乙女ゲー世界に転生したらラスボス系悪役令嬢(ガチ)の付き人になった話 作:ヤナギ
──結局、トイレから戻ったあと彩葉とはあまり話せなかった。
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︎︎彼女のところに戻ったタイミングで、公威との話し合いをちょうど終えた父親に呼ばれたからだ。彩葉はあまり気にした様子はなく、「また今度」と短い挨拶だけで別れた。
︎︎どうやら彼女はこれから稽古の時間らしく、屋敷の離れの方に向かっていった。使用人の男と共に廊下で彼女の背を見送り、父親たちが待つ客間へ行った。
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︎︎道中、使用人の彼に話しかけられる。お嬢様に近付くな、的なことを言われるのかと戦々恐々としていたが、そんなことは無かった。
「彩葉様、実は学校では孤立気味のようで……同世代の子と楽しそうに話しているのは私も初めて見ました。なので陸浦くん、今後とも彩葉様をよろしくお願い致しますね」
「あ、はい」
︎︎使用人の男──佐々木と名乗った彼は、そんな優しげな言葉と共に穏やかな笑みを浮かべた。
︎︎出会ってすぐに見せた、彼女の鋭い雰囲気。あれが彼女の普段の振る舞いならば、確かに普通の小学生なら臆して当然だ。俺でも少し苦手なくらいだった。
︎︎孤立しているといってもどの程度なのかは分からない。
︎︎佐々木の口ぶりからするに虐められている訳ではなさそうだったが、未熟な存在でしかない小学生なら、軽い気持ちでそういう事をしても何らおかしいことでは無いだろう。
︎まあ、この西ノ宮家なら、いじめの加害者側家族を社会的に叩きのめす事くらい造作もないだろうけど──。
「遅い」
「……ごめんなさい」
︎︎客間に戻るなり早速父親からキッ、と睨まれる。呼ばれてすぐ来たのに遅いも何もないだろう、と思ったが、公威の前で反抗的な態度をとるわけにもいかない。もしも彼に”付き人”として自分が不適格なんて思われてしまったら、この父親に何をされるかわかったものではないからだ。
「まあんな怒らへんと。むしろ早い方やろ? ……そういや将吾クン、彩葉はどうやった? 上手く話せたか?」
「稽古があるらしく、先ほどお別れしました……西ノ宮さんとは普通に話せたと思います。京都以外での生活について色々聞かれたので、知る限りお答えしました」
「うん、ほんなら心配せんくても良さそうやな」
︎︎頭を下げながら父親の隣に腰を落として正座する。そりゃいくら縁のある家の倅とはいえ、よく知らない他所のガキが孫と二人でいたら気になるはずだ。こちらを見定めるような彼の視線から逸らさずに嘘偽りなく答えると、公威は満足気に頷いた。
「──さて、将吾クン。君には夏休み明けからこっちの学校に通ってもらうことになった」
「転校、ですか」
「せや。彩葉が通っとるとこは私立やけど、学費や生活費はうちが出すから気にせんでええ。あと転校手続きが済んだらこの屋敷に住んで、彩葉と一緒に登下校してな」
︎︎西ノ宮と陸浦の相互間で決まったことを教えるだけの、俺に意味の無い時間だ。退院してしばらくの、母親とアパートでつつましく暮らすだけの生活が早くも恋しく感じる。
︎︎これからは西ノ宮家のこの屋敷で、彩葉の傍で生活することになる。きっとこの父親は来ないだろうし、母親にも仕事があるので京都になんて来れない。父親に関しては最早どうでもいいが、自分の親としての情を抱きつつあった母親のことが心配だ。
︎︎この京都の屋敷に移り住んだが最後、母親のもとに帰れる日は来ないような気がして、父親と公威に対する猛烈な嫌悪が心の内から湧き出す。
︎︎この世界がこの先どうなるかはまだ分からない。けれど、いつの日か自由の身になれたら、あの母親とどこか遠く離れた場所で暮らすのも悪くない。というかそれが原作終了後の一番ベターな人生な気がしてきた。
︎︎兎にも角にも、夏休みが終わるまでの残り一ヶ月で俺がやることは京都移住の用意と、何年も続くであろう不自由な生活を自分が送ることへの覚悟を決めることだ。
︎︎手続きに関しては大人たちが勝手にやるだろう。
︎︎親権者というか、扶養主であろう俺の母親の同意無しで進められるものなのか疑問はつくが、拉致同然の振る舞いで俺を京都に連れてきたこの父親のことだ。無理やりにでも同意させるに違いない。そもそも2人が既に離婚しているのか単に別居してるのか俺は知らないので、そこら辺は曖昧だが。
「ほんでね、君が正式に彩葉の付き人になるのは一応15、6歳からって事は覚えといてな」
「……中学卒業したくらいで、ですか?」
「まー、そういうことになるなぁ」
︎︎護衛をするっていうならそれこそもっと大人の方が良い気がするのでは、とやはり言いたかった。数年先の俺の事とはいえ、たかが高校生の子供に何が出来るのか。
︎︎しきたり、伝統。重要人物の護衛が仮にその一言で済むなら、世の中にSPやシークレットサービスなんて仕事は無いのである。
︎︎ただ、推定薬物犯罪者のこの父親が彩葉と交流する図は想像したくなかった。
︎︎公威の口ぶりからすると、他の西ノ宮家に仕える家は高齢者ばかりらしいし、俺以外となると父親しか居ないことになる──認めたくは無いが、曲がりなりにも彼の血縁者としてそれは断固拒否したい。
︎︎しかし、わがままだろうけど、それでも俺がその付き人とやらになるのにはやはり抵抗感しか無かった。
「んじゃ、今日はこの辺でしまいや。転校手続きとかは君の父さんに頼んどるから安心しぃ」
「……はい」
︎︎どこに安心出来る要素があるのか。息子連れて関西まで薬物(推測)を買いに行く父親が一体どこにいる。ああ、隣に居たか。
︎︎本当にこんなのが親とか信じられないし、なぜあの母親がこんな男と子供を作ったのかも理解し難い。俺をネグレクトをしていた前世の親といい勝負できるレベルだ。
︎︎遠い目をしつつ、公威に頷き返す。父親と共に退出しようかと思ったが、何か小声で話しかけていたので気にせず自分だけ立ち去る。もちろん公威からの印象を下げないよう、挨拶と礼はしっかりした。
「失礼します」
「おう、またな、将吾クン」
︎︎手を振りながら笑顔でそう言った公威は、とても普通の爺さんに見えた。案外、普通にしていれば普通の人なのかもしれない。当然油断など出来るはずもないけれど。
︎︎襖を閉めて、俺は先に玄関口へ向かう。使用人の佐々木がお見送りしてくれるらしいので、再び彼とこのバカ長い廊下を歩くことになりそうだ──。
「……あっち側の協力者から買い取ってきた例のヤツ、解析頼みましたよ。西ノ宮閣下」
「……ん、応さ。事が事やからな、ちゃんと調べとくで任せとき。解析終わったらあんたを総会に呼ぶかもしれんけど、そん時はまた連絡するわ」
「えぇ、よろしくお願いします」
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︎︎西ノ宮家から名古屋に帰ってきて一週間が経過した。
︎︎帰宅して早々、出迎えてくれた母親は俺の顔を見るなり泣きそうな表情で抱きついてきた。小っ恥ずかしかったが、ひどく心配されているのだと思うとその腕を払うに払えなくて、俺は前世含めてもおそらく初めてに近いであろう親の温もりに包まれた。
︎︎かくいう父親は、家の前に着くなり母の顔を見ることもなく、そのままタクシーに乗ってどこかへ去った。あの「うわ、複雑な家庭や」みたいな運転手の表情はやけに印象に残っている。勘違いと言いきれないのもあの父親のせいだ。そうしておこう。
︎︎それはそれとして、今俺は何をしているのかと言うと──特に何もしていなかった。
︎︎自分の部屋の布団の上でボケーッと天井を仰ぎ見て、既に半日近くの時間を浪費している。1日にも満たない京都滞在で莫大な精神的な疲れを感じたので、母親には悪いが体調が悪いことにして部屋でゆっくりしていたのである。
︎︎疲れていたから、というのももちろんあるが、部屋に篭っているのはどちらかというと京都で得た情報の整理に集中したいのもあった。
︎︎まず、この世界は本当にアンブロークン・リネージュの世界なのか、ということ。
︎︎これに関しては最早疑いようがない。
︎︎原作で主要な敵として主人公たちに立ち塞がった西ノ宮家が存在していて、公威も彩葉も一個の人間としてしっかりと生きている。加えて原作キャラであった彩葉本人が”妖怪”という単語を口にしたのも、それまで考えていた脳内の否定材料を粉微塵にしていた。
︎︎それに、名古屋に帰ったあと母親が持っていたスマートフォンで調べてみたのだが──ゲームの舞台になっていたあの学園が日本にあった。驚くことに学名も施設の写真も全く同じで、設立された年も記憶にある設定資料集のものと一致していた。
「(ありがとう前世の妹よ、君の布教のおかげで俺は絶望の淵に立たされている)」
︎︎何も知らないままだったら、ここまでショックは受けていない。だがしかし、完全に同じ世界ということでもないようなので、不安半分安心半分といったところか。
︎︎なぜなら原作に”陸浦将吾”という名のキャラクターは登場していなかったからだ。西ノ宮彩葉に付き人が居るなんて今世で初めて知ったし、そもそもゲームには一切そんな存在はいなかった。
︎︎俺という不確定な存在が混じっていることが、この世界の未来を予測することを困難なものにしている。
︎︎未来──この先の展開を知っていても、それが本当にそうなるのかが俺のせいで分からない。
︎︎俺が西ノ宮彩葉に関わることによるバタフライエフェクトで、主人公が半妖半人にならないかもしれないし、妖怪勢力に完全勝利するかもしれない。もしもそうなったら俺の人生は不自由なまま終わってしまうだろう。
︎︎だが逆に、かなり楽観的な想像ではあるものの、この世界の未来が俺の知識とさほど変わりないのであれば、やることは単純だ。ゲーム知識というアドバンテージはこの世界の他の誰も持ち得ていないのだから、西ノ宮を筆頭する人間勢力が劣勢に立たされたタイミングで母親と逃避行することだって出来る。
︎︎ああそうだ、母親だ。
︎︎転生を自覚して以前の記憶がない俺にとっては、ひと月に満たない今世の生活に愛着もなにもないけれど、少なくともあの母親のことは大切にしたいと思っていた。
︎︎母親はとにかく優しいのだ。
︎︎彼女の言葉や態度には親の愛情というのをダイレクトに感じる。前世で親に恵まれなかった反動で余計に。小さな身体に精神が引っ張られている可能性もあるだろうが。
︎︎そもそも毎日朝早くから仕事に出ていく母親の姿に何も思わない訳がない。それでいて顔を合わせれば常に笑顔。前世の荒んでいた少年時代に会っていたら間違いなく絆されていた。
︎︎そんな心優しい母親との暫しの別れが近づいている。
︎︎正直に言えば凄く寂しかったので、ここ数日は彼女との会話を増やしていた。仕事終わりで疲れているだろうからと家事もやり始めている。
︎︎実を言うと退院直後は困惑しきっていたから、他人という意識が拭えなかった。故に母親との距離を掴みかねていたのだが──あの父親と京都に行ってからというもの、転生も自分の死も徐々にだが受け入れるようになってきた。
︎︎この世界のこととか、自分の将来のこととか。精神的な余裕は相変わらずなかったが、これでも中身は成人済みだ。折り合いをつけて普通に過ごす程度、造作もない。
「ただいまー」
︎︎そうしているうちに、母親が帰ってきた。
︎︎起き上がって迎えに上がる。隣町の中学校で教員をしている彼女は、世間が夏休みになっても変わりなく出勤している。基本的に8月までは通常通り出勤するらしいが、俺が入院したので急遽休んでいたためか、8月の上旬まで母は仕事があるようだ。
︎︎リビングに行くとソファに座っている母親が居た。
「あら将吾、どうしたの? もう体調は良くなった?」
「大丈夫」
「なら良かった。着替えたらご飯作るから待っててね」
「いいよ別に。風呂入ってくれば? その間に俺作ってるから」
「何言ってるの。火なんて危なくて使わせられないわよ」
「えぇ……?」
「ほら座った座った。ジュース買ってきたから飲んでなさい」
「ん」
︎︎やはりこの身体が恨めしい。一人暮らしの経験があるので今さら料理なんて屁でもないのに、俺がキッチンに立つのは彼女からしたらやはり危なっかしく見えるようだ。こんなナリでも中身は二十になったばかりの大学生なのだが。
︎︎しかしあの父親とは別の意味で彼女には逆らえないので、言われた通り買ってきてもらったコーラを開けてテレビでも眺めていることにした。まるでニートになった気分だ。
︎︎ペットボトルを口に咥えながらテレビを付けると、ニュース番組がやっていた。時間帯的にも今はニュースくらいしかやっていないだろう。つまらないな、と思いつつも今の俺はスマホを持っていないのでこのニュースで暇つぶしするしかない。
︎︎自分の部屋に着替えに行った母親を横目に、アナウンサーの声に耳を傾ける。
『──本日国会に提出された内閣不信任案は、与党の反対多数で否決されました。しかし神田政権に対する攻勢は増々強まっており、日本民政党の支持母体である全日本労働組合では……』
「……こーいうのはあんま前世と変わんねぇんだなあ」
︎特に気にしなければ、前世で聞いてもさほど違和感のないニュース内容。というか似たようなこともあった気がしなくもない。あんまり政治には興味がないので番組を変えた。
︎︎やれ何処どこで事故があっただの、日経平均株価はどうだの、芸能人同士の熱愛疑惑やらなんやら、マスメディアは世界が違っても変わりないらしい。その商魂の逞しさにはもはや懐かしささえ感じる。
︎︎結局どの局も放送内容に差はなかったので、適当につまらないニュース番組を垂れ流すことにした。
︎︎これなら明日の天気予報の方が有意義だ。
︎︎天気が悪いと気分も悪いし……と思いながら天気予報のコーナーが始まるのを待っていると──俺にとっては聞き逃せないとあるニュースが飛び込んできた。
『──昨年の火災事故によって半焼した〈私立扶桑学園〉において、復旧支援金や新校舎建設予算など約一億円を横領していたとして、東京地検特捜部は本日午後一時頃、片岡秀一郎学園理事長を業務上横領の容疑で逮捕致しました。片岡容疑者の認否は明らかにされておらず──』
「……これって」
︎︎この私立扶桑学園とやら──間違いなく、主人公たちが原作で通っていたあの学園の名前だ。予期せぬタイミングで聞こえてきたその単語に驚いて、俺は飲んでいたコーラを吹き出しそうになってしまった。
︎︎僅かに口元から零れた水滴をティッシュで拭いながら、テレビに意識を向ける。
︎︎片岡、という男の名前は覚えがない。
︎︎けれどアナウンサーが口にした火災事故については、原作においても多少触れられていたので記憶にあった。
︎︎2013年の半ばにあの学園で起きた火災事故。校舎の傍に設置されていた空調設備から発火したとされるが、実際は違う。
︎︎妖怪側と人間側、互いの組織の過激派に影響された生徒間での抗争状態にあった当時の学園では、敷地内での戦闘が散発的にあったという。故に原作では妖怪と人間の確執に無知であった主人公に対して、「あの火災事故は人間共との戦闘の余波で起きた」と他の妖怪キャラが説明していたか。
︎︎世間的には火災事故と認知されているこの出来事が、原作通り2013年に起きているということは、少なくとも現時点においてこの世界はゲームの時系列にそって進んでいるようだ。
︎︎自分の置かれた状況を思えば喜ばしいことではないが、先行きへの不透明感は若干ながらも薄れた。
「……(つーことは、原作開始まで残り8年くらいか。長いような短いような──)」
︎︎地元の高校に入学して二ヶ月ほどたった頃に、主人公は半妖になって学園に転入したはずだ。その頃には俺は18歳の高校3年生である。ゲームの描写的に彩葉は3年生で、原作主人公が1年生だったのは間違いない。この8年という時間を使い、それまでには身の振り方を考えないといけないだろう。
──身の振り方とはそれ即ち、ある程度は物語が展開してから自分だけ逃げ出すか。あるいは気にせず原作をぶち壊して妖怪勢力を叩き潰すかの二択である。
︎
︎︎今のところ現実的なのは前者だ。これが俺の想像しうる限り、一番イージーかつベターな選択肢。西ノ宮という強大な名の影に徹して原作に自分からは関わらず、目立たないようにひっそりと逃亡するのである。妖怪共に目をつけられないように大人しく過ごせば、俺自身が恨みを買うことはまずない。
︎︎自分で考えても何ともまあ情けない男であったが、尊厳やプライドなどより、命や自由の方が俺にとっては大事だった。
︎︎一度死を経験しているからこそ、死に対する無際限の恐怖が脳裏に染み付いて離れない。
︎︎俺が原作主人公という絶対的な存在の敵に回るということは、彼女自身にそのつもりはなくとも、彼女の周りにいる妖怪連中に殺害される可能性が十分にあるのだ。原作で彩葉を殺害したのも、主人公たちとも関係があったグループだったはずだし。
︎︎故に──もしも今後逃亡に成功したら俺は初めて自由になれる気がする。前世とか原作とかそういう考えに捕われることなく、真の意味で新しい人生を送れるような気がする。
︎︎何とも魅力的な将来ではないか。
︎︎死ぬことになるかもしれない彩葉や公威には悪いが、俺の優先順位の最たるものは俺の命であって、その次点に母親だ。西ノ宮家に対する忠誠など存在し得ない。
「……(あー難しいことばっか考え過ぎて頭痛くなってきた)」
︎とりあえず、今日もゆっくり休んで英気を養おう。どうせ来月の半ばには京都に居るのだ。あの人間至上主義者の魔窟で暮らす日は遠くない。
︎︎最低でも今後8年は不自由な生活が待っている。西ノ宮家がどうなるかは分からないが、今くらい自堕落に過ごしても罰は当たらないだろう。
︎︎いつの間にか戻ってきていた母親がキッチンで夕食を作る音に耳を傾けながら、俺はそう決めた。