【ヒックとドラゴン】バーク島のモンスターライダー 作:さざめく葉っぱ
燃えるような朱色の竜。
尾まで合わせた全長にも迫るその巨大な翼には、揺らめく炎のような特徴的な模様が描かれていた。
多くの動物やドラゴンのイラストや図解が乗っているこの本だったが、このドラゴンの項目だけがやけに多く、イラストも緻密で正確だった。
まるで、至近距離から幾度も観察を続けてたみたいだ。
「へぇ、カッコイイなこのドラゴン」
「たぶん、炎を吐くドラゴンみたいだね。ずいぶん体つきも顔つきも違うけど、モンスター・ナイトメア種に近いかも。ほら、後ろ足だけで、前足が無いんだ。ワイバーンってやつだよ」
「うちのストームフライ程じゃないけど、中々イカしてるじゃない」
この赤いドラゴンの事は特に詳しく書かれているが、他の動物たちだって多分かなり正確だ。
「この本、あの子が書いたのかな。だとしたら……」
フィッシュもアスティも察したらしい。
これら動物やドラゴン達と戦うだけならば、これ程細かな描写は必要ないはずだ。
たとえ文字が分からなくても、分かる事だってある。この生き物たちそのものに興味を持っていなければ、これ程の熱量は伝わってこないだろう。
もしかしたら、彼女もまた僕たちと同じような存在なのかもしれない。
ドラゴン達と絆を結ぶ、ライダーのような。
僕ら以外にも、そんな存在がこの世にいるのならば……
それは、とても素晴らしいことだと思った。
彼女がどこから来たのか。それを知る手がかりは、この図鑑だけ。
しかし、絵はともかく文字はさっぱり分からない。これでは特定するのは難しいとしか言えなかった。
それでも、僕らはこの未知の図鑑に夢中になっていた。
さっきの赤いドラゴンはもちろん。見たことの無い動物達がたくさん描かれていたからだ。
あの赤いドラゴンと対になるように描かれていた、緑色のドラゴン。
強靭な顎と四肢を持ち、黄色と青の派手な体色をしたドラゴン。
青い体色で、悠々と海を泳ぐ姿を描いた細長いドラゴン。
黒い体毛に覆われた、刃のように鋭く特徴的な前足をしたドラゴン。
それよりも真っ黒い鱗に覆われ、目がなく、ボロボロの外套のような翼を生やしたドラゴン。
パッと見はよく分からなかったけど、よくよく見るとワイバーンや4本足で翼の無いドラゴン達ばかりな図鑑の中では珍しく、4本足に翼の付いてるドラゴンだ。
コイツはちょっとトゥースに似てるかもと思いもしたけど、トゥースはもっと可愛げがある。
トゥースの種族であるナイト・フューリー種は、バーク島のヴァイキングたちの間で死神のごとく恐れられていたんだけど、僕にじゃれついてくるトゥースの姿を見れば、そんなイメージは一瞬で砕け散るだろう。
僕らはしばらくの間この図鑑を見ていたんだけど、初めて見るドラゴンばかりに夢中になっていて、本来の目的を忘れるところだった。
思い出したのは、本に挟まれていた地図のおかげだ。
ようやく求めていた手がかりが見つかった僕らだったけど、その地図は余計に僕らを思考の迷宮へと導くものだった。
「これ、どこの地図なのよ」
見たことの無い島々に、見覚えのない大陸の海岸線。
いくつかのメモや線が引かれているのを見るに、彼女はこの地図を頼りに旅をしているらしい。
さっきの図鑑もそうだが、あまりに現実感のない内容であるにも関わらず、妄想の類と切って捨てるには余りにもリアルな代物だ。
だがしかし、偽物だとも思えなかった。
彼女の正体を探ることが目的だったんだけど、これじゃ余計に謎が深まってしまったみたいだ。
「こうなれば直接あの子に話を聞くしかない」
「でもヒック、あの子はまだ……」
フィッシュが何か話そうとした時、ガタンと物音が聞こえた。
彼女を寝かせている部屋からだ!
話を聞こうとは言ったけど、こんなに目覚めるのが早いとは思わなかった。
あの嵐は数日間続いたものだ。彼女は少なくない時間を冷たい荒波に晒されていたのは想像に難くない。
比較的軽症だったのか、彼女が特別頑丈なのか……。
それは分からないけど、ひとまず僕らは彼女を寝かせていた部屋のドアを開けた。
「あ、え〜と……調子はどう?」
「……」
さっきまでグッタリしてベッドに寝かされていた彼女だったけど、今は多少回復したらしくベッドの縁に座りこちらを見つめていた。
どうやら警戒されているみたいだ。
立ち上がろうとして失敗したのか、部屋にあった椅子が倒れていた。たぶん支えにしようとしたんだろう。さっきの物音はこれか。
「大丈夫、怖がらないで。ここはバーク島。君が海岸で倒れてたところを助けたんだ。安心してくれ」
「……?」
反応が芳しくない。何か変だっただろうか。
「ヒック、たぶん言葉が通じてないんだ」
「……あ、そっか」
先程の続きの言葉をフィッシュが言う。
考えてみれば当然のことで、文字が違うのだから言葉だって違う可能性は高いはずだ。
本だけならまだしも、これで彼女が言葉が通じないほど遠くから来たという事が確定的になってしまった。
「どうしよう、こんなの初めてだから勝手が分からないよ」
「あ、あたしだってそうよ」
何をすればいいのか分からず、3人揃って頭をつきあわせる。
とにかく、どうにかして彼女とコミュニケーションを取らねばならない。
このままでは彼女も不安だろうから、身振り手振りでも何でもして敵意がないことを伝えないと。
そこまで考えた僕は、チラと彼女の方を盗み見る。
先程から部屋の中を見回していて落ち着きが無い様子だ。
まるで、何か探し物をしているような……
左手をさする姿を見て、彼女が何を探しているのかの見当が付いた僕は、さっきまで僕らが話していた机の上に置いていた石を思い出した。
ぎゃいぎゃい騒ぐ2人の間をすり抜けて、あの石を取って戻ってきた。
「ねぇ、探してるものってこれ?」
「……!!」
僕がその石を持ってくると、弱っている姿からは想像もつかないほど俊敏な動きで半ばひったくるように石を取った。
ちょっと驚いてしまったけど、それほど大切な物なんだろう。
彼女は瞳に涙を滲ませて、その石を縋るように胸に抱えたまま座り込んでしまった。
「驚いた。そんなに大切なものだったのね」
「う、うん……そうみたいだ」
少しの間そうしていた彼女は、ややあって石を左手の甲に装着した。
すると……
「……!」
「なんだ!?」
何か力を込めたように拳を握ったかと思えば、手の甲の不思議な形をした石が展開し、眩い光を放つ。
「わ〜お、すごいや」
「へぇ、綺麗ね……」
石が放つ蒼い光は、眩くともどこか優しく僕らを照らす光だった。
「……?」
その光に照らされる彼女だが、しばらくして眉をひそめて光を収める。
「あの君……?」
「──! ──!?」
耳慣れない言葉で僕らに訴えかける少女。
さっきの石の時と同じか、それ以上に切羽詰まった様子だ。
「どうしたのかしら」
「あの本のことかな?」
アスティとフィッシュはそう言うけど、僕はそうじゃないと分かった。分かってしまった。
直感だけど、間違えようもない。
だって僕も、トゥースと離れ離れになった時、こんな顔で叫ぶだろうから。
「──!!」
僕らが知らないことを悟ったのか、彼女はさっきまで寝込んでいたにも関わらず、曲がりなりにもヴァイキングである僕らを押しのけて部屋から飛び出して行った。
呆気にとられた僕らが後ろを振り向いた時、ちょうどよく玄関から誰かが入ってこようとする瞬間だった。
「お〜いお前らいるか〜? スノット様のお帰りだぞ──グホォ!?」
タイミング悪く帰ってきたスノットまでも吹っ飛ばして玄関から飛び出た彼女は、そのままの勢いで走り去っていく。
「うおぅ!? なんだイノシシか!?」
「ギャハハ! タフ見てよ。スノットが目ぇ回してぶっ倒れてやんの!」
双子のヴァイキングであるタフとラフの兄妹の間をすり抜け、その影はあっという間に小さくなっていく。
「なんて速さなの……!?」
「い、いったいどうしちゃったんだろう」
「追いかけよう! トゥース!」
僕が声をかければ、家の屋根で久々の陽光に微睡んでいたトゥースが隣に降り立つ。
「行くぞ!あの子を見失っちゃマズイ!」
「グウ!」