ガールズ&パンツァー/鏡像世界からの奪還   作:ミハイル・シュパーギン

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暗闇と静寂

暗闇の中で自分の速く荒い息遣いが聞こえる。

 

大洗女子学園の生徒で戦車道チーム隊長の西住みほの心臓は早鐘を打っていた。

頭をすっぽりと黒い袋が覆い、後ろから拳銃を突き付けられ、左肩をしっかり掴まれ、上半身を斜めに曲げた状態で歩かされていたのだ。

両手は自由だが、降伏の意思を示す万歳の恰好であり、それが今の姿勢と相まって両肩が非常に痛む。

 

いつものように放課後の戦車道の練習を終え、一人で帰宅する途中、何者かによって拘束され、音から察するに今はどうやら艦内を移動中らしい。

 

「もっと早く歩きなさい」

 

苛立ちを交えた口調でそう言うのは五十鈴華の声だ。

それがある種の安心感を覚えるが、こんな不自由な恰好で彼女の要求は無茶振りと言って良かった。

 

「あの・・・」

 

袋越しのくぐもった声でみほが発言しようとすると、前を歩いている人物が突き放すように言う。

 

「うるさい。黙ってついてこい」

 

声は冷泉麻子だった。

 

一体どういう事なんだろう?

 

親友としては「とても笑えない」悪戯という可能性が、恐怖と困惑のノイズで混乱するみほの頭の中で最初に浮かんだが、それを否定する過去の経験があった。

 

「止まって」

 

不意に五十鈴がみほを乱暴に引き留めると、前方で冷泉が鉄製の扉の鍵を解錠する錆びた金属音がして、扉が開く不快な軋み音が鳴った。

 

「いいぞ」

 

冷泉の声がそう言うと、五十鈴の手がみほの背中を乱暴に押した。

みほは床の扉の縁につま先を引っかけて、床に転倒する。

両手を擦りむいたが、急いで覆いを取る。

 

「麻子さん、華さん、一体・・・!」

 

みほの額に、サプレッサー付きのワルサーPPK自動拳銃の銃口が突き付けられた。

肌で感じた冷たさや、銃の質感から考えて、本物の可能性がある。

 

「名前で呼ばないで」

 

五十鈴が冷たくそう言い放った。「これは本物よ。分かってると思うけど」

 

「でも、何が何だか・・・」

「ま、我々は初めまして、と言うべきだろうな」

 

冷泉がそう言いながら古びた教室の椅子に座り、みほのカバンを横に無造作に放った。

 

みほの疑惑がみるみる膨らみ、息が苦しくなり始める。

 

「・・・初めまして・・・?」

「まだ疑っているな。なら、これはどうだ?」

 

冷泉は制服の胸ポケットから2つに折り畳まれた丸い刺繡を取り、それを広げて見せた。

 

瞬間、みほの疑惑は確信に変わる。

 

それは、上からナイフを刺され牙を剥く恐ろし気なチョウチンアンコウの刺繡だった。

 

「まさか・・・!」

「もう1つの世界の私達だ。2か月ぐらい前かな?」

「そんな、どうやって・・・?」

 

2人は鏡像世界の五十鈴華と冷泉麻子だった。

みほは以前、練習中の事故で、こことは似て非なる暴力に満ちた血生臭い鏡像世界にあんこうチームと共に迷い込んだ事があった。

 

その際、鏡像世界のあんこうチームと入れ替わる形で鏡像世界に迷い込んだ為、鏡像世界のあんこうチームとは遭遇していない。

 

「質問は聞かない。それより、やって貰う事がある」

「え?」

「立って」

 

鏡像五十鈴がみほの左の脇の下に手を差し込んで乱暴に立ち上がらせた。

 

「痛い!」

 

項にPPKが強く押し当てられる。

 

「じゃあ、鉛玉を喰らってみる?」

 

恐怖で口の中がカラカラに乾く中、鏡像冷泉がもう1つの扉を開くと、その入り口は喩えて言うと光るエネルギーの障壁が張られており、モーター音のような低いブーンという音が鳴っていた。

触れたら感電して吹き飛ばされてしまいそうな印象を受ける。

 

鏡像冷泉が脇に一歩引くと、左手の立てた親指をエネルギー障壁に向かって振った。

 

「入れ」

「入る?」

「自分から行くか、蹴り飛ばされるか選んで」

 

項から銃口を離すと、鏡像五十鈴が2歩下がった。

躊躇えば背中をキックする為だろう。

 

が、これでチャンスが出来た。

 

みほは身を翻して鏡像五十鈴の横を走り抜けて逃げ出そうと試みたが、彼女の動きを予測していた鏡像五十鈴は拳銃のグリップの底をみほの鳩尾に強か叩き付けた。

 

「ぐは・・・!」

 

息が詰まったみほを脇に抱え上げると、鏡像五十鈴はみほをエネルギー障壁に向かって力を込めて押し出した。

 

みほはタップを踏むように後退して、エネルギー障壁の向こう側に入ったが・・・

 

だしぬけに背中に飛び蹴りを喰らったような衝撃を覚え、自分が連れ込まれた部屋の真ん中に放り出された。

 

「ぐう・・・」

 

みほは暫く突っ伏していたが、やがて顔を上げた。

 

しかし鏡像五十鈴と鏡像冷泉の姿は無かった。

 

「・・・あれ?」

 

鏡像冷泉に取り上げられたカバンも残されている。

寿命が尽きかけた蛍光灯の弱弱しい光もそのままだ。

 

と、さっき鏡像冷泉が開けたもう1つの扉が目に入り、駆け寄って引き開けたが・・・

 

そこは廃墟と化した倉庫で、エネルギー障壁は無かった。

 

「どうなってるの・・・?」

 

緊張が不意に終わったせいか、みほは軽い眩暈を覚えてふらついた。

 

それとも、今までの出来事は幻か?

しかしこの部屋にいる事は確かだし、先程受けた暴力の痛みが鳩尾と背中に疼いている。

また、拳銃のひんやりとした質感が額や項に生々しく残っているのだが、部屋の中は何事も無かったかのように静寂だ。

 

「そうだ・・・」

 

助けを呼ぼうと携帯電話をカバンから取り出し、アドレス帳まで開いたが、急にその意欲が萎む。

みほは尚も数秒間、画面を見つめていたが、パタリと閉じた。

 

「・・・まあ、いいか。無事だし」

 

道に迷うかもしれないと部屋を出たが、幸いにして『露天甲板』に出る案内板が要所要所に張られており、おかげで10分後には外の空気と心地良い夜の風がみほの顔を出迎えた。

 

みほは胸一杯に新鮮な空気を吸い込む。

 

「ふう、気持ち良いな・・・」

 

それからみほは帰路につき、無事に自宅に辿り着いたのだった。

 

 

続く

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