ルグニカ王国の玉座を巡る戦いは、最終局面に突入していた。エミリア、クルシュ、アナスタシア、そしてプリシラ——それぞれの王選候補者たちは自らの支持者を増やし、国の未来を導く王として選ばれるために奮闘している。しかし、その中で群を抜いて目立つのは、プリシラ・バーリエルだった。
彼女は常に堂々とした態度を崩さず、その自信に満ちた笑みが、まるで周囲の出来事すべてが自分の思い通りに動いているかのように感じさせた。実際、プリシラの周囲では何もかもが彼女の有利に働くように見えた。その強運は、まさに「運命が彼女のために存在している」かのようだった。
「この世はすべて私のものなのよ。だから、私が王になるのは当然のこと」
プリシラは豪華な椅子に腰掛け、周囲にいる貴族や臣下たちを見下ろすようにして話していた。その美しい顔立ちには微塵も不安の影は見えず、彼女を取り囲む人々もまた、そのカリスマ性に引き込まれていた。彼女に従う者たちは皆、プリシラが王になることを疑っていなかった。
スバルはそんなプリシラの様子を、エミリアと共に少し離れた場所から見つめていた。彼女の存在感は圧倒的だった。彼女がいるだけで、場の空気が一変し、その中心に立っているのが誰であるかを示していた。
「……やっぱり、プリシラは他の候補とは違うな」
スバルが小さく呟くと、隣にいたエミリアが不安そうに彼を見上げた。
「スバル、どうしたの? そんなに不安そうな顔して……」
「いや、別にそんなつもりじゃないけどさ。でも、正直なところ、あいつの強運はただの偶然じゃない気がしてさ」
スバルは額に手を当て、考え込むように視線を落とす。彼が感じているのは、単なる相手の実力に対する警戒感ではなかった。プリシラには、彼女の身にまとう運命そのものがすべてを操っているような、不可解な力があるように思えたのだ。
「今までの戦いを思い出してみろよ。あいつのところにいるだけで、次々と有利なことが起こってる。まるで、運そのものがプリシラの味方をしているみたいに」
スバルの言葉に、エミリアも考え込む。プリシラの圧倒的な強運は、王選の場面でも随所に現れていた。彼女の一挙手一投足が、奇跡的な展開を次々と引き寄せていたのだ。
数ヶ月前、王選候補者たちが最初に集ったとき、プリシラは早々に自らの勢力を拡大し、他の候補者たちの陣営にさえ影響力を及ぼし始めた。彼女が言葉を発するだけで、その場の流れが彼女の望む方向へと動いていく。そして、その結果として、彼女の支持者は次第に増え、彼女の王としての立場が揺るぎないものとなっていった。
その強運に、スバルは今まで何度も苦しめられてきた。彼は「死に戻り」の力を使って何度も未来をやり直してきたが、どのルートを選んでも、最終的にはプリシラが優位に立つ結果となってしまった。彼女に勝利する未来を見つけることができなかったのだ。
「プリシラは、ただ強いだけじゃない。彼女は運命そのものを支配しているんじゃないかって思うんだよ」
スバルがそう言うと、エミリアは眉をひそめた。彼の言葉が誇張ではないことは、エミリア自身も薄々感じていた。プリシラの存在感は、単なる実力者という枠を超えていたからだ。
「でも……どうやって彼女に勝てばいいの?」
エミリアが困惑したように問いかける。スバルも、その答えを探している最中だった。王選が進むにつれて、エミリア陣営は何度もプリシラに妨害され、状況はますます不利になっていた。クルシュやアナスタシアといった他の王選候補も、プリシラの強運の前に歯が立たず、次第に彼女に追い込まれていった。
「……普通に戦ってもダメだ。俺たちのやり方じゃ、正攻法じゃ絶対に勝てない」
スバルは焦りを感じつつ、頭をフル回転させていた。これまでの死に戻りの経験から、彼は確信していた。プリシラの強運はあまりにも異常であり、その運命に抗うには、常識を超えた手段が必要だということを。
「プリシラがこれほどまでに運に恵まれているのは、何か理由があるはずだ。もしその理由を突き止められれば、彼女の運を崩すことができるかもしれない」
スバルはそう思い、再びプリシラを見つめた。彼女の姿は変わらず堂々としていて、まるで自分が勝つことを疑ってもいないようだった。だが、スバルには一つだけ可能性が残っていると考えていた。それは、プリシラに最も近い存在——アルを引き込むことだった。
アルは、プリシラの側近として彼女に仕えているが、スバルは彼の中に一種の疑念を見出していた。アルは常にプリシラに従い、その命令に従順に従っていたものの、彼の眼には時折、迷いや疑問が浮かんでいるように見えた。スバルはそこに希望を見出していた。
「アル……あいつが鍵かもしれない」
スバルは心の中でそう呟く。アルは一度はプリシラに忠誠を誓ったが、彼が本当にその忠誠心を最後まで守り抜くのかどうかは不明だった。スバルは、アルをこちら側に引き込めれば、プリシラの強運に何らかの影響を与えることができると考えたのだ。
「スバル、アルってプリシラに忠実じゃないの? 彼が協力してくれる可能性って……」
エミリアの問いに、スバルは少し微笑んで答えた。
「確かに、アルはプリシラに仕えてる。でも、あいつも何かに迷ってるように見えるんだ。プリシラの強運に引きずられてるだけかもしれないけど、本心では違う道を望んでるんじゃないかって気がするんだよ」
スバルはその可能性に賭けることにした。アルを説得できれば、プリシラの運命そのものを揺さぶることができる。彼がプリシラを支えている限り、彼女の強運は続くだろう。だが、アルが離反すれば、その強運も崩壊するかもしれない。
「まずはアルに接触してみる。あいつがどんな立場に立っているのか、確かめる必要がある」
スバルは心の中で決意を固めた。プリシラの圧倒的な運命に抗うには、アルという重要な存在を動かさなければならない。そして、もし彼を引き込むことができれば、プリシラの強運は崩れ、エミリアが勝利する道が開かれるはずだ。
「エミリアたん、俺がやる。アルを何とかして引き込むよ。あいつさえこっちに来れば、プリシラの運命を揺るがせるはずだ」
スバルはその言葉に強い決意を込めて言い切った。エミリアは、彼の雰囲気を見つめる。迷いも、恐れもない。いつものスバルだ。彼はどんな困難にも立ち向かう覚悟を持っている。
「……でも、アルが本当にこちら側に来てくれるの?」
エミリアの疑問は当然だった。アルはプリシラの最も忠実な側近として知られている。彼女のそばに常に控え、戦場でも私生活でも彼女を守り続けている姿は、まるで騎士のようだった。それほどの忠誠心を持つ男を、どうやって説得するのか。エミリアの心にはまだ不安が残っていた。
「アルが本心からプリシラに従ってるとは思えないんだよ。あいつ、たまに迷ってるような顔してるし、プリシラの強運に引っ張られてるだけって気がするんだ」
スバルは手を広げ、少し考え込むように首を傾げた。彼がアルに抱く不確定な予感、それが唯一の望みだった。
「でも、スバル……もしアルが拒絶したら? 下手すれば、今よりもっと不利な状況に……」
「エミリアたん、信じてくれよ。俺にはやり直しがあるんだからさ。万が一失敗しても、そのときはまた何度でも挑戦すればいい。アルがキーポイントなのは間違いない。彼が動けば、プリシラの運命も変わる」
スバルの言葉は自信に満ちていたが、エミリアは彼の口調の端々に隠された不安を感じ取った。彼が言う通り「死に戻り」があるとはいえ、その度に彼が苦しみ、死と向き合っていることをエミリアは知っていた。スバルはいつも前向きで強がって見せるが、その裏には数え切れないほどの絶望があった。
「スバル、無理はしないでね。私は、あなたがいればそれだけで心強いから……でも、あまり無茶しないで」
エミリアが心配そうに話しかけると、スバルはふっと笑みを浮かべた。
「大丈夫だって。俺はエミリアたんの隣にずっといるからさ。絶対に無茶はしない。まあ……ちょっとくらいの無茶はするかもしれないけど」
そう言ってスバルは目を細め、冗談を交えながら彼女を安心させようとした。しかし、その雰囲気には決意が滲み出ていた。どんなに困難でも、彼はエミリアのために全力を尽くすつもりだった。
「じゃあ、早速アルに接触するチャンスを探してみる。あいつが一人になるタイミングを見計らう必要があるな」
スバルは動き始めた。エミリアもその後を静かに追いかけた。
その夜、スバルは一人で城内を歩いていた。大広間の影が伸びる廊下を抜け、窓の外に浮かぶ月を見上げながら、思考を巡らせる。アルと話すためのタイミングを掴むことが重要だった。
「さて……どこであいつに会うべきか」
そんなことを呟いていると、ちょうど向かいの廊下から、彼が現れた。アルだ。やや無造作な姿で歩いているが、雰囲気は変わらず冷静そのものだ。スバルは呼び止めることなく、自然にアルの進む方向に歩みを合わせた。
「……おい、スバルじゃねえか。昼間は悪かったな。こんなところで何してるんだ?」
アルがスバルの存在に気づく。お互いに無言の時間が一瞬だけ流れるが、すぐにスバルが口を開いた。
「ちょっと話がしたいんだ。いいか?」
アルは少しだけ眉をひそめ、スバルの顔をじっと見つめた。
「話? 何の用だよ。プリシラ様に関わることか?」
「まぁ、そうなるな」
スバルは率直に答えた。アルは口を閉じ、少しだけ首を傾けてスバルを促すような視線を送る。
「プリシラのこと、どう思ってる?」
スバルは核心に迫るように質問を投げかけた。アルは驚いたように目を細め、少し考え込むようにしてから答える。
「……プリシラ様は強いよ。それに、あの人がやることは全部理にかなってる。少なくとも、俺はそう信じてる」
アルの言葉は、表面上はプリシラに対する忠誠心を示していたが、スバルにはその奥に微かな迷いを感じ取った。
「本当にそう思ってるのか? アル、あんたはあいつに引きずられてるだけじゃないのか?」
「……何が言いてえんだよ」
アルの雰囲気が少しだけ険しくなる。だが、スバルは怯まずに続けた。
「プリシラは確かに強い。でも、その強さは彼女の運に頼ってるだけだろ? アル、お前はそれを見てどう感じてるんだ? 本当に、あいつの運が永遠に続くと思ってるのか?」
「運だと? それでプリシラ様を侮るのか? 冗談じゃねぇぞ!」
アルは拳を握り、スバルを睨みつける。だが、スバルは冷静だった。
「俺が侮ってるんじゃない。お前だ、アル。お前自身が本当にプリシラのことを信じてるのかどうかを知りたいんだ。お前は……自分の意思で彼女に従ってるのか?」
その言葉に、アルは一瞬だけ動揺を見せた。彼の瞳に宿る迷いがスバルに伝わる。
「お前はどうなんだ? 本当に、プリシラが全てを支配できると信じてるのか? お前が選べる未来は、まだあるんじゃないのか?」
スバルの問いかけは、アルの心の奥底に響いた。彼の雰囲気が微かに変わり、沈黙が流れる。やがて、アルはため息をついた。
「……俺に何をしろって言うんだ?」
アルの声は、これまでとは違い、どこか弱々しかった。スバルはその瞬間を逃さず、彼に続けた。
「プリシラのそばから離れろ。そして、俺たちに協力してくれ。プリシラを打ち倒すためには、お前の力が必要なんだ」
アルはしばらく無言でスバルを見つめていたが、やがてゆっくりと首を横に振った。
「……簡単に言うなよ、スバル。俺には俺のやり方がある。けど、お前の言ってることも、一理ある」
その言葉に、スバルは僅かに口元を緩めた。
「少し考える時間をくれ。それで答えを出す」
アルはそう言って、スバルの前を去っていった。その背中を見送るスバルは、手応えを感じつつも、まだ完全には安心できない自分に気づいた。
「……これで、少しは運命が動くか?」
そう呟き、スバルは一人、暗い廊下を歩き続けた。