呪悪は確かにあの時、サンの手でその身を焼き尽くされた。悪の魔力も感じ取れなくなるほどに、完膚なきまでの死だったはずだ。
「……クソッ。考えたところで、アイツが死んでいなかった事実は消えない。あの洞窟や周辺でまだ息の根が─」
「ゼロ。何処へ向かおうとしているんだ?」
立ち上がり殺気立った表情で何処かへ向かおうとするゼロをサンが呼び止める。
「この場から離れることは容認できない。君は─」
「わかってる…わかっているんだ…」
サンが言いたいことをゼロは勘づいてるだろう。だが、それは今のゼロにとっては素直に聞き入れ難いことだ。イゼの死が迫ってる今、そんな時間を作る余裕はゼロの中に無かった。
「……話は最後まで聞くべきだよゼロ。私が伝えたいのは、君は一人で戦うべきではない。私という仲間に頼ってほしいんだ。」
「えっ…」
ゼロは「戦うな」と止められると考えていた。しかしサンは、そうではなかった。
戦うことを容認するが、一人で抱え込む事をせず誰かの力にも頼ってほしい。それが、数少ない命あるゼロの仲間であるサンとしての気持ちだった。
「君の予想通りであれば、あの洞窟で対面した悪種族は生きているのだろう。洞窟内やその周辺の調査は、私と太陽国の勇敢なる騎士達に任せてはくれないだろうか?」
「お前達だけに任せるわけにはいかないだろ。俺も─」
「君はいざという対面に向けて、その身体を少しでも休めてほしい。今すぐにでも行動したいだろうが、戦うために体力をつけておくのも大事なことだ。」
「……すまない。サン」
「謝罪することでは無いよ。ゼロ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
雨が熱を奪い、傷から流れる血と共に大地に沈んでいく。
少年は森の中を走り続けている。呼吸は浅く、速度はこれでもかと速い。右脚には生き物の爪で裂かれたような深くもなければ浅くもない傷を負い、血の匂いを道に残し続ける。
いやだ。
苦しいのはいやだ。
辛いのはいやだ。
血を流すのはいやだ。
泣くのはいやだ。
呼吸が落ち着かないのはいやだ。
痛いのはいやだ。
死ぬのはいやだ。
『死ぬのは嫌だ…』
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
『死にたくない…!』
「あっ…」
少年は木の根に躓き、その場に倒れる。
泥でその身を汚しながら、顔を上に上げると…
「やぁ。近況確認に来たよ!」
世界の創造者を名乗る男、零は他人事のような声色で少年にそう口にする。
「助けて…助けてください…お願いします…」
少年は救済を求めるように、その身を這いずり近づく。雨の雫と共に血が流れ、薄い鉄の匂いを漂わせながら森の大地に染み込んでいく。そして、零の脚に両手でしがみつき、恐怖に満ちた見るに堪えない顔を向ける。
「ん〜困ったね。これは君の為に必要だから中断するわけにはいかないんだよね。」
自分の為?冗談じゃない。こんな恐怖が、自分の為になる訳がない。右脚に感じるこの熱い痛みが、意味あるものな訳がないんだ。
「そこをどうか…お願いします…!俺を助け─」
零はそんな少年に、哀れむような視線を向ける。そして、虫を払うかのように蹴り飛ばした。
「だから聞き分けの悪い子供は嫌いなんだよね。君の為と言ってるのに、何故わからないかな?」
少年の瞳は、零だけを凝視していた。手を伸ばし、届きもしないのにしがみつこうとする。少年の本能が救いを求め、身体に無意味な動きを行わせていた。
蹴り飛ばされ、宙に浮いた身体は地に強く倒れ込む。少年は視線を上げ─
「アァアアアアアアアッ!?」
視線を上げて、その先は、ただただ怖くて苦しくて、
「痛い痛い痛い痛い痛ぁ"い!!!」
お腹が熱くて、中からゴリッて音がして、何かが引き出されて、
「ぁ……ぉっ…」
寒くて、怖くて、何も考えられなくて。
零の視線が向く先には、獲物を喰らう狼がいた。それを見て思うことは…無関心、それだけだった。
「手馴し程度に始めた特訓前の準備運動のようなモノだと言うのに、酷い有り様だね。君は、いずれ七大悪を殺し、魂を取り込むために旅に出るんだ。きっと何度も苦しい経験をすることになる。だから今のうちから、この痛みや恐怖に慣れを感じてもらわないと困るんだよね。まぁ、死なれても困るから、ちゃんと寸前には助けてあげるけどさ。それに、内側に秘める龍の魂、その力の一つである自己再生能力を扱いこなせるようになれば、君は痛みや恐怖に怯むことなくその身を再生させ戦い続けることができるようになるんだ!だから、僕は…君を助けない。」
血肉を糧にして、魂にこの痛みと恐怖を刻み込むんだ。根の底まで深く染み込んで、何も感じなくなるほどに。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ッあああっ!?」
心臓が何度も高鳴り、異常なほど汗をかく。過呼吸になりながら、ゼロは周囲を見渡す。イゼが真隣のベットで眠っている。苦しむような表情のままだが、先程より呼吸が安定しているようだった。
ふと、自身の左手に温もりを感じた。視線を向けると、イゼが強く手を握っていた。
俺は椅子に座り、休息も兼ねて仮眠を取っていた。結果、休息できたとは言えない状態に至った訳だが…
「記憶を思い出したから…過去に受けた特訓についても思い出したって言うのか…?こんな事まで、思い出させるなよ…」
深呼吸を行い、精神面を整えようとする。効果があるかなんてわからない。でも、今すぐにでもするべきだと判断した。そうでなければ─
流れ込む過去の痛みや恐怖に、今度こそ壊されそうになるのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
太陽国正門にて
門番兵の男は、一人でこちらに向かってくる何者かの陰を目に映す。盾を構え、槍を強く握ると門番兵はこちらとの距離を縮めつつある何者かに強く問い掛ける。
「そこのお前、その場で立ち止まれ。この先は太陽国、身分の潔白を証明しない限り、通すわけにはいかない。」
何者かは、その場で立ち止まる。緑と黒の2色で髪を染め、真っ黒な狩衣を身に纏った男。その男は口を開き答える。
「どうやら、ここが私の絶望を与えるべき国で間違いないようですね。おや?どうされました?その警戒するような眼差しは。あぁ、申し遅れました。私は呪いの具現化であり、魂から悪逆を愛す者…名を呪悪と申します!堅苦しい名なので、ノロウとお呼びください。そして、この名を覚えたまま、是非とも絶望してもらえれば幸いです!」
「呪悪…?ッ!?まさか悪種─」
最後まで、悪種族の名を口にすることはなかった。門番兵は蜘蛛の脚のようなモノで口内を貫かれ、上顎から下顎の結合部を分離されると、そのまま動かなくなる。
「さぁ、始めましょうか。アナタ達の悲劇、私の喜劇を!」
ノロウは高笑う。そして、その身は黒き蜘蛛で包まれていく。蜘蛛は一匹一匹と集まっていき、一つの形を形成させる。
それは、竜すらも虫と思わせるほどの巨体で、目に映る一つ一つが黒き頭蓋骨が繋がれ形を成した蜘蛛の怪物そのものであった。
ゼロワル豆知識
零の特訓は、端的に言うとサバイバルである。魔獣の生息域や魔虫種の巣窟etc…に放り出され、危機的状態からの生存力や恐怖や痛みへの耐性、そして悪種族を狩る為に身体に宿りし龍の魂の力の解放を実戦の繰り返しにより起こさせた。