乙女ゲー世界に転生したらラスボス系悪役令嬢(ガチ)の付き人になった話   作:ヤナギ

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年内にもう1話だけ投稿するはずが年末年始忙しすぎて無理でした。ようやく落ち着いたので書けるようになりましたが、結構日にちが空いてしまった……。

今回で公威視点でのやり取りは終わりにして、次話からは将吾くん視点に戻ります。よろしくお願いします。







EP12〈領袖〉

 

 

 

 ︎︎西ノ宮彩葉襲撃事件。

 ︎︎2015年2月29日、午後4時半頃。帰宅途中の西ノ宮彩葉と使用人らが乗った車両が突如現れた妖怪に襲撃された。車は制御を失い、道路脇の木に激突して大破。使用人たちは裂傷や骨折などの重傷を負い、嵐山癒静院に搬送されたが、彩葉自身は無傷でその場を脱することができた。

 

 緊急連絡を受けた西ノ宮公威が護國衆に出動を要請。最も近くにいた一番隊隊長の桜庭朱里が迅速に現場へ駆けつけ、妖怪を無力化したことで、彩葉の安全は確保された。

 

 護國衆による調査の結果、この襲撃の目的は、西ノ宮派の象徴的存在である彩葉の拉致、あるいは殺害であったことが明らかになっている。西ノ宮派を率いる公威にとって、この事件が派閥の立場を揺るがす重大な挑発であることは疑いようもなかった。

 

 仮に妖怪が彩葉の拉致または殺害に成功していた場合、事態は全く異なる展開を見せていた可能性が高い。西ノ宮派が全面的な報復を主張し、霧島派や錦戸派の一部を巻き込む形で、神祇瑞光院全体が妖怪勢力への宣戦布告に傾いていただろう。

 

 ︎︎この事の重大さを考えれば、人間勢力と妖怪勢力による組織間の大規模抗争という、神祇瑞光院の千年の歴史上初の局面に突入していたかもしれない。

 

 

 しかし、彩葉は奇跡的に無傷で生還した。

 ︎︎その結果、敬天総会が妖怪勢力との全面戦争に踏み切る可能性は一気に低下したと言える。

 

 ︎︎何故ならばこの事件に死者はいない。

 ︎︎負傷者こそ出たものの、彩葉の命が無事である限り、西ノ宮派が声高に報復を訴えたところで、その大義名分に欠けるのは誰に目から見ても明らかだった。

 

 

 

 ︎︎戦争には大義が必要だ――これは歴史が証明している。

 ︎︎たとえば、イラク戦争では大量破壊兵器の廃絶と民主主義の拡大が掲げられ、ナポレオン戦争では自由と平等という理念が唱えられた。十字軍においても、聖地エルサレム奪還という宗教的な目的が掲げられたが、その裏では諸侯間の利害が絡んでいた。

 

 同様に、神祇瑞光院が全面戦争に踏み切るには、大義と呼べるだけの明確な理由が必要だった。しかしこの事件には、その「大義」が不足している。

 ︎︎戦争には、その理由に正義を見出し、犠牲を正当化する力を持った大義名分が必要である。たとえそれがどれほど歪められたものであろうと、人々に「仕方がない」と納得させるだけの説得力を備えていなければならない。

 

 ︎︎故に、仮に神祇瑞光院が妖怪組織との戦争に踏み切るとすれば、その引き金として西ノ宮彩葉の殺害以上に適した事由は考えられなかった。

 

 ︎︎普段、西ノ宮派が掲げる「こちらから攻めるべきだ」といった単なる妖怪嫌いに基づく過激な主張よりも、遥かに理にかなった理由となる。

 ︎︎それは護國衆にとっても同様だ。妖怪を完全に駆逐したはずの京都で起きた今回の事件は、彼らの矜持を傷つけるものであり、怒りに駆られ諸手を挙げて討伐に向かっただろう。

 

 ︎︎しかし現実として、西ノ宮彩葉は生きている。

 ︎︎つまり、神祇瑞光院の大多数が戦争を納得できるほどの大義名分は、どこにも存在していないのだ。そもそも西ノ宮派の勢力が最も多いとはいえ、単独では過半数の賛成を得られない。そして霧島派や錦戸派の動向次第で、この不安定な状況がどのように転ぶかは、いまだ不透明なままである。

 

 ︎︎理性ある者なら、事をこれ以上荒立てることを避けようと考える。そのため、「何らかの形で報復は必要だ」という意見には一定の賛同が集まる一方で、その報復が組織間の全面戦争となれば反対する声が多くを占めている。

 

 

──それが、今回開かれた総会の全体的な構図であった。

 

 ︎︎

 ︎︎総会は冒頭から激しい応酬の場となっていた。

 ︎︎西ノ宮派は当然の如く妖怪勢力への報復を訴えたが、その主張は霧島派や錦戸派の冷ややかな反応に押し返される形となる。

 

「彩葉様が無事である以上、拙速な行動は避けるべきです」

 

 ︎︎錦戸派の重鎮が穏やかな口調で述べるたび、議場はざわめく。

 

「では、いつまで奴らを放置するつもりだ!」

 

 ︎︎反論の声が上がるのは、西ノ宮派の若手総会員だ。彼の声には怒りと焦りが滲んでいる。しかし、錦戸派は動じることなく、それどころか慎重論をさらに強めていった。

 

「確かに、今回の事件は許しがたい。だが、慎重に動かなければ、さらなる被害を招く可能性がある。我々は感情ではなく理性で判断すべきだ」

 

 ︎︎錦戸派の主張は一貫していた。彼らは戦争によるリスクを強調しつつも、西ノ宮派の提案を真っ向から否定することはあえて避けていた。立場を強調しつつ、微妙なバランスで主導権を握ろうとしているのは明らかだ。

 

 ︎︎一方で霧島派は態度を明確にしなかった。

 ︎︎彼らは討論の成り行きを見守りながらも、西ノ宮派、錦戸派のどちらにも傾かないよう注意深く振る舞っている。

 

「彩葉様が襲われたんだぞ、この京都で! にも関わらず静観すべきとは……貴様らそれでも誇り高き神祇瑞光院の人間か! 」

 

「確かに京都でこのような事件が起きたことは甚だ遺憾であるが、西ノ宮派は些か前のめりが過ぎるのではないか? そもそも妖怪側が、組織として彩葉様を狙ったという確固たる証拠がある訳でもあるまい。猪突猛進も程々にしておいた方が身のためだぞ」

 

「実行犯が単独で動いていないことは既に判明している!」

 

「90年代のテロ然り、どうせ今回も過激派グループが勝手にやったことだろう! あの時も西ノ宮派は盛んに報復戦争を叫んでいたが、結局、妖怪組織の関与がなかったことはあなた方自らがご立派にも証明したでは無いか!」

 

「ああそうだな、テロの遠因は例の学園をコソコソ支援していた貴様ら錦戸派にもあったことが証明されたな! 人でありながら妖怪に味方する貴様らが引き起こしたようなものだったと!」

 

「何を言うかっ!」

 

 ︎︎左右の席から飛び交う怒号とヤジ。鶴岡によって開催が布告されてわずか十数分でこの有様だ。

 ︎︎全体の形勢としては錦戸派が僅かに有利といったところか。事件の更なる詳しい調査が先だというのは、漠然とした報復論を訴える西ノ宮派よりも理性的で現実的な話である。

 

 ︎︎敬天総会のキャスティングボートを握るのは霧島派だ。

 ︎︎どちらも単独での過半数に届かない以上、議案に賛成しようが反対しようが、最終的な決議がどうなるかは霧島派次第。故に彼らを如何に味方につけるかが総会の重要なポイントである。

 

 ︎︎錦戸と西ノ宮の争いは、霧島なくしては成立しえない。彼らの反応をチラリと見るに、不利なのは自分たち西ノ宮派だろう。感情任せの怒号より、理性的な制止の方が説得力もある。

 

 ︎︎公威は顰めっ面のまま紫煙を燻らし、特に何を言うわけでもなくただ座っていた。

 

「もし、今回の事件が更なる攻撃の予兆であるとすれば、いずれ動かざるを得なくなる。その時こそ、護國衆の力を総動員し、確実に勝利を収める必要がある。今は、そのための準備期間と捉えるべきではないのか?」

 

 ︎︎ようやく口を開いた霧島派の中堅総会員が、どちらとも取れる意見を述べた。

 ︎︎西ノ宮派はその慎重すぎる姿勢に苛立ちを覚え、錦戸派は内心ほくそ笑む。

 

 ︎︎公威は一切の表情を変えずにそれを聞いていたが、心中では計算を巡らせていた。

 ︎︎今回の総会で直接的な戦争への道を開くことは難しい。そもそもそのつもりは公威はなかったが、派閥の意見に沿った姿勢を取らなければならない以上、表向きは主戦論を唱えるしかない。

 

 ︎︎けれど彼もやられてばかりでは無い。霧島派の慎重論にも一理あると受け入れることで、新たな提案を通す隙を見出すことができるかもしれない――そんな可能性を探っていた。

 

「いずれにせよ、妖怪側に何らかの対応を取ることは不可避だ。護國衆の戦力配備や新たな防衛網の構築について、議題として取り上げるべきかと思うが?」

 

 ︎︎公威が冷静に提案を出すと、議場は再び喧騒に包まれた。しかしその様子を目にして、彼の口元に微かに笑みが浮かぶ。全ての焦点を「戦争」から「防衛」へとずらし、西ノ宮派を抑えつつ霧島派や錦戸派の意見を取り込むことに成功出来た。

 

 

 ︎︎そもそも彼が今回の総会の開催を要請したのは、報復戦争をしたかったからではない。西ノ宮家の身内が、妖怪を駆逐したはずのこの京都で妖怪に襲われた。その事実を錦戸及び霧島と共有し、再犯防止策を話し合うためであった。

 

 ︎︎今回は彩葉が狙われたが、次は自分、あるいは錦戸や霧島が襲われないと断言出来る根拠は無い。

 

 ︎︎故に彼は、長年の主導権争いで足元の揺らぐ敬天総会ひいては組織全体の結束を呼びかけるつもりで、今総会の開催を要請したのだが──これに何を勘違いしたのか、西ノ宮派の多くは公威が報復攻撃をするべしという考えを持っているとして、初っ端から錦戸派を罵るなど滅茶苦茶に暴走していた。

 

 ︎︎半年前の、前回の総会もそうだ。

 ︎︎あの時は妖怪間に蔓延する妖力増強薬”金剛金丹”への対抗措置について議論したが、すぐさま両派閥の罵倒合戦になってしまい、なにもまとまらなかった。

 

 ︎︎乱闘騒ぎにもなり、マトモな話し合いが出来る状態ではなくなったので、最終的に霧島派が出した現状維持案に西ノ宮も錦戸も賛成せざるを得なくなり、おそらく金剛金丹の流通元であろう”例の学園”を少数戦力で叩くという公威の目論見は、他ならぬ味方の暴走によって潰えてしまったのである。

 

 ︎︎彩葉の襲撃事件にも金剛金丹が関わっていると聞いて、公威はまず前回総会で余計な真似をしてくれた自派閥の連中への怒りを覚えたが、総会の最大勢力であるという強力な武器を自らが壊す訳にもいかず、彼は八つ当たりのように酒を飲むしかなかった。

 

 ︎︎そして今回も、彼らは余計な事を口走っている。一体誰が戦争を呼びかけよと命じたのか。公威はそのような事一度も言っていないし、その考えも最初から無かったというのに。

 

 ︎︎やはり近年の西ノ宮派は自分の統制から外れてきているように思う。公威は募る苛立ちを悟られぬよう、議長席へ目を配った。それなりに付き合いのある鶴岡のことだ。西ノ宮派の意見が自分とは異なることは、とうに理解しているだろう。

 

 ︎︎自分が言わんとしていることは伝わるはずだと公威が視線をやると、鶴岡と数秒目が合う。頷く素振りはなかったが、次いで放った鶴岡の言葉に一先ずは溜飲を下げた。

 

「静粛に。総会各員は、当議案とは関係の無い事件について口に出すのは止めて頂きたい。総会の円滑な運営のため、次は退出して貰うのでご承知願おう」

 

 ︎︎強い声でピシャリと荒れ始めた場を制す。

 ︎︎彩葉の襲撃事件と、90年代のテロ事件に因果関係はない。互いの恨み辛みを吐き捨てるのは別の場所で好き勝手やればいいが、少なくともこの総会においてすることでは無いし、そもそもあの鶴岡がそれを許すはずもない。

 

 ︎︎両派閥の言い争いが一旦は収まると、それまで静観していた霧島派の総会員が手を挙げる。

 ︎︎鶴岡に名を呼ばれて立ち上がると、その男はまず左右の西ノ宮派と錦戸派を見渡しながら口を開いた。

 

「まずは事件の詳しい調査が先ではないか。背後関係も分からないまま全面戦争となり、しかし後になって「やはり関係なかった」では笑い事にもならない。あちらが組織として襲撃に関与しているかどうかが不透明な現下において、我々はすべきことは事件関係者の洗い出しだ。そうでしょう、西ノ宮閣下」

 

「……」

 

「閣下が提出された資料によると、実行犯は金剛金丹を摂取していた状態だったようですね。連中は現在、我々との戦端を開きかねない金剛金丹の排除に躍起になっていますし……やはり組織全体の意思ではなく、クスリの流通元と思われる例の学園──あの妖怪OBグループが関与している可能性が非常に高いのではないでしょうか。是非、閣下のご意見をお聞かせ願いたい」

 

「議長、発言の許可を」

 

「許可する」

 

 ︎︎助け舟のつもりか、あるいは前回と同じように審議が進まないことに嫌気がさしたのか。いずれにせよ、相変わらず空気を読むのが上手い連中だと公威は素直に関心する。

 

 ︎︎感情任せになっている西ノ宮派総会員をいい加減に抑えろと、そう言わんばかりの顔だった。近年は統制が効かなくなってきているとはいえ、それでも公威は未だに派閥の領袖であり、御三家の一角をなす当主である。発言権も威光も、ただ総会でふんぞり返っているだけの西ノ宮派総会員とは比べ物にならない。

 

 ︎︎彼に物を言えるのは、それこそ同じ御三家の錦戸と霧島の当主たちか議長の鶴岡くらいだろう。

 

「確かにこの襲撃事件に妖怪共が組織として関与しているかどうか現時点では判明しておらず、彼らの背後関係を徹底して調査すべきというのには強く同意する。金剛金丹の入手経路を洗い出すという前提のもと、仮に学園OBが関与していた場合、我々はあらゆる報復の手段を考えるべきだ──……とはいえ、まだ事件については分かっていないことの方が多い。よって京への侵入経路や協力者の有無を調べるのと同時に、事件の再発防止策を審議すべきだと考える」

 

 ︎︎自派閥の強硬派総会員の意見に沿いつつも、公威はさりげなく話の流れを本命に戻す。大したことは言っていないが、彼の言葉には強い権威がある。西ノ宮と錦戸両派に漂っていた嫌悪なムードは一先ず治まったといえよう。お互いの睨み合いこそ続いているが、これで余計な口出しは抑えれた。

 ︎

「閣下、その再発防止策について具体案はございますか?」

 

「一番隊の哨戒ルートや配置の再編は現在既に始まっているが、府内警備のレベルを更に上げるには人員が不足している。現在の警備レベルはそのままに、今回のような事件を防ぐため、我が西ノ宮家の”付き人制度”のように、各々の家人を警護をする専属要員の枠を新たに設けるべきではなかろうか」

 

「しかし護國衆から引き抜くとなると、それこそ人員の不足が問題になるのでは? 警邏隊からではダメなのですか?」

 

「警邏隊の数は少ない上に、他所から引き抜くとなると地方の護國衆の任務に影響がある。ので、来月から入隊予定の新隊員26名と同数の隊員を護國衆各隊からバランスよく引き抜くことで、結果的に全体の人員数には影響を及ぼさないようにするのはどうだ」

 ︎

「ふむ……ではその26名の割り当ては如何に」

 

「錦戸家に6名、霧島家に対して5名、残りの15名はそれぞれ鶴岡議長や各派閥幹部らに」

 

「おや、西ノ宮はどうされるので?」

 

「向こう半年の予定だが、桜庭隊長が彩葉の登下校に合わせて屋敷から学校までの道の哨戒を行うことになっているので不要だ。学校には隊員が警備員として常駐しているし、また屋敷にも武装させた使用人を抱えているので、道中さえ守れれば良い」

 

「なるほど。ありがとうございます、閣下」

 

 ︎︎公威と霧島派幹部のやり取りに、総会の注目は集まっていた。おかげで先程よりも静かになった議場だが、チラリと横目で見れば会話の主導権を握られた錦戸派は不満そうに顔を顰めている。それでも公威に対して野次を飛ばす様なことはしない辺り、しっかり分を弁えているのだろう。

 

 ︎︎だが異論を挟まない訳では無かった。憎き西ノ宮の言う通りに事が進むのが気に食わないという感情論もあるが、反論の余地は残されている。公威が席に腰かけると、間髪入れず錦戸派に属する壮年の男が手を挙げて、議長に発言の許可を求めた。

 

「議長」

 

「どうぞ」

 

「閣下、御家の付き人制度を模した案についてお伺いします。確かに各家の警備は強化されるかもしれませんが、現状の府内全体の警備が手薄であるという根本的な問題を解決するものではないように思われます。むしろ専属要員の配置によって、一部地域の警備がさらに疎かになる懸念がありませんか」

 

 ︎︎予想内の反駁、けれどもこの速度で考えを纏めて発言できる辺り、少数派とはいえやはり優秀な人材が揃っている。公威は黙ったまま、真剣な面持ちで男の顔に目を向けた。

 

「また、新隊員の補充に際して配置転換で対応するのは短期的な解決策に過ぎず、長期的な視点からは警備体制の再編や隊員の訓練強化といった抜本的な改革が必要ではありませんか。それに加え、そもそも護國衆は妖怪の脅威に対応するための武力組織であり、特定場所の警備という本来の設置目的から外れる施策を導入することで、護國衆全体の意義が揺らぎかねないのではと当方は懸念しております」

 

「西ノ宮閣下」

 

「ご指摘、もっともである。この案が府内全体の警備強化に直結しないという点は認識しているし、長期的な視点から現体制の再編が必要であることにも異論はない。しかし、護國衆が今直面しているのは、かつてのテロや今回の襲撃のような突発的な脅威に対応するための即応力の不足だ。この案はあくまで、現状でできる限り迅速に脆弱な部分を補う応急策だと理解していただきたい。もちろん、護國衆本来の使命を損なわない範囲で施策を進めるつもりだ。これが最終案ではなく、次の大きな改革へのつなぎだと考えていただければ幸いだ」

 

 ︎︎仮に発言していたのが西ノ宮派の総会員だったならばムキになって怒鳴り散らしていたであろうが、戦後の復興事業を通じて莫大な資産を得て派閥と家の成長に寄与した傑物が、今更そのような醜態を晒すはずもなかった。

 

 ︎︎適度に同意しつつも、やはり当主クラスや派閥の幹部が襲撃されて命を落とすという最悪の事態を避けるためにも、この案は通さねばならなかった。加えて仮にこの案が通り、実際に襲撃を防げたのならば西ノ宮の影響力を拡大することにも繋がる。

 

 ︎︎これ以上の西ノ宮の拡大を望まない錦戸派としては、何とか粗を探して修正したいところだろう。事実、公威が彼にされた指摘には当の本人も頷くところはあった。

 

 ︎︎引かない公威に対抗する錦戸派。先程までの熱気に包まれた興奮とは違う、酷く冷めたい空気が辺りを包む。前回と同じように再び総会が膠着状態になったかと思いきや、そうはさせまいと動いたのは霧島派だった。

 

「──確かに、御二方のおっしゃる通り護國衆や警邏隊からの引き抜きは現場の戦力や士気を削ぐ恐れがあり、慎重に検討すべきでしょう。しかし、閣下の案そのものには合理性があります。そこで既存の戦闘部隊に頼らず、要人警護のための専属要員を新たに募集・育成、ないし設置することで、現場への影響を避けつつ迅速な対応を可能にする案はどうでしょうか?」

 

「……」

 

 ︎︎霧島派からの申し出に、公威は思わず舌打ちをしかけた。彼らはやはり厄介だ。西ノ宮と錦戸の調整役を何百年も務めたのは伊達ではない。

 

 ︎︎公威の案を受け入れつつも、錦戸の意見を取り入れて修正し、それを自らが発言する。しかも、現場の戦力不足という現在の組織が抱える課題の観点からすれば、非常に現実的だった。

 

 ︎︎霧島派の案ならば、護国衆の人事総務部は喜んで受け入れるだろう。護國衆という現場戦力を削ることなく、新設の警護部隊の要員リクルートのための予算枠が新たに設けられるからだ。

 

 ︎︎さりげなく修正を入れられた形となった公威にとっては、苦虫を噛み潰したような思いである。元より霧島派の案は当初から頭の中にあったが、自派閥が反発する可能性があるため、公威は発言を控えていたのだ。

 

 ︎︎西ノ宮派が初手で報復戦争を訴えた時点で、こうなるだろうとは想像していたが、いざ実際にここまで上手く総会を動かされると、舌打ちの一つもしたくなる。

 ︎︎西ノ宮が自爆し、錦戸が攻撃を仕掛け、霧島が収める。この流れで総会が進んだことは数知れない。90年代以降、西ノ宮が最大派閥となってから、特にこの傾向が強まっているように思う。派閥という巨大な意思集団の羈絆を脱することの出来ない公威からすれば、頭痛の種でしかなかった。

 

 ︎︎全体的な反応を見る限り、霧島派の案が通るだろう。けれども少しでも対抗せねば派閥の支持を失いかねない公威は、傍から見れば悪あがきでしかない返答をする他ない。

 

「良いだろう、我が方としても異論はない。しかし、新部隊を創設するとなれば、予算編成や設置可能になるまでにかかる時間の問題が残る。また、指揮系統や情報統制を護國衆本部に委ねるのか、常会に委ねるのかという疑問点もある。それらの具体案を練るためには、これからさらに審議しなければならないことは皆様もご存知のはず──しかし、いつまた妖怪が京都に忍び込み、我々の寝首を掻くか分からない現下の情勢で、そのような猶予があるとお思いか?」

 

 ︎︎実際、事件の調査がさほど進んでいない現在の段階で妖怪勢力の動きが分かっていない以上、現役隊員を引き抜いて警護に当てる公威の案の方が即効性はある。いかに法体系から外れた神祇瑞光院といえど、一介の組織である以上、予算編成も人員配置もそれなりに時間がかかるのだ。

 

 ︎︎そうだ、そうだ!──呼応した西ノ宮派総会員が口々に野次を飛ばし、西ノ宮主導の案は決して呑んでなるものかと錦戸派も負けじと応戦する。そんな彼らとは対照的に、やはり霧島派は落ち着いている。

 

 ︎︎また荒れ始めた総会を鶴岡が注意をする前に、霧島派の案を出した中年の総会員が公威の問いに応じた。

 

「確かに閣下の仰る通り、緊急対応が必要な現状において、審議の時間的猶予は限られているでしょう。しかし、護國衆や警邏隊から隊員を引き抜くことで現場の戦力を削ぐのは、長期的なリスクを増大させる可能性があります。そのため、我々としては、要人警護に特化した新部隊を創設する案を優先的に進めるべきと考えます。現場の戦力を維持しつつ、迅速に設置可能な暫定的な編成を導入し、必要な場合には護國衆や常会の指揮系統と連携する形で即時対応を可能とする方向性を提案します」

 

 ︎︎霧島派の総会員がそう締めくくると、議場は短い沈黙に包まれた。その提案は、冷静で筋が通っており、少なくとも全員が耳を傾ける価値があるものであった。だが、公威にとっては素直に受け入れられるものではない。

 

「……確かに現場の戦力を削がずに対応を整えるという点では理に適っている」

 

 ︎︎そう切り出した公威の声はかなり低く、それでいて耳に届く強さを保っていた。

 

 

「──が、暫定的な編成にせよ新部隊の創設にせよ、実際に動かすとなれば初動の遅れが許される状況ではないことを忘れてはならない。妖怪勢力の浸透はますます深刻化しており、各家の要人が襲われれば、それこそ組織存立の危機だ」

 

 ︎︎そこで言葉を切り、公威は視線を巡らせた。

 ︎︎霧島派の提案は現実的であり、それを否定すれば錦戸どころか霧島派までもを敵に回しかねない。だが、それをそのまま受け入れることは自らの案を否定するに等しく、また自派閥からの不評を買いかねなかった。

 ︎︎慎重に立ち回らねば自らの立場さえも危うい。

 

「それが現状で最善の策というのであれば、採択に異論はない。ただし、編成の要員選定や指揮系統、さらには運用方法については綿密に議論を進めるべきだ。そして、護國衆からの協力も不可欠である以上、総会・常会各員の同意が得られるかどうか、今ここで確認する必要があるだろう」

 

 ︎︎彼の発言を受け、議場が再びざわつき始める。西ノ宮派は不満げな表情を隠そうともせず、霧島派の発言力が増していることに苛立ちを見せていた。一方、錦戸派は口をつぐみながらも、公威の言葉を正当化する形で議論を進められる現状に、表面上は静観の構えを見せている。

 

 ︎︎そして霧島派は――微笑を浮かべながらも一切の隙を見せない態度で頷いていた。

 

 ︎︎彼らは既にこの流れが自分たちに有利に働くことを確信している。調整役としての存在感を改めて印象づけることで、議場の主導権を握る足場を確保しているのだ。この統制の取れた反応には数百年の積み重ねがあることを忘れてはならない。

 

 ︎︎公威は心の中で舌打ちしつつ、手元の資料を指で弾いた。

 

「(霧島が良いように動いてばっかやな……チッ)」

 

 ︎︎だが、議場の空気は既に霧島派の提案を支持する流れへと傾きつつあった。西ノ宮派として、これ以上の対立を表面化させれば不利になる。

 ︎︎公威は深く息を吐き、心中の苛立ちを押し殺しながら、次の審議のための布石を打つことにした。

 

「ただし、新部隊の創設については賛同するとしても、やはり慎重を期さねばならないだろう。まず要員の選定については、各家の要人を守る役割に相応しい者を選出する必要がある。現場戦力を削がず、かつ要人警護に精通した者を集めるためには、西ノ宮の付き人制度の知見を活かす形で選定を進めることが有益ではないだろうか。また、新部隊創設が組織全体の負担となるようでは本末転倒だ。まずは暫定的な編成配置を実施し、その成果を見極めた上で本格的な部隊設置の是非を判断するべきだと考える」

 

 ︎︎表面上は譲歩しつつも、自派の影響力を保つようにした公威の一手に、議場は再び喧噪に包まれた。

 ︎その喧噪の中、公威は自身の発言がどれほど議場に影響を与えたのかを測ろうとしていた。ここで押し切らねば、すべてが霧島派の思惑通りに進むだろう。それは避けなくてはならない。

 

 ︎︎当初の想定とは違い、今総会がいつも通りの派閥間論争にシフトした時点で、組織の結束を促すための総会開催という目的はとうやっても達成できない。……であるならば公威は、早々に思考を切り替えてパワーバランスの維持に務めるまでであった。

 

 ︎︎そんな騒がしい議場全体を見渡したあと、彼は議長席に腰掛ける鶴岡に目を配った。その意図を感じ取った鶴岡が深く息を吸い込むと、途端に注目が彼へと集まる。

 

「賛否両論があるだろうが、時間が惜しい。よってこれより、霧島派の修正提案を元に暫定策の実行及びその具体的内容に向けて話を進める。異論はあるか?」

 

 ︎︎はっきりとそう宣言する鶴岡の声が響くと、ざわついていた議場が静まり返る。総会員からの野次もなければ、挙手もなかった。

 

 

 ︎︎会議は踊る。されど──それを動かすのは誰か。原作で後に闇将軍と恐れられた西ノ宮の長老は微かに目を細めながら、各総会員の様子をじっと観察していた。

 

 

 

 





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