃんと君にも女性を綺麗と思う感性があったのですね。これは驚きました」
「え、いや、あの、俺を何だと思ってるんです……?」
「凄まじく顔の整ったあの彩葉様と一緒に生活していても平然としてますし。美醜感覚や愛情欲求に乏しいか、あるいは男色の気があるのかと思ってました」
「佐々木さんのことは凄く尊敬してますけど、一発殴ってもいいですか?あと俺は異性愛者です」
「今の言葉の意味が伝わる子供なんて初めて見ました……あ、そのちっさい拳を握るのやめてくださいね。今の状態で殴られたら本気で泣きますよ」
︎︎多様性教育をダイレクトに受けた世代なのだからそれくらいは普通に理解出来る──と思ったものの、今の俺はそれより少し昔の小学生をやっているんだったと気づいて、少しギクッとしてしまう。俺自身は変わらぬつもりでも、他人から見れば小学生なのだ。言動には気をつけないといけないな、と自分を戒めた。
︎それはそれとして子供に言うようなことでは無いだろう、何なんだ美醜感覚や愛情欲求に乏しいとか。失礼な話だ。俺はB専でもなければ恋愛に興味がないと冷笑するようなタイプの人間では無い。可愛い女の子と喋るのは楽しいし、恋人と過ごす時間の尊さも俺は知っている。
︎︎ただ現在は周りに小学生しか居ないのだ。
︎︎いくら顔が整っていようが俺にとっては一回り歳下の子どもにしか見えないので、そんな感情を抱くはずもないだけのことである。今の立場で俺が小学生女児を好きになるなんてことは絶対にないと断言出来るし、そも中身20歳の俺が小学生相手に恋愛だろうが性欲だろうが、そういう感情を向けるのは倫理的道徳的に完全にアウトだ。傍から見て小学生同士であっても、である。
「一応聞きますが、どういう女の子がタイプなんですか?」
「子犬系後輩女子」
「これまた随分とマニアックな……やっぱり君本当に小学生ですか? というか君の年齢で先輩後輩もないでしょうに……」
「そういう佐々木さんは?」
「清楚な巨乳ハーフ美女」
「知ってますか佐々木さん、この世の中にそんなのは実在しないんですよ」
「入院患者に追い打ちをかけるようなこと言わないでくれませんか。これでも結構重傷なんです」
︎︎なんだその”オタクに優しいギャル”みたいなのは。マニアックな趣味なのはどちらだと言いたかったが、それを遮るようにコンコンと病室のドアがノックされた。きっと扉の前で俺を待っている西ノ宮の使用人だろう。
︎︎時計を確認すると既に三十分近く経っていた。佐々木もまだ俺が来たせいで朝食を食べ終えていないし、そろそろ帰るべきか、と腰を上げる。佐々木の見舞いという目的は既に終えているのだから、さっさと帰って彩葉に「元気そうだった」と伝えればオールオーケーだ。
︎︎いきなり女の話をするくらいには、と付け加えたらどんな顔をするだろうかと一瞬気になったが、後が色々怖いのでそれはやめておこう。彩葉の機嫌をわざわざ損ねる必要は無い。
︎
「お帰りになりますか」
「えぇ、今日はこの辺で失礼します。どうせまた彩葉に、貴方の様子を見に行って欲しいと頼まれるでしょうしね」
「くれぐれも仲良くお願いしますよ、君なら心配はありせんが」
「もちろんです。ではお大事に」
︎︎軽く頭を下げて病室を出る。
︎︎外には俺をここまで連れてきてくれた使用人が立って待ってくれていた。ありがとうございますと声をかけるが、目配せをするだけで特に返答はなく勝手に歩き始める。
︎︎彩葉の我儘に文句も苦言も言わずに付き合うあたり、この男も良い人なのだろうが、如何せん寡黙すぎて取っ付き難い。車内の沈黙が辛すぎて、無意識にスマホをポケットから取り出そうとしてしまったくらいだ。まだ持ってすらいないのに。
︎︎受付に挨拶し、病院を出て駐車場に向かう。
︎︎自動ドアが開くと街を舞う冷たい風が俺の頬を優しく撫でた。
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──神祇瑞光院の”敬天総会”は、妖怪勢力全体に対する根本的な活動方針を審議する非常に重要な役割を担う。
︎︎各所への予算分布や護國衆各部隊に対する具体的な戦闘指示などを執り行う”常会”もあるが、この常会も敬天総会で決められた方針に基づき各種施策の執行をしているので、その権力関係は明らかだ。
︎︎総会において決められた命令は絶対的な拘束力を持ち、逆らえば厳しい罰則が与えられる。日本におけるあらゆる法律の外側に位置する神祇瑞光院の罰則が、どのようなモノなのかは想像に難くないだろう。
︎︎故に定数126名からなる全総会員の双肩には重い責任がのしかかっているのだが、西ノ宮公威が憂えるように、戦後の高度経済成長期以降、金権を振りかざし腐敗が進んで久しいこの総会の審議は牛歩の速度で進行しており、責任感や組織の理念を真剣に考えている者はかなり少数となっている。
︎︎前回の総会からおよそ半年、本来の予定では次回は年度始めに開かれるはずだったのだが、先日発生し各所に衝撃を与えた”西ノ宮彩葉襲撃事件”を受け、急遽総会員の召集が決まった。
︎︎京都市南区──その一角にひっそりと佇む一棟の建物がある。帝冠様式を採用したその外観は、どこか威厳を感じさせ、静かな威圧感すら漂わせている。かつて中京区に所在していた旧本部が老朽化したため、昭和初期に新たに建設されたこの建物は、当時、組織と深い関係を持つ著名な建築家の手によって設計された。
︎︎太平洋戦争中、京都は空襲を免れた。それゆえ、この建物も破壊を免れ、戦後の混乱期を経ていまもなおその姿を残している。表向きには「京都在郷軍人会館」として知られており、平成十一年には国の登録有形文化財にも登録された。
︎︎だが、その門をくぐることができるのは、ごく少数の人間に限られている。一般人の立ち入りは厳重に制限されており、何気ない風景に溶け込むその姿が、実際には神祇瑞光院の中枢機関として機能する要塞であることを知る者はほとんどいないだろう。
︎︎内部には、広々とした会議室や執務室が整然と配置され、普段は”常会”の面々が日夜汗を流しながら会議や事務作業を行っている。
︎︎更にそんな建物の地下には、冷戦期に設けられた核シェルターが広がっており、かつては有事の際に宇治、福知山、桂、大久保といった近隣駐屯地の自衛隊と連携し、府内の治安維持を担う計画が策定されていた。
︎︎しかしソヴィエト崩壊による冷戦の終結後、核戦争の危機が去ったこともありこのシェルターの役割は変わり、現在では関西圏の政財界要人らの緊急避難先となった。
︎︎また加えて、神祇瑞光院本部は外観や内装の歴史的な趣を保ちながらも、その内部には役職や権限に応じたカードキーによる最先端のセキュリティシステムが導入されており、外敵の侵入を阻む堅牢な要塞としての機能を隠し持っている。
︎︎歴史的な価値のある文化財という顔を持ちながらも、妖怪の存在を管理する日本の中枢的施設としての機能を担う──神祇瑞光院本部とは、まさにその両面を持つ存在なのだ。
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︎二階にある議場では、多くの総会員が集って総会の開始を今か今かと待っていた。騒がしい空気が場を包んでおり、既に数人は険しい顔を浮かべて論戦に臨む体勢を整えている。
︎︎帝冠様式の重厚な建物にふさわしく、議場は円形に設計されており、壇上を取り囲むように総会員たちの席が配置されている。その光景はさながら古代の闘技場のようでもあり、また近代的な議会をも思わせる。
︎︎彼ら総会員の席には特別な指定はないが、自然と派閥ごとに固まる傾向があった。最大勢力である西ノ宮派は議場の右側に、対立勢力である錦戸派は左側に陣取るのが通例となっている。そして、彼らの間に挟まれるようにその他の会員たちが座っていた。
︎︎この”その他の会員”らは〈霧島家〉という西ノ宮・錦戸に並ぶ歴史を誇る旧家が率いる派閥に属しており、俗に御三家と呼ばれる。最大勢力の西ノ宮派の数が単独で総会の過半数は超えていないが故に、彼らの動向次第で議案の可否が決まることが多いため、彼らの存在感は否応なく際立っていた。
︎︎総会員たちの視線が向く正面には、会議の進行役を務める議長の席がある。
︎現在は開始予定時刻の十分前。既に全ての総会員が集まっており、着席を終えていた。議長が到着すればすぐさま会議が始まるように、書記役や警備役も配置を終えている。
︎︎収まらぬ場内の喧騒に顔を顰めながらも、今回の緊急総会を呼びかけた張本人である西ノ宮公威は、火のついたタバコを咥えつつ、手元の資料を眺めていた。
「閣下。彩葉様のご容態は?」
「一番隊のおかげで無事や。まァ、まだ危ないから学校休ませて屋敷に待機させとるがな」
「そう……ですか。それは良かったです」
︎︎彼の隣に座る西ノ宮派幹部の男が小声で話しかけた。ぶっきらぼうに答える公威に、彼は安堵のため息をつく。
︎︎西ノ宮彩葉襲撃事件──組織の重鎮の孫娘が、神祇瑞光院のお膝元たる京都で妖怪に襲われるという衝撃的な報せは、すぐに多くの総会員が知ることになった。各々のルートから報告を受けた彼らの反応としては二種類に分けられるだろう。
︎︎妖怪への怒りを顕に、報復を訴える者。
︎︎そして西ノ宮家の存続が危ぶまれ、様々な感情を抱く者だ。西ノ宮派の大半は前者で、錦戸派と霧島派の多くは後者にあたる。
︎︎西ノ宮家の当主である公威には子供が居ない。
︎︎いや、居たと言った方が正しいだろう。というのも彩葉の出産と共に彼女の母親は死亡し、公威と血の繋がった息子の方は妖怪に殺されているからだ。
︎︎血縁を重視する傾向の強い神祇瑞光院において、跡継ぎの不在は勢力の瓦解に繋がりかねない非常事態を招く。いくら公威が西ノ宮派の成長に大きく寄与した重鎮であろうとも、家督を相続する身内が居ないのであれば話にならない。
︎︎だからこそ西ノ宮派にとって彼唯一の血縁者である西ノ宮彩葉は、いずれ派閥を引き継ぐに相応しい尊い存在であったし、対立する錦戸派らにとっても今後の組織の情勢を左右する重要人物でもあった。
︎︎故に今回の事件が総会員に与えた衝撃は、西ノ宮家の存在に対して十人十色の意見があれども、かなり大きかったことは分かるだろう。
「鶴岡議長が入場されます!」
︎︎扉の前で控えていた警備役が、声を上げて宣する。公威ら総会員たちは揃って立ち上がり、姿勢を正した。
︎︎そして入ってきた小綺麗なスーツ姿の壮年の男が、円状の議場をぐるりと周りながら威風堂々と正面の議長席へ進む。
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︎︎
︎︎派閥の対立に起因する審議の白熱。
︎︎そんな総会の議事を円滑に進めるための総会議長を務めるこの鶴岡英久という男は、権謀術数蠢くこの場において特に一目置かれる存在だ。
︎︎神祇瑞光院に明確なリーダーは居ない。この敬天総会こそが組織のトップであり、構成総会員の立場は皆平等である。だがそれでは話が進まないので、派閥やお家関係にも揺るがない中立中庸の立場から総会全体を統制する必要性がある。
︎だからこその議長であり、議長は組織の実質的な代表として内外にその名を用いる。例えば神祇瑞光院と日本政府とのやり取りにおいても、必ず議長の名が組織代表として書類に記されるし、総会で採択された正式な命令書にも議長の判子が押印される。
︎︎派閥や家、権力、権威、金、いずれにも肩入れしない。正しく清廉な人物であることを議長には求められる──故にこそ、この”鶴岡 英久”という男にはピッタリの役職であった。
︎︎質実剛健という言葉に肉をつけたような人格と立ち振る舞いで知られ、かつては陸上自衛隊の幹部だったというこの男は、阪神淡路大震災における災害派遣の現場で、災害に乗じて被災地で暴れ回る妖怪たちの乱暴狼藉を目にしたことがきっかけで組織に入ったという稀有な経歴の持ち主だ。
︎︎どんな甘い言葉にも惑わされない絶対的中立の敬天総会議長。
︎︎それが鶴岡英久であり、かの西ノ宮公威をして難敵と称する人物である。
「さて──共に悪逆非道なる妖怪たちに立ち向かう神祇瑞光院の同志諸君。急な召集にもかかわらず、この場にお集まりいただいたこと、まずは深く感謝申し上げる」
︎︎最初の口上を述べる鶴岡に対して、総会員たちは起立したまま耳を傾ける。
︎︎時代や格好が違えば、鶴岡の出で立ちや雰囲気は侍のようにも見えただろう。実際に妖怪と戦ったことがある者特有の、現代人には凡そ相応しくない、死を纏った鋭い闘気──仲間であるはずの彼らも、議長の鶴岡にとってはある意味で戦う相手であるということがその気配から察せられる。
「既にお聞き及びの通り、本総会の開催は、西ノ宮家からの緊急要請を受けたものだ。その内容は、先の太平洋戦争後、血と汗の滲む尽力により組織を建て直し、この京の地へ安寧を齎した父祖たちの決意の根幹を揺るがす、極めて重大な事案であると私は認識している」
︎︎芝居がかったジェスチャーを時おり交えながら、鶴岡は拳を握り締めた。右から左へ、西ノ宮派から錦戸派までの全総会員をゆっくりと見渡し、彼らの表情を窺う。
︎︎やはり、議場全体を見下ろせるこの席から見て目立つのは特にあの三人だ。
︎︎西ノ宮、錦戸、霧島からなる御三家の当主たち。
︎︎金に溺れた他の連中とは違って、組織の理想も根源も強く理解し、各々の立場から突き進む彼らは、総会においてはまだまだ若輩な鶴岡にとって強く尊敬すべき存在であると共に、これから始まる審議における火種であるとして面倒の塊でもあった。
︎︎彼らをして、近年暴走気味な派閥を統制するのが限界であり、また歳も重ねていることもあって若かりし頃のような熱量や体力も段々と減っている。だがそれでも組織として御三家の体裁を保つためには、今までのように愚かな派閥を率いて互いを牽制する他ないのである。
︎︎そんな三人それぞれと視線が交差した鶴岡は、身が引き締まる思いで言葉を続ける。
「今回の議題は、通常の審議とは異なり、迅速かつ慎重な判断が求められることは明白だ。しかし、我々がこの場に集うのは、偏った感情や私情ではなく、共に妖怪殲滅の責務を果たすためであることを、ここに改めて確認したいと思う」
︎ ︎︎いつにも増して殺気立つ西ノ宮派と、それに呼応して刺々しい雰囲気を纏う錦戸派。もちろん忘れずに、鶴岡は釘を刺した。
︎︎仮に西ノ宮と錦戸の対立さえ無ければ、力も金も人脈もある神祇瑞光院ならば日本全土から妖怪を駆逐することも可能だろうに──どいつもこいつも相手の足を引っ張ろうとするから、いつまで経っても組織の理念は遠ざかるばかり。
︎︎一部の”分かっている”人間だけが、敬天総会のこの歪さを認知し、しかして派閥という集団に属しているが故に何も出来ないというジレンマに苛まれているのが今日の神祇瑞光院である。
︎︎それは議長である鶴岡も例外ではなく、むしろ議長という何の寄る辺もない単独の存在だからこそ、蝮のように醜く蠢く集団の圧力に屈しないようにするのが精一杯だった。
︎︎組織の改革など夢のまた夢。
︎︎今は議長として、円滑に審議を進めることが自分には求められている。もしもの時は命をかけてでも、組織の膿を吐き出させるまでのこと。
︎︎西ノ宮彩葉襲撃事件。
︎︎敬天総会最大勢力の西ノ宮派を根本から揺るがしかねない、重大事案の発生。ストレスと頭痛に悩まされながらも、鶴岡は声高らかに強く宣した。
「時間は限られているが、各位には持てる知恵と経験を結集し、最良の結論を導き出すために尽力していただきたい。本総会が、我々全員の信念を示す場となることを心より期待している」
︎︎老獪な御三家当主と、暴走傾向にある派閥集団、そして組織の安定を目指す議長──総会の主導権を握り、この組織を意のままに操ろうと画策する者たちによる、言葉の戦争が今まさに京都の片隅で始まろうとしていた。
更新遅くなりましたがまだ見てくれる方がいたら嬉しいです。
実は神祇瑞光院や西ノ宮家などの登場組織をまとめた設定集的なのがあるんですけど、需要ありますか? ないかな。
次回更新は未定ですが年内にはちゃんと出すつもりです。よろしくお願いします。