乙女ゲー世界に転生したらラスボス系悪役令嬢(ガチ)の付き人になった話 作:ヤナギ
「陸浦くん、さっきの算数なんだけど──」
「ねぇ陸浦くん陸浦くん、私ペット飼ったんだ! 見て見て!」
「良かったらプリント配るの手伝って欲しいなー……チラッ」
──クラスメイトである錦戸沙耶香は、不思議なことに俺によく話しかけてくる。
︎︎錦戸家と西ノ宮家は犬猿の仲だ。
︎︎それはこの半年間、他ならぬ西ノ宮に暮らしていた俺も十分に知っているから、少なくとも彩葉の目があるところではこちらから彼女に話しかけるつもりはなかった。仮に会話をするにしても、やはり彩葉が居ないと後々の俺が危ないだろう。
︎︎スマートフォンでも持っていればトーク履歴の削除などが可能なので話は別だが、まだこの年は、日本でのスマホ普及率も俺が知る年代と比較すると低い。まだスマホへの理解が世間に浸透しているとはいえないし、お堅い西ノ宮なら尚のこと。
︎︎それはともかく、一応は西ノ宮の一員である俺に対して、そんな事お構い無しに彼女は割と頻繁に話しかけにくる。もちろん毎度ではないが、しかしかなりの頻度で授業後の休み時間にわざわざ俺の席に近寄ってくる。
︎︎そのせいで隣に座る彩葉の機嫌があからさまに悪くなるので正直やめて欲しかったが──本人曰く”錦戸家がどうこうではなく単純に話の邪魔”とのこと──やはり錦戸に取り入るという選択肢が完全に除外されていない以上、俺は彼女との良好な関係は維持したかったので邪険には出来ず、ずるずると話に付き合っている。
︎︎そうしているうちにチャイムが鳴った。
︎外で遊んでいたクラスメイトたちが次々と教室に戻ってきて、次の授業の支度を始める。俺の机の前で、最近飼い始めたという可愛らしい小さな秋田犬の写真を見せびらかしてきた錦戸も、そんな周りに合わせるようにニコニコとしながら戻って行く。
︎︎ああしていると普通の子供にしか見えないが、俺の真隣で暇そうにする彩葉には目も向けないあたり、錦戸家がどんな教育をしているのかが窺える。
︎︎子供は他の色に染まりやすい。子供は純粋無垢で清廉潔白な、何も描いていない新品のキャンバスのような存在である。そしてそのキャンバスに何かを描くのは大抵子供自身ではなく、親や環境であったりする。
︎
︎︎つまるところ西ノ宮家をよく思わない錦戸家。そこで生まれ育った錦戸沙耶香という少女もまた、錦戸の色に染まっているということだ。それでも入学間もない頃は彩葉と仲良くしようと積極的に動いていたあたり、その時点では染まりきっていなかったのだろうか。
︎︎いずれにせよ現在において西ノ宮彩葉は錦戸沙耶香に何の感情も抱いておらず、錦戸沙耶香は西ノ宮彩葉に嫌悪ゆえの拒絶感を態度で示している。それが両者の関係であり、それ以上でも以下でもなく、発展も悪化することもないだろう。
︎︎不本意ながらその間に挟まれている俺にとっては、日々のストレスを増すだけの要因でしかなかった。二人が仲良くしてくれるなら万々歳だが、そんなこと実現しないのは原作からしてみても分かりきっているのでクラス替えまで耐える他あるまい。どうせあと数週間で終業式だし。
︎︎錦戸の背中をため息をつきながら見送ると、やはり隣から圧の籠った視線を感じる。もう慣れたので何とも思わないが、この機嫌のときの彼女をスルーすると後々面倒なことになるので、チラリと顔を向けてみた。
「……この半年で随分とあの子に気に入られたみたいやねぇ、将吾くん?」
「……」
「あーあー、佐々木に言っちゃおうかなー。将吾くんが錦戸の子と仲良くなってるって」
「それはやめろ、今度こそ俺が死ぬ」
︎︎人畜無害な優しげな顔をしている佐々木が、実は鬼みたいにスパルタなのはこの身が知っている。加えて彼が錦戸家に多大な恨みがあるのも、彩葉から聞いている。
︎︎なんでも大学時代に恋人を寝盗られたらしい。
︎︎錦戸にも彩葉にとっての佐々木のような存在の使用人が居るようで、彩葉曰く、その男が佐々木の恋人と浮気をしていたとのことだった。俺は何回か錦戸を迎えに来ていたその男を見かけたことがあるが、確かにそういうロクでもない事をしても変ではない悪そうな顔ではあったので、それを聞いた時には同じ男として佐々木にかなり同情したものだ。
︎︎なので佐々木は錦戸家関連には割と敏感である。
︎︎一度だけ彩葉がふざけて俺と錦戸の仲について告げ口紛いの嘘言いやがった時があったが、あの光景はもう思い出したくもない。珍しく稽古も勉強会も休みの完全フリーの日だったのに、急に道場に呼び出されて何時間も見取り稽古をさせられた。
︎
︎︎佐々木の相手は外国人かと思うほど屈強な体をした数名の男たちであったが、傍から見てて可哀想になるくらいボコボコにされていた。そしてその光景を間近で見せられていた俺の恐怖心はどうか察して欲しい。
︎︎あの時の佐々木のキレっぷりは静かながら凄まじく、気まぐれではた迷惑なイタズラをした彩葉ですら申し訳なさそうに謝ってきたくらいだった。あの日は結局事情を知った佐々木が彩葉を叱ったというのに、まだ懲りていないのだろうか。
「……」
『……!』
「ん? どしたん」
「……いや、なんも」
︎︎視界の端で俺たちの様子を伺っていたクラスメイトの男子と目が合った。直後、苦々しい表情を浮かべた彼に顔を逸らされる。そんな姿を眺めていた俺に彩葉が首を傾げるも、特に何も無いと突っぱねた。
──実を言えば錦戸だけではなく、転入初日に突っかかってきたあの少年との仲も微妙な関係ながら継続していた。
︎︎彼の名は”鳴宮 旭”という。
︎︎このクラスの中心的な人物で、なんでも府内で有名なホテルを経営している一家の倅らしい。よく教室では親の自慢を鼻高々にしていた。将来有望なルックスもあって女子からの人気も高いが、彩葉や錦戸などは彼を苦手にしているのかマトモに会話をしている姿を見たことがない。
︎︎していた、と過去形なのはある時期を境に彼がかなり大人しくなったからだ。口から親の自慢が出てくることはなくなり、また俺に突っかかってくるような事もなくなった。
︎︎何かあったのかと気になったが、錦戸の方とは違いそれほど会話をする機会があるわけでもない俺が彼に話しかけても、きっと取り合ってはくれないだろう。
︎︎鳴宮は彩葉の事が好きなようだし、そんな彩葉に常にくっついている俺なんて嫌われる要素満載だ。
︎︎故にこの半年間、単なるクラスメイトとしての適度な距離感を保っていたのだが、四年生もようやく終わりが見えてきたこの頃、その鳴宮少年と目が合う回数が増えてきたように感じる。
︎︎最初は彩葉を見ているのかと思っていたが、どうも彼は俺を見ているらしかった。出会った当初と違って彼の視線に含まれる感情に悪いものはなく、どちらかといえば困惑の方が大きかった。
︎︎少なくとも俺よりは鳴宮と関わった事があるだろう彩葉に聞いてみたが、「んー……? ああ、(そういう風に仕向けたんやし)そりゃそうや」と訳の分からない返事しかこなかったので、時間の無駄でしかなかったと後悔したのは記憶に新しい。
「はいじゃあ国語の教科書開いてー」
「はーい」
︎︎それはともかく──日々の稽古でストレスMAXなことを除けば、これといった問題もなく生活を送れている俺が最近疑問に思っていることは、彩葉が感情豊かになってきていることだ。
︎︎その年頃の子供らしいというか。主に俺が迷惑を被る類のイタズラもするし、くだらない冗談も増えてきた。
︎︎公威や佐々木は彼女に現れたこの変化を嬉しそうに眺めていたが、俺としては原作との乖離に戦々恐々とするばかりである。
︎︎仮にこの世界が原作のストーリーに沿って進むのならば、彩葉が多くのファンに嫌われていたあの性格の悪い悪役令嬢になるのは確定事項。
︎︎それはつまるところ、彼女の他人に対する言動や態度、妖怪に対する思想──彼女という人格を構成する全てに猛烈な変化を与える”何か”が、この先確実にくるということだ。
︎だが前世の記憶を持つこと以外、何ら特殊な力も持たない俺にその”何か”を防いだり、改変したりするような真似はかなり難しいだろう。今の俺ができることは、精々がその場凌ぎの護身術程度である。
︎︎原作の敵キャラたち──妖力を持たない純粋な人の身でありながら、人ならざる妖怪を滅する事が出来るほどの力を持ったあの連中とは雲泥の差だ。
︎︎……いや、壁走りとか空中二段ジャンプとか「オマエら本当に人間か?」と疑いたくなるレベルで強い彼らのような力を小学生の俺が持っていたら、それはそれで危ないけれども。
「(そういえばソシャゲ出るみたいな話あったなぁ……どうなったんだろ。クソ、めっちゃやりたかったー)」
︎︎原作はノベルゲーで、基本的にプレイヤーがするのは表示される選択肢を選ぶことくらい。なのでターン制バトルゲームとして配信されることが決定された際には、俺も含めて多くのファンがネットで盛り上がった記憶がある。
︎︎原作には用意されていなかった
︎︎嘆いたところで、現実は俺の目の前に変わることなく立ちはだかるばかり。けれど仮に俺を生まれ変わらせた神様が居るのならば言ってやりたかった。
「……(なんで原作とは無関係の人間にさせてくれなかったんだ、ファッキンゴッドがよぉ)」
︎︎俺が原作に登場していない人物である陸浦将吾になったことはこの際置いておくとして、なぜ登場していない人物がよりにもよって敵の西ノ宮に縁のある立場にあるのか──前世の記憶を自覚してから何ヶ月も考えてきたが、未だにこれといった答えは思い浮かばない。居るかも定かではない神様に向けて精一杯呪いを込めた。
「はぁ……」
「ん、どしたん?」
「ちょっと神様呪ってた」
「は?」
「何でもねぇよ、気にすんな」
「……佐々木に言って稽古減らしてもらうよう頼もか?」
「別にストレスで頭がおかしくなった訳じゃねーから。おい、その真面目な顔やめろって」
︎︎どうせなら早く高校生になりたい。今後来るであろう彩葉の変質も、結局俺が西ノ宮家から逃げれば関係の無いことだ。
︎︎彩葉はともかく俺個人は錦戸からの印象も悪くないだろうし、今後もあの子と仲良くしていれば命だけは何とかなりそうだ。彩葉や佐々木に目をつけられない程度に親しくしていれば、加えてスマホさえ持つようになれば、後はどうにでもなる気がする。
「(原作さえ始まっちゃえば知識のあるこっちのもんだ。それまで平穏に過ごせば花丸満点だ)」
■■■
──そう思っていた時期が俺にもあった。いや、といってもつい数時間前の事なんだけど。
「っ、彩葉様! 将吾くん! しっかり捕まって下さい!! 」
「きゃっ…!なっ、なに……!?」
「(あー帰りてー……いや帰ってる途中なんだが)」
︎︎学校が終わり、いつもの様に俺たちを迎えに来てくれた佐々木の車に乗り込んだのが20分前。その帰路で、都市部を抜けて鞍馬街道に入ったのが10分前。
──そして”何者か”に追われていることに気付いた佐々木が、巧みなドライビングテクニックで街道を爆走し始めたのが5分前のことである。制限速度はかなり超過しているが、もはやそんなことを気にしていられる状況ではない。
︎︎
「佐々木さん、アレは?」
「……」
︎︎シートベルトを精一杯伸ばし、ハンドルを握りながらいつにも増して険しい表情を浮かべる佐々木に問い掛ける。彼は間違っても事故をしないように気を張りながら、チラリとルームミラーを確認した。
︎︎そして後部座席に座る俺と彩葉に、彼は視線を向けることなく言った。
「──妖怪です、あの妖気は間違いない」
「なっ……! なん、で京都に……っ!?」
「(誰だよ無事に生活できてるとか言ったやつ死ねや)」
︎︎俺だった。
︎︎ストレスが限界を超えそうになり思わず叫びたくなったが、グッと堪えて二人の様子を窺った。
︎︎佐々木は言わずもがな。彩葉もかなり動揺していて、普段の平静さは欠片も見受けられない。かく言う俺も緊張と興奮で心臓の鼓動がバクバク鳴っていて、身体の中がやかましかった。
︎ふう、と息を吸って俺は視線を二人から背後に移した。
︎︎俺たちの後ろを走るのは一台のオフロードバイク。そこに跨がっているライダーはヘルメットは被っておらず、顔が剥き出しになっている。おかけで人相もよく見えた。この時ばかりは抜群の視力を持っていることに感謝である。
︎︎女のように長く、黒い髪。ニヤリと下卑た笑みを浮かべ、こちらに迫ってきている男──一見すると人間に見えるが、佐々木が言うには妖怪らしい。まだ俺には妖気という感覚が分からないので判別ができないが、佐々木が言うなら間違いないだろう。
︎︎一応原作の記憶を思い返してみたが、俺たちを追って来ているアレのような容姿をしている妖怪キャラには心当たりがない。錦戸を思い出せなかった件もあるので俺の記憶力は我ながらアテにならないが、多分原作に出てきたことはないはずだ。
︎︎それはそれとして、結構ヤバい状況ではある。
︎鞍馬街道を進んで暫くしたところに西ノ宮の屋敷があるが、まだ街道に入ったばかりで着くのは少し時間がかかる。あの妖怪野郎の目的は定かではないが、穏便に済ませるのは不可能そうだ。俺は妖気を感じ取ることは分からないが、顔を見たら直感で理解した。
「佐々木! なんで京都に妖怪が居るん!? とっくに京都からは駆逐したはずやろ!?」
「分かりません、他県から入り込んできたのでしょうけど、我々を狙っているということは間違いなく計画的犯行です。……将吾くん、彩葉様がケガしないように掴まっていて下さい!」
「了解です」
︎︎佐々木に言われた通りに、混乱する彩葉を宥めつつ彼女の手を握った。俺はあまり他人との物理的な接触が好きではないが、なりふり構ってはいられない。
︎︎俺だって今の状況に理解は追いついていないが、真隣に混乱している彩葉が居るおかげで幾分か冷静さを保っていた。単なる現実逃避と言われれば否定はできないが、ここで俺まで慌てたら車内の収拾がつかないだろう。そのせいで佐々木が事故でもすればそれこそ3人仲良くお陀仏である。
「……っ」
︎︎彩葉の手は酷く冷たかった。
︎︎か細い指が絡まって、彼女の震えが伝わってくる。妖怪を蛇蝎のごとく嫌悪していたはずの彩葉は、妖怪に対して恐怖心も抱いているようだった。かなり意外な一面というか、半年間過ごしていて初めて見る反応である。
︎︎幼子のように震える彩葉の姿に、俺は何となく両親が喧嘩していた時にビクビク怯えていた前世の妹を思い出した。所詮は他人である彩葉に家族愛など俺は抱いてはいないが、どうも俺はこういう何かに怖がっている子供に弱いらしい。
︎︎
︎︎混乱収まらぬ彩葉を落ち着かせるよう、俺はゆっくりと語りかけた。
「彩葉、落ち着け。ここには俺も居るし、佐々木さんも居る。あの野郎が何する気なのかは分からんが、どの道もうすぐ屋敷に着くんだ。西ノ宮の使用人たちは佐々木さん含めて強いからな、妖怪一匹程度何とかなるだろ?」
「……ん、ごめん、せやね。うちが慌てたってどうしようもないやんね」
「そういうこった。……佐々木さん、西ノ宮に連絡とれますか?」
「ちょ……っっっと今は厳しいですねぇ!! そこの鞄に私の携帯が入ってるので屋敷にかけれますか!?」
︎︎ようやく冷静さを取り戻した彩葉を見ながら、佐々木の横に置いてある鞄を手元に持ってきた。入っていたのはスマートフォンではなくガラケーである。
︎︎んー、時代錯誤……いやこの時代じゃまだ主流か。
︎︎しかし電話をかけろと言われてもガラケーの使い方なんぞ、俺はよく分からない。前世で子供の頃、一回か二回くらい祖母のを触ったことがあるくらいだった。さてどうしようかと画面を開いたまま固まっていると、横から彩葉がスっと携帯を奪った。
︎
「……使い方分からんの? うちがかけるわ」
「お、おう……すまん、頼んだ」
︎︎普段ならからかい混じりの一言でも飛んでくるのだろうが、事が事だから彩葉の表情は真剣だ。落ち着いてくれたようで何よりであったが、ポチポチとガラケーを操作する彩葉を見て、俺はなんだか形容し難い敗北感に苛まれた。
︎︎もしもし、うちやけど──隣で屋敷に電話をかけた彩葉の手を握りながら、俺は背後を確認する。追ってきているあの妖怪は段々と距離を詰めてきているが、何故かこちらに攻撃を仕掛けてくることはない。
︎︎おかしいな、と思う。人間勢力の総本山たる京都に忍び込むような妖怪なら、周りを走る一般人など気にせず攻撃してきても不思議では無いのに、気色の悪い笑みを浮かべたままバイクを走らせている。
︎︎追跡しながらも決して攻撃はしてこないという不気味さに、俺は冷や汗をかいた。
「佐々木、屋敷で迎え撃つ準備するって!」
「わかりました! ではぶっ飛ばします!」
︎︎唸るようなエンジン音が響くと、ギアが上がった車が更に急加速する。反対車線を逆走をしながら、前方の走行車に衝突しないよう佐々木はハンドルを捌いている。右に左に動き回る車の遠心力で、俺と彩葉は質の悪い古びたジェットコースターに揺られるように肩と肩をぶつけあっていた。
「いったぁ……!」
「(──?)」
︎︎前方に集中していて背後の妖怪を見る暇がないだろう佐々木に代わり、俺は彩葉が怪我しないように注意を払いながら、度々後ろを振り返っている。
︎︎前を走る車が居なくなったことで左車線へ戻り、左右の揺れも収まったのでもう一度背後を確認したところ──あのバイクが見えなくなっていた。
「あいつ、どこに──っ!?」
︎︎ドォン!という衝撃と共に車の屋根が大きく凹んだ。まるで落石にでもあったかのようだ。
︎︎一体なんだ、と俺と彩葉は屋根を見上げ……そして硬直する。
︎
「─────」
︎︎ゾゾゾゾゾ、と全身の汗腺から汗が吹き出た。言葉を発することも出来ずに、ただ総身で感じたその”気配”に再び身体を震わせた彩葉の恐怖が繋いだ手から伝播してくる。
︎︎丑三つ時に曰く付きの心霊スポットに入ったときのような、『絶対に近付くな』と人間としての本能が自らに訴えかけているかのような、猛烈な拒否反応を覚える。
︎
「この妖気は……っ! 彩葉様ぁ!!」
︎同じくこの尋常ならざる気配を感じ取った佐々木が顔面蒼白で叫んだのと同時に、高く乾いた音が車内に響き渡り、無数の破片が飛び散った。
︎︎風で舞い込んできたその破片が俺の頬をかすって、ツーと生暖かい血が顎を伝ってシートに流れ落ちる。視界には完全に破壊されたフロントガラスだったもの──そしてそこから車内を覗く不気味な顔がある。
︎︎そこで俺はようやく、西ノ宮彩葉たちがどうしてあそこまで妖怪という存在を忌み嫌うかを真に理解した。
︎︎これは確かに醜悪で、おぞましく、悪夢のように気味が悪い。
︎︎おおよそ正気というのを感じられない、けれど明確な悪意と害意が込められた仄暗い双眸が俺たちを貫く。
︎︎俺と彩葉は蛇に睨まれた蛙のように固まることしか出来ず、また佐々木も車を止める訳にも行かずアクセルを踏み続けながらその妖怪と目を合わせていた。
︎︎顔半分だけ覗き込んでいたソレは、ジロリと佐々木を見た次に俺を見て──そして最後に彩葉を見て、笑みを深めた。車の屋根に大の字で張り付いているのか、ようやく顔全体が露になっても身体は見えなかった。
︎︎先程までは分からなかった病的なまでに青白い肌、多量のヨダレを垂らした穢らわしい口を開けて、ソレは静かに嗤う。
「こんにちは御三方ァ………西ノ宮のご令嬢をお迎えに上がりましたよォ……!」
人生で二三回しか京都に行ったことがないので地理関係とか時間感覚めちゃくちゃですがよろしくお願いします……