乙女ゲー世界に転生したらラスボス系悪役令嬢(ガチ)の付き人になった話   作:ヤナギ

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今話の投稿日付設定を間違えて来月にしていたことに気づき訂正しました。あとこんな書き立ての駄作がランキング掲載されて嬉しいです、皆様ありがとうございます。
ちなみに週一くらいのペースで投稿する予定です。




EP5〈令嬢は一人に非ず〉

 

 

 

 ︎︎転入生といえば、クラスメイトからの質問責めに合う光景を想像する人もいるかもしれない。中高でもそうあることではないし、好奇心旺盛な小学生にとっては転入生の存在は珍しいものであることに違いない。

 

 ︎︎元より府内の私立小学校の中においても、特に高い学費を払う必要のあるこの学校なら尚のこと。

 

 ︎︎だが休み時間になっても、誰も俺に話しかけることはなかった。それ自体はむしろラッキーなのだが、気になったのは彼らの様子である。

 

 ︎︎彼らは遠巻きにこちらを見てはヒソヒソと話し、興味津々といった様子で相槌を打っていた。悪意のようなものも感じるし、鬱陶しいことこの上ないのは確かだ。しかも一部の男子生徒なんかは睨みつけてさえいるのだ。

 

 ︎︎最初は全くもって意味がわからなかったが、しばらくして理解した。

 

 

──そんな彼らの奇妙な反応は、このクラスに新たに転入生とて加わった俺そのものというよりも、隣に座る彩葉の存在に起因するに違いないだろう。

 

 ︎︎なぜなら休み時間が始まった瞬間までとは、明らかにクラスの雰囲気が違う。それまでは俺に対する興味や好奇心がこちらにも伝わってくるくらいだった。

 

 ︎︎その空気の変化を明確に感じとったのは、彩葉が俺に話しかけてきてからだ。授業中も時おり話しかけてきてはいたものの、かなりの小声だったので注目は集めなかった。

 

 ︎︎……孤立しているとは以前に聞いていたが、彼女が誰かに話しかけることすら珍しく思うレベルとは流石に思わなかった。俺の知る原作の彼女なら敵は多くとも味方も多いというキャラだったので、改めて幼少という時期のギャップには驚かされる。

 

「なあ将吾くん」

「なんだよ、”西ノ宮さん”」

「あんた意外と頭良いんやね。この分だと学校(うち)の授業にも普通についていけそう」

「……? 宿題提出だけだったじゃんか」

「いや、うちが横から出した問題の答え全部合っとったやん? もし間違えたら笑ったろ思っとったのに……興醒めや」

「いい性格してるよキミ」

「どうも」

 

 ︎︎算数、国語、社会、理科。懐かしさを覚える教科の数々。ああ、こんなこともやってたなとノスタルジックな気持ちに浸りながら終わらせた夏休みの宿題。

 ︎︎公立校と私立校では宿題も違うのではと思っていたが、日誌の種類は変わらず、前の学校で出されていたらしいプリント類に関しては提出すればしっかり見てくれるようだったので、一応持ってきた宿題を俺は先生に出した。

 

 ︎︎授業といっても今日は夏休み明け初日である。

 ︎︎夏休みの宿題を提出しつつ、それぞれの教科時間事にプリントの答え合わせをするという形式だ。授業時間自体が通常よりも短縮されている。3時間目の始業式、その後の4時間目で係決めなどを行い、とりあえず今日は終わりのようだ。

 

 ︎︎本格的に授業が始まるのは来週から……ということだが、これからの学校生活に関して俺に意欲や期待は皆無である。角が立たないよう普通に過ごせれば満足だ。

 ︎︎あえてポジティブに考えるならば、またとない学び直しの機会ともいえるが──そもそも俺は真面目な性格ではないと自覚しているし、そんな人間だったらもっと良い大学に行けてたと思う。

 

「はーい、みんな背の順で並んでねー。1組から体育館行くからパパっと並んで待ってよう」

「「はーい!」」

「(うわぁ背の順とかあったなぁ……懐かし)」

「将吾くん、行こっか」

「ん? うん」

 

 ︎︎ボケーッと廊下に出ていくクラスメイトの姿を眺めつつ、俺もその中に加わる。どこに並べばいいのか分からなかったが、目測では俺が一番背が高かったのでとりあえず最後尾に並んだ。担任は何も言ってこなかったので大丈夫だろう。

 

 ︎︎黒板に打ち付けるチョークの音、夏休みの宿題、男女別の背の順──二度目の小学校生活について色々思うところはあるが、やはり何だかんだ言って、それらを見ると心に染み渡るこの懐かしさは一定のストレス緩和になっていた。

 

 ︎︎まるで卒業アルバムを一枚一枚めくっているときのような、かつての母校に久方ぶりに帰ってきたかのような。そんなノスタルジーのおかげで、俺の心は今朝小学校にいる自分を想像していたときよりも遥かに落ち着いていた。

 

 ︎︎仕方ないのだ。子供の俺にはどうしようもないのだから、とりあえず今は大人しく周囲の大人に従っていればいい。諦めの姿勢は余計なことを考えなくて済むということだ。

 

「おい」

「?」

 

 ︎︎窓の外の景色を眺めながらそんなことを考えていると、ふと声をかけられた。俺の前に並んでいたクラスメイトだ。……そういば彩葉と話してる最中にやたら睨んできたのは彼だったか。

 

「お前、西ノ宮ちゃんと知り合いなのか」

「……まあ、そうだけど」

「っ、転入生だか何だか知らないけど調子乗るなよ。西ノ宮ちゃんはお前みたいなやつが仲良くしていい子じゃないからな」

 

 ︎︎えぇ……と困惑。俺を睨みつけてきた意図はわかっていたものの、いざ真正面から本人にそう言われるとどう反応していいか分からなかった。しかし目を合わせている状態で顔を顰める訳にもいかず、イエスともノーとも言わずに彼の顔をじっと見つめた。

 

 ︎︎彼の口振りからは彩葉に対する好意を感じる。原作で彩葉と婚約していた人物かと一瞬思ったが、あちらは理知的で紳士的な男だった。小学生とはいえ、こうも嫉妬心むき出しなこの子とは全然違うことを思い出す。

 

「そんな関係じゃないよ」

「うるせぇ」

 

 ︎︎友達というには関わった時間が短すぎるし、彼女と恋仲になるなんて今後を考えればそのような特大の地雷を好んで踏むわけがない。故に否定したのだが、彼は取り付く島もなかった。

 

 ︎︎青いなあ、と生暖かい視線で彼を見る。

 ︎︎自分が小学生だった頃は恋愛云々は考えたことがなかった。高校生になって初めて彼女が出来るまでは、かわいい、かっこいいの一言で終わってた気がする。家庭環境のせいでそこに意識を割く精神的余裕がなかったのもあるが、そんな俺と比べたら寧ろ彼の純情さは子供らしくて良いのではなかろうか。

 

 ︎︎そっぽを向いてしまった彼は、もう俺に用はないようだ。とはいえ彩葉と一緒に帰ることを知れば更に突っかかってきそうな気もするが、その時はその時だ。

 

 

 

 

 

──校長や市長、教育委員会、教頭らのどうでもいい長話を聞き流しつつ小一時間。

 

 ︎体育座りとは斯くも辛いものだったのかと思い出しつつ、担任の先導のもとクラスメイトらと教室に戻った。これからは係決めをし、終わったクラスから各々下校という流れだ。

 

 ︎︎俺が席につくと、やはり先程の少年が睨みつけてきた。既に彩葉が座っていたからだろう。ただ隣に居るだけで睨まれるなんてたまったものではないが、気にしても仕方が無いので鞄に貰ったプリント類をしまいつつ、担任の説明を聞く。

 

「学級委員やりたい人〜?」

「はい!」

「おっ、錦戸か。他にやりたい子はいるか?……ん、居なさそうだな。じゃあ今学期の女子学級委員は錦戸だ。はい拍手」

 

 ︎︎まず決まったのは学級委員。

 ︎︎いの一番に手を挙げた”錦戸”というメガネをかけた女子が学級委員に決まった。彩葉とは別種の高貴さというか、名家の人間っぽいお淑やかな雰囲気を感じる少女だ。

 

 ︎︎先頭の席に座っていた彼女は、学級委員になったことが嬉しいのか近くの女子と軽く話しているようだった。

 

 ︎︎小中で学級委員を経験している奴はたいてい高校で生徒会長とかになったりするものだ。リーダーシップは簡単に身につけれるものではないので、こういう役職を進んでやる人は素直に尊敬する。あのような意欲は今も昔も俺にはなかったから余計に。

 

 ︎︎それにしても、チラッと見えたあの横顔。それに錦戸という名前。どこかで見たことがあるような気もしなくもないが──はて何処だっただろうか。原作に居たような、居なかったような。

 

「……なんや、あの子のこと気になるん?」

「あ? ……あー、うん」

「趣味悪いわぁ」

 

 ︎︎そんな俺に対して、信じられないものを見るかのような表情で悪態をつく彩葉。どうやらあの錦戸とやらは、俺と話しているときには一切クラスメイトの存在には触れなかった彼女が、こうもハッキリと悪感情を露わにする相手らしい。

 

「あの子と仲悪いんか?」

「ん……別に? ちょっとソリが合わんだけや」

「ほーん」

 

 ︎︎反りが合わない程度なら趣味が悪いなんて言わないだろうに、と思いつつも口に出すことはない。彼女が俺に説明する気がないのなら聞いても無駄だろう。

 

 ︎︎こうしている間にも係は次々と決まっていく。

 

 ︎︎俺は何の係もやりたくはなかったので、「ぼく転入したばかりでまだ何も知らないし慣れてません」的なオーラを出しつつやり過ごすことにした。

 ︎︎せめて教室掃除はしっかりするからそれくらいは許して欲しい。昔からかなりの綺麗好きだし、掃除をするのは別に嫌いではない。だから頼んだぞ先生。

 

 ︎︎そんな気持ちを込めた俺の視線はサッと逸らされた。

 

 ︎︎……まあ他の子達が志願してくれれば係の定員も埋まるだろうし、変な悪あがきはせずに大人しく時間が過ぎるのを待とう。

 ︎︎頬杖をついて気怠げにしている彩葉も、係に手を挙げるつもりはないようだ。彼女ならばどの係になっても卒無く熟していそうだが、当の本人に積極的にクラスへ関わる姿勢はないらしい。休み時間のときの教室の空気を鑑みるに当然ではあるが。

 

「(眠たい。寝ていいかな。いやダメか……)」

「──なあ将吾くん。そういえばあんた、屋敷に帰ったら何するか聞いとる?」

「帰ったら? ……いや、佐々木さんからは何も聞いてないわ」

「ふーん」

「なんだよ」

「聞いてないんか、そーかそーか。そら楽しみやわ。ほんなら余計はよ帰りたいなあ」

「はぁ?」

 

 ︎︎今日の予定について佐々木は何か言っていただろうか。今朝や昨日の会話を振り返っても、彼はそれらしいことは言っていなかった──というか彼は顔を合わせる度に彩葉の話しかしてこなかった。

 

 ︎︎どうやら佐々木は彩葉のことを本当の妹のように思っているらしい。生まれた時から知っているようだし、彩葉本人も佐々木にはえらく懐いている。

 

 ︎︎そんな彼女を佐々木が可愛がるのはわからなくもないが、さほど興味もない話を延々と聞かされるこっちの身にもなって欲しいものだ。勿論そんな事を言えばガチで殺されそうな気がしたので、俺は彩葉の話を聞かされる度に「へぇ」とか「そうなんですね」とか適当な相槌を返していた。

 ︎

 

──しかし、彼女の言葉から察するに俺はこのあと何らかの予定があるようだ。俺には知らされていない何かが。

 

「今日は稽古もないし、あんたの所行こうかなぁ」

「……ちなみにその予定って聞いても?」

「内緒」

「なんでじゃ」

「その方がおもろそうやもん」

 

 ︎︎面白い予定とは何だろうか。

 ︎︎普段やっている武芸や書道の稽古がないという彼女が暇つぶしに見に来ようとするあたり、きっと俺にとっては何も面白くないことに違いない。もう既に嫌な予感しかしないが、彩葉はニヤニヤとするばかりで口を割りそうになかった。

 

 ︎︎もう係決めとかどうでもいいからさっさと帰りたい。けど帰ったら帰ったで面倒くさいことが待っているようで、俺は無性に頭を抱えたくなった。

 

 

 

 

■■■

 

 

 

「そういや俺、靴別のとこにあるわ」

「? あぁ、そっか。あんた玄関から来とるもんな。ええよ、駐車場で佐々木と待っといてや」

「ん」

 

 ︎︎ようやく帰りの会が終わり、下校時間となった。他のクラスメイトたちは、各々仲のいい相手とわいわい談笑をしながら帰りの支度をしている。

 ︎︎俺は既に支度を済ませていたので彩葉と一緒に昇降口に行こうと思ったが、今朝佐々木と一緒に職員室に行っていたので、職員室前の玄関に靴を置いたままだった。

 

 ︎︎鞄を肩にかけて、俺は昇降口に向かって歩く彩葉と別れた。別校舎にある職員室はこの教室とは少し離れている。その職員室の前に小綺麗な来客用玄関があった。

 ︎︎廊下を歩いて別校舎に渡り、先生が片付けてくれたらしい俺の靴を靴入れを覗いて探す。半透明の扉がついていたので割とすぐに見つかった。

 

「失礼しました」

 

 ︎︎床に座りながら靴を履いていると、背後からそんな声が聞こえてくる。気になって振り返ると、そこにはクラスメイトである錦戸がちょうど職員室から出てきた。

 

 ︎︎途中から居ないと思ったが、どうやら職員室に居たらしい。丁寧に頭を下げて扉を閉めた錦戸と目が合う。大した話題どころか話したこともないので顔を逸らして立ち上がったのだが、彼女はゆっくり歩きながらこちらに向かってきた。

 

「誰かと思えば陸浦くんだ。そんな所でどうしたの?」

「ここに靴置きっぱだった」

「へー……あっ、私は錦戸 沙耶香(にしきど さやか)ね。よろしく!」

「どうもー」

 

 ︎︎なんの用かと思えば単なる自己紹介。軽く手を挙げて返事をすると、彼女は意気揚々と更に近づいてくる。なんだなんだと仰け反って距離をとった。

 ︎

「ねぇ陸浦くん、君に聞きたいことあるんだけど」

「……いや、人待たせてるし」

「すぐ終わるから! お願い!」

 ︎︎拝むように手を合わせる錦戸に、俺は「まあいいか」と頭を掻いた。どうせ駐車場はすぐそこだし、反対側から回ってくる必要のある彩葉もまだ来ないだろう。

 

 ︎︎いいよ、と言うと嬉しそうに錦戸はにかんだ。しかし聞きたいことがあると言う割にはおずおずと口を噤み、何を言おうか迷っているような素振りで黙ってしまう。

 

 ︎︎眉を顰めて彼女を見やるとごめんごめんと慌てたように両手を振り、そして意を決した様子でその口を開く。

 

「……その、陸浦くんって、西ノ宮とはどういう関係なの?」

「……西ノ宮さん? ただの知り合いだけど」

「いや、あの子じゃなくてね。まあ仲良さそうなのは気になるけど、私が知りたいのは西ノ宮とキミの関係だよ」

「……あー……」

 

 ︎︎つまるところ西ノ宮彩葉という個人ではなく、西ノ宮という家と俺の関係性について知りたい。彼女が言いたいことはそういう事だろう。

 ︎︎付き人(予定)と素直に答えても別に俺は構わなかったが、それが他人に答えてもいい事なのか分からず、今度は俺が黙ってしまう。

 

 ︎︎じぃっと俺を見つめる錦戸の表情は、真剣に俺の何かを見定めるかのようだった。彩葉ではなく”西ノ宮”という家名を出したのだから、色々と裏の事情を知ってそうな様子ではあるが──。

 

「(あっ)」

 

 ︎︎西ノ宮、そして錦戸……錦戸、沙耶香。

 

 

──この馬鹿野郎、なぜ俺は忘れていた。

 

 

 ︎︎何が”どこかで見たことがあるような気がする”、だ。

 ︎︎原作に完全に登場していたではないか!

 ︎︎それも、原作主人公との関わりを持つ重要なサブキャラクターとして。

 

 

 ︎︎原作アンブロークン・リネージュにおける主要な敵、その妖怪退治組織は創設が古い故にいくつかの派閥が存在している。一族の歴史の長さ、政財界とのコネの有無、妖怪に対する微妙なスタンスの違いから彼らは水面下で対立関係にあった。

 

 ︎︎まず、彩葉の属する西ノ宮家は人間至上主義を掲げるタカ派筆頭だ。彼らは全ての妖怪の絶滅を願う強硬的なスタンスを保ち続け、同組織で最大の勢力を誇っている。

 

 ︎︎しかし対照的に、目の前の少女が属する錦戸家は妖怪との共存とまではいかなくとも、人間社会に適応している一部の妖怪に関しては割と穏健的であったことから、組織内では少数ではあったもののハト派筆頭として西ノ宮率いるタカ派と対立していた。

 

 ︎︎そのため、妖怪と人間による共存を実現しようと動いていた原作主人公一派は、彩葉の同級生として扶桑学園にも通っていた錦戸沙耶香に接触し、最大の敵である西ノ宮の瓦解のために協力を仰いでいたはずだ。

 

──結局「妖怪と手を組むつもりは無い」という本人の言もあり実現しなかったが、その時確かに彼女は登場していた。

 

 

 ︎︎原作終了後は西ノ宮家なき後の組織を再興し、次世代の象徴としての重要な役割を錦戸沙耶香が担った、と公式ファンブックに書いてあったような記憶もある。

 

 ︎︎それにしてもなぜここに来てようやく思い出せたのか。

 ︎︎思い当たる節はいくらでもあっただろうに、ただ学校から帰りたい気持ちばかりしかなかった。

 

 ︎︎錦戸の、かけていないはずの眼鏡にしろ身長にしろ髪型にしろ、8年後の原作の姿と違うのは彩葉も同じだったのに。にも関わらず、そんな当たり前の差異に気付こうともしなかった自分の馬鹿さ加減には我ながら呆れるばかりだ。

 

「(──ん、待てよ? というか、それなら錦戸家に俺が取り入ればワンチャン生き残れるんじゃないか?)」

「あの……陸浦くん?」

「(彩葉の口ぶりからして既にこいつとの関係は良くない。けど、こいつからの印象を良くしておけば、お情けで助けてくれる可能性は少しでもある)」

 

 ︎︎原作終盤に西ノ宮家が事実上離散したのは、その絶対的当主であった公威が殺された影響が大きい。しかし彼の殺害に錦戸家が全く関与していないことは原作の描写からしても確かだった。

 

 ︎︎前時代的な一族郎党皆殺しのような処罰を錦戸家が与えたわけでもないし、アレは単なる妖怪側の暴走だった。彼らは西ノ宮家ほど過激な手段はそもそもしない印象がある。

 

おーい、陸浦くーん

 

 ︎︎錦戸家は指導者の喪失で離散することになった西ノ宮の元使用人や家々の半分近くを取り込んで、旧態依然となった古い組織の改革に乗り出し、報復を訴える過激派を押さ込もうとする動きを見せていたか。

 

 ︎︎そして人間勢力の次世代の象徴とまで公式に書かれた錦戸沙耶香は、半妖半人となった原作主人公に対しても彩葉とは違い嫌悪感は見せず、また彩葉本人についても彼女の墓前で同情的な言葉を呟いていたシーンもあった。

 

 

──やはり西ノ宮の下で俺一人でどうこうするよりも、錦戸との関係を深めて後々助けて貰った方が生存の可能性は格段と上がるのではないか?

 

 ︎︎他に人格者というと原作主人公の顔が思い浮かぶが、彼女は論外だ。少なくとも西ノ宮の庇護下にある俺が、半妖半人である彼女と仲良くするなんて自殺行為そのものである。粛清は免れないだろう。

 ︎︎そもそも俺は妖怪と人間の共存とかどうでもいいし、原作主人公の傍に居たら余計な戦いや事件に巻き込まれるのがオチだ。

 

 ︎︎それなら西ノ宮家にバレないよう注意を払いながら、錦戸沙耶香の好感度を上げて、いざと言う時に助けて貰った方が遥かに良さそうだ。

 

「陸浦くんってば!」

「! ……あ、悪い、考え事してた」

 

 ︎︎ぐい、と鼻先が触れそうなほどの距離で顔を覗き込まれて俺は我に返った。甘い香りが鼻腔をくすぐる。超至近距離で見つめられてビックリした俺は、仰け反るように彼女から離れた。

 

 ︎︎錦戸は頬を膨らませ、不満そうな顰めっ面をしている。そして数秒間こちらを見つめたかと思うと、大きなため息を吐いた。

 

「もー、そんなに逃げられるとまるで私が悪いことしたみたいじゃん! ……まあ、そんなに言いたくないなら別に言わなくてもいいよ」

「すまん。どこまで言っていいのかってのがよく分からんくて」

「別に良いよ。今の反応でもう何となく察しはついたしさ。キミ、西ノ宮家伝統の”付き人”ってやつでしょう?」

「ノーコメントで」

「ふふっ、ほんと西ノ宮って古臭いよね? そんなの錦戸じゃ幕末の頃には無くしてたのに……もうとっくに平成だよ?」

「……古いものも案外いいんじゃないか? ほら、温故知新って言うだろ」

 

 ︎︎他の家にも付き人とやらがかつて居たのは初耳だ。そもそも付き人という存在自体、俺は原作では見たことがなかったので知らないのも当たり前だが奇妙な違和感もある。

 

 ︎︎錦戸にも西ノ宮と同じように付き人という慣わしがあったが、しかし今では廃止されていると彼女は言った。

 ︎︎おそらく原作でもそうだったのだろう。しかし原作開始十年前の現在で既に廃止されているならば、錦戸家に付き人が登場しなかったのも頷ける。

 

 ︎︎けれど西ノ宮家はどうだろうか?

 

 ︎︎公威は「年齢の近い者を付き人にする」と言ってた。

 ︎︎他に仕えている家には彩葉に近い歳の人間が居ない。

 ︎︎故に俺は現実として西ノ宮の付き人になっている。

 ︎︎だが原作には登場していない。

 

 ︎︎ソコになにか重要な見落としがあるような気がしてならなかったが──まだ俺は錦戸と会話をしている最中で、思考に耽る訳にはいかなかった。落ち着いて脳の片隅にこれらの疑問点を置いておき、意識を彼女に向けた。

 ︎︎

「ううん、私は新しいものが好きなんだ。西ノ宮みたいに古いものを継いでいくよりも、錦戸は新しい歴史を紡ぐの」

「……」

 

 ︎︎彩葉といい、錦戸といい、どうしてこうも原作ネームドキャラたちは歳の割に洞察力が鋭いのか甚だ疑問である。というか小学四年生の口から「新しい歴史を紡ぐ」なんて言葉はあまり出てこないだろう。

 

 

 ︎︎俺にも少しくらいその頭脳や力を分けて欲しいものだ。したり顔でこちらを見やる錦戸を見ながら俺はそんなことを思った。

 

 

 ︎そもそも、あの”錦戸”ほどの重要な名前を忘れていたなんて、我ながらこの先が思いやられる。

 ︎︎いくら学校が面倒くさいとはいえ、ハナからこんな馬鹿げた調子ではそう遠くないうちに何処かで死にかけてもおかしくない。あるいは致命的なヘマをやらかして西ノ宮に目をつけられ、錦戸に取り入る所ではなくなってしまいそうだ。意識を変えないと本当に良くない気がしてきた。

 

 

 ︎︎こんな状態で錦戸と仲良くなれそうな想像が出来ず、というかそもそも佐々木や彩葉が待っていることを思い出し、俺は端的に”じゃあそろそろ帰るわ”と軽く手を挙げて彼女に背を向けた。

 

 

 ︎もっと時間があれば俺が生存するための好感度上げとして仲良く談笑でもしていただろうけど、生憎と佐々木も彩葉も待っている──というか視界の端の窓の外にちらっと見えた駐車場の、今朝乗ってきた黒塗りセダンの前で二人が立って待っていた。

 

 ︎︎そのうち一人であるお嬢様は佐々木と何かを話しながら、ジロジロとこっちを見ていた。俺は視力がいいのでその光景がはっきり視界に入ったが、気まずいので外に顔を向けることはしない。

 

 ︎︎そも反りが合わないという話をしたばかりで、その相手と二人で話している場面を彩葉に見られるなんて気まずいどころじゃなかった。しかも相手は西ノ宮と仲の悪い錦戸の人間だ。

 

 

 ︎︎ああ早速しくった。言い訳を考えておかないと。

 

 ︎錦戸に一方的に別れを告げ、慌てて外に出ようとした瞬間、その錦戸が上履きのまま降りてきて俺の腕を後ろから掴む。なにか他に聞きたいことがあるなら明日にして欲しかった。切実に。

 

 ︎︎今後のことを思えば錦戸の好感度は上げておきたいが、かといって彩葉からの好感度が下がるのも得策ではない。何故なら俺の生活や命を握っているのは西ノ宮家である。そのご令嬢に嫌われでもしたら待つのは最悪の未来だ。

 

 ︎︎錦戸には悪いが無理やりにでも帰らせてもらおう。仮に目下の生活と将来の生存を天秤にかけても水平を保つだろう。単なる優先順位の問題だ。

 

 ︎︎同じ屋根の下で暮らす相手と、同じ学校に通う相手。どちらを優先すべきなんて分かりきっている。

 

「待って、陸浦くん」

「悪いけど急いでんだ」

「ごめんね、代わりにもう一個質問──じゃないや、忠告していいかな? 陸浦くん」

「早くし……ん? なんて?」

 

 ︎錦戸の口から飛び出した不穏な単語に俺は理解が追いつかず、僅かに振り返って彼女の顔を見た。

 

 ︎︎西ノ宮を馬鹿にするような発言していた時とは全く違い、錦戸は非常に真剣な雰囲気だった。そこにフザケやジョークは介在せず、これは彼女の心の底からの言葉だと悟る。

 ︎︎体勢はそのままに顔は前を向けて、俺は錦戸の”忠告”に耳を傾けた。

 

 

「──西ノ宮さんに気をつけて。あの子、いつかとんでもない事やらかすよ」

 

 

 ︎︎

 






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